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~心に響く音楽~ 「優勝は○○学園です」 広いホールに結果を告げる声が響き渡る。 ここは合奏コンクール高等学校の部・全国大会の会場。大きなホールも人で埋め尽くされている。 「そんな・・・嘘でしょ・・・」 歓喜に沸く○○学園の傍らに信じられないといった表情の一団がいた。 彼女らは有栖学園吹奏楽部。毎年素晴らしい演奏で観客を魅了し、ここのところ四連覇という偉業を成し遂げていた。 今年は学園外からも特に優秀といわれている生徒が数多く入学し、優勝は確実と言われていたのだが・・・ 信じられない、どうして…? 疑問と悲哀の入り混じった表情を浮かべる小柄な女性がその一団の中心にいた。 有栖学園吹奏楽部顧問・金糸雀だ。 頭の中で原因を模索する。練習メニューか?選択した曲か? …それとも、指導方法が間違っていたのだろうか。 しかし、表彰式も済んだ会場に何時までも残り物思いに耽っている場合ではない。 疑問は解けないまま一行はホールを後にした。 学園に戻り生徒を解散させた後、金糸雀は結果を報告する為に校長室へ向かう。 ローゼンはその程度の事を気にするような器の小さな人間ではない。 しかし報告を聞いたときに一瞬顔を曇らせたのを金糸雀は見てしまった。 生徒だけでなく校長にも残念な思いをさせてしまうとは。 彼らに音楽の指導をしていたのは紛れも無いこの自分だ。今回の落選は自分が原因に違いない… 今の金糸雀には自分を責めることしかできなかった。 だが、彼女の落胆は翌日に更に深まる事となる。 何と16名もの生徒が昨日の今日であるこの日に退部届けを提出したのである。 その殆どが大会に出場したメンバーだ。金糸雀は狼狽した。 確かに昨日の大会で入賞できなかった事は残念である。が、 次の大会で優勝を勝ち取る為に金糸雀は夜を徹して新たな練習方法を考案してきたのだ。 今回勝ち取れなかった栄光を次で掴むために…。 生徒達も雪辱に燃え、更に熱心に練習に取り組んでくれる筈。 そう信じて音楽室に赴いた矢先の事である。驚かない道理は無い。 半ば呆然としていた金糸雀に一人の部員の言葉が突き刺さった。 「先生に付いていけば優勝できるはずだったのに…」 見ると彼らの目には恨みがましい光が篭っている。 直接言葉にしなくとも彼らが今回の大会で入賞できなかったのは金糸雀のせいだと考えているようだ。 勿論金糸雀としては何とか引き止めたかったがその視線の前では沈黙せざるを得なかった。 生徒たちは翌日の練習を以って辞めるとの意思を伝え音楽準備室を去っていってしまった。 金糸雀はその背中を虚ろな目で見送る。…そして我に返ると慌てて残る部員数を確認した。 「あと…8人、かしら…」 何と残っていたのはたったの8人であった。部活動を存続する為には最低でも10人の部員が必要だ。 新学期でもないこの時期では、新たな部員を確保することは非常に難しい。 その日はそのまま解散し、金糸雀は足取り重げに自宅へと戻った。 色々な方法を頭に浮かべてみるものの、僅かな時間で部員を見つける方法は浮かばない。 …大丈夫だ。自分は学園一の策士。これまでにも色んな危機を閃きで乗り越えてきたはずだ。 今回だって大丈夫。…今回だって。 前向きな言葉を独り呟いてみるも解決法が閃かない。 夜通し考えてみようとするも日頃の疲労に今回の心労が重なり、金糸雀はいつの間にか眠りに落ちた。 … …… ……… 次の日。 生徒ならいざ知らず、教師に考え事が理由での欠席など許されるものではない。 金糸雀はいつも通りに教壇に立ち、授業を行っていた。 しかし極度の悩みは人を盲目にする。生徒の問いかけも上の空、表情はまるで葬式の参列者のよう。 日頃明るい人間だけにその変化は目立ち、ひどく痛々しいものであった。 だが、ここまで落ち込んでいる者に誰が事情も知らずに慰めの言葉を掛けられようか。 理由を知らない生徒たちにはただ心配することしかできなかった。 そして授業が終わった。今日をもって辞めると言っていた部員たちが最後の練習に来る。 「あーあ、今日で終わりか」 短い間とはいえ自らの意思で入部し、それをすぐに辞めるのにはやはり寂しいものがあるようだ。 「そうだね・・・でも仕方ないよね」 「これから何して放課後過ごそうか?適当に遊ぶかなー」 それぞれの感想を漏らしながら音楽室に向かう部員たち。 