かつての死神

  私が初めてあいつの背中を見たとき
  あいつから漂うオーラのようなものを感じた
  圧倒的
  そう感じさせる黒い力のようなものを颯爽と去っていく背中から感じた

  しばらくして
  実力の近かった私達は頻繁に会うようになるまでに親しくなった
  私とあいつ、香憐に昴
  あいつにくっついて妹の葉月もついてきたっけ
  でもレスティクラムが私達ほどの腕ではない葉月はいつの間にかマネージャーみたいになってたな…

  いつも五人でつるんでいた
  楽しかった
  私とあいつの関係も近くなった
  しかし、笑っている所を見たことはなかった

  あいつは背中に死神を背負っていた

  あいつは強かった
  誰よりも強かった
  試合が始まると同時に相手を恐怖のどん底まで導く死神
  通り名どおりの禍々しいほどの力で何人もの相手をねじ伏せた

  ある時
  いつもの様に相手を完膚なきまでに叩きのめし、ロウグアウトした後のあいつの背中に死神はいなかった
  かわりに見たのは寂しそうな背中…
  始めて見た
  そしてその姿は印象深く私の瞼に焼きついた

  それから私はあいつのことが知りたくなった
  強さの陰に潜む別の顔をしたあいつを知りたかった
  今になって考えてみればあいつに惚れたのはこの時からだったのかもな…



  「……アル、指示を…」
  ミュリエルの静かな声で我に返る
  そうだった、今はバトルの途中……
  って、なにを呆けているのだ私は!
  相手はハウリン、装備は標準…おそらくはビギナーだろう
  吠菜壱式を右手に構えてミュリエルに照準を合わせている
  今から回避行動に移る暇はなさそうだ
  ならば…
  「問題ない、こちらも発射用意。相殺する」
  私の指示にこくんと頷くミュリエル
  サブアーム右腕の手首をパージ
  私発案、エリー改造によるオリジナル内蔵武装《ライトオリジン》を起動させる
  初発にはあらかじめエネルギーチャージを終了させているので今すぐにでも発射可能だ
  本来なら文字通りの奥の手であるが…マスターである私が呆けていたから負けたなど
とあいつに知られたら悔しくてならん

  相手のマスターは危険を察知したのかすぐさまハウリンの吠莱が火を噴く
  「……Lock」
  言いながら集束したエネルギーを放出するミュリエル
  発射した高エネルギー波が吠莱から放たれた実弾を捕らえ、相殺したことにより二人の間に大きな衝撃波が生まれる
  それに耐え切れずに体制をぐらつかせるハウリン
  「休むなミュリエル」
  同じ事を考えていたのか、ミュリエルは私が指示している間にもサブアーム左腕の手首をパージして右腕同様のオリジナル内蔵武装《レフトアイアン》を構える
  標準装備に例えるなら右腕がアーンヴァルのLC3のような高エネルギー兵器、対を成す左腕はヴァッフェバニーのSTR6のような高速発射に優れた実弾兵器だ
  ミュリエルの左腕はハウリンを捕らえ鉛の雨をコレでもかと言うほど相手に浴びせる
  しかしハウリンの前にはプチマシーンズが己の体を盾として主人を護りに入った
  よって着弾はゼロ
  しかし現状が不利と判断したのだろう、プチマシーンに護られている間にこの場からの離脱を試みるハウリン
  「……逃がさない」
  《レフトアイアン》の射撃を止めることなくバックパックを展開
  ミコとのバトルでも用いた六連式自動装填型ミサイルポッド《アポカリプス》
  相手を燻り出すにも追い詰めるにも使えるミュリエルお気に入りの武装だ
  「……Lock!」
  心なしか先ほどよりか気合の入った声とともにホーミングミサイル全弾発射
  それに気がついたハウリンは振り返りざまに棘輪を投擲して二つを落としたものの残る武装は十手のみ
  同じく投擲するが…やはり落とせて二つ
  残りの二つは今だハウリン目掛けて襲い掛かっていく
  打ち落とす手段をなくし、逃げることもかなわない
  マスターに指示を仰ぐ事も間に合わずハウリンは爆炎の中に消えた

