ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki 飛行機雲

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ひんやりと冷たいコンクリートの壁に背をもたれ、消えようとしている飛行機雲をただ見つめる。
教室の窓も、グラウンドも面していない言わば学校の裏側とも言うべき場所でYは一人暇を弄んでいた。
いや、実際はそんなことをしている場合ではない。なぜならYが背中を預けている壁の向こうでは授業が行われているからだ。
「おかしいなぁ。今は授業中のはずだけど?」
すぐ横から蒼星石に声を掛けられた。飛行機雲を見るのに集中していたので全くその存在に気付かなかった。
「なんだよ、またあんたか」
このところ、毎日やってくる。特に叱る訳でもなく、Yに授業参加を訴えに来る。
その「優しい先生」振りが妙に鼻についた。
「こうも毎日毎日……」頭を掻き、軽く溜め息をついて蒼星石を見上げる。「あんた本当に暇だな」
「そんなことないよ。まだ終わってない仕事もたくさんあるし」
嫌味を込めて言ったつもりだったが、蒼星石はまるで気にしてない様だった。
天然なのか、計算なのか。どちらにせよそのすました返事が気に入らなかった。
「だったら」目を細め、蒼星石を睨み付ける。「俺のことなんか放っといてそっち行けばいいじゃねえか」
「そんなこと出来る訳がないじゃないか」蒼星石は大袈裟に肩をすくめた。「君の事を放っといたまま他の仕事なんかできないよ」
最後の一言が止めだった。蒼星石の真面目さや正義感の塊のような言葉に対する正体不明の嫌悪感がYの体を駆け巡った。
「じゃあ一生他の仕事はできねぇな」
立ち上がり、再び空を見上げた。いつの間にか飛行機雲はその姿をすっかりと消していた。
最後まで見ることができなかったのが妙に悔しかった。Yは舌打ちをした。
ズボンについた砂を叩き落としながら蒼星石の横を通り過ぎる。
「ちょっと、どこに行くのさ?」
背後から蒼星石が呼び止める声がした。
「俺がどこへ行こうがお前には関係ないだろ!!」
振り返らずに言い放った。それに対する蒼星石の言葉は無かった。
「けっ、『何が君の事を放っておけない』だ……。結局教師なんて……」
何も言い返してこない蒼星石に対して、Yは小さく呟いた。
Yは最後まで蒼星石の方を振り返ることなく校門を出た。だからこの時、蒼星石がどんな顔をしていたのかYは知らない。

次の日も、Yは同じ場所にいた。いくら蒼星石に話しかけられようと、Yは決して場所を変えなかった。
とくにこの場所がお気に入りというわけでもない。蒼星石に見つからないような所なら探せばいくらでもありそうだ。
だが気付いたらここに座っている。Yは自分でもよく分からなかった。
「今はY君のクラスは現国の時間だよ」
この日もやはり蒼星石は来た。蒼星石が予想通り、いつものように来たことに対して、どこかホッとしている自分がいた。
「金糸雀先生も、Y君が来ないって悲しんでいたよ」
「うるせーな。んなこと俺の知ったことか」
突き放すように言い放つ。蒼星石を、金糸雀を、そして自分自身をも突き放すように。
「先生さぁ」溜め息混じりに続ける「無理して俺のところなんか来なくてもいいんだぜ?」
「どうして僕が無理なんかするのさ?僕は……」
「あーもういいよ」
蒼星石の言葉を遮るように立ち上がると、目を合わせることなく通り過ぎた。
「待ってよ」後ろから、手首を掴まれた。「まだ授業はあるよ」
声は穏やかだったが、目は笑っていなかった。ずっと目を合わせていると、意思が負けてしまいそうな気がした。
「は、離せよ!!」
「あっ……!」
掴まれた手を全力で振り解くと、Yは逃げるように学校を出て行った。
飛行機の音が聞こえたので空を見上げた。だが、雲は発生していなかった。
そういえば、今日は昨日よりも温かい。


