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「雪華綺晶とダンボール」(2006/04/12 (水) 02:31:47) の最新版変更点
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お昼休みのことだ。一人の生徒が、職員室を訪れた。授業で解らなかったことを訊くためだ。
「あのー、雪華綺晶先生の机はどこですか?」
そばにいた真紅に尋ねる。
「ああ、それならあそこよ」
あごで指し示した。
しかし、見当たらない。給湯室のそばの一角には、机が一つしかなくて、その机の上では薔薇水晶が、何やら赤ペンを走らせていた。恐らくは小テストの採点でもしているのだろう。
その隣にうずたかく積み上げられたダンボール箱には、妙に違和感を覚えたが。
「だから、あのダンボールの山の反対側。雪華綺晶先生なら戻ってきてるわよ」
真紅が、冷めた口調でつけ加えた。
バリケードか? 首を傾げつつも回り込んでみると、雪華綺晶先生の席は確かにそこにあった。
「あ……○○君……」
ちょうど、小テストの採点を終えたところのようだ。雪華綺晶が顔を上げた。
「先生、ちょっとお時間よろしいですか? さっきの授業で解らなかったところがあるんですけど……」
生徒は、即座に本題を切り出した。ダンボール箱については疑問を抱かずにいられなかったが、他の先生もいる中で、立ち入ったことを訊くのははばかられた。
と、雪華綺晶は、控え目だが表情を曇らせる。
「あの……先生、これからごはん……」
「あ、いいですよ。食べ終わるまで待ってますから」
生徒は、空いていた椅子を引っぱり出して、その上にどっかりと腰を下ろす。
厚かましいとも思えたが、彼には、雪華綺晶先生は食事しているところを見られても恥ずかしがったりしないだろうという確信があったし、事実その通りだった。
「そう……」
と小さくつぶやくと、雪華綺晶は、唐突に傍らのダンボール箱の一つを開封した。
中から出てきたのは、生麺タイプのカップラーメンだ。それを十個、机の上にきれいに整列させる。
一つ一つ封を開け、生麺とかやくをカップに納め、スープを絞り出していく。途中からは、生徒も作業を手伝った。
給湯室からバケツのような大きなヤカンを運んできて、熱湯を注ぎ込む。
生徒は、給湯室に近い雪華綺晶が、他の先生の分も用意してるのだろうと思っていた。
しかし、雪華綺晶は、十個のカップラーメンが整列した前にちょこんと腰を下ろすと、こともなげにこう言い放った。
「いただきます……」
信じられないものを見た。生徒は、言葉を失った。
淡々と麺をすする雪華綺晶の、口元にも、箸づかいにも、乱れた様子は一切うかがえない。
あくまで楚々とした風情を堅持しつつも、見る見るカップの中身を平らげていく。
希望小売価格250円以上もする大盤のそれらが、スープの一滴も残さず、胃袋に納められていった。
イリュージョンそのものだった。
プロポーションは崩れず、額に汗一つにじませていない。
ほのかに満足そうな表情を浮かべただけ。
十個のカップを積み重ね、脇へ退けると、雪華綺晶は、今度はカバンの中から大きな包みを取り出した。
デジタル化される以前の百科事典ほどもある大きさだ。机の上に載せたとき、ズシンとスチールが軋んだように感じた。
「せ、先生、それ……」
生徒が、うわごとのようにつぶやくと、雪華綺晶は、何を勘違いしたのかこう答えた。
「これ……ばらしー……薔薇水晶先生に、毎日作ってもらってるの……」
風呂敷包みをほどき、明らかに男性用と思われる飾り気のない蓋を開けると、ぎっしりと詰め込まれた白米の上には、挽き肉のそぼろと海苔と紅ショウガで描かれたアッガイの顔が……。
もう、何に突っ込んでいいのか分からなかった。
ふと隣の机を覗くと、薔薇水晶も、小テストの採点が終わったようだ。
大人の男の握りこぶしほどしかない、小ぢんまりとしたお弁当箱をちょいちょいと突ついていた。
