出会いは雨の日


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  「橘…明人様ですね?」

  雨、雨、雨…

  六月の梅雨に聞こえるのは雨の音だけ…
  だから彼女の声は余計に俺の耳に響いたのかもしれない…
  だから彼女の瞳は余計に澄みきったように見えたのかもしれない…
  だから彼女の少し濡れた黒髪は美しいと俺に思わせたのかもしれない…

  俺と彼女の出会いは
  俺にとって…きっと…



  「ですから、私はその試作機だと言ったんです」
  「…………」
  俺はこの子を家に上げたことを心底後悔していた
  爺さんのとこから来たようなことを言っていたので知り合いなのかと安直に考えた結果がコレだよ…
  まぁ、マンションの俺の部屋の前でうずくまっていた彼女をそのままほっとけるわけでもないんだがなぁ…
  でもさ、爺さんの差し金だって言う時点で警戒するべきだったんだよ…
  どこまで腑抜けの甘ちゃんになっちまったんだよ俺は…まったくもって自己嫌悪の他ないな…
  「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」
  「…どこへ行かれるのですか?」
  ソファーから立ち上がった俺に対面するかたちで座っている女の子が問いかけてきた
  「とりあえずは爺さんに連絡とってみる。んで、ついでに予約入れてくる」
  「予約…とは?」
  「耳鼻科の予約…あ、ついでに君も精神科に予約入れとく?」
  「明人様のお耳は正常かと…それに私もいたって正常です。まだお話すべき事は残っています。兼房様へのご連絡はその後にしていただきたいのですが…」
  正常ですか…そうですか…
  ま、もう少しそのオハナシとやらを聞いてみようじゃないの
  幻聴が聞こえるなんて言ったら俺まで精神科行きかも知れないしなぁ…
  「先ほども申しましたように、私は少々特殊なのですが…神姫として生活するときはこの15cmの素体、MSSを使います。この専用素体をベーシックな物に変えれば普通の神姫と何も変わりません。活動エネルギーは人間体のときは食事、MSSのクレイドルと同様のバッテリーチャージの二通りがあり…」
  「………………」

  彼女の説明を右から聞いて左に流しながら俺はふと思いに耽っていた
  『どうして…俺のところなんだ?』そう思った
  素朴な疑問だ
  爺さんも趣味が悪い
  俺が今どんな状態なのか解っててやってるんだ
  絶対…
  研究だかなんだか知らないけど、俺にこんな面倒押し付けて楽しんでるのか?
  俺にはこの子のマスターになんてなれやしないのに…

  「基本的には人間と大差はありません。アンドロイドやヒューマノイドの延長線上とお考えいただければ…」
  「………………」
  「……明人様、聞いておられるのですか?」
  「…なぁ、一つだけ聞いていいか?」
  「はい、ご質問なら何なりと…」
  何でこの事を聞いたのかは憶えていない
  ただこの子があまりのも真剣だったからかもしれないし、その時の俺には何もかもが煩わしかったからなのかもしれない…
  「えっとさ、この研究ってめちゃ大事なことなんじゃないの?その、武装神姫…だっけ?それと人の関係のための理想なんだろ?」
  「はい、これはメーカーにも正式な協力関係に組み込まれております。フェレンツェ博士、兼房助教授のご両人とメーカーの次のステップへの試みですから…10年…20年先を見据えた一大プロジェクトです」
  「だったら俺は一番先にそのモニターとやらから除外されるべきだ」
  だって…俺は…何もかもから逃げ出した…もっともな言い訳でっち上げて…アイツを見捨てて…
  そんな俺がマスター?爺さんよ、無謀すぎるってもんさ…
  「もっとちゃんとしたヤツがいるだろ?なんつーか、大事にしてくれそうなヤツは俺以外なら大勢いる…」
  俺はきっと、いつかこの子を傷つける
  俺はそういう人間だ…俺はそれが己の被害妄想なんかじゃないことを理解している
  周りがどう思おうと、現実的に傷付いた人がいるんだ…だから俺なんかじゃなくて、もっと大切にしてくれる…
  「いいえ、貴方でなければなりません」
  彼女の声は全く揺らがなかった
  「だから、なんで…」