「あー、なんでこんなことしなくちゃいけねーですか!?」
放課後の見回りの間、翠星石はずっと蒼星石の後ろで文句を言っていた。
本当は今日の担当は翠星石一人のはずなのだが「蒼星石先生が一緒に来てくれないと行かない」と愚図り始めたので、仕方なく付き合うことになった。
「あ、美味しそうなケーキ屋ですぅ。蒼星石先生、ちょっと食べていくです」
「駄目だよ今は仕事中なんだから。ケーキはまた今度。ね?」
この見回りの時間だけで何度同じようなやり取りをしたことか。こういう部分に置いては、翠星石と水銀燈は非常に似ている。
翠星石の腕を引っ張るようにして歩く蒼星石の目に、一人の生徒が映った。Yだ。
「あれは……Y君」
「本当ですぅ。授業には来ないくせにしっかりと友達と遊んでやがるですぅ」
見ると、数人の学生がYを取り囲んでいた。有栖学園の制服ではない。
彼らはとてもじゃないが友好的な関係とは思えなかった。それほどにまで険悪な空気が彼らを包み込んでいた。
翠星石も、その空気の異常に気付いたようだった。
「蒼星石先生、ついて行くです」
「……うん」
数人の学生は、Yを取り囲んだまま移動した。人数は6人。Yが逃げ出せないようにしているようであった。
蒼星石と翠星石は彼らを見失わない程度の距離から後をつけた。
Yたちは、街から離れ、どんどん人気の無い所へ進んでゆく。そして寂れた公園へと入っていった。
今の時間なら、学校帰りの小学生や、子供を連れた母親たちがいてもおかしくはない。それなのに、その公園は誰一人としていなかった。
蒼星石は、遊具に描かれたスプレーの落書きや、地面を埋め尽くす勢いのバイクの跡を見て全て納得した。
突然公園から怒声が響いた。驚いた翠星石が蒼星石にしがみついた。
やはり友達の集まりなどではなかった。喧嘩だ。理由がどうであれ、止めなくてはいけない。
翠星石を安全な所に留めさせ、蒼星石は一人公園の中へ入っていった。
「こんな所でなにをしているんだい?」
公園の中に入ると、Yは胸倉を掴まれている状態だった。危機一髪だった。
全員が一斉に蒼星石の方に振り返る。
「おめーには関係ねぇよ!!とっととどっか行け!!」
Yを取り囲んでいた学生のうちの一人が、典型的過ぎる台詞を吐いた。
「関係なくはないよ。僕はその子の先生だからね」
そう言ってYを指差す。指を指された当人は、何故蒼星石がここにいるのか分からないといった表情をしていた。
一方Yを取り囲む6人の学生は、全く表情を変えないまま蒼星石を睨み付けていた。
例え他校でも、教師が目の前にいても一瞬の怯みも見せない。恐らく彼らは学校では相当の問題児なのだろう。
話し合いで解決できそうな相手ではない。かと言って本気で戦うわけにもいかない。
何とか彼らの戦意を喪失させる方法はないだろうか。蒼星石は頭の中で必死にこの状況を脱出する方法を考えていた。
だが、そうこうしているうちに学生たちは蒼星石をも取り囲もうとしていた。
空気が震える。木々が、悲鳴をあげるかのようにざわめく。
その時、翠星石の金切り声が空気を切り裂いた。
「おまわりさーん!!こっちこっちですー!!」
目をやると、翠星石が手招きをして何者かを呼んでいる姿が見えた。
「ちっ、警察かよ。面倒くせぇ……」
「行こうぜ、おい」
興が冷めたといった感じで学生たちは来た時とは逆の方向から公園を出ていった。
彼らの姿が完全に見えなくなったところで、蒼星石と翠星石はYのもとに駆け寄った。
「大丈夫かい、Y君?」
「……」
外傷はない。蒼星石は安堵の溜め息をついた。
「本当、危なかったですぅ」
後ろから、翠星石が大きく息を吐いた。警察と一緒のはずなのだが、彼女一人だった。
「あれ、翠星石先生。警察は?」
「なに言ってやがるです」翠星石は目を丸くした。「こんな都合よく警察が来るわけねぇです」
つまりあれは嘘だったのだ。
「はは……」
蒼星石は心の中で翠星石の機転の良さに感謝した。
「……たんだよ」
「え……?」
先程まで黙り込んでいたYが口を開いた。
「なんで来たんだよ?」
蒼星石たちをみるYの目は、助けてくれたことに感謝するどころか、邪魔をされたと言わんばかりの目だった。
「なんでって……それは君が危なかったから……」
「俺のことは放っておけって言っただろ!?」
予想外の言葉を突きつけられて、戸惑う蒼星石の後ろから翠星石が噛み付いた。
「な、なに言ってやがるですか!?あの人数にやられたらおめぇは病院送りですよ!?」
「うるせーよ!!」
Yは力の限り叫んだ。流石の翠星石もこれには黙り込んでしまった。
「どうせ……」最早それはやけくその一言だった。「どうせお前らだって、俺みたいな面倒臭い奴なんていなくなって欲しいと思ってるんだろ!?」

