「リストカット」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

リストカット」(2006/03/08 (水) 19:08:12) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

放課後、暗くなり始めた教室で、電気をつけることなく一人机に座る生徒がいた。 E「……はぁ」 溜め息をつきながら、自分の手首を眺める。細い手首に、幾重にも重なるように横一文字の傷痕が生々しく残っている。 蒼「まだ残っていたのかい?」 不意に後ろから声を掛けられた。Eは慌てて手首を袖に隠す。 蒼「こんな暗いのに電気もつけないで…」 E「す、すいません…今すぐ帰りますんで…」 立ち上がり、逃げるように教室を出ようとした。 蒼「待って」 まさか呼び止められるとは思わず、足を止めた。 蒼「ボクもちょうど帰ろうとしてたところなんだ。せっかくだから一緒に帰ろうか」 職員用玄関で5分ほど待っていると、蒼星石が出てきた。 まさか教師と一緒に帰ることになるとは思ってもみなかった。蒼星石は普段もこうして生徒と一緒に帰っているのだろうか。 蒼「ごめん、待たせちゃったね。それじゃ、行こうか」 そう言ってスタスタと歩き始めた。Eもそれに続く。 二人は、特に会話をするわけでもなく駅までの道を歩き続けた。 Eならともかく、一緒に帰るのを誘った蒼星石も一言も喋らなかった。 蒼星石は一体なにを考えているのだろうか?そんな疑問が頭をよぎった時、蒼星石が足を止めた。 蒼「ちょっと、寄っていかないかい?」 指した先は昔ながらといった雰囲気のラーメン屋だった。 E「え…?ラーメン…」 蒼「別にラーメンの一杯くらい食べたって、家で夕飯は食べれるよね?」 E「あ、でも俺…」 蒼「心配しないで良いよ。代金は、僕がもつから」 蒼星石はEの腕を持つと、半ば強引にそのラーメン屋に入った。 「おういらっしゃい!!」 蒼「こんにちは、店長」 調理場から、いかにも頑固親父という風貌の店長が出迎える。 二人の様子を見ると、どうやら知り合いらしい。 「ん?後ろの坊主は?」 蒼「この子はボクの教え子です」 E「あ、はじめまして…」 「ふーん」 店長はEを一瞥すると、読んでいたスポーツ新聞を折りたたんだ。 蒼星石がカウンターに座ったので、その横に腰掛ける。 「で、注文は?」 蒼「ボクはいつもので」 店長ははいよ、と生返事をした。いつもの、ということは常連なのだろうか。 蒼「E君は、ニンニクとか嫌いかな?」 E「いえ、大丈夫です」 蒼「それじゃあ、この子もボクと同じで」 店長が再び生返事をして、調理場の奥へ入っていった。 E「あの、蒼星石先生…ここは?」 蒼「ここかい?ここは、ボクが学生の時恩師によく連れて行ってもらったラーメン屋だよ。 店長は、その恩師の同級生なんだ」 E「先生の、恩師…?」 蒼「そう、ボクが教師になるきっかけを与えてくれた恩師だよ…」 どこか寂しげな笑みを浮かべながら言った。なにか聞いちゃいけないことでも聞いたかな、と思った。 蒼「…あの傷、どうしたんだい?」 E「えっ!?」 突然の不意打ちに、思わず手首を押さえる。 蒼「あの手首の傷だよ…。悪いけど、見せてもらったよ」 あの時傷を見た蒼星石は、このことを聞く為にEをここに連れて来たのだろう。 E「これは・・・」 蒼「聞かせてくれないかい?どうしてこんなことをしたのか…」 Eは、手首を握り締めながら、少しずつ語り始めた。 E「俺…なんで生きてるのか分からないんです…。何のために生きているんだろうって。 そう思うようになってから、毎日が意味のないように思えてきて…それで、 それで次第に生きるのが辛くなってきたんです…」 上手く言葉にできなかったが、ありのままの言葉をぶつけた。 それを聞いていた蒼星石が、独り言のように呟き始めた。 蒼「ボクが学生の時にも、自殺をしようとしていた同級生がいたんだ…。 その友人を、ボクの恩師は思い切り殴り飛ばしてこう言ったんだ。 『俺が生きている間に勝手に死ぬことは許さん。死にたいなら、俺を殺してから死ね』 ってね…。その日以来、その友人は自殺をしようとはしなくなった…」 E「凄い先生ですね…」 蒼「でも、死んでしまった」 E「え・・・?」 蒼「ついこの間ね。癌だったんだ」 先程の寂しげな表情の意味がやっと分かった。 蒼「『俺はよぼよぼの老いぼれになるまで教師でいるんだ!』って言っていたのに、その夢も叶わずに死んでいった…」 E「……」 蒼「さっきE君は、毎日が意味がないって言っていたよね。君がそう思っている毎日は、 死んでいった人々が生きたいと願った明日なんだ…」 E「・・・・!!!!!」 蒼「意味のない毎日なんて…ないんだよ…」 叫びにも近い呟きだった。 E「俺は…どうすればいいんですか…?」 すがるように聞いた。 蒼「生きることの意味を、喜びを見つけるんだ…」 E「そんなこと、俺一人じゃ…」 諦めにも似た声で言う。そんなEの頭を、蒼星石がそっと優しく撫でた。 蒼「一緒に探そう…。その為に、ボクたち教師がいるんだよ」 そう言って微笑みかけてくれた蒼星石を見た瞬間、Eは曇りきっていた心の中に光が差したような気がした。 凍っていた心が融け出し、涙となって流れた。 E「先生…!!ありがとう…!」 「すっかり先生の顔になったじゃないか。昔のあいつを思い出すよ」 ラーメンを作り終えた店長が、二人の前に注文の品を置いた。Eは慌てて涙を拭った。 大盛のラーメンの上に、チャーシューがこれでもかと乗せられている。暴力的な量だった。 もはや麺が見えない。まさかこれを食べた後に家で夕飯を食べろというのだろうか。 「それにしても坊主。お前は幸せもんだな」 E「え?」 「こんな美人の蒼ちゃんに相談に乗ってもらえてなぁ。毎日お世話になってるんだろう?いろんな意味で」 店長はそう言うと親指と人差し指で円を作り、手首を振った。その意味を知ったEが赤面する。 蒼「ちょっと、店長!ボクの生徒をからかわないで下さい!それと、生徒の前で蒼ちゃんだなんて呼ばないで下さい!」 蒼星石が赤面しながら訴える。店長ははいはいと軽くあしらいながら、再び調理場へと戻っていった。 蒼「本当にもう…!」 蒼星石はふくれっ面をしながら割り箸を割ると、一気に麺をすすった。 Eもそれに続く。美味い。 E「先生…」 蒼「なんだい…?」 E「これからも、相談に乗ってもらっていいですか?」 蒼「もちろんだよ。その度に、ここでラーメンでも食べようか」 E「…はい!!」

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー