ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki

樹の芽

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蒼「今日ここに呼ばれた理由、分かるかい?」
放課後、蒼星石は自分が担任をしているクラスの1人の生徒を呼び出した。
生徒M「ええ、場所がここですから大体の事は」
蒼「それなら話が早いね。では早速だけど、このプリントの事なんだけど・・・」
すっと、机の上に置いてあった一枚のプリントをMの前に出す。
プリントの一番上にはこう書いてあった、『進路希望調査用紙』と。

進路指導室・・・主に大学受験を控えた3年生やこれからの進路を決める2年生に用いられる教室である。
先程Mが言っていたのも、呼び出された場所から進路に関する呼び出しだと分かったからだ。
蒼「そこに書いてある内容にもう一度目を通して」
Mは言われるがままにプリントに目を通す。とはいえ数日前に自分で書いたものだ、忘れるわけがない。
プリントの進路希望にはこう書いてあった『特になし』
蒼「毎年、君みたいな生徒は何人か出てくるんだ。だから、それ自体は特に何も言わないよ」
蒼星石はプリントの一点を指さし続ける。
蒼「でも、君の場合はそんな子達と違う点がある。それは、びっしりと書かれていたはずのプリントを
   消した上でそう書いた事なんだ」
M「・・・・・・」
蒼「本当は書きたかった事とか有ったんじゃないのかな?」
しばし沈黙が続く。1分ほどの沈黙の後、Mはおもむろに切り出した。
M「・・・夢が無いんですよ」
蒼「夢が無い?」
M「ええ・・・将来どんな事がしたいとか何になりたいとか、そんな夢が無いんですよ」
蒼「でも、君はこのプリントに何かを書こうとしていたじゃないか」
M「途中までは普通に書いていたんです。でも・・・気付いたんです。自分が書いてる事は全部絵空事なんだって」
蒼「・・・・・・」
今度は蒼星石が黙る番だった。Mが言うには、改めて自分がやりたい事を振り返ってみたら、何も無かった。
では、今書いてる事は何なのか?それは単に自分が苦労したくないから書いただけの中身の無い物なのではないのか?
そう思ったら、なんだか空しくなって消してしまったというのだ。
M「俺にはやりたい事なんて何も無い、でも無職なんて嫌だ。・・・自分でも甘い事言っているって分かってるんですけどね」

二人きりの教室に再び沈黙が訪れる。
蒼星石は悩んでいた。彼女が考えるには、Mはある意味で無欲で、ある意味では物凄く欲張りである。
毎年、色々な生徒を見てきた。夢に向かって進む者、夢を途中で諦めざるを得なかった者、未だ夢を模索する者・・・。
その都度、励まし、慰め、一緒になって探すなどしてきた。
しかし、Mの場合はそれらとはまた異なるタイプだ。先程の夢を模索する者と似ているが、彼の場合は
「夢を持たない者」である。過度な夢を持たない分現実的とも言えるが、言い換えれば状況にただ流されてるだけとも言える。
蒼「・・・それじゃあ、やりたい事を見つけたらどうかな?少なくとも絵空事でも書く事が出来たんだから、そこからでも・・・」
M「あれは、俺の学力とかそういうのから考えて選んだだけです。ただ平凡に生きたい、それだけしか考えてません」
蒼「・・・・・・」
重症だった。恐らく彼は働く気は有るのだろう。しかし、それは自己実現とか社会への貢献とかではない、給料のためだ。
ちゃんと働いて、人並みの人生を歩む・・・他に何も望まない彼の無欲な面である。
しかし、そんな考えは社会では通じない・・・と思う(他の教師や校長を見てると不安になるが)。
蒼「働くだけなら、探せばいっぱい有ると思うよ」
M「でしょうね。でも、そういう所じゃちゃんとした生活は難しいでしょう?」
蒼「なるほど・・・少なくとも君の我侭だって事は分かったよ」
M「我侭・・・確かに我侭ですね。でも、今更この考えは変わりませんよ」

