ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki 真紅先生の笑顔と約束

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

窓を打ちつける雨の音が放課後の職員室に響き渡る。窓ガラスが悲鳴をあげている。
時計を見る。いつもだったら既に帰っている時間だった。だが、こうも雨が振っていると外に出る気になれなかった。
例え車での通勤だと言っても、この雨では駐車場の車のところまで行くだけでびしょ濡れになってしまうだろう。
とりあえず雨足が弱まるまで職員室に留まることにした。真紅は、溜め息をついた。
外を眺める。黒インクをぶちまけた様な色をした雲が、まるで1か月分の雨を降らすかの如き勢いで地面を打ちつけている。
その中で、幾人もの生徒たちが最早機能を失った傘を掲げながら小走りで帰っている。真紅は彼らの帰宅に対する熱意に軽く尊敬の意を覚えた。
しかし、職員室にいる教師たちにそのような気力はない。みなそれぞれに時間を潰してその場をやり過ごしていた。
こんな沈んだ天候の下では、気持ちまでもが沈んだ。職員室を気だるい空気が包む。
真紅は、先程から少しもインクを減らさないボールペンを机に置くと、軽く椅子に背も垂れた。
雛苺に紅茶を淹れさせようと思ったが、彼女はデスクに顎を乗せ、息をするだけの存在になっていた。今の彼女には何を言っても意味がない。
だが、自分で淹れる気にもならなかった。蒼星石に頼もうと思ったが、彼女は部活の指導でいなかった。屋内活動なので雨は関係なかった。
時計を見た。6時2分だった。真紅は再び溜め息をついた。
突然、強烈な眠気に襲われた。特に拒む必要も無かったのでそれを受け入れることにした。
目をつぶる。窓を打つ雨音が急速に遠退いて行く。そして心地良い浮遊感に包まれた。

「・・・生、……先生。真紅先生!」

暗闇の中で聞き覚えのある声が響いた。この声は誰だっただろうか?真紅は必死に記憶を辿った。
思い出した。声の主は去年度に卒業したDだった。真紅は瞳を開けた。
目の前に立っていたDは、卒業したというのに有栖学園の学生服を着ていた。しかし真紅は何故かそれを不思議とは思わなかった。

外は、先程までの雨が嘘のように晴れ渡っていた。
いつの間にか開け放たれていた窓から心地良い風が吹き込み、カーテンを優しく撫でていた。
職員室が、淡い白い光に包まれているような気がした。
「D、久しぶりね」
「真紅先生、しっかりと寝てましたね。疲れてるんじゃないですか?無理は駄目ですよ?」
真紅は隣の金糸雀の椅子にDを座らせた。この時初めて気付いた。職員室に真紅とDしかいないことを。
雨が上がったので皆もう帰ったのだろうか?それにしても一言声をかけてくれても良かっただろうに。
「とりあえず、紅茶でもどう?淹れてあげるわ」
「いや、いいです。そうゆっくりしていられないんで。今日は先生に渡したいものがあって来たんです」
Dはそう言うと持ってきた鞄を漁り始めた。


Dは真紅が受け持ったクラスの生徒であった。体が弱い生徒で、保健室通いが続く時もあった。それでも、真紅の授業には一度たりとも休むことは無かった。
進路相談の日、Dは将来の夢を真紅に打ち明けた。将来絵を描いて生活をしたいと言った。
Dは自分の描いた絵を見せてくれた。Dが描いた鳥は、今にも羽ばたきそうだった。猫は、紙の中で生活しているのではないかと思うほどだった。
その美しさに、真紅は息を呑んだ。まさかDにこのような才能があるとは思いもしなかった。
ただ、絵を描いたのが授業のノートだったのが気に入らなかった。
真紅に褒められ、得意顔だったDだが、ノートの後ろ側を見られることだけは強く拒んだ。
Dは美術系の学校に進学したいと強く希望した。親は、Dの行きたいところならどこでも良いと言ってくれたらしい。

「あなたの行きたいと思っている学校の入試は、国語と英語の2教科だけね」
「それって、凄い楽っすよね?」
既に合格気分になりつつあったDを真紅はバインダーで叩いた。
「逆よ。2教科だけということは。それだけその2つの教科を極めないといけないのだわ。
Dの成績では、国語は特に問題ないけど、英語は要注意ね」
真紅に厳しい現実を突きつけられ、しっかり萎んでしまったDは、努力します、と虫の鳴くような声で呟いた。
Dは真紅の授業に毎回欠かさず出席していたが、決して英語の成績は優秀ではなかった。

