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裏有栖学園 雪降る戦いの詩 第一話

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 有栖学園中央に位置する場所には、巨大な時計塔が存在する。
 有栖学園建設当初に一番最初に作られた時計塔である。
 何百回と補修され存在するこの巨大な時計塔は、もはやすでに有栖学園のシンボルでもある。
 それは、表世界でも裏世界でも……
 そんな時計塔の下に一人の少年が居た。
 ボサボサの頭をした少年は、時計塔を見上げる。
 現在、時計塔は補修中で時計塔事体は見えないが、それでも時計塔の背に見える月は綺麗だった。

「こんな所でボサッとしてていいのかな? 少年」

 時計塔を見上げていた少年は、掛けられた言葉に瞬時に声の主が方へと振り向く。
 少年は、少々の焦りを覚えた。
 気づかなかった。
 声の主は、白いコートを着た男で少年と同じ様にボサボサの頭をしていた。
 男の口元には笑みが浮かんでいる。

「アンタ……」
「僕かい? 僕は……何と言えばいいのかな?」

 男の口調に少年は不思議な苛立ちを覚えた。
 少年は、何が起こっても良い様にと思考を切り替える。
 少年は、不思議な苛立ちを覚えていた。
 その苛立ちの原因はわからない。思考を切り替えた今もその苛立ちの感覚は残る。

「そうだな……僕は……君の、君たちの敵だ」

 男は、笑みを浮かべた。それは不快な笑みで実に相手を蔑んだ笑みだった。
 少年は跳ぶ。笑みを浮かべた男へと……
 しかし、男は慌てた様子も無くその白いコートの内側に手を突っ込みとあるモノを取り出した。

「さぁ、がんばっておいで……愛しい娘」

 それは人形。
 その色は黒く紅く。紅く紅く黒く朱い。
 少年は、驚いた。
 その男が人形を取り出した事にではない、その人形の容姿を見てだ。
 その人形の容姿は、少年には実に身近な人物そのものだった。
 少年は、短く舌打ちをした後、片手で印を組む。
 それは、召喚の印であり少年の相棒である人形を召喚するだけのモノ。

「来い……ロスヴァイセ」

 戦乙女九姉妹の一人の名前を持つ人形。
 少年が創り出し少年と共に戦う人形。

『何ダ、マスター。御用事カイ?』
「あの人形を頼む」
『ヘイヘイ』

 ロスヴァイセと深紅と呼ばれた人形が肉薄し己の獲物を手にぶつかり合う。

『オ前、名前何ダ?』
『私は……私は深紅。深き紅の深紅』
『良イ名前ダナ! 良イ名前ダ! コンナ場所デ無ケレバナ! 茶デモシタカッタ!』
『そうね。そうね。実に残念ね? 貴女と美味しい紅茶でも飲みたかったわ』

 ロスヴァイセの大太刀と深紅の杖が、幾度と無く衝突し甲高い金属の音と鈍い音が響く。
 ロスヴァイセは笑う。上機嫌に。
 深紅は笑う。役立てる事に。
 二つの少女人形は笑いあいながら戦う。

「君の人形。僕の人形。どちらが勝つかな?」
「さぁ? その前にお前を倒せば終わりだと思わない?」

 少年は、右手から黒く実体無い不安定な剣を男に向けて振るった。
 男は、笑いながらソレを回避し少年に向けその手を振るう。
 何も持っていない男の手。しかし、少年は背筋に走った悪寒と共に男の手の直線状から横に跳んだ。
 少年の後ろから聞こえたのは、何かの倒壊音。

「糸か!」
「あれ? 一発で分かったのかい? すごいな」

 男は、相変わらずの笑みを浮かべたまま頬を掻いた。
 男が使ったのは糸。それも見えないぐらいに極細で凶悪なほど鋭利な糸。
 少年は眼を細め男を睨み付ける。
 笑う男と睨む少年。
 無言の時間。沈黙の時間が流れた。

「おや……どうやら、深紅と君に人形の戦いが終わった様だね?」
「…………」

 男の言葉に、少年はロスヴァイセと男の人形深紅が戦っている場所を見る。
 ソコには、お互いの獲物に貫かれあう二体の少女人形。
 そして笑いあう二体の少女人形。

『相打チッテェ奴カ』
『そうね。そうね。相打ちだわ』
『ケケケ。今度ハ御茶デモシヨウゼ?』
『そうね。そうね。いつか御茶でもしましょう?』

 二体の少女人形達は、そんな事を言い合いながらお互いの体からお互いの獲物を引き抜く。
 引き抜いたと同時に二体の少女人形はその場に倒れ付した。
 男は、自分の人形である深紅に歩み寄り深紅を抱き上げた。

「酷い姿になったね? 深紅」
『ごめんなさい。お父様』

 少年も同じように自分の人形であるロスヴァイセに歩み寄り見下ろす。
 無論、男の事を警戒し忘れはしない。

「酷い様だな? ロスヴァイセ」
『ケケケ。久々ニ良イ戦イダッタゼ? マスター。先帰ラァ』

 ロスヴァイセはそう言うと、その場からかき消えた。
 少年は、改めて男を見る。

「あー、今日はコレぐらいにしておこうかな? ねぇ?」
「知るか。お前と僕はまだ戦えるだろう?」
「んー、そうだね? でも、そう急ぐことじゃないと思わない?」

 男は、笑いながらそう言う。

「なぁに……本当に戦(や)り逢うのは、また今度でね?」
「…………」

 男の言葉を聴きながら、少年は右手に黒い不安定な剣を握る。
 しかし、それは次に男から掛けられる言葉に霧散し少年を驚かせ、男は消えてしまうのだった。

「また会おう。桜田JUM君?」

 気がつけば男の姿は無い。
 少年……JUMは、舌打ちした。苛立ちと共に。

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