  「私が決めたからです」

  しばしの沈黙。雨の音だけがリビングに響き渡る
  「………はい?」
  「兼房様は私に『明人がお主の眼鏡に適うのならばマスターにせよ』と言いました。だから私は明人様、貴方を私のマスターにします」
   え?え?え?っちょ、ちょっと待てよオイ
  「なんかそれって逆じゃないか?」
  「私もそう言いましたが、なんでも『押しかけ女房』というものらしいです」
  「押しかけ女房って……でもさ、聞いてるんだろ?爺さんから俺のこと…その…レスティクラムのこと…」
  「はい、存じております」
  「君はそれでもいいのか?こんな俺でもいいって言うのか?」
  「はい。先ほども申しましたが、 私には貴方でなければなりません。なぜかと聞かれると困ってしまいますが…私はプロジェクト初号機ですので、サンプル採集に害を及ぼさないために最低限の知識以外は初期入力を行ってはいません。ですので今のこの感情は私には表現できないのですが…」
  感情…ねぇ…
  「ただ…」
  「…ただ?」
  「貴方はきっとお優しい方です。そんな貴方と私は…もっと側にいたいのです…」
  そういいながら彼女は初めて微笑みを見せた。
  「……………」

  …なんだろうな…なんか知らないけど凄く暖かかった
  俺にも理由なんてわからないけど…俺もこの子と一緒にいたいと思った
  ただそれだけで十分なような気がした
  もう一度歩もうと思った
  今度は…この子と共に…

  「……ノアール」
  「え?」
  「君の名前だ。ノアール…イタリア語の黒、「ノワール」からさ。でも「ワ」ってなんか言いにくいだろ?それなら呼びやすい「ノアール」の方がいい。これから…その…毎日呼ぶんだからな…」
  「…何故黒なのですか?」
  「それは…その…なんとなく…」
  「…なんとなくですか」
  「うん、なんとなく…」
  言えるわけがなかった
  『始めて見た時のお前の黒髪に魅せられた』なんて…そんなキザな台詞、流石の俺にも言えるわけがなかった…
  「ノアール…それが私の名前…」
  「気に入って…くれたかな?」
  「はい」

  再び彼女が微笑む
  また俺は心が暖かくなるのを感じる
  それをこれから毎日続けていけるのだろうか…
  彼女はこれからも俺に暖かい気持ちをくれるのだろうか…
  もし、もしもそうならば…
  俺は誰よりもこの子のために立派なマスターになろうと思った…

  「それじゃ…これからヨロシクな。ノア」
  「はい、ご主人様」

  …………ん?今なんてった?
  「さっそくで悪いんだがノアールさん?」
  「はい、ご主人様。何でしょうか?」
  「そのご主人様っていうのは…何?」
  「明人さんのことです」
  「いや、そうじゃなくて…」
  「これは私の数少ないデフォルト設定です。変更は認めません」
  「おまえ、認めないってことは変更できるんだな……じゃあ変更…」
  「認めません」
  ぬ…
  「…して下さい」
  「いたしません」
  ぬぬぬ…
  「しなさい」
  「しません」
  …降参
  「あ~もうわかったよ!頑固なヤツだな!!好きに呼べ…」
  「はい、ご主人様w」
  こんどは少しイタズラっぽく笑う彼女
  立派なマスターになるの、やめよっかなぁ……



  気が付けば雨は止むように
  梅雨の後には暑い夏が来るように
  俺と彼女の出会いは
  俺にとっての梅雨明けだったのだろう…
  これから蝉たちがかしましく騒ぎ出す暑い夏が来ることを
  俺はひそやかに待ち望んでいた…

  追記
  「ご主人様、起きてたのですか…」
  リビングのソファーの上で上半身だけ起こしている俺に部屋に入ってきたノアが声をかけた
  そうか…俺は寝てたのか…
  季節は…冬だな…暖房を効かせたリビングで寝ていたので、少し肌が乾燥しているのを感じる
  今は夢の続き…夢から五年後…そして彼女は…今も俺の側にいてくれる
  夢から抜けきれず、ボーっとノアの顔を見ていると
  なんだか…それだけでも暖かく…
  「どうしました?また寝ぼけてるんで…」
  ノアの言葉をさえぎる様に俺は急に立ち上がり、ノアを抱きしめていた
  「な、なぁっ!?ご、ご主人様!?」
  ノアにしては珍しい慌てた声に俺は無意識にやっていたことに気が付く
  「…わりぃ、ちょっとこのままでいさせてくれ…」
  「……………っ」
  ノアは何も言わずに俺の腕の中で顔を真っ赤にしたままだ
  おいおい、俺からしといてなんなんだが…これはちょっと恥ずかしかったか?

  いつも側に居てくれる、心強いパートナーでいてくれる
  当然で当たり前のことだけど…
  感謝してるぜ?ノア…

  ちなみにこの後、冬なのにかしましい蝉たちに見つかり
  ミコには勢いよく押し倒され、ユーナには蹴りを入れられ、昴たちには冷やかされた
  あの梅雨の日から始まった俺の、俺たちの物語は…
  まだまだ騒がしくなるんだろうなぁと
  ため息混じりに思う俺なのであった…
                             終わり

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