「惚れ薬」(2006/04/16 (日) 03:18:46) の最新版変更点
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平日の白昼。私立有栖学園の塀を乗り越えて、侵入する女が一人。
茂みの陰に隠れ、用心深く辺りを見回す。彼女の名は、みっちゃん。金糸雀のストーカーである。
可愛らしいものに目がないみっちゃんは、同じマンションに住む金糸雀にぞっこんだった。
盗み撮りに盗聴は当たり前。最近では、出勤前にカナが出したゴミ袋まで掠め取る有り様だ。
そして、みっちゃんはとうとう強硬手段に打って出た。ポケットの中から小さなガラス瓶を取り出して、ほくそ笑む。
「ふっふっふー、ネットの闇オークションで八十万も出して手に入れた、この惚れ薬で、カナのハートをゲットしちゃうんだから……嗚呼、夢にまで見たまさちゅーせっちゅの日々が、もうすぐ現実になるのね……」
しかし、現実はそこまで甘くはなかった。
ちゃきり。小さな金属音と共に、冷たい感触がみっちゃんの首筋に押し当てられる。
恐る恐る振り返ると、目の前にはサイレンサーを装備したサブマシンガンの銃口が。
プラスチック製の玩具などではない。金属の重厚な輝きが、そこにあった。
雪華綺晶は、何の表情も見せず、安全装置を解除した。
みっちゃんは、全身から冷たい汗がどっと噴き出すのを感じた。
水銀燈が駆けつけてきた。
雪華綺晶の足元には、猿ぐつわをかまされた簀巻きが一本、転がされていた。
「……不審者を捕らえました。どう処理しましょう……?」
「そうねぇ……簀巻きと言えば、川に流すのが常道だけどぉ……」
「んーんんっ、んーんんん、んーーっ!!」
簀巻きが身をよじらせて抗議すると、水銀燈は、ぞっとするような笑みを浮かべて、簀巻きの前に屈み込んだ。みっちゃんは、びくりと身をすくませる。二人は顔を合わせた。
「ふふふ……冗談よ。あなたは今回が初犯みたいだからぁ、川に流すのだけは勘弁してあげる。でもねぇ、もしまた同じことを繰り返したら、その時は……そうねぇ」
水銀燈は、みっちゃんに耳打ちした。みっちゃんの顔から見る見る血の気が失せていく。
雪華綺晶がホイッスルを短く鳴らすと、どこからともなく二人の兵士が現れた。
生徒だろうか。全身くまなく都市迷彩服に覆われていて、顔にはペイントが施されていた。今はまだ授業中のはずだが……。水銀燈がじろりとにらむと、二人は体を強張らせたようだった。
雪華綺晶の指示に従って、二人は簀巻きを担ぐと、どこかへと運び出していった。
「……状況終了しました……」
「ご、ご苦労様……」
水銀燈が疲れたように返すと、雪華綺晶は敷地内の見回りに戻っていった。
水銀燈も立ち去ろうとする。と、足元に転がる小さなガラス瓶を見つけた。
「……惚れ薬? そんなに都合の良い物が、そうやすやすと……でも、何か本物っぽい感じもするわねぇ……そうだぁ、誰かで試してみれば良いのよぉ……」
水銀燈は、低く笑った。どこかで稲光が轟いた気がした。
昼休みの職員室。
「ラプラス先生?」
教頭がお弁当を広げたのを見計らって、水銀燈は声をかけた。
「ん、何ですか、水銀燈先生?」
「お食事中に済みません。至急、この書類に判を押して欲しいんですけどぉ」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね……」
ラプラスはやれやれといった様子で椅子を回転させると、机に背を向けて、書類に目を通し始めた。
水銀燈は、するりと背後に回り込むと、スポイトに採った液体を数滴、お弁当の中に垂らした。
「はい、どうぞ。これからは、もっと早い時間に持ってきてくださいね」
小言を忘れないラプラスに、こめかみをひくつかせながらも、水銀燈は黙って引き下がった。
物陰から、そっとラプラスの様子をうかがう。教頭は、フォークに刺した人参のソテーを、口に含んだ。
良し、と……。小さくガッツポーズを決め、水銀燈は、次のターゲットのところに急ぐ。