乾いた音が、不気味なほど静かな公園に響き渡った。
Yは一瞬、何が起きたか分からなかった。ただ、頬が熱く、痛かった。
「……もう一度言ってみろ」蒼星石がYを睨み付ける。「その言葉が本気なら、僕は許さないぞ!!」
何も言葉を発せなくなったYの両肩を、蒼星石が掴む。そして、下を向いたまま搾り出すような声を出した。
「どうでもいい生徒なんて、いる訳ないじゃないか……。Y君がどうなっても良い訳ないじゃないか……」
乾いた土に、数滴の雫が落ちた。Yは頬に感じた以上の痛みを感じた。
「く、くそ……!!」
Yは蒼星石の手を振り払うと、逃げるように公園を出た。いや、実際逃げた。蒼星石も翠星石もそれを追ってはこなかった。

公園に、なんともいえない沈黙が訪れた。翠星石がどうして良いのか分からずにいると、蒼星石が静かに語り始めた。
「僕が学生の時……」蒼星石は背中を向けたまま目を拭った。「生徒を叩いた先生は決まってあることを言った……」
「蒼星石先生……」
「『お前たちを叩いた先生だって痛い』ってね。そんなの詭弁だと思っていた。けれど、今ならその先生の気持ちが分かるよ……。
Y君を叩いた時、僕自身も叩かれたような気持ちになった……」
そこまで言って肩を振るわせた蒼星石を、翠星石はそっと抱きしめた。
「それが教師というものです。蒼星石先生は、立派な教師です……」
「ありがとう……」
蒼星石は、翠星石の胸の中で静かに涙を流した。
上空で、微かに飛行機の飛ぶ音が聞こえた。だが、午後から急に現れた雲のせいで、その姿を確認することはできなかった。





次の日、いつもの場所にYはいなかった。遂に、学校にすら来なくなってしまったのだろうか。
蒼星石は深い溜め息をつきながら廊下を歩いた。
しかし、Yの教室を横切った時、蒼星石は信じられない光景を目にした。
いつも空白の座席に、人がいた。そう、Yだった。蒼星石はその光景に、暫し呆然とした。
頬杖をつきながら気だるそうに座っていたYは、廊下から自分を見ている蒼星石に気付くと、罰の悪そうに顔をしかめ、窓の方を向いてしまった。
授業をしていた翠星石が、廊下の蒼星石にそっと笑い掛けた。蒼星石は溢れる笑顔を抑えることができなかった。
Yの机の上には、教科書どころか筆箱すらなかった。その場に「いる」だけ。
だがそれは、何よりも大きな意味を持っていた。

窓の外では、飛行機雲が2人を結ぶように、ずっと、果てしなく続いていた。