キンッ、キキキンッ!
薄暗い路地にぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
それは武器による攻撃の応酬であり、雰囲気も手合わせなどと言うものではない。
一人は長剣で長髪。
その髪も刀身と同じ銀の色をした背の高い男だった。
まだまだ余裕のようで、楽しんでいるように相手に攻撃を浴びせ続ける。
相手は当然、防御に徹するしかない。
その相手は小さな体で、防ぎ続けた。
いや、防ぎつつもどこかへと移動し続けている。
「ヴォイ!てめぇ、なんで日本に来た。言わねえと、三枚におろすぞぉ!答えろぉ!」
「答える必要はない!」
しらばっくれるつもりのようで、少年は反撃に出る。
しかし、その攻撃は相手の力量より劣っていて、すぐさま撥ね返され、地面に叩きつけられた。
地面を転がり、穴へと落ちそうになる。
だがそれを武器を突き刺して何とかしのいだ。
ただの穴であれば、そう深くもなくなんとか助かったであろうが、地面と思われていた場所はビルの屋上であり、穴はビルとビルとの合間であった。
突き立てていなければ、かなりの高さから落ちることとなり、命の保証はない。
「ヴォイ、ようぇぞ(弱いぞ)」
「くっ!」
はぐらかしにもならない。
上着からひらりと一枚の写真が落ちそうになるのを、少年は何とかつかんだ。
それを見て、なおさら余裕な顔をする銀髪の長身の男。
これ以上の反撃は少年にとって、実力で負けるのは明白であり、余裕などありはしない。
身体を揺らして、その反動でビルの外壁を蹴る。
ちょうど狭い路地の頭上、つまりはビルとビルの合間をジグザグに反復しながら段々と高度を下げ、降下していった。
かなり運動能力が高い、ヒーローものの様なそのアクションを見ていた銀髪の男だが、にやりと笑うとそれを追いかけるように同じ要領で降りてゆく。
ただし少年の蹴る回数とは格段に少ない回数で下に到達し、あっという間に少年の数メートル後ろに着いた。
こうして”追いついては引きはがし、追いついては引きはがす”という状況が続いていく。
その危険な追いかけっこは、平穏な並盛で、戦いが始まる序章に過ぎなかった。
いつも通り早起きをして朝食を作ってから学校へ行こうとした私は、リビングに入って目を見張った。
奈々お母さんが先に起きていて、ちゃんと着替えも済ませたうえでエプロンをつけて超豪華なメニューを作り続けているからである。
……マジか。
三年前はこうじゃなかったよね?
確か、家族全員でビュッフェレストランに行ったはず。
え、何ホントこの状況。
どちらにしろ、沢山ものを食べるっていう事に変わりはないけど、朝だから胃が受け付けないもの多い。
から揚げに、焼売、エビフライ、ピザ、串焼き、コロッケ、お寿司、パフェ、サラダ、野菜スティック、杏仁豆腐、フルーツポンチ(スイカの器)、フライドチキン、七面鳥の丸焼き、餃子、オムライス、パエリア、フランスパン、食パン、ベーコンアスパラ、フルーツ盛り合わせ、カンパチ(魚)の生け作り…………
だめだ。
なぜかパーティー使用の料理が多い。
つ・ま・り、”脂肪”と”糖”の組合わせ過多。
しかも脂肪分の方が多い。
『……奈々お母さん?』
声をかけるも返答はない。
これはますます、こっそりと学校に行くか。
「一体どうなってんだ?」
声に振り向けば、リボーンが起きてきていた。
きっちり、黒スーツを着ている。
『えーっと、家光さんが帰ってくるのだと思います。私はサラダだけいただいて学校へ行きますので、後をお願いしてもよろしいでしょうか?』
「いいぞ。……ついに始まるのか?」
『ええ、どうやらそのようです』
リボーンに後を任して、サラダを食べた後、足早に学校へと行く。
ツナ、何も語ってやれない姉でごめんね。
こういう面で家光さんに似たなんて嫌だけど、ほんとに必要だから、ごめんね。
櫻が出かけてから四十五分後にツナが起きてきた。
ふむ、良くはなったが、まだまだ生活習慣を見直さないとな。
「ちゃおっす」
「朝からどうなってんの?!しかもまだ作り続けてる?!!」
驚くツナを見ながら、それは俺も思った。
櫻の意見は日頃の後遺症と天然な性格が出たんだとのこと。
どっちも厄介だ。
ツナそろそろ、その情けない口を閉じろ。
「ツナ、これはどういうこと?」
「ツナにぃが昨日テストで百点取ったとか?」
ビアンキとフゥ太が口々に聞いてくる。
「え、いや……。昨日も普通にダメライフだったけど……」
それはそうだ。
ツナはそうそう変わるとは思えない。
ま、ボスにはするけどな。
ツナが何度か声を出して、やっと奈々を振り向かせた。
事情を聴いて、ツナは大声を上げてびっくりする。
煩い、あとで宿題に追加してやらせるか。
「大人の女の気持ちは、ツナには解らないぞ」
「お前に解るのかよ?!!」
やはり煩い。
ねっちょりでやらせよう。
どうやら、三年前には家光の奴来ていたらしい。
ツナは二年前だと思っていたようだが、櫻の方が記憶力はしっかりしている。
しかも、居なくなった理由を”父さんは消えた”と奈々は言っていたらしいが、正確には”俺は消えて星になったとでも伝えといてくれ”と言い残していったらしい。
まったく、家光の奴は何を考えているんだ。
今じゃ、家の事は俺の方が解っちまってるじゃねぇか。
櫻の事もかなり酷いようだし、な。
どこが”ロマンチック”だ。
ビアンキはこれを”面白い”と評したようだが、それじゃあまりに奈々の精神がヤバいぞ。
絵ハガキが届いたから、もうすぐ帰るという事だが。
……家光。
そこはないだろ、南極は。
あれも確かに大陸だが、石油ならば別の国を挙げるべきだ。
ツナが脱力したが、朝はちゃんと食べないとな。
ま、俺は珈琲と串焼きでいいが。
そろそろ、ギャロップお兄さん来日したかな?