そして彼女らが音楽室のドアを開けるとそこには金糸雀と………蒼星石がいた。 蒼星石が音楽室に居るのは珍しい。疑問に思った生徒達は彼女に問う。 「あれ、蒼星石先生、どうしてここに?」 蒼星石は何故そんな事を聞くのか?という不思議そうな表情で答えた。 「僕はピアノがあまり弾けないんだ。だから金糸雀先生に教えてもらおうと思って。」 しかし生徒達の顔には納得いかなげな表情の欠片が残る。例の一件で金糸雀の力に疑問符を付けてしまった様だ。 蒼星石はそんな彼らの浮かぬ表情を一通り眺めた後、ゆっくりと口を開いた。 「…君たちに聴いてほしいものがあるんだ。先生、お願い。」 金糸雀は一度大きく深呼吸をすると、静かに鍵盤に指を走らせた。 奏でられるのはコンクールで演奏された曲。 「…!?」 生徒達の顔に驚きの表情が浮かぶ。なんだ、このまるでプロの如き完璧な演奏は…? 音楽教師である金糸雀がそれなりにピアノを上手に弾けるのは当然といえば当然である。 が、その技量は部員たちの度肝を抜くに十分であった。 力強さと繊細さを兼ね備え、まるで耳ではなく直接心に響くような音楽だった。 見ると金糸雀の表情は必死である。今の彼女にはこの曲を演奏し続ける事しか頭に無いようだった。 …そして、曲が終わる。 生徒達の顔は先の驚きの表情のままで固まっている。声の一つも出ないようだった。 しばし間を空け、沈黙を破るように蒼星石は生徒達に語りかける。 「どうだったかな?」 「いつも、先生はこんな演奏をしていなかった…」 まるで金糸雀が手を抜いていたと言わんばかりの言葉に蒼星石は顔を曇らせ、やや強い口調で言った。 「…君たちは彼女がいくつの部の顧問を兼任しているか知っているかい?」 「いえ、知りません」 「10さ。金糸雀先生は10もの部活の顧問をしているんだ。」 そうなのだ。金糸雀はこの学園に多く存在する部の内、実に10もの部の顧問を兼任している。 当然この数になると数分しか顔を出せない日もあるが、それでも生徒に頭を下げ夕方まで残ってもらい、 必ず練習に目を通すようにしているのだ。 「それだけではないよ。当然時間は足りないわけだし、早朝や昼休みをも使って指導しているんだ。  そんな状況で常にベストなコンディションを保てる訳が無い。でも彼女は決して君たちの前で弱音を吐いたことは無い筈、そうでしょ?」 金糸雀の口癖は知ってのとおり「楽して・ズルして・いただき♪」である。 しかし教職に就いて生徒に物を教えるに当たって楽して、ましてずるいことをするなど許されるものではないし、 何よりそれは金糸雀本人が許す事ではない。その言葉は場を和ませるための物であり、金糸雀の主義などでは決して無い。   「…」 生徒たちは黙って話を聞いている。さらに言葉を続ける蒼星石。 「金糸雀先生、話してもいいかな?実は僕がここに来たのは君たちが来る30分くらい前なんだ…」 30分前。 授業を終えた蒼星石は本日の小テストの採点の為職員室に向かっていた。 と、彼女の耳に微かな声が届く。 「誰の声だろう…。ん、これは誰かの泣き声!?」 耳を澄ませるとその微かな泣き声は音楽室から聞こえてくる。 すわ誰か怪我でもしたかと慌てて音楽室に飛び込んだ蒼星石の目に映ったものとは… それはピアノに突っ伏して泣いている金糸雀であった。 「金糸雀先生!一体どうしたの!?」 体調でも急に崩したのかと思い慌てて駆け寄りつつ問う蒼星石に、金糸雀は細い声で告げる。 「吹奏楽部が…吹奏楽部が…無くなってしまうのかしら」 それだけ言い、金糸雀は再び力なくピアノに顔を伏せる。 「先生、落ち着いて…。差し支えなければ詳しい事情を教えてもらえないかな?」 「実は・・・」 途切れ途切れに話す金糸雀から10分ほど掛け蒼星石は事情を聞き出した。 当に寝耳に水というものである。全国大会の常連がたった一度優勝を逃しただけで廃部の危機とは…。 「そんなことが…」 「全部カナの、カナのせいなのかしら!もっと上手く教えていたら…もっと頑張っていたら…こんなことにはならなかった!」 あくまで自分を責めることしかできない金糸雀。 蒼星石はそんな金糸雀の話を黙って聞いていたが、静かに話を持ちかける。 「金糸雀先生、ちょっと耳を貸してもらえませんか?」 ………そして、話は現在に戻る。 「という訳だよ。君たちは知らないかもしれないけど、金糸雀先生は元全国ピアノコンクールの入賞者なんだ。」 