その2週間後、Dは入院した。Dの両親の話によると、暫くは学校に通えないらしい。
もしかすると、卒業まで入院するかもしれないとも言われた。それでも、Dの病名は教えてもらえなかった。
それからほぼ毎日、授業のあった日はDの病室へ通った。
病室に来るなり勉強道具を広げる真紅に驚いたDに対して、真紅は言った。
「あなた、あんな成績で試験を受けるつもり?絶対落ちるわ。だから私が試験まで英語を教えてあげる。光栄に思いなさい」
Dはこりゃ参ったと頭を掻くと、はにかむような笑顔で小さくありがとうございます、と言った。
そんな笑顔に向けて、真紅はピシャリと言い放った。
「もちろんただじゃないわ」
何を要求されるのかと不安げな表情を浮かべるDに、真紅はそっと微笑んだ。
「私の絵を描いて頂戴」

真紅との1対1の指導のお陰で、Dの英語力は見違えるほど成長した。もっともこれはDの相当の努力があってこそである。
その甲斐あってか、Dは希望の学校の合格者掲示板に自分の名前を連ねることができた。
その次の日、真紅はDの病室で合格を祝った。卒業式には出ることができなかったので、Dと会ったのはその日が最後だった。



「私に渡したいものって?」
「えーっと、これですこれ!」
Dは鞄から一冊のスケッチブックを取り出した。その中から一ページを丁寧に破り取ると、それを真紅に渡した。
「まぁ、これは…!!」
破り取られたページには、真紅の絵が描かれていた。
何者をも包み込むかのような笑顔。写真などよりもずっと生命に溢れており、美しかった。
「約束の品です。今までで一番の大作ですよ」
Dはこの絵を描くのにいかに苦労したかを語り始めた。だが、真紅は絵から目を離すことができなかった。
一秒でさえ目を逸らすことが惜しく思えた。
「凄いわD…。あなたの絵はいつかきっと世界を駆けるわ…」
そんな真紅の言葉に、Dはどこか寂しげな笑みを浮かべた。だが、真紅は絵を見ていたのでそれに気付かなかった。
「大事にしてくださいね?それじゃあ、そろそろ行きます」
そう言うとDはスケッチブックを鞄にしまい、立ち上がった。
「もう行ってしまうの?もう少しいるといいのだわ」
真紅が呼び止めたが、Dは笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「駄目です。もう、行かなきゃ……」
Dはそう言うと、真紅に背中を向けて歩き始めた。少し歩いたところで、ふと立ち止まった。
「昔俺、先生にノートの後ろを見られそうになって必死に拒みましたよね?実はあのノートの後ろには真紅先生の絵が描いてあったんです…。
先生の笑顔が見るのが好きで、先生の笑顔を描きたくて毎回授業行っていたんです」
Dは真紅に背を向けたまま語った。そして最後に、ゆっくりと、はっきりと言った。
「先生ありがとうございまいた。俺、真紅先生のことが好きでした。そしてさようなら…」
「ま、待って…!!」
職員室を出ようとするDの背中がとても不吉に思えた。真紅はDを止めようと思ったが、何故か椅子から立ち上がることができなかった。Dが職員室を出た瞬間、視界が闇に覆われた。急に浮遊感に包まれた。


「真紅先生!?どうしたの?」

視界を覆っていた闇が消えた時、目の前には心配そうに真紅を見つめる蒼星石が立っていた。
「・・・?」
「何か悪い夢でも見ていたのかい?うなされていたよ」
窓の外を見た。先程まで晴れていたはずの外は、仄暗い雲に覆われていた。
誰もいなかったはずの職員室には、雨が止むのを待つ教師が多くいた。
「さっきのは、夢…?」
机の上を見た。そこには、先程Dから受け取った絵が置かれていた。真紅はますます分からなくなった。
時計を見た。6時3分。眠りに入ってから殆ど時間が経っていなかった。


6時3分。この時間を真紅は忘れない。それはDが死んだ時間だった。Dは、病室でその短すぎる生涯を終えた。
Dはきっと、真紅との約束を果たすために来てくれたのだろう。Dが好きだった真紅の笑顔の絵を届けるために…。
真紅は根拠もなくそう思った。だが、間違ってはいないと思う。真紅はDに描いてもらった絵を額に入れると、大事そうに飾った。
Dの病室のベッドの横には、何故か1ページだけ破り取られたスケッチブックが置いてあったという…。