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 平日の白昼。私立有栖学園の塀を乗り越えて、侵入する女が一人。  茂みの陰に隠れ、用心深く辺りを見回す。彼女の名は、みっちゃん。金糸雀のストーカーである。  可愛らしいものに目がないみっちゃんは、同じマンションに住む金糸雀にぞっこんだった。  盗み撮りに盗聴は当たり前。最近では、出勤前にカナが出したゴミ袋まで掠め取る有り様だ。  そして、みっちゃんはとうとう強硬手段に打って出た。ポケットの中から小さなガラス瓶を取り出して、ほくそ笑む。 「ふっふっふー、ネットの闇オークションで八十万も出して手に入れた、この惚れ薬で、カナのハートをゲットしちゃうんだから……嗚呼、夢にまで見たまさちゅーせっちゅの日々が、もうすぐ現実になるのね……」  しかし、現実はそこまで甘くはなかった。  ちゃきり。小さな金属音と共に、冷たい感触がみっちゃんの首筋に押し当てられる。  恐る恐る振り返ると、目の前にはサイレンサーを装備したサブマシンガンの銃口が。  プラスチック製の玩具などではない。金属の重厚な輝きが、そこにあった。  雪華綺晶は、何の表情も見せず、安全装置を解除した。  みっちゃんは、全身から冷たい汗がどっと噴き出すのを感じた。  水銀燈が駆けつけてきた。  雪華綺晶の足元には、猿ぐつわをかまされた簀巻きが一本、転がされていた。 「……不審者を捕らえました。どう処理しましょう……?」 「そうねぇ……簀巻きと言えば、川に流すのが常道だけどぉ……」 「んーんんっ、んーんんん、んーーっ!!」  簀巻きが身をよじらせて抗議すると、水銀燈は、ぞっとするような笑みを浮かべて、簀巻きの前に屈み込んだ。みっちゃんは、びくりと身をすくませる。二人は顔を合わせた。 「ふふふ……冗談よ。あなたは今回が初犯みたいだからぁ、川に流すのだけは勘弁してあげる。でもねぇ、もしまた同じことを繰り返したら、その時は……そうねぇ」  水銀燈は、みっちゃんに耳打ちした。みっちゃんの顔から見る見る血の気が失せていく。  雪華綺晶がホイッスルを短く鳴らすと、どこからともなく二人の兵士が現れた。  生徒だろうか。全身くまなく都市迷彩服に覆われていて、顔にはペイントが施されていた。今はまだ授業中のはずだが……。水銀燈がじろりとにらむと、二人は体を強張らせたようだった。  雪華綺晶の指示に従って、二人は簀巻きを担ぐと、どこかへと運び出していった。 「……状況終了しました……」 「ご、ご苦労様……」  水銀燈が疲れたように返すと、雪華綺晶は敷地内の見回りに戻っていった。  水銀燈も立ち去ろうとする。と、足元に転がる小さなガラス瓶を見つけた。 「……惚れ薬? そんなに都合の良い物が、そうやすやすと……でも、何か本物っぽい感じもするわねぇ……そうだぁ、誰かで試してみれば良いのよぉ……」  水銀燈は、低く笑った。どこかで稲光が轟いた気がした。  昼休みの職員室。 「ラプラス先生?」  教頭がお弁当を広げたのを見計らって、水銀燈は声をかけた。 「ん、何ですか、水銀燈先生?」 「お食事中に済みません。至急、この書類に判を押して欲しいんですけどぉ」 「はいはい、ちょっと待ってくださいね……」  ラプラスはやれやれといった様子で椅子を回転させると、机に背を向けて、書類に目を通し始めた。  水銀燈は、するりと背後に回り込むと、スポイトに採った液体を数滴、お弁当の中に垂らした。 「はい、どうぞ。これからは、もっと早い時間に持ってきてくださいね」  小言を忘れないラプラスに、こめかみをひくつかせながらも、水銀燈は黙って引き下がった。  物陰から、そっとラプラスの様子をうかがう。教頭は、フォークに刺した人参のソテーを、口に含んだ。  良し、と……。小さくガッツポーズを決め、水銀燈は、次のターゲットのところに急ぐ。 「校長先生、ラプラス教頭が探しておいででしたよぉ?」 「げっ、俺、また何かやった? どうしよう、ばっくれたほうがいいかな?」 