正直家光さんより、そっちの方が、気が楽だよ。
話がスムーズだからね。
偏見もしないし。
いつも通り裏後門に立ち、その後、応接室へと行く。
待ち受けていた雲雀さんと書類を見てため息をつき、書類を片す。
……確か、補講そっちのけでツナ達ショッピングに行ったんだよね?
私はテスト免除だからいいけどさ、雲雀さん権限で。
そろそろちゃんと身をいれたらどうなのよ?
我が弟ながら情けないぞ??
書類に一通り目を通し、雲雀さんに外出許可を取って、学校を出る。
外出名目は街の警邏。
さぁて急がなくっちゃな。
ツナの奴。
補講をさぼりやがった。
……獄寺め。
あとで二人とも、ぐっちょりと宿題を出してやる。
「おい、ツナ。サボった分の勉強は、帰ったらぐっちょりやるからな」
「ぐっちょりやだ―!!」
「獄寺、お前も参加しろよな」
「リボーンさんのお言葉とあらば。この獄寺隼人、十代目の右腕として一緒に勉強させていただきます!」
獄寺は頭良いから何とか解けるかもしれない問題も作るか。
ツナには無理だろうけどな。
しかし、ツナは友達が多いな。
これがほとんどマフィアにならざるを得ないのだから、仕方ない。
櫻、お前の方はどうだ?
親しいザンザスや九代目を筆頭にした集団は、イタリア。
こちらに居るのは、風紀委員の連中のみ。
友達、少ねぇかもしれねぇな。
ええっと、ツナ達がいるのはショッピングモールか。
確かにいろいろあるからねぇ、あそこ。
ただ、大手チェーン店だから、あまり雲雀さんの支配が及ぶようなところじゃないんだよね。
そういう点では安心だわぁ。
雲雀さん自分の支配下の者が壊されるたび、壊した相手を咬み殺すから。
って、言ってる間に着いたよ。
さぁって、どこにいるかねぇ。
ずっと攻防しているだろうスクアーロと、なぜか大所帯のツナと、ギャロップお兄さんは。
……今はまだポニータお兄さんか。
場所は分からないね。
仕方ないから、外で待つか。
スクアーロ、裏玄関付近で襲ってたし。
こういう情報が、前世知識としてあるなんて、ほんと厄介だけどさ。
程なくして、ツナがイーピンとランボにせがまれて出てきた。
保育士みたいだね。
そっちの才能あったかもしれないなぁと思ったが、ツナにモンスター・ペアレンツを相手するような精神はないと思うので、却下です。
しかし、ほんといい子だね~、あの笹川京子ちゃん。
ツナ。
泣かせたら、半殺しにしてやるからね。
時は来た。
十二年前の時のように、リボーンが来た時のように。
運命の時が来る。
気配を消して、建物の片隅にいる私の耳に爆音が聞こえてきた。
「ええ~っ!!!」
情けないツナの声も聞こえる。
さて、どのタイミングで出て行くべきか。
「ヴォオイ!何だぁ外野がぞろぞろと。邪魔するカスは叩っ斬るぞ!」
流石は大声のマフィアランキング上位さま。
結構な距離で離れていても聞こえます。
そして、リボーンの演技は此処から見ても、全く演技とは思えないほどプロ級です。
スクアーロのセリフに、獄寺君と武君が喧嘩モードになった。
おいおい、それは挑発に乗ってるだけだって。
相手の思うつぼだから、やめときなさい。
って、二人ともまだ青いか。
熟す直前と夜が明ける直前が一番やばいんだから仕方ないねぇ。
「何なのいったい……」
「嵐の予感だな」
「うせろぉ!」
スクアーロが剣撃で土煙を巻き起こす。
行くなら今か。
私はそう思った途端に走り出し、ツナの横までダッシュ。
『大丈夫?!』
「櫻姉さん!」
「櫻か」
『リボーンも。とりあえず、ここから離脱するわよ!まずは、ランボとイーピン、笹川さんと三浦さん!貴方たち四人!ツナ、リボーン!また来るから後頼んだ!』
そう言って、子供二人を両肩に乗せ、女の子二人と手をつないで、後方へ下がる。
「一体どうなってるの?!」
「はひ、デストロイです!」
「爆竹!ランボさん、花火みた~い!」
「ランボ、もっと空気読む!」
