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Sound of Music

    

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「サウンドオブミュージック」と言えば、

数ある映画作品の中で、名だたる作品ですよね。

映画好きの私ですが、この作品は私の中でもかなり上位にランクされる作品です。

高校時代、音楽のテストとして、

「サウンドオブミュージック」を歌わされたことがあります。

「お前ら、外国語科だろう。英語で歌った奴には1.5倍の点数をつけてやる」と言われ、

ジュディーアンドリュース気取りで歌ったのを覚えています。

英語で歌ったのは私一人だけでした・・・。(後から考えると恥ずかしい)

そんなことはさておき、マリアが実在の人物だって

ご存知の方があまりいらっしゃらないことに驚きました。

インターネットを探しても情報が少なかったので、

興味のある方に是非!と思い、ここで

マリアの幼少期~大佐と結婚するまでの生い立ちを少しご紹介

(映画の暖かい雰囲気とは少し違うリアリティーを含んでいる為

あまり知りたくない方、はお読みにならないことをお勧めします。)


Maria AugustaKutschera(マリア・オーガスタ・クッチェラ)

1905126日未明にウィーンへ向かう列車の中で生まれました。

その後、マリアが2歳になると、母が他界。

父の従兄夫婦に預けられて育てられます。

映画ではマリアの信心深く暖かい人柄が強調されていますが、

育ての親の従兄夫婦はストリクトな社会主義者、また、無神論主義者でした。

また、家ではマリアは一人っ子だったので、大人の環境の中で育てられました。

しかし、学生時代のある出会いがマリアの人生を一変させます。

ある日、マリアはバッハのコンサートを聴きに教会へ向かいます。

教会では、ある名高い牧師がちょうど説教を始めたところで、

中はすし詰め状態でしたが、マリアはその牧師の話に耳を奪われます。

小さい頃から伯父から、

「聖書の話はすべて寓話にすぎない」と教えられたマリアでしたが、

話が非常にすばらしく、圧倒されたのです。

話が終わり、壇上から降りてきた牧師の腕をマリアはつかんで大声で尋ねました。

「その話、全部本当?」

マリアは牧師からさまざまなことを学び、遂に修道院に入院し、

熱心な修道女になり、主に仕えていました。

しかし、修道院での生活は朝から晩まで屋内だった為、

体調を崩し、医師の診断もあって、修道院から出て生活するよう指示されます。

それがGeorg VonTrapp(ゲオルグ・フォン・トラップ)海軍大佐の家での生活の始まりでした。

映画ではすべての子供の家庭教師として派遣されていましたが、

実際はリウマチ熱に冒された娘のお世話係として派遣されました。

その後マリアは修道院に戻ることなく、

1927年11月26日、トラップ大佐と結婚しました。


映画の世界のマリアはとても朗らかなので、

こんな過去があったなんてと驚かされました。

マリアの過去を知って、改めて考えさせられたことがあります。

それは、「人間っていつでも変われるのかもしれない」ということです。

小さい頃の1年1年ってとても重要ですよね。

「三つ子の魂、百まで」って言うことわざがありますが、

私はそれを逆手にとって、

自分の短所や悪習慣をトラウマや小さい頃の経験のせいにすることがあります。

「・・・だからしょうがない」「・・・だからどうしようもできない」って。

でも、そう思ってしまった瞬間、そこで終わってしまうんですよね。

マリアは牧師の言葉を先入観を持たずに受け入れ、自分を変えた。

長期間に亘って培ってきた考え方や習慣を変えるのって

たくさんの勇気と努力と謙遜さが要ることだと思います。

わたしも毎日の一瞬一瞬を一生懸命生きて

人との出会いやその人たちの言葉を大切にしながら生きて、

自分の成長につなげて行きたいなぁと思いました。

だから、私も日々の生活の中で周りの人から

「うるさいなぁ」「わかってるよ」って思うことを言われることが

多々ありますが、

今度はもう少し真摯に、できれば感謝して

耳を傾けてみようと思います。


*info

トラップ家の子孫が経営する

「Trapp FamilyLodge」(トラップファミリーロッジ)

がアメリカバーモント州にあります。カナダからもとても近く、

興味のある方は是非訪れてみる価値あり。

HPではスタッフとチャットもできるみたいですよ。