「校長先生、ラプラス教頭が探しておいででしたよぉ?」
「げっ、俺、また何かやった? どうしよう、ばっくれたほうがいいかな?」
「いいえぇ、そうではなくてぇ、何でも文化祭に関する重要な書類に判を押して欲しいとか、何とか」
「文化祭か……それなら仕方がないか」
校長が、祭りに目がないことを利用して、巧みに誘い出した。水銀燈は、職員室までこっそりついていく。
「ラプラス先生、私に何か用があるとか?」
「は? 校長先生、私は特に何も……」
ラプラスの心臓が、どきりと跳ね上がった。急激に頬が熱くなるのを感じる。恥ずかしい、でも目の前の校長から目が離せなかった。
「教頭先生?」
「えっ、いや、その、私は……」
どぎまぎして視線を逸らした。どっどっどっどっ……。鼓動が、耳に聞こえるほどに高まっていく。目の前のやさぐれた中年男が、いとおしくていとおしくて堪らなくなってきた。
自分は今までどうして、こんな魅力的な男性の存在に気づかなかったのだろう。
どっと後悔が押し寄せてきた。同時に、もうこれ以上後悔したくなかった。
ラプラスは、意を決して口を開いた。
「こ、校長。私、あなたを……その、どうやら……愛してしまったようです……」
「…………………………へっ?」
水銀燈は、瞳をきらきらと輝かせて、修羅場と化した職員室を抜け出した。
「こいつは面白い物を手に入れたわぁ。次は……」
「ひ、雛苺!! 僕はどうして今まで、君のように魅力的な女性の存在に気づかなかったのだろう……雛苺っ、愛しているよ!!」
「うゆー、蒼星石、どうしちゃったの……? 何か怖いの……」
戸惑う雛苺をひしと抱きしめる蒼星石。
「大丈夫だよ、何も心配することはないんだ……これから二人で、愛に満ち溢れた世界を築いていこう!」
「ああっ、そこの二人!! 何くっついてやがるですか!? 離れるですぅ!!」
と、二人の抱擁を引きはがそうとした翠星石は、蒼星石に逆に突き飛ばされる。
「そ、蒼星石……?」
「邪魔しないでくれ、翠星石。僕はもう、雛苺と二人で生きていくことに決めたんだ。いつまでも、君の面倒ばかり看ていられないよ……!」
「そ、蒼星石、蒼星石……ぐずっ……うわああああああああーーーーんんっ!!」
「ばらしー……」
「きらきー……」
お互いの目を見つめ合う二人。その指先が絡み合う。周囲の雑音など、もう何も聞こえなかった。
大切な相手が目の前にいて、自分のことだけを考えてくれる。それだけで満ち足りた気持ちが溢れた。
二人は時の経つのも忘れて、自分に瓜二つな顔に見入っていた。
「ああーん、何て凛々しいのかしら、惚れちゃったのかしら、もう離れられないのかしらーーっ!!」
金糸雀は、校舎裏で二宮尊徳の銅像に頬擦りしていた。
「うっがああああああああーーーーっ!! やめろッ、来るなッ、この俺に近寄るんじゃねーーーーッ!!」
「そ、そんな校長、もう私、あなたなしでは、一秒たりとも生きていけませんっ!! お願いしますっ、どうか……私の愛を受け入れて……!!」
「まったく騒々しい……一体何の騒ぎなの? 神聖なる学び舎を何だと思っているのかしら……」
学食で昼食を終え、職員室へと戻ってきた真紅。自分の机を見て、小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……!!」
「うなーーっ?」
それは、丸々と太ったトラ猫。日当たりの良い真紅の机の上で、とぐろを巻いて日向ぼっこしていた。
元は近所の野良猫だったのだが、雛苺と金糸雀が餌を与えたため、今ではすっかり居ついていた。こうして我が物顔で職員室にまで入り込み、辺り構わずくつろいでいる。
真紅は、へっぴり腰でステッキを振り回して、猫を追い払った。
猫は一度だけ振り返ると。
「シャーーッ!!」
そう一喝して、雛苺の机の下に潜り込んだ。
「あーら、何ぃ、みっともない……」
「水銀燈、あなたも知っているでしょう? 私、猫だけは駄目なのよ……どうしてかは分からないけれど……きっと、前世か何かで因縁があったに違いないわ……!」
