ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki 蒼星石と恩師

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なんとも言えない独特の臭いで満ちた、病院の廊下を歩く。
ある病室の前で止まる。5度目の訪問だったので、ここまでの道のりは体が覚えていた。
軽くノックする。部屋の中から入れという返事が聞こえた。
蒼「こんにちは、先生」
「おう!いつもありがとうな!」
2ヶ月ほど前、当時の友人から電話があった。先生が入院した、と。
それからほぼ毎週のように見舞いを続けている。
「ま、とりあえず座れよ」
ベッドの上から椅子をすすめる。
友人から連絡があった時、入院の理由も聞いた。癌だと。それも、進行がかなり進んでおり、手術ではもはやどうしようもない状態らしい。
最初は何かの悪い冗談かと思った。あの健康という言葉を人間にしたかのような先生が、癌なんて…。
それに、あまりにも若い…。
きっと本当は骨折かなんかで入院したのを、自分を心配させるために嘘をついて、
血相を変えて駆けつけたのを笑うための先生と友人の悪戯だと思った。そう思いたかった。
初めて病室へ入ったとき、部屋を間違えたかと思った。
ベッドの上にいたのは、自分の記憶にある逞しい体躯ではなく、目を背けたくなるほどに痩せこけた姿の先生だった。
黒々としていた髪の毛も、白髪と半々だった。
よく来たな。久しぶりだな。と声を掛けられて、病室を間違えていなかったと気付かされた。
蒼「先生の好きな梨買ってきましたよ。剥きましょうか?」
「嬉しいな!でも、今はいいや。後でもらうよ」
今までは梨を見た途端に早く食わせてくれとせがんでいたのに。もう食欲すらないのだろうか…。
梨を受け取る細くなってしまった腕から伸びる点滴が痛々しかった。
癌ということはまだ本人に告知していないと聞いた。蒼星石も、ずっと黙ってきた。
まるで子供の様に梨を頬張る姿を見ると、とても言えなかった。
蒼星石が椅子に座った瞬間、先生が口を開いた。

「俺、癌なんだってな!」
蒼「え…!?」
まるで自分が宣告された気がした。
「なんかかなり進行しちゃってて、手遅れらしいな」
そのあまりに軽く、深刻性のない言い方に、戸惑いさえ覚えた。
蒼「…知ってたんですか?」
「癌だって知ったのはついこの間だけどな。お前はそれよりも前から知ってたんだろう?
悪いな、なんか気を遣わせちゃって」
ここに来てまだ他人の心配をする。それどころではないはずなのに。なんて強い人なんだろうか…。
蒼「先生・・・」
「んー?何だ?」
蒼「先生は、ボクに教師という道を教えてくれた恩師です…。」
「また大袈裟な」
蒼星石の肩を叩いて笑う。しかし蒼星石はそのまま続ける。
蒼「先生にはボクが教師になるまで、何度もお世話になりました…。
ボクが教師になってからも、何度も相談に乗ってもらいました…」
「そうだったなぁ。お前が教師になってから、何度も飲みに連れて行かれて朝まで話を聞かされたなぁ」
懐かしそうに、目を細める。
蒼「ボクは、その先生の御恩に報いることができたのでしょうか…?」
目線を落とし、下を見つめた。
「う~ん、そうだなぁ」
腕を組み、考える素振りを見せた。
「お前がお前の夢を追いかけ、教師になってくれて半分は返してもらったかな」
蒼「半分…ですか?」
「そうだ」
蒼「では後の半分はどうすれば・・・?」
「生徒から逃げるな。全力で生徒を愛し、生徒から愛されろ。生徒を幸せにしてやれ。そして…」
蒼星石の頭にポンと手を置く。
「お前も幸せになれ…。俺が死んだ後にでもな。それが残りの半分だ」