「いいえぇ、そうではなくてぇ、何でも文化祭に関する重要な書類に判を押して欲しいとか、何とか」 「文化祭か……それなら仕方がないか」  校長が、祭りに目がないことを利用して、巧みに誘い出した。水銀燈は、職員室までこっそりついていく。 「ラプラス先生、私に何か用があるとか?」 「は? 校長先生、私は特に何も……」  ラプラスの心臓が、どきりと跳ね上がった。急激に頬が熱くなるのを感じる。恥ずかしい、でも目の前の校長から目が離せなかった。 「教頭先生?」 「えっ、いや、その、私は……」  どぎまぎして視線を逸らした。どっどっどっどっ……。鼓動が、耳に聞こえるほどに高まっていく。目の前のやさぐれた中年男が、いとおしくていとおしくて堪らなくなってきた。  自分は今までどうして、こんな魅力的な男性の存在に気づかなかったのだろう。  どっと後悔が押し寄せてきた。同時に、もうこれ以上後悔したくなかった。  ラプラスは、意を決して口を開いた。 「こ、校長。私、あなたを……その、どうやら……愛してしまったようです……」 「…………………………へっ?」  水銀燈は、瞳をきらきらと輝かせて、修羅場と化した職員室を抜け出した。 「こいつは面白い物を手に入れたわぁ。次は……」 「ひ、雛苺!! 僕はどうして今まで、君のように魅力的な女性の存在に気づかなかったのだろう……雛苺っ、愛しているよ!!」 「うゆー、蒼星石、どうしちゃったの……? 何か怖いの……」  戸惑う雛苺をひしと抱きしめる蒼星石。 「大丈夫だよ、何も心配することはないんだ……これから二人で、愛に満ち溢れた世界を築いていこう!」 「ああっ、そこの二人!! 何くっついてやがるですか!? 離れるですぅ!!」  と、二人の抱擁を引きはがそうとした翠星石は、蒼星石に逆に突き飛ばされる。 「そ、蒼星石……?」 「邪魔しないでくれ、翠星石。僕はもう、雛苺と二人で生きていくことに決めたんだ。いつまでも、君の面倒ばかり看ていられないよ……!」 「そ、蒼星石、蒼星石……ぐずっ……うわああああああああーーーーんんっ!!」 「ばらしー……」 「きらきー……」  お互いの目を見つめ合う二人。その指先が絡み合う。周囲の雑音など、もう何も聞こえなかった。  大切な相手が目の前にいて、自分のことだけを考えてくれる。それだけで満ち足りた気持ちが溢れた。  二人は時の経つのも忘れて、自分に瓜二つな顔に見入っていた。 「ああーん、何て凛々しいのかしら、惚れちゃったのかしら、もう離れられないのかしらーーっ!!」  金糸雀は、校舎裏で二宮尊徳の銅像に頬擦りしていた。 「うっがああああああああーーーーっ!! やめろッ、来るなッ、この俺に近寄るんじゃねーーーーッ!!」 「そ、そんな校長、もう私、あなたなしでは、一秒たりとも生きていけませんっ!! お願いしますっ、どうか……私の愛を受け入れて……!!」 「まったく騒々しい……一体何の騒ぎなの? 神聖なる学び舎を何だと思っているのかしら……」  学食で昼食を終え、職員室へと戻ってきた真紅。自分の机を見て、小さく悲鳴を上げる。 「ひっ……!!」 「うなーーっ?」  それは、丸々と太ったトラ猫。日当たりの良い真紅の机の上で、とぐろを巻いて日向ぼっこしていた。  元は近所の野良猫だったのだが、雛苺と金糸雀が餌を与えたため、今ではすっかり居ついていた。こうして我が物顔で職員室にまで入り込み、辺り構わずくつろいでいる。  真紅は、へっぴり腰でステッキを振り回して、猫を追い払った。  猫は一度だけ振り返ると。 「シャーーッ!!」  そう一喝して、雛苺の机の下に潜り込んだ。 「あーら、何ぃ、みっともない……」 「水銀燈、あなたも知っているでしょう? 私、猫だけは駄目なのよ……どうしてかは分からないけれど……きっと、前世か何かで因縁があったに違いないわ……!」 「ふーん……」  水銀燈は、妖しげに微笑んだ。そして。 「ま、待って……お願いだからっ、そんなに邪険にしないで……」  懸命になって、逃げる猫を追いかける真紅がそこにあった。  