「ふーん……」
水銀燈は、妖しげに微笑んだ。そして。
「ま、待って……お願いだからっ、そんなに邪険にしないで……」
懸命になって、逃げる猫を追いかける真紅がそこにあった。
猫が穴に潜り込めば、自らも泥だらけになって後を追い、猫が木に登れば、スーツをかぎ裂きだらけにして後に続いた。
しかし、猫は追われれば逃げるもの。加えて、普段から追い立てられていた相手に、猫は警戒を隠さなかった。振り返って、毛を逆立てて威嚇した。
「シャーーッ!!」
「ああっ、そんなっ……」
真紅は、よよと崩れ落ちた。
「あなたに嫌われてしまったら、私、もう何を頼みに生きていったらいいのか、分からない……」
水銀燈は、それを見て、お腹を抱えて笑い転げていた。
「すーいーぎーんーとーうー……やっぱり、てめーの仕業だったんですね!!」
「へっ?」
恐る恐る振り返ると、そこには烈火の如く怒り狂った翠星石と雛苺の姿が。
「水銀燈……酷いの、あんまりなのーーっ!!」
それぞれの得物を手に、じりじりと詰め寄ってくる。水銀燈の全身から、冷たい汗がどっと噴き出した。完全に気圧されていた。
「まままま、待って、これは、そのぅ……つい出来心でぇ……」
「問答無用!!」
「天誅なのーーーーっ!!!!」
ごすッ。
水銀燈の手からこぼれた小さなガラス瓶は、床に落ちて粉々に砕けた。
盛られた薬の量が少なかったのか、翌日には全員が回復した。
水銀燈がどうなったかと言うと……。
簀巻きにされた彼女は、みっちゃんと二人仲良く、学園の裏山の木に釣り下げられた。
「ああああああ……もう、朝になっちゃったぁ……お腹空いたなぁ……」
「ふっふっふー、でもっ、こんな程度じゃ挫けない!! 障害が高ければ高いほど、絆は強まるもの……カナ、待ってて……いつかきっと私のものにしてみせるからーーっ!!」
「うるさいッ、空腹に響くっ……元はと言えば、あなたがあんな物を学校に持ち込むからぁ……!」
「あーっ、自分のこと棚に上げて、人のせいにしたーーっ!」
とことん反省の色のない二人であった。
平日の白昼。私立有栖学園の塀を乗り越えて、侵入する女が一人。
茂みの陰に隠れ、用心深く辺りを見回す。彼女の名は、みっちゃん。金糸雀のストーカーである。
可愛らしいものに目がないみっちゃんは、同じマンションに住む金糸雀にぞっこんだった。
盗み撮りに盗聴は当たり前。最近では、出勤前にカナが出したゴミ袋まで掠め取る有り様だ。
そして、みっちゃんはとうとう強硬手段に打って出た。ポケットの中から小さなガラス瓶を取り出して、ほくそ笑む。
「ふっふっふー、ネットの闇オークションで八十万も出して手に入れた、この惚れ薬で、カナのハートをゲットしちゃうんだから……嗚呼、夢にまで見たまさちゅーせっちゅの日々が、もうすぐ現実になるのね……」
しかし、現実はそこまで甘くはなかった。
ちゃきり。小さな金属音と共に、冷たい感触がみっちゃんの首筋に押し当てられる。
恐る恐る振り返ると、目の前にはサイレンサーを装備したサブマシンガンの銃口が。
プラスチック製の玩具などではない。金属の重厚な輝きが、そこにあった。
雪華綺晶は、何の表情も見せず、安全装置を解除した。
みっちゃんは、全身から冷たい汗がどっと噴き出すのを感じた。
水銀燈が駆けつけてきた。
雪華綺晶の足元には、猿ぐつわをかまされた簀巻きが一本、転がされていた。
「……不審者を捕らえました。どう処理しましょう……?」
「そうねぇ……簀巻きと言えば、川に流すのが常道だけどぉ……」
「んーんんっ、んーんんん、んーーっ!!」
簀巻きが身をよじらせて抗議すると、水銀燈は、ぞっとするような笑みを浮かべて、簀巻きの前に屈み込んだ。みっちゃんは、びくりと身をすくませる。二人は顔を合わせた。
「ふふふ……冗談よ。あなたは今回が初犯みたいだからぁ、川に流すのだけは勘弁してあげる。でもねぇ、もしまた同じことを繰り返したら、その時は……そうねぇ」