そう言ってニカッと笑う。その笑顔は、昔のままだった。
蒼「先生…!!」
今にも涙が大粒の雫となって流れ落ちそうな顔に、タオルが投げつけられる。
蒼「うわっ!?」
「本当にお前は泣き虫ちゃんだな。そのくせいつも涙を流すまいと我慢しやがる。
もしかして、生徒の前でもそうなのか?」
蒼「…せ、先生には関係ないじゃないですか」
タオルで涙を拭いながら文句を言う。
「へへ、そうかもな。でも、俺の為なんかに涙を流すな。その涙は、お前の生徒の為に流してやれ」
温かく、しかしそれでいてどこか突き放すように言う。
蒼「先生…」
涙を拭き終わったタオルを返す。
蒼「ボクは、先生のような教師を目指して頑張ってきました。その気持ちは、今でも変わりません」
「やめろやめろ!俺みたいに生徒を泣かすような教師になっちゃいかんぞ?」
しかしまんざらでもなさそうな顔だった。
「しかし、あのお前が本当に教師になるとはなぁ…」
蒼「あの頃は、本当に大変でしたよね…」
当時の記憶を呼び覚ました。まるで昨日のことのように鮮明に思い出された。
「あの時お前『もうだめだぁ』って泣きついてきたよなぁ」
蒼「なっ!先生まだそんなこと覚えていたんですか!?」
二人は思い出話に花を咲かせた。不思議と、普段忘れかけていたことも思い出せた。
時間を忘れて話した。
蒼「ねぇ先生・・・」
「なんだぁ?」
蒼「先生は、ボクの初恋の人なんですよ…」
当時どうしても言えなかった言葉が、自然と口から出た。
「はは、そうだったのか!いやぁ知らなかった。それを聞けただけで天国に行けるよ」
蒼「先生・・・」




「おぉ、もう時間か…。ほら、もう帰れ。面会時間過ぎちまってる」
いつの間にか面会時間を5分過ぎていた。追い払うように手を振る。
蒼「・・・はい」
立ち上がり、帰り支度をする。
蒼「それじゃあ先生、また来週…」
「来るな」
ピシャリと言い放つ。
蒼「え・・・?」
「もう、ここには来るな」
蒼「どうして・・・?」
「これ以上教え子に格好悪い姿を見せたくないからな」
自嘲気味に言う。始めて見た恩師の弱気な姿だった。
「次に会うのは、通夜の時だな」
ニカッと笑う。釣られて蒼星石も笑ってしまった。
蒼「それじゃあ、次に会うのは5年後ですね」
「10年後かもな」
お互いに笑いあう。これほどまでにあっさりとした最後の別れがあるだろうか。
蒼「それじゃあ先生、今までありがとうございました」
「おう、頑張れよ。天国から見守っててやるよ」
蒼「・・・はい」
背を向ける。とめどなく流れ落ちる涙を見られたくなかった。
心の中で、もう一度『ありがとうございました』と言った。




先生の死の一報を受けたのは、それから1週間後のことだった。
蒼星石が見舞いに行ったときには、既に死への階段を上り始めていたらしい。
しかし、先生は全くその素振りを見せなかった。想像を絶する苦しみの中、蒼星石に笑いかけ、思い出話をしていたのだ。
つくづく先生らしいや。と笑った。
通夜で見た恩師の死顔は、とても安らかだった。それが嬉しかった。
通夜の最中、恩師の身内から一つの封筒を受け取った。
中には、ネクタイピンと手紙が入っていた。
恩師が現役の時に、常に着けていたネクタイピンである。今でも覚えている。
一緒に添えてあった手紙を読む。
「蒼星石へ。俺が現役の時に着けていたネクタイピンをお前に託す。
俺の形見だと思って持っていてくれ。捨てないでくれよ?
お前は真面目で、誰よりも優しい子だ。だけど、それと同じくらい不器用だ。
お前は一人じゃない。辛い時は、誰かに頼ることも必要だぞ?
泣き虫ちゃんのくせに一人で何もかも抱え込むなよ?
お前は、俺なんかよりもずっとずっと素敵な先生になれる。俺が断言してやる。
頑張れよ。生徒に愛される教師になれ。

追伸
お前に告白された時はビックリしたよ。
今更言うのもなんだが、当時俺もお前のことが気になっていた。なんか恥ずかしいな。
でも別の人と結婚して本当に良かったよ。
お前は、癌なんか持っていない男と結婚しろ。そして、幸せになれ」
涙で手紙が霞んでしまい、全て読むのに苦労した。
蒼「先生…!!」
静かになった恩師の横で、涙を流した。
耳元で恩師の声で「本当にしょうがない泣き虫ちゃんだなぁ」と聞こえた気がした。