ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki

翠星石の弁当と転校

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匿名ユーザー

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Q「俺、転校するんですよ」
あまりにも突然な告白だった。
料理研究会の後片付けをしている時、Qがポツリと言った。翠星石の手が止まる。
翠「・・・え?」
Q「転校ですよ。親の仕事の関係で、凄い急だけど明日転校するんです」
本当に急すぎる。翠星石は思わず耳を疑った。
翠「そんなの、聞いてないです」
Q「校長先生には大分前にお話したんですけど、翠星石先生にはなかなか言えなくて…」
口元に笑みを浮かべながら、だが寂しそうに言う。
翠「そ、そう言うことは真っ先に翠星石に言いやがれです!!」
Q「でも先生悲しむでしょう?」
翠星石の顔を覗き込む。からかうような口ぶりである。
翠「だ、誰が悲しむですか!!逆にお前がいなくなって清々するです!!」
慌ててそっぽを向く。もちろん本心ではない。
Qは、翠星石が顧問を勤める料理研究会で唯一の男子生徒である。
はじめは翠星石も男子一人は精神的に辛いだろうから別の部活を勧めた。しかしQは頑として他の部活にしようとはしなかった。
料理研究会に入部したQは、他の部員の誰よりも真剣に活動に取り組んだ。
そして誰よりも顧問である翠星石を慕っていた。翠星石も、そんなQを可愛がった。
Q「あ、ひっでー!翠星石先生って、いつもそうだよなぁ」
翠星石に非難の声を浴びせたが、その顔はどこか安心したようでもあった。
翠「……」
Q「……」
家庭科室に沈黙が訪れる。沈んでゆく夕日が徐々に2人の影をずらしてゆく。
外では、運動部の生徒が水道水を浴びるように飲んでいる。
Q「ねぇ先生…」
翠「な、なんです?」
Qが静かに沈黙を破った。静かではあったが、強い意志を感じさせる口調だった。
Q「俺、翠星石先生のことが好きです」
翠「え!?」


思わぬ告白に、Qを見返す。だがQが真っ直ぐに翠星石を見つめるので、翠星石は思わず目を逸らした。
翠「じょ、冗談を言うなですぅ…」
Q「本気ですよ。この学校に入学して初めて翠星石先生を見てから、ずっと…。
だから女子だらけの料理研究会にも入部したんです」
あれほど頑なに料理研究会に入部しようとしたのに、まさかそんな理由があったとは。
学校の部活ともなれば、普通は友達と一緒の部活や、好きな種類の部活に入部するものである。
それをQは、友達どころか、自分以外男子のいない料理研究会に入部した。
それほど、翠星石に対する気持ちが本気ということであろう。
翠「きょ、教師をからかうんじゃねぇです!!」
Qの想いは、教師として嬉しかったが、素直になれない自分がそこにいた。
翠星石はQを突っぱねるように言い放った。
Q「あーあ、振られちまった」
苦笑いを浮かべながらぼりぼりと頭を掻き、背中を向ける。
翠「Q・・・」
Q「最後に、翠星石先生の作った料理を食べたかったなぁ」
さも悔しそうに言った。
翠「翠星石の、料理…?」
Q「そうだ先生!弁当作ってくださいよ。俺、明日9時の電車に乗るんです。
でも、その前に学校寄るんで!」
くるりと振り返って今思いついたように言う。その顔は、名案だと言わんばかりの笑顔だった。
翠「は!?ちょ、何を勝手に言ってやがるです!?」
Q「お願いしますよ!!期待してますから!!」
翠「勝手に決めるなです!!」
翠星石の反論を全く受け付けることなく、Qは家庭科室を駆け出して行った。
翠星石には分かっていた。最後にQが見せた笑顔は無理して作ったものだと。
あふれ出す感情を無理矢理押し込めるための笑顔であったということを。
翠「・・・Q」

翌日、授業前の職員室に私服姿のQが訪れた。
蒼「やぁQ君。今日でお別れなんだね…」
Q「はい。今まで本当にお世話になりました」
深々と頭を下げた。他の教師たちもQの許に集まってきた。
真「まぁ、これが最後の別れと言うわけじゃないわ。いつでも遊びにいらっしゃい」
Q「ありがとうございます」
次々と別れを惜しむ教師たち。だがそこに翠星石の姿は無かった。
蒼「あれ?今日は君だけかい?」
Q「はい。両親は先に行きました。仕事もありますし。俺はどうしてもここに寄りたかったんで後から行くことにさせてもらったんです」
蒼「そうなんだ」
Q「あの、翠星石先生は…?」
先程から気になって仕方の無かったことを聞いた。職員室に入った時も、翠星石のデスクの空白がまず目に入った。
蒼「なんか遅刻するらしいんだ。ごめんね、君の顧問なのに。どうする?来るまで待つかい?」
ショックだった。だがしかし、心の動揺を悟られないように笑顔を取り繕った。
Q「いや、いいっすよ。9時の電車に乗らなきゃいけないし。もう行かなきゃ」
時計はまだ8時を回ったばかりであった。30分以上は待てる。だがQは、翠星石を待つことなく職員室を出て行った。