  『ノックダウン! 勝者、ミュリエル!!』



  「……よくやったなミュリエル」
  私はバトルを終えたミュリエルの頭を撫でていた
  ミュリエルは目を細めくすぐったそうにしている
  彼女はこうされる事が大好きだと私は知っている
  「アル、ミュリエル、お疲れサマ~」
  近くで観戦していたエリーがこちらにやってくる
  今日はエリーと共に博士の使いで秋葉原まで来た
  用事を済ませ、そのついでと神姫センターに寄り道をして今にいたる
  とりあえず私達は次のバトルも始まるので待合スペースに向かうことにした
  「サブアームとバックパックの調子は良さそうだね」
  「ああ、性能はなかなかのモノだ。流石、天才科学者の娘の作品だな」
  「あ、やっぱり? そう言って貰えれば苦労した甲斐があるよw」
  エリーはこういう武装パーツの作成にも興味があるらしい
  しかし彼女の神姫はあまりバトルが好きではない様なので新作運用テストにはミュリエルが協力している
  こちらとしても武装提供はありがたいのでギブアンドテイクだ

  「あれ? なんだか人だかりが出来てない?」
  待合スペースには有名人でも見つけたかのような人の山ができていた
  エリーは「ちょっと見てくるよ」と言って人だかりにかけより、小さな体を活かして人込みをすり抜けていった
  私とミュリエルはしばらくその人だかりを見ているたのだが、突然中心の方から「うがぁぁぁ!!」と吼えるエリーの声が聞こえてくる
  エリーの威嚇(?)に人だかりは徐々に薄れていった
  どうでもいいが他にも追い払う方法があっただろうに…
  連れとして少し恥ずかしいぞ