猫が穴に潜り込めば、自らも泥だらけになって後を追い、猫が木に登れば、スーツをかぎ裂きだらけにして後に続いた。  しかし、猫は追われれば逃げるもの。加えて、普段から追い立てられていた相手に、猫は警戒を隠さなかった。振り返って、毛を逆立てて威嚇した。 「シャーーッ!!」 「ああっ、そんなっ……」  真紅は、よよと崩れ落ちた。 「あなたに嫌われてしまったら、私、もう何を頼みに生きていったらいいのか、分からない……」  水銀燈は、それを見て、お腹を抱えて笑い転げていた。 「すーいーぎーんーとーうー……やっぱり、てめーの仕業だったんですね!!」 「へっ?」  恐る恐る振り返ると、そこには烈火の如く怒り狂った翠星石と雛苺の姿が。 「水銀燈……酷いの、あんまりなのーーっ!!」  それぞれの得物を手に、じりじりと詰め寄ってくる。水銀燈の全身から、冷たい汗がどっと噴き出した。完全に気圧されていた。 「まままま、待って、これは、そのぅ……つい出来心でぇ……」 「問答無用!!」 「天誅なのーーーーっ!!!!」  ごすッ。  水銀燈の手からこぼれた小さなガラス瓶は、床に落ちて粉々に砕けた。  盛られた薬の量が少なかったのか、翌日には全員が回復した。  水銀燈がどうなったかと言うと……。  簀巻きにされた彼女は、みっちゃんと二人仲良く、学園の裏山の木に釣り下げられた。 「ああああああ……もう、朝になっちゃったぁ……お腹空いたなぁ……」 「ふっふっふー、でもっ、こんな程度じゃ挫けない!! 障害が高ければ高いほど、絆は強まるもの……カナ、待ってて……いつかきっと私のものにしてみせるからーーっ!!」 「うるさいッ、空腹に響くっ……元はと言えば、あなたがあんな物を学校に持ち込むからぁ……!」 「あーっ、自分のこと棚に上げて、人のせいにしたーーっ!」  とことん反省の色のない二人であった。
  平日の白昼。私立有栖学園の塀を乗り越えて、侵入する女が一人。   茂みの陰に隠れ、用心深く辺りを見回す。彼女の名は、みっちゃん。金糸雀のストーカーである。   可愛らしいものに目がないみっちゃんは、同じマンションに住む金糸雀にぞっこんだった。   盗み撮りに盗聴は当たり前。最近では、出勤前にカナが出したゴミ袋まで掠め取る有り様だ。   そして、みっちゃんはとうとう強硬手段に打って出た。ポケットの中から小さなガラス瓶を取り出して、ほくそ笑む。 「ふっふっふー、ネットの闇オークションで八十万も出して手に入れた、この惚れ薬で、カナのハートをゲットしちゃうんだから……嗚呼、夢にまで見たまさちゅーせっちゅの日々が、もうすぐ現実になるのね……」   しかし、現実はそこまで甘くはなかった。   ちゃきり。小さな金属音と共に、冷たい感触がみっちゃんの首筋に押し当てられる。   恐る恐る振り返ると、目の前にはサイレンサーを装備したサブマシンガンの銃口が。   プラスチック製の玩具などではない。金属の重厚な輝きが、そこにあった。   雪華綺晶は、何の表情も見せず、安全装置を解除した。   みっちゃんは、全身から冷たい汗がどっと噴き出すのを感じた。   水銀燈が駆けつけてきた。   雪華綺晶の足元には、猿ぐつわをかまされた簀巻きが一本、転がされていた。 「……不審者を捕らえました。どう処理しましょう……?」 「そうねぇ……簀巻きと言えば、川に流すのが常道だけどぉ……」 「んーんんっ、んーんんん、んーーっ!!」   簀巻きが身をよじらせて抗議すると、水銀燈は、ぞっとするような笑みを浮かべて、簀巻きの前に屈み込んだ。みっちゃんは、びくりと身をすくませる。二人は顔を合わせた。 「ふふふ……冗談よ。あなたは今回が初犯みたいだからぁ、川に流すのだけは勘弁してあげる。でもねぇ、もしまた同じことを繰り返したら、その時は……そうねぇ」   水銀燈は、みっちゃんに耳打ちした。みっちゃんの顔から見る見る血の気が失せていく。   