「そんな…」 「君たちは、あのコンクールで優勝するために部に入ったらしいね。」 「え、えぇ・・・」 「君達は本当にコンクールで優勝するための努力を怠らなかったかい?自分たちの才能に驕っていい加減な練習をしていなかったかい?  君達が他校からの選りすぐりの優秀な生徒だというのは勿論僕も知っているよ。でも自分たちの才能に溺れているようじゃ栄光は掴めるはずも無い。」 狼狽する生徒達。どうやら彼女の予想は当たっていたようだ。 彼らが沈黙したところで蒼星石は切り出した。 「…これを見て欲しい。」 懐から、細長い一通の手紙を取り出す。 蒼星石の手にあるのが何なのか理解した金糸雀は慌てる。 「な、何でそれを!?」 「ごめんね、金糸雀先生。この部屋のゴミ箱にあったのを拾わせてもらったよ。見ての通りこれは辞表だ。下書きだろうけどね。  さて君達、これが誰の、そして何のためにここにあるのかもう分かるだろう?」 「まさか・・・」 彼らは絶句した。辞表。音楽室のゴミ箱。そしてこの状況。 全てがある一つの結論にしか繋がらないことに気づいてしまった。 「そのまさかさ。金糸雀先生はこれで吹奏楽部が廃部になってしまったら責任を取って学校を辞めるつもりだったんだ。  全ての責任を一人で背負って…ね。」 「そんな!」 蒼星石は先に強めた語気を元に戻し、穏やかな表情で語りかける。 「さっき話したとおり、金糸雀先生はけっして君たちに責任があるとは言わなかった。全て自分のせいだと言っていたんだ。」 「・・・」 「もうわかっただろう?金糸雀先生の想いが。君たちをどれだけ大事に思っていたか。さぁ、今度は君たちの思っていることを聞かせてもらえないかな?  まさかこのままおめおめと金糸雀先生を辞め…ん?」 蒼星石の言葉が終わらぬうちに一人の生徒が金糸雀の下へ走り寄った。 「先生!私たちが間違っていました!どうか、どうか許してください!」 深々と頭を下げる。間髪入れずに他の部員も後に続く。 「先生、ごめんなさい!」 「退部願いは取り消します、どうか先生も辞めないで!」 「許してください、先生!」 口々に謝罪の意を示し、辞めないでと懇願する部員たち。 金糸雀は無言で部員たちを見ていたが、やがてぽつりぽつりと語り始めた。 「みんな、残ってくれるくれるの…かしら?吹奏楽部は廃部にならなくて済むの…かしら?  そしてカナはこれからもみんなの先生でいてもいいの…かしら?」 「勿論です!これからもずっと私たちの先生でいて下さい!」 「…ありがとう」 金糸雀の頬に一筋の涙が伝う。しかしその表情は太陽のような輝く笑顔であった。 部員たちから歓声が挙がる。中には金糸雀に抱きつく部員もいた。 蒼星石は事が落着した事を見届けると、静かに音楽室を後にした。 後日。 あの一件により吹奏楽部の団結力は学園一といっても過言で無いほどになっていた。 雨降って地固まるとはこのことであろう。生徒達は一回一回の練習に全力を注ぐようになったのだ。 元々才能のある生徒ばかりなのでその技術は瞬く間に向上していった。 そして翌年のコンクールで有栖学園は次点に圧倒的な差をつけ再び栄光の座を手にした。 その時の部員たちの顔は皆金糸雀に負けないほど輝いていたという。 ~FIN~
~心に響く音楽~ 「優勝は○○学園です」 広いホールに結果を告げる声が響き渡る。 ここは合奏コンクール高等学校の部・全国大会の会場。大きなホールも人で埋め尽くされている。 「そんな・・・嘘でしょ・・・」 歓喜に沸く○○学園の傍らに信じられないといった表情の一団がいた。 彼女らは有栖学園吹奏楽部。毎年素晴らしい演奏で観客を魅了し、ここのところ四連覇という偉業を成し遂げていた。 今年は学園外からも特に優秀といわれている生徒が数多く入学し、優勝は確実と言われていたのだが・・・ 信じられない、どうして…? 疑問と悲哀の入り混じった表情を浮かべる小柄な女性がその一団の中心にいた。 有栖学園吹奏楽部顧問・金糸雀だ。 頭の中で原因を模索する。練習メニューか?選択した曲か? …それとも、指導方法が間違っていたのだろうか。 しかし、表彰式も済んだ会場に何時までも残り物思いに耽っている場合ではない。 疑問は解けないまま一行はホールを後にした。 学園に戻り生徒を解散させた後、金糸雀は結果を報告する為に校長室へ向かう。 ローゼンはその程度の事を気にするような器の小さな人間ではない。 