ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki 真紅と釣り

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それはまだ時代が昭和と呼ばれていた頃、まだ小学生だったボクは
新緑の清々しい季節の風が運んで来た一人の教師の卵と出会った。
それはボクに取って忘れられない思い出になった。

「今日から2週間教育実習で桜田先生のクラスを受け持ってもらう
ことになった真紅さんです」
やや髪の毛が後退し、中年太りの腹が目立つ50代半ばほどの
教頭が朝の短い会議で真紅を各教師達に紹介する。

「真紅さん、小学生って元気がありすぎてねぇ、本気で
取り組んだら大変よ~。まぁ適当に相手するのがいいわよ」
静まり返った廊下を歩く桜田のりは1歩後ろから付いて来る真紅に
ニコリと笑いながら言った。
5年3組、そのとびらを開けると小さな眼差しが一斉に真紅に向けられる。
「はい、みんな。今日から2週間、私と真紅先生が見ることに・・・」
のりは生徒達に真紅を紹介しだす。好奇心の目、なにやらよく解っていない目、その中に混じって一人の少年は窓から見える何の変哲もない景色を眺めていた。
―――――ふん、教育実習?まぁボクには関係ないね。
その少年のもつ雰囲気がそう語っているようにも見られた。


当初は緊張の為かギコチない真紅だったが持ち前の威風堂々とした雰囲気を出し
ながらも時折みせる優しい笑顔と、なにより子供が好きだという気持ちが伝わった
のか、すぐにクラスに馴染み、生徒の中では真紅の雰囲気と独特の口調から考えた
のか「女王様」というアダナで呼ぶ生徒まで現れた。
「真紅さん凄いわね、こんな短時間に子供達に溶け込んじゃって」
「えぇ、子供が好きだし、それに一緒に遊ぶのが何より楽しいのだわ」
真紅とのりは昼休みにお茶を飲みながら校庭で元気よく走る子供達を見ながら
話をしていた。
「でも一人だけ私に心を許してくれない生徒がいるのだわ・・・」
ポツリとつぶやく真紅にのりは小さくフゥ~っとため息をはく。
「ジュン君ね、彼は成績はいいけれど他人と接するのが苦手な子でね。
学校も休みがちだし、両親も共働きで夜遅いみたいだからちょっと心配ね」
昼休みが終わり慌しく教室に戻る生徒達、その中にジュンの姿は見えない。
ジュンはいつも教室から退屈な表情でずっと外の景色を眺めている。
それは真紅の授業中でも同じ。
―――――早く実習とか終わらないかなぁ、この真紅って先生ダルいよ。
―――――あぁ、そこ昨日予習したから、聞かなくていいや。
チャイムが鳴り、帰りの挨拶が終わると生徒達は笑顔と笑い声を出して
教室から飛び出していく。ジュンは一人取り残されたように席を立ち
ゆっくりと校門を出て行った。



「女王様バイバ~イ」
「ちょっと、真紅と呼びなさい。気をつけて帰るのだわ、さようなら」
帰り道ですれ違う生徒達に笑顔で手を振る真紅。
その日は春の陽気が残る午後に足取りも軽い真紅はいつもと違う道を通り
駅へと向かっていた。
そこは小さな住宅街を前に小さな川が流れ横にはあまり手の行き届いていない
雑木林がある道。
夜間なら街灯も少なく気味の悪い場所だが、今は心地よく吹く春の風がそんな
薄気味悪さなど忘れさせてくれた。
――――あらッ、あれはジュン?
学校では立ち入るのを禁止している雑木林の中に一人で入っていくジュン。
何やら悪い予感がした真紅はそっとジュンの後をつける。
よく通るのか踏み均された草が道を作っていた。
真紅は気づかれないように道を辿ると木々の間から大きな池が顔を覗かしている。
ジュンは池のほとりに倒れている木の陰で座り何やらゴソゴソとしている。
――――何をしているのかしら?
座っていたジュンが立ち上がると真紅の不安は消えた。
ジュンは小学生が見せる好奇心まじりの笑顔で釣り竿を持っている。
倒れている木に座り水面に揺れる浮きをワクワクとした表情で見つめるジュンの
目は学校で見せる目とは違い輝いていた。
――――フフッ。ジュンもああいう顔ができるのね。