結局、駅のホームで30分以上待たされる破目になった。待っている間、2回ほど貨物列車が目の前を通り過ぎた。
Q「はぁ、やっぱり職員室で待ってれば良かったかなぁ」
だが、待っていても翠星石は現れなかっただろう。Qには、何故かそんな気がした。
Q「告白したのがまずかったのかなぁ…」
空を見上げた。雲ひとつ無い空で、鳥が飛んでいる。何かは分からない。とりあえずカラスではないことだけは分かる。
「間もなく、9時3分発の急行列車が2番ホームに到着します。白線の内側…」
ホームにアナウンスが流れる。すると間もなくして鉄の塊がホームに滑り込んできた。


通勤、通学ラッシュを過ぎたため、車内はガラガラだった。Qは余裕をもって席を吟味した。
特に迷う理由などは無かったが、暫く選んだ後に2人がけの椅子に座った。
窓ガラスからホームを眺めた。誰もいない。恐らくこの駅で乗り込んだのは自分だけかもしれない。
「この列車は、9時3分発です。発車まで、もう暫くお待ち下さい」
車内アナウンスが流れた。時計を見る。発車まであと4分ほどある。
あれほど待たされたのに、また待たされるのか。Qは小さく舌打ちをした。
Qは外を眺めるのを止め、座席に深く座り込み目を閉じた。そして有栖学園でのことを思い出した。有栖学園のことと言うよりは、翠星石のことを。
「お待たせいたしました。9時3分発の急行列車発車致します」
あれこれと考え事をしていたら、あっという間に時間が経っていた。
耳に五月蝿い電子音の後に、ドアの閉じる音がした。しかし閉まる直前に、ドアが再び開いた。
「駆け込み乗車は危険ですので、おやめ下さい」
苛立ちを含んだアナウンスの後、今度こそ完全にドアが閉まった。
電車が発車した。Qの体が一瞬座席に押し付けられた。
外を見る気にはなれなかった。有栖学園から引き離されるような気がしたから。
結局、翠星石とは会えなかった。Qは目を閉じたまま独り言を呟いた。
Q「翠星石先生は酷いなぁ」

翠「誰が酷いです!?」

思わず目を開けた。前の向かい合った座席に、いつの間にか翠星石が座っていた。
Q「せ、先生!?どうしてここに!?」
翠「お前が翠星石を待たずに駅に行きやがったからです!!本当にギリギリだったですぅ」
肩で息をしている。出発の直前に駆け込み乗車をしたのはどうやら翠星石らしい。
Q「だって先生、遅刻するって…」
翠「誰のせいで遅刻したと思ってるですか!?」
そう言うと翠星石は鞄から一つの包みを取り出し、それをQに突きつけるように渡した。

Q「え?あの、これは・・・?」
翠「お前は自分の言ったことを忘れたですか!?本当にとんでもねぇ野郎ですぅ」
翠星石に促されるまま包みの布を解くと、中から弁当箱が現れた。まだ温かかった。
Q「あ・・・」
翠「お前がどうしても食べたいって言うからしゃーなしで作ってやったです」
弁当箱の蓋を開けると、色とりどりのおかずが目に入った。どれもかなり手の込んだおかずである。
遅刻した理由はこれのようだ。そのあまりの見事さに、暫し動けずにいた。
翠「な、何黙り込んでるです!!冷めるから早く食いやがれです!」
Q「す、すいません!いただきます…」
やはり翠星石の料理は抜群に美味しかった。しかし、それ以上に自分の為に作ってくれたということが嬉しかった。
Q「めっちゃくちゃ美味しいです…」
翠「当たり前ですぅ」
一口食べる度に、涙がこぼれてきた。翠星石の料理を食べるのがこれが最後だと思うと、急に寂しくなった。
翠「泣くか食べるかどっちかにしやがれです」
翠星石がハンカチでQの涙を拭ってやった。だがしかしQの涙が止まることはなかった。
電車の速度が徐々に弱まる。駅に止まるのであろう。
翠「さて、そろそろ行くです」
Qが弁当を食べ終わるのを待たずに立ち上がる。
Q「え?行くんですか?」
翠「当たり前です。翠星石には授業があるです」
Q「でも、弁当箱が…」
翠「それはお前に預けておくです。勘違いするなです!?ただ『預けておく』だけです!!」
ドアの前に立ち、預けておくということを強調する。
翠「だから、その…」
急に伏目がちになり、言葉を詰まらせる。
翠「いつの日か、返しに来やがれですぅ…」
遠まわしに「また来い」と言う翠星石。翠星石と会うのはこれが最後ではない。また会える。当たり前のことだが、それがとても嬉しかった。


Q「翠星石先生…!!俺、絶対返しに行きます!!絶対に!」
流れる涙を気にせずに叫ぶQに、翠星石がそっと微笑みかける。
翠「その時は、もっと美味しい料理を食べさせてやるです…」
翠星石の目から一滴の涙がこぼれた。それとほぼ同時にドアが開く。外から流れ込んでくる風で、翠星石の髪がなびいた。
翠「忘れたりしたら、承知しねぇですよ?」
ドアが閉まる。ホームに立つ翠星石と目が合った。その瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。
それでも、笑顔を崩さなかった。それは、今まで見た翠星石の笑顔の中で一番綺麗で、優しい笑顔だった。
電車が動き出す。ホームの翠星石が次第に遠くなってゆく。だがしかし、2人ともお互いの姿が見えなくなるまで目を逸らすことはなかった。

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