  完全になくなった人の山の中にいたのは肩を怒らせ興奮状態のエリーとそれをなだめている香憐だった
  「香憐? こんなところで何を…」
  「ああ、アル。あなたも来ていたんですね。それにミュリエルも」
  「人だかりに囲まれてなにやって…」
  私はそこまでたずねて香憐の肩にいるいつもと印象の違う孫市に気がついた
  「……孫市?」
  「アルティ殿…この衣装にはあまり触れて下さるな……」
  たずねようとした事を先に釘を刺されてしまった
  なにか疲れきった顔をしている孫市
  可愛い衣装とどんよりとした表情のギャップがとてもシュールだ
  「先ほど素晴らしいお店に連れて行って頂いたんですよ。この衣装はそこで」
  孫市とは対照的にニコニコ笑顔で嬉しそうに話す香憐
  なんとなく事情は飲み込めた
  今の孫市と同じような顔をした葉月の表情を思い出す
  そういえば私にも着せようとして必死に逃げたこともあったか…
  過去の経験上他人事ではなくなった孫市を見ながらちょっとした疑問を口にした
  「連れて行って頂いたって…あいつも来ているのか?」
  「はい。今はバトル参加の申請に…」
  「あ、明人~!」
  「なんでお前らこんなところにいるんだよ」
  「いるんだよとはご挨拶だね。こっちはせっかく香憐を助けてあげてたのにさ」
  機嫌を直したエリーの声と怪訝そうな顔をしたあいつの声が聞こえる
  「は? どういうこった?」
  「僕らが通りかかったら人だかりが出来ててさ。何だろうと思ったら、香憐を囲む写メの嵐だよ。コスプレと思われたんじゃない?」
  確かに孫市の衣装は凄い
  しかしそれを目撃するなりすぐさま写メール撮影とは相変わらず秋葉原は凄い所だと実感…
  「んで、僕とアルで追っ払ってやったってわけさ。ちなみに僕らは父さんに頼まれたお使いの帰りのちょっとした寄り道中。父さん、今仕事が溜まってるから監禁中なんだよ」
  追い払ったのはエリーだけだと思うのだが…
  「明人達はいつもここまで来てるの?」
  「いや、俺たちもついでだ。いつもは違うショップ…そういえばお前らはまだ連れて行ってなかったな…」
  顎に手をやり考える明人
  「そんじゃエリーはアルのバトルの付き添いか?」
  「まぁね。僕の神姫はあんまりバトルは好きじゃないから今日は父さんと一緒にお留守番」
  明人はへぇ~と返事をしながら私の方に目を向ける
  そして目を合わせるなり
  「…勝ってるか?」
  と聞いてきた
  なんだそのにやついた顔は…
  「…愚問、当然だ」
  「それは何よりだ」
  さして反応はしないし驚きもしない
  こいつなりに私とミュリエルを実力を買っているのだろうか…
  「よ、ミュリエル。元気か?」
  明人は私の肩に座っているミュリエルに指を差し出す
  ミュリエルは明人の指を両手で抱きしめ、微笑みながら頷く
  この子は人懐っこい方だがここまでの笑みはなかなか見せない
  見せたとしても私以外には明人に対してぐらいだろうか
  …………なんとなくジェラシーを感じる
  明人も明人でデレデレと…
  案の定ノアに自慢の大鎌を突きつけられて脅されているがいい気味だな
  そう思っていると周りが少し騒がしくなる
  先ほどと同じく孫市かと思ったが…目線はノアの方を見ているようだ
  「なるほどね…『緑色のケルベロス』か…」
  ぼそっとエリーがつぶやいた
  「ファーストリーグでも上位に君臨する地獄の番犬、そしてあの大鎌がその由来となったノアの『牙』…《クロノスベル》 僕もナマでは始めて見たよ…」
  キラキラと目を輝かせながら言葉を続けるエリー
  こいつ…意外とウエポンマニアなのかもしれない…
  「かつての死神と地獄の番犬のコンビ…なんか凄い組み合わせだよね~」
  ケラケラ笑うエリーの言葉に私はバトル中に考えていたこと思い出し、あいつの背中を見てみたくなった
  「かつての死神…か…その通りだな」
  以前の死神を背負い颯爽と歩く背中ではなかった
  だけど寂しそうな印象など何処にも感じさせなくなっていた
  変わりに胸ポケットと頭の上と左肩から騒がしい声がする
  変わりに文句を言いながらも楽しそうなあいつがいる

  すぐに追いついてみせると再び心に刻み、呼び出しのアナウンスを受けて「タイミングわるぅ……」と愚痴りながら人込みの中をバトルシステムに向かうあいつの背中を私はただ見送っていた

  追記
  翌日の事だ
  私達は研究所の住居スペースでコタツに入りながらテレビを見ていた
  見ているのはファーストリーグの中継番組
  もう少しでノアの試合が始まろうとしていた
  ふと、テレビに映る明人を熱心に見つめていた我がパートナーになんとなく質問
  「ミュリエル、お前………明人にやたらと懐いているな…」
  「…………アル…ヤキモチ?」
  こちらに振り向き、首を傾けながらお約束の台詞を口にするミュリエル
  「ヤキモチキターー!!」と五月蝿い親子は無視の方向で
  ここは否定するのも面倒なので素直に認めておこう
  「そのようなものだ。人懐っこいお前でもあれほどの笑顔は珍しいからな…」
  「……………ミュリエル…明人…好き…」
  「…………それは…どの位だ?」
  腕を組み、少し考え込むミュリエル
  しばらくしてからいつになく真剣な表情で
  「……………Love?」
  と呟いた

  最後の「?」が少し気になるが
  衝撃の新事実
  ライバルはここにもいた…


  「……………そ、そうか……」
  ミュリエルは私の顔を見てクスクス笑っている
  横でエリーが「ハーレムに一名追加だね♪」とか笑顔でほざいているが再度無視の方向で
  私は試合を終え美人女子アナウンサーにインタビューされているテレビの中のあいつの顔をなんとなく睨みつけてやるのだった…
                        終わり

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最終更新:2008年03月29日 21:18
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