日曜日、ジュンはいつもより早く起き、釣り竿を片手に自転車の乗る。
――――いつも秘密にしている場所、今日こそあの主を仕留めてやる。
そんな思いに自然と自転車のペダルにも力が入る。
慣れた手つきでエサを付け、釣りを始めるジュン。
その時、人が近寄る音がする
「私もイイかしら」
「えっ、真紅先生!?」
「私もここで釣りをするのだわ」
そう言うと真紅はジュンの隣に腰を下ろし2人ならんで水面に立つ浮きを眺める。
「ねぇ、先生。どうしてこの場所を知ってるのですか?」
「そうね、おじい様から聞いたのよ。それにこの竿もおじい様から
貸してもらったのだわ」
「へぇ~、先生って釣りなんかするんだ?似合わねぇ~ハハハハ」
「あら、そんな笑うもんじゃないのだわ!こう見えても小さい頃はよく
していたのだわ。所でジュンはいつも一人で釣りをしているの?」
「うん、ボクはここで絶対に主を釣ってみんなに見せてやるんだ」
真紅が実習でくる数ヶ月前にジュンは友人達と一緒にこの雑木林に探検を
しにきていた。偶然見つけた大きな池、その水面を覗き込むジュンの目に
写ったのは巨大な魚影。それはジュンの気配に気付いたのかゆっくりと
底のほうに泳ぎ去っていった。
大声で友人を呼ぶがジュンが見た大魚など誰も信じてくれなかった。


「本当に見たんだ、こんなにデカくて・・・でも、誰も信じてくれなくて
ボクをウソつきって呼ぶようになって。だから釣って証明してやるんだ」
「私はジュンをウソつきだなんて思ってないのだわ。私もここで主を狙って
みるわ」
ニコリと微笑んだ真紅の言葉にジュンは大きな笑顔になり2人は夕暮れ近くまで
楽しい会話まじりで浮きを見ていた。
「あぁ~あ、今日もダメだったよ。でも絶対に今度は釣ってやるんだ」
「そうね、諦めたらそこで道は途切れて・・・えっ、何、何?」
「先生、それかかってるよ。魚がエサを食べたんだ!」
真紅の持つ竿が大きく円を描くように曲がる。
釣り糸が魚の動きに引かれ水面を走っていく。
重い引きに竿を支えるだけの真紅、それを見つめるジュン。
その時、盛り上がった水面から見たこともない大魚が水泡と共に踊り出た。
「うわァァ!!」
驚きの声を出す2人をあざ笑うかのよに真紅の糸を簡単に切った大魚はそのまま
池の底へと帰っていった。
「ジュ、ジュン?今のって・・・」
「な、な、居ただろ?あれが主なんだ・・・ハッ、ハハハ」
「アレが主・・・フフフ」
真紅とジュンは今みたものに驚きつつも笑いが込み上げ、しばらく2人の笑いは
止まらなかった。


その後、ジュンは毎日のように真紅とジュン2人だけの秘密の池に通っていた。
そして真紅の教育実習が終わる最後の日、校門を出る真紅にジュンは駈け寄る。
「先生、今日でもう実習は終わりなの?もう少し居られないの?」
「そんな顔しないで、私はきっと戻ってくるのだわ」
「本当?約束だよ。ボク先生のこと忘れないから」
「私も忘れないわ」
そう言い真紅とジュンは小指を絡ませて指きりをした。
去っていく真紅の背中にジュンの声が聞こえる。
「先生、絶対に戻ってきてくれよ~!!」



それから時代は昭和から平成に移り変わり十数年が経過した。
まだあどけなさが残る一人の青年が私立有栖学園にやってきた。
「えぇ~、今日から本校で2週間という短い期間であるが教育実習を
真紅先生のもとで受けてもらう桜田ジュン君です」
教頭のラプラスがジュンを紹介する。
「それじゃぁ授業が始まるから私に付いて来るのだわ」
静まり返った廊下を歩く真紅とジュン。
――――真紅先生はボクの事もう覚えてるだろうなぁ。
「桜田くん、私達は教科書の文字だけじゃなく心と気持ちを
伝えるのが本当の教育だと思ってるのだわ」
そう言いながら真紅は教室のとびらに手をかける。
――――やっぱり覚えてないよな、あれから会うの初めてだし。
ジュンがそう思っていると真紅はゆっくりと振り返りニコリと笑う。
「所でジュン、あの主は釣れたの?」
「はッ、いいえ。あれから通ったのですが、ダメでした。ハハハ」
「フフフ」

あの日、まだ幼かったボクに教師になろうと決意させてくれた笑顔が
目の前にあった。ちょうど季節も同じ頃だった。そう、この廊下の窓から
入ってくる春の清々しい風が連れて来てくれた優しい先生の笑顔が・・・。

ここにまた新たな想いを胸に一人の教師の卵がその第一歩を踏み出そう
としている。ありふれた春の午前の校舎の中、そんな風景であった。