今度はMが話を切り出した。
M「先生はどうして先生になったんですか?」
蒼「・・・君達ぐらいの頃、僕はまだ将来の事なんて考えた事無かったよ」
Mの顔つきが少し変わる。
蒼「でも、ある人と出会ったのをきっかけに僕の将来が少しずつだけど形を持ち始めたんだ」
M「ある人って?」
蒼「僕の先生だよ。もう亡くなられたけどね・・・」
夕日の陰になってその表情は良く分からなかったが、寂しげな顔をしているのはなんとなく分かった。
蒼「その人から沢山の事を教えてもらったし、教師になった後も色々相談に乗ってもらってね」
「もっともっと教えてもらいたかったけどね」そう言って寂しげに笑う。
蒼「そんな先生を見て、僕も教師という道について考えてみたんだ。世の中何がきっかけで自分の将来が決まるか
   分からないものだよ」

蒼「M君、君はさっき自分には夢が無いなんて言っていたけど、明確な夢を持っている人なんてそうは居ないよ。
   ましてや、その夢に向かって努力できる人なんてね。自分の夢を妥協したり、諦めなくてはならない人の方が
   圧倒的に多いよ」
M「でも、俺には何も・・・」
蒼「そんな事無いよ。少なくとも君には明確な夢がある。『平凡に生きる』って凄い夢が」
M「それのどこが凄い夢なんですか?」
Mは笑った。平凡に生きる事なんて夢でもなんでもない、ただの我侭だ。
蒼「そうかい?この学校で平凡な一日なんて、1日でも有ったかい?」
Mはまた笑った。確かにこの学校で平凡な一日なんてものは無い。
蒼「僕も平凡に生きてみたいって思う事が多々有るよ。良かったら君の夢に僕も混ぜてくれないかな?」
M「俺の夢に・・・ですか?」
蒼「うん」
そう言って蒼星石は笑った。Mも釣られて笑う。

蒼「これで君の中で夢の樹の芽が芽生えたね」
M「夢の樹の芽?」
蒼「そう。昔、翠星石先生が言っていたんだけどね。人間誰しも心の中に夢の樹を持っているって」
夢の樹はその人間の心の中で少しずつ成長し、樹が成長することで心が育つという。
樹は人によって違い、また成長の仕方も異なる。
M「それが芽生えたって事は・・・」
蒼「後は君がその樹を大切に育てて行けば、もっと大きな夢を持つ事ができると思うよ」
M「・・・・・・植物は育てた事無いんだけどなぁ」
笑いながらMは言う。でも、その顔は満更でも無さそうだ。
蒼「植物を育てるなら、翠星石先生が得意だよ。僕の樹も彼女の如雨露で大きくしてもらったからね」
M「翠星石先生だと、なんか悪戯されそうだなぁ」
蒼「植物に関してなら彼女はいつも真剣だよ。でも、僕だって君の樹を育てる事ができるよ」
M「どうやるんですか?水はもう十分だろうし」
蒼「君の樹にもっと多くの光を浴びせる事ができるように、周りの雑草を刈り取ったりね」


翠「最近、Mの奴が良く中庭の花壇の手入れを手伝ってくれるですぅ。以前は、冴えないダメダメだと思ってたですけど、
   あいつはなかなか見所の有る奴ですぅ」
あれから数日後、花壇の手入れから戻ってきた翠星石が珍しく人を褒めていた。
翠「確か蒼星石のクラスの子だったですね。一体、何が有ったですか?」
蒼「彼にも芽が芽生え始めたんだよ」
翠「?・・・まあ、手伝ってくれるのは助かるから良いですけど」
汚れた作業服を着替えに職員室を出て行く。蒼星石はその後姿を見ながら呟く。
蒼「彼の樹が咲かせる花はどんな花なのかな?」
Mに限らず、生徒全員の樹を楽しみにしながら、蒼星石は小テストの採点へと戻っていった。

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