雪華綺晶がホイッスルを短く鳴らすと、どこからともなく二人の兵士が現れた。   生徒だろうか。全身くまなく都市迷彩服に覆われていて、顔にはペイントが施されていた。今はまだ授業中のはずだが……。水銀燈がじろりとにらむと、二人は体を強張らせたようだった。   雪華綺晶の指示に従って、二人は簀巻きを担ぐと、どこかへと運び出していった。 「……状況終了しました……」 「ご、ご苦労様……」   水銀燈が疲れたように返すと、雪華綺晶は敷地内の見回りに戻っていった。   水銀燈も立ち去ろうとする。と、足元に転がる小さなガラス瓶を見つけた。 「……惚れ薬? そんなに都合の良い物が、そうやすやすと……でも、何か本物っぽい感じもするわねぇ……そうだぁ、誰かで試してみれば良いのよぉ……」   水銀燈は、低く笑った。どこかで稲光が轟いた気がした。   昼休みの職員室。 「ラプラス先生?」   教頭がお弁当を広げたのを見計らって、水銀燈は声をかけた。 「ん、何ですか、水銀燈先生?」 「お食事中に済みません。至急、この書類に判を押して欲しいんですけどぉ」 「はいはい、ちょっと待ってくださいね……」   ラプラスはやれやれといった様子で椅子を回転させると、机に背を向けて、書類に目を通し始めた。   水銀燈は、するりと背後に回り込むと、スポイトに採った液体を数滴、お弁当の中に垂らした。 「はい、どうぞ。これからは、もっと早い時間に持ってきてくださいね」   小言を忘れないラプラスに、こめかみをひくつかせながらも、水銀燈は黙って引き下がった。   物陰から、そっとラプラスの様子をうかがう。教頭は、フォークに刺した人参のソテーを、口に含んだ。   良し、と……。小さくガッツポーズを決め、水銀燈は、次のターゲットのところに急ぐ。 「校長先生、ラプラス教頭が探しておいででしたよぉ?」 「げっ、俺、また何かやった? どうしよう、ばっくれたほうがいいかな?」 「いいえぇ、そうではなくてぇ、何でも文化祭に関する重要な書類に判を押して欲しいとか、何とか」 「文化祭か……それなら仕方がないか」   校長が、祭りに目がないことを利用して、巧みに誘い出した。水銀燈は、職員室までこっそりついていく。 「ラプラス先生、私に何か用があるとか?」 「は? 校長先生、私は特に何も……」   ラプラスの心臓が、どきりと跳ね上がった。急激に頬が熱くなるのを感じる。恥ずかしい、でも目の前の校長から目が離せなかった。 「教頭先生?」 「えっ、いや、その、私は……」   どぎまぎして視線を逸らした。どっどっどっどっ……。鼓動が、耳に聞こえるほどに高まっていく。目の前のやさぐれた中年男が、いとおしくていとおしくて堪らなくなってきた。   自分は今までどうして、こんな魅力的な男性の存在に気づかなかったのだろう。   どっと後悔が押し寄せてきた。同時に、もうこれ以上後悔したくなかった。   ラプラスは、意を決して口を開いた。 「こ、校長。私、あなたを……その、どうやら……愛してしまったようです……」 「…………………………へっ?」   水銀燈は、瞳をきらきらと輝かせて、修羅場と化した職員室を抜け出した。 「こいつは面白い物を手に入れたわぁ。次は……」 「ひ、雛苺!! 僕はどうして今まで、君のように魅力的な女性の存在に気づかなかったのだろう……雛苺っ、愛しているよ!!」 「うゆー、蒼星石、どうしちゃったの……? 何か怖いの……」   戸惑う雛苺をひしと抱きしめる蒼星石。 「大丈夫だよ、何も心配することはないんだ……これから二人で、愛に満ち溢れた世界を築いていこう!」 「ああっ、そこの二人!! 何くっついてやがるですか!? 離れるですぅ!!」   と、二人の抱擁を引きはがそうとした翠星石は、蒼星石に逆に突き飛ばされる。 「そ、蒼星石……?」 「邪魔しないでくれ、翠星石。僕はもう、雛苺と二人で生きていくことに決めたんだ。いつまでも、君の面倒ばかり看ていられないよ……!」 「そ、蒼星石、蒼星石……ぐずっ……うわああああああああーーーーんんっ!!」 