なるほど、そっくりなように見えて、違うところは違うのだなと、妙なところに納得した生徒だった。
お昼休みのことだ。一人の生徒が、職員室を訪れた。授業で解らなかったことを訊くためだ。
「あのー、雪華綺晶先生の机はどこですか?」
そばにいた真紅に尋ねる。
「ああ、それならあそこよ」
あごで指し示した。
しかし、見当たらない。給湯室のそばの一角には、机が一つしかなくて、その机の上では薔薇水晶が、何やら赤ペンを走らせていた。恐らくは小テストの採点でもしているのだろう。
その隣にうずたかく積み上げられたダンボール箱には、妙に違和感を覚えたが。
「だから、あのダンボールの山の反対側。雪華綺晶先生なら戻ってきてるわよ」
真紅が、冷めた口調でつけ加えた。
バリケードか? 首を傾げつつも回り込んでみると、雪華綺晶先生の席は確かにそこにあった。
「あ……○○君……」
ちょうど、小テストの採点を終えたところのようだ。雪華綺晶が顔を上げた。
「先生、ちょっとお時間よろしいですか? さっきの授業で解らなかったところがあるんですけど……」
生徒は、即座に本題を切り出した。ダンボール箱については疑問を抱かずにいられなかったが、他の先生もいる中で、立ち入ったことを訊くのははばかられた。
と、雪華綺晶は、控え目だが表情を曇らせる。
「あの……先生、これからごはん……」
「あ、いいですよ。食べ終わるまで待ってますから」
生徒は、空いていた椅子を引っぱり出して、その上にどっかりと腰を下ろす。
厚かましいとも思えたが、彼には、雪華綺晶先生は食事しているところを見られても恥ずかしがったりしないだろうという確信があったし、事実その通りだった。
「そう……」
と小さくつぶやくと、雪華綺晶は、唐突に傍らのダンボール箱の一つを開封した。
中から出てきたのは、生麺タイプのカップラーメンだ。それを十個、机の上にきれいに整列させる。
一つ一つ封を開け、生麺とかやくをカップに納め、スープを絞り出していく。途中からは、生徒も作業を手伝った。
給湯室からバケツのような大きなヤカンを運んできて、熱湯を注ぎ込む。
生徒は、給湯室に近い雪華綺晶が、他の先生の分も用意してるのだろうと思っていた。
しかし、雪華綺晶は、十個のカップラーメンが整列した前にちょこんと腰を下ろすと、こともなげにこう言い放った。
「いただきます……」
信じられないものを見た。生徒は、言葉を失った。
淡々と麺をすする雪華綺晶の、口元にも、箸づかいにも、乱れた様子は一切うかがえない。
あくまで楚々とした風情を堅持しつつも、見る見るカップの中身を平らげていく。
希望小売価格250円以上もする大盤のそれらが、スープの一滴も残さず、胃袋に納められていった。
イリュージョンそのものだった。
プロポーションは崩れず、額に汗一つにじませていない。
ほのかに満足そうな表情を浮かべただけ。
十個のカップを積み重ね、脇へ退けると、雪華綺晶は、今度はカバンの中から大きな包みを取り出した。
デジタル化される以前の百科事典ほどもある大きさだ。机の上に載せたとき、ズシンとスチールが軋んだように感じた。
「せ、先生、それ……」
生徒が、うわごとのようにつぶやくと、雪華綺晶は、何を勘違いしたのかこう答えた。
「これ……ばらしー……薔薇水晶先生に、毎日作ってもらってるの……」
風呂敷包みをほどき、明らかに男性用と思われる飾り気のない蓋を開けると、ぎっしりと詰め込まれた白米の上には、挽き肉のそぼろと海苔と紅ショウガで描かれたアッガイの顔が……。
もう、何に突っ込んでいいのか分からなかった。
ふと隣の机を覗くと、薔薇水晶も、小テストの採点が終わったようだ。
大人の男の握りこぶしほどしかない、小ぢんまりとしたお弁当箱をちょいちょいと突ついていた。
なるほど、そっくりなように見えて、違うところは違うのだなと、妙なところに納得した生徒だった。
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