水銀燈は、みっちゃんに耳打ちした。みっちゃんの顔から見る見る血の気が失せていく。
雪華綺晶がホイッスルを短く鳴らすと、どこからともなく二人の兵士が現れた。
生徒だろうか。全身くまなく都市迷彩服に覆われていて、顔にはペイントが施されていた。今はまだ授業中のはずだが……。水銀燈がじろりとにらむと、二人は体を強張らせたようだった。
雪華綺晶の指示に従って、二人は簀巻きを担ぐと、どこかへと運び出していった。
「……状況終了しました……」
「ご、ご苦労様……」
水銀燈が疲れたように返すと、雪華綺晶は敷地内の見回りに戻っていった。
水銀燈も立ち去ろうとする。と、足元に転がる小さなガラス瓶を見つけた。
「……惚れ薬? そんなに都合の良い物が、そうやすやすと……でも、何か本物っぽい感じもするわねぇ……そうだぁ、誰かで試してみれば良いのよぉ……」
水銀燈は、低く笑った。どこかで稲光が轟いた気がした。
昼休みの職員室。
「ラプラス先生?」
教頭がお弁当を広げたのを見計らって、水銀燈は声をかけた。
「ん、何ですか、水銀燈先生?」
「お食事中に済みません。至急、この書類に判を押して欲しいんですけどぉ」
「はいはい、ちょっと待ってくださいね……」
ラプラスはやれやれといった様子で椅子を回転させると、机に背を向けて、書類に目を通し始めた。
水銀燈は、するりと背後に回り込むと、スポイトに採った液体を数滴、お弁当の中に垂らした。
「はい、どうぞ。これからは、もっと早い時間に持ってきてくださいね」
小言を忘れないラプラスに、こめかみをひくつかせながらも、水銀燈は黙って引き下がった。
物陰から、そっとラプラスの様子をうかがう。教頭は、フォークに刺した人参のソテーを、口に含んだ。
良し、と……。小さくガッツポーズを決め、水銀燈は、次のターゲットのところに急ぐ。
「校長先生、ラプラス教頭が探しておいででしたよぉ?」
「げっ、俺、また何かやった? どうしよう、ばっくれたほうがいいかな?」
「いいえぇ、そうではなくてぇ、何でも文化祭に関する重要な書類に判を押して欲しいとか、何とか」
「文化祭か……それなら仕方がないか」
校長が、祭りに目がないことを利用して、巧みに誘い出した。水銀燈は、職員室までこっそりついていく。
「ラプラス先生、私に何か用があるとか?」
「は? 校長先生、私は特に何も……」
ラプラスの心臓が、どきりと跳ね上がった。急激に頬が熱くなるのを感じる。恥ずかしい、でも目の前の校長から目が離せなかった。
「教頭先生?」
「えっ、いや、その、私は……」
どぎまぎして視線を逸らした。どっどっどっどっ……。鼓動が、耳に聞こえるほどに高まっていく。目の前のやさぐれた中年男が、いとおしくていとおしくて堪らなくなってきた。
自分は今までどうして、こんな魅力的な男性の存在に気づかなかったのだろう。
どっと後悔が押し寄せてきた。同時に、もうこれ以上後悔したくなかった。
ラプラスは、意を決して口を開いた。
「こ、校長。私、あなたを……その、どうやら……愛してしまったようです……」
「…………………………へっ?」
水銀燈は、瞳をきらきらと輝かせて、修羅場と化した職員室を抜け出した。
「こいつは面白い物を手に入れたわぁ。次は……」
「ひ、雛苺!! 僕はどうして今まで、君のように魅力的な女性の存在に気づかなかったのだろう……雛苺っ、愛しているよ!!」
「うゆー、蒼星石、どうしちゃったの……? 何か怖いの……」
戸惑う雛苺をひしと抱きしめる蒼星石。
「大丈夫だよ、何も心配することはないんだ……これから二人で、愛に満ち溢れた世界を築いていこう!」
「ああっ、そこの二人!! 何くっついてやがるですか!? 離れるですぅ!!」
と、二人の抱擁を引きはがそうとした翠星石は、蒼星石に逆に突き飛ばされる。
「そ、蒼星石……?」
「邪魔しないでくれ、翠星石。僕はもう、雛苺と二人で生きていくことに決めたんだ。いつまでも、君の面倒ばかり看ていられないよ……!」
「そ、蒼星石、蒼星石……ぐずっ……うわああああああああーーーーんんっ!!」
「ばらしー……」
「きらきー……」
お互いの目を見つめ合う二人。その指先が絡み合う。周囲の雑音など、もう何も聞こえなかった。
大切な相手が目の前にいて、自分のことだけを考えてくれる。それだけで満ち足りた気持ちが溢れた。
二人は時の経つのも忘れて、自分に瓜二つな顔に見入っていた。
「ああーん、何て凛々しいのかしら、惚れちゃったのかしら、もう離れられないのかしらーーっ!!」
金糸雀は、校舎裏で二宮尊徳の銅像に頬擦りしていた。
「うっがああああああああーーーーっ!! やめろッ、来るなッ、この俺に近寄るんじゃねーーーーッ!!」
「そ、そんな校長、もう私、あなたなしでは、一秒たりとも生きていけませんっ!! お願いしますっ、どうか……私の愛を受け入れて……!!」
「まったく騒々しい……一体何の騒ぎなの? 神聖なる学び舎を何だと思っているのかしら……」
学食で昼食を終え、職員室へと戻ってきた真紅。自分の机を見て、小さく悲鳴を上げる。
「ひっ……!!」
「うなーーっ?」
それは、丸々と太ったトラ猫。日当たりの良い真紅の机の上で、とぐろを巻いて日向ぼっこしていた。
元は近所の野良猫だったのだが、雛苺と金糸雀が餌を与えたため、今ではすっかり居ついていた。こうして我が物顔で職員室にまで入り込み、辺り構わずくつろいでいる。
真紅は、へっぴり腰でステッキを振り回して、猫を追い払った。
猫は一度だけ振り返ると。
「シャーーッ!!」
そう一喝して、雛苺の机の下に潜り込んだ。
「あーら、何ぃ、みっともない……」
「水銀燈、あなたも知っているでしょう? 私、猫だけは駄目なのよ……どうしてかは分からないけれど……きっと、前世か何かで因縁があったに違いないわ……!」
「ふーん……」
水銀燈は、妖しげに微笑んだ。そして。
「ま、待って……お願いだからっ、そんなに邪険にしないで……」
懸命になって、逃げる猫を追いかける真紅がそこにあった。
猫が穴に潜り込めば、自らも泥だらけになって後を追い、猫が木に登れば、スーツをかぎ裂きだらけにして後に続いた。
しかし、猫は追われれば逃げるもの。加えて、普段から追い立てられていた相手に、猫は警戒を隠さなかった。振り返って、毛を逆立てて威嚇した。
「シャーーッ!!」
「ああっ、そんなっ……」
真紅は、よよと崩れ落ちた。
「あなたに嫌われてしまったら、私、もう何を頼みに生きていったらいいのか、分からない……」
水銀燈は、それを見て、お腹を抱えて笑い転げていた。
「すーいーぎーんーとーうー……やっぱり、てめーの仕業だったんですね!!」
「へっ?」
恐る恐る振り返ると、そこには烈火の如く怒り狂った翠星石と雛苺の姿が。
「水銀燈……酷いの、あんまりなのーーっ!!」
それぞれの得物を手に、じりじりと詰め寄ってくる。水銀燈の全身から、冷たい汗がどっと噴き出した。完全に気圧されていた。
「まままま、待って、これは、そのぅ……つい出来心でぇ……」
「問答無用!!」
「天誅なのーーーーっ!!!!」
ごすッ。
水銀燈の手からこぼれた小さなガラス瓶は、床に落ちて粉々に砕けた。
盛られた薬の量が少なかったのか、翌日には全員が回復した。
水銀燈がどうなったかと言うと……。
簀巻きにされた彼女は、みっちゃんと二人仲良く、学園の裏山の木に釣り下げられた。
「ああああああ……もう、朝になっちゃったぁ……お腹空いたなぁ……」
「ふっふっふー、でもっ、こんな程度じゃ挫けない!! 障害が高ければ高いほど、絆は強まるもの……カナ、待ってて……いつかきっと私のものにしてみせるからーーっ!!」
「うるさいッ、空腹に響くっ……元はと言えば、あなたがあんな物を学校に持ち込むからぁ……!」
「あーっ、自分のこと棚に上げて、人のせいにしたーーっ!」
とことん反省の色のない二人であった。
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