「ばらしー……」 「きらきー……」   お互いの目を見つめ合う二人。その指先が絡み合う。周囲の雑音など、もう何も聞こえなかった。   大切な相手が目の前にいて、自分のことだけを考えてくれる。それだけで満ち足りた気持ちが溢れた。   二人は時の経つのも忘れて、自分に瓜二つな顔に見入っていた。 「ああーん、何て凛々しいのかしら、惚れちゃったのかしら、もう離れられないのかしらーーっ!!」   金糸雀は、校舎裏で二宮尊徳の銅像に頬擦りしていた。 「うっがああああああああーーーーっ!! やめろッ、来るなッ、この俺に近寄るんじゃねーーーーッ!!」 「そ、そんな校長、もう私、あなたなしでは、一秒たりとも生きていけませんっ!! お願いしますっ、どうか……私の愛を受け入れて……!!」 「まったく騒々しい……一体何の騒ぎなの? 神聖なる学び舎を何だと思っているのかしら……」   学食で昼食を終え、職員室へと戻ってきた真紅。自分の机を見て、小さく悲鳴を上げる。 「ひっ……!!」 「うなーーっ?」   それは、丸々と太ったトラ猫。日当たりの良い真紅の机の上で、とぐろを巻いて日向ぼっこしていた。   元は近所の野良猫だったのだが、雛苺と金糸雀が餌を与えたため、今ではすっかり居ついていた。こうして我が物顔で職員室にまで入り込み、辺り構わずくつろいでいる。   真紅は、へっぴり腰でステッキを振り回して、猫を追い払った。   猫は一度だけ振り返ると。 「シャーーッ!!」   そう一喝して、雛苺の机の下に潜り込んだ。 「あーら、何ぃ、みっともない……」 「水銀燈、あなたも知っているでしょう? 私、猫だけは駄目なのよ……どうしてかは分からないけれど……きっと、前世か何かで因縁があったに違いないわ……!」 「ふーん……」   水銀燈は、妖しげに微笑んだ。そして。 「ま、待って……お願いだからっ、そんなに邪険にしないで……」   懸命になって、逃げる猫を追いかける真紅がそこにあった。   猫が穴に潜り込めば、自らも泥だらけになって後を追い、猫が木に登れば、スーツをかぎ裂きだらけにして後に続いた。   しかし、猫は追われれば逃げるもの。加えて、普段から追い立てられていた相手に、猫は警戒を隠さなかった。振り返って、毛を逆立てて威嚇した。 「シャーーッ!!」 「ああっ、そんなっ……」   真紅は、よよと崩れ落ちた。 「あなたに嫌われてしまったら、私、もう何を頼みに生きていったらいいのか、分からない……」   水銀燈は、それを見て、お腹を抱えて笑い転げていた。 「すーいーぎーんーとーうー……やっぱり、てめーの仕業だったんですね!!」 「へっ?」   恐る恐る振り返ると、そこには烈火の如く怒り狂った翠星石と雛苺の姿が。 「水銀燈……酷いの、あんまりなのーーっ!!」   それぞれの得物を手に、じりじりと詰め寄ってくる。水銀燈の全身から、冷たい汗がどっと噴き出した。完全に気圧されていた。 「まままま、待って、これは、そのぅ……つい出来心でぇ……」 「問答無用!!」 「天誅なのーーーーっ!!!!」   ごすッ。   水銀燈の手からこぼれた小さなガラス瓶は、床に落ちて粉々に砕けた。   盛られた薬の量が少なかったのか、翌日には全員が回復した。   水銀燈がどうなったかと言うと……。   簀巻きにされた彼女は、みっちゃんと二人仲良く、学園の裏山の木に釣り下げられた。 「ああああああ……もう、朝になっちゃったぁ……お腹空いたなぁ……」 「ふっふっふー、でもっ、こんな程度じゃ挫けない!! 障害が高ければ高いほど、絆は強まるもの……カナ、待ってて……いつかきっと私のものにしてみせるからーーっ!!」 「うるさいッ、空腹に響くっ……元はと言えば、あなたがあんな物を学校に持ち込むからぁ……!」 「あーっ、自分のこと棚に上げて、人のせいにしたーーっ!」   とことん反省の色のない二人であった。

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