『皆さん!まだ危険だから、早く、あの場所から遠ざかりましょう!』
ショッピングモールから離れ、自宅までの間にある公園まで連れて行く。
『ふぅ、ここまでくれば大丈夫でしょう』
「あ、あの、櫻さん。ツナくんは……」
『笹川さん。今から、私もあの場に戻るわ。大丈夫、獄寺君も武君もいるし』
「ツナさん……」
『三浦さん、ツナは無事に家に戻すから、沢田家に行っていてくれないかな?イーピン、二人をエスコートしてくれますか?』
「りょうかい!」
「櫻ねぇ~、ランボさん腹減った~」
『……ランボ。家に帰ったら、ケーキ焼いて置いてあるわよ?』
「ランボさん、今すぐ家帰る!!!」
一通り説得して、ジタバタするランボを押さえつけた。
『ランボ、ケーキはね。そうやって急ぐと、無くなってしまいますよ?三浦さん達と一緒に帰ってくださいね』
「ランボ君、いっしょにお家に帰ろ?」
笹川さんがランボに掌を出す。
「う~、ランボさん京子と一緒に帰る」
どうやら、ひと段落したようだ。
こうして四人を沢田家に避難させて、私はショッピングモールへと戻る。
……しかしまぁ、さっきのバジルとやらの対応も未熟だった。
見知らぬ一般人としてツナ達を扱えばよいものを、思いっきりこの人に用があると言わんばかりに接していては、スクアーロじゃなくともツナ達を攻撃対象にするではないか。
避難させて戻るまで五分ほど時間がかかった。
ん?
速すぎる?
まぁ、ショートカットを使ってますからね。
戻った時見たのは、獄寺君と武君、バジルが地面に倒れていて、ツナが死ぬ気モードになっていた。
……いつ見ても、変態的な格好ですね。
「まさかお前、うわさに聞いた日本の……。そうか!お前と接触するために。ますます貴様ら、何企んでんだ?」
なかなかの名演技をほとんど素の状態でやってのけるスクアーロ。
「死んでも吐いてもらうぞぉ!」
「うぉおおお!」
ツナが拳を振りかぶるが、スクアーロには簡単に止められてしまう。
覚醒したばっかだしね。
「ヴォオイ!ようぇぞ(弱ぇぞ)!!」
剣の峰で掬われて、壁に叩きつけられた。
「死ぬ気弾じゃ歯が立たねぇか。本当は小言弾でハイパーな死ぬ気モードにしてぇとこだが、あれを使うとツナは、一週間は筋肉痛で動けなくなるからなぁ」
ツナはもう一度立ち上がってスクアーロに挑んだが、もう一度叩きつけられて、死ぬ気モードが解けてしまう。
あらら、耐久度もまだ駄目か。
で、どさくさに紛れて、いったん隠れ、身を起こしたバジルがツナに箱を渡す。
……これもタイミング悪すぎ。
スクアーロがそんなのを見逃すはずもなく、二人に剣を向けた。
「相変わらずだな。スペルビ・スクアーロ。子供相手に向きになって、恥ずかしくねぇのか?その趣味の悪い遊びをやめねえっていうんなら、俺が相手になるぜ」
ギャロップお兄さんキター!
違う、ポニータお兄さんか。
『ほう、街が騒がしいと思ったら、貴方の仕業ですか。弟を怖がらせた事も含めて、私がお相手しましょうか?』
私も別方向から歩み寄り、三つ巴の状態になる。
「ち、キャバッローネに、お前は……ボンゴレの秘女神!」
しばしの間、三人で睨みあいが続く。
「ヴォオイ!跳ね馬、そして秘女神、お前らをここで倒すのも悪くはない。だが、同盟ファミリー、秘女神とヤりあうと上がうるせぇ」
でしょうね。
「今日のところは大人しく帰る……、なんて言うと思ったらわきゃねぇぞぉ!」
ツナの不意を突き、箱を奪って、スクアーロは建物の屋上へと移動した。
……いつ見ても速い。
『……っ!』
「大丈夫かお前たち」
「な、なんとか……」
「相変わらずあめぇな、跳ね馬。今回は貴様に免じてこいつらの命は預けておいてやる。だが、こいつは頂いてくぜぇ!ヴォオイ!」
箱を見せ、スクアーロは意気揚々とこの場を去った。
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