しかし報告を聞いたときに一瞬顔を曇らせたのを金糸雀は見てしまった。 生徒だけでなく校長にも残念な思いをさせてしまうとは。 彼らに音楽の指導をしていたのは紛れも無いこの自分だ。今回の落選は自分が原因に違いない… 今の金糸雀には自分を責めることしかできなかった。 だが、彼女の落胆は翌日に更に深まる事となる。 何と16名もの生徒が昨日の今日であるこの日に退部届けを提出したのである。 その殆どが大会に出場したメンバーだ。金糸雀は狼狽した。 確かに昨日の大会で入賞できなかった事は残念である。が、 次の大会で優勝を勝ち取る為に金糸雀は夜を徹して新たな練習方法を考案してきたのだ。 今回勝ち取れなかった栄光を次で掴むために…。 生徒達も雪辱に燃え、更に熱心に練習に取り組んでくれる筈。 そう信じて音楽室に赴いた矢先の事である。驚かない道理は無い。 半ば呆然としていた金糸雀に一人の部員の言葉が突き刺さった。 「先生に付いていけば優勝できるはずだったのに…」 見ると彼らの目には恨みがましい光が篭っている。 直接言葉にしなくとも彼らが今回の大会で入賞できなかったのは金糸雀のせいだと考えているようだ。 勿論金糸雀としては何とか引き止めたかったがその視線の前では沈黙せざるを得なかった。 生徒たちは翌日の練習を以って辞めるとの意思を伝え音楽準備室を去っていってしまった。 金糸雀はその背中を虚ろな目で見送る。…そして我に返ると慌てて残る部員数を確認した。 「あと…8人、かしら…」 何と残っていたのはたったの8人であった。部活動を存続する為には最低でも10人の部員が必要だ。 新学期でもないこの時期では、新たな部員を確保することは非常に難しい。 その日はそのまま解散し、金糸雀は足取り重げに自宅へと戻った。 色々な方法を頭に浮かべてみるものの、僅かな時間で部員を見つける方法は浮かばない。 …大丈夫だ。自分は学園一の策士。これまでにも色んな危機を閃きで乗り越えてきたはずだ。 今回だって大丈夫。…今回だって。 前向きな言葉を独り呟いてみるも解決法が閃かない。 夜通し考えてみようとするも日頃の疲労に今回の心労が重なり、金糸雀はいつの間にか眠りに落ちた。 … …… ……… 次の日。 生徒ならいざ知らず、教師に考え事が理由での欠席など許されるものではない。 金糸雀はいつも通りに教壇に立ち、授業を行っていた。 しかし極度の悩みは人を盲目にする。生徒の問いかけも上の空、表情はまるで葬式の参列者のよう。 日頃明るい人間だけにその変化は目立ち、ひどく痛々しいものであった。 だが、ここまで落ち込んでいる者に誰が事情も知らずに慰めの言葉を掛けられようか。 理由を知らない生徒たちにはただ心配することしかできなかった。 そして授業が終わった。今日をもって辞めると言っていた部員たちが最後の練習に来る。 「あーあ、今日で終わりか」 短い間とはいえ自らの意思で入部し、それをすぐに辞めるのにはやはり寂しいものがあるようだ。 「そうだね・・・でも仕方ないよね」 「これから何して放課後過ごそうか?適当に遊ぶかなー」 それぞれの感想を漏らしながら音楽室に向かう部員たち。 そして彼女らが音楽室のドアを開けるとそこには金糸雀と………蒼星石がいた。 蒼星石が音楽室に居るのは珍しい。疑問に思った生徒達は彼女に問う。 「あれ、蒼星石先生、どうしてここに?」 蒼星石は何故そんな事を聞くのか?という不思議そうな表情で答えた。 「僕はピアノがあまり弾けないんだ。だから金糸雀先生に教えてもらおうと思って。」 しかし生徒達の顔には納得いかなげな表情の欠片が残る。例の一件で金糸雀の力に疑問符を付けてしまった様だ。 蒼星石はそんな彼らの浮かぬ表情を一通り眺めた後、ゆっくりと口を開いた。 「…君たちに聴いてほしいものがあるんだ。先生、お願い。」 金糸雀は一度大きく深呼吸をすると、静かに鍵盤に指を走らせた。 奏でられるのはコンクールで演奏された曲。 「…!?」 生徒達の顔に驚きの表情が浮かぶ。なんだ、このまるでプロの如き完璧な演奏は…? 音楽教師である金糸雀がそれなりにピアノを上手に弾けるのは当然といえば当然である。 が、その技量は部員たちの度肝を抜くに十分であった。 力強さと繊細さを兼ね備え、まるで耳ではなく直接心に響くような音楽だった。 見ると金糸雀の表情は必死である。今の彼女にはこの曲を演奏し続ける事しか頭に無いようだった。 …そして、曲が終わる。 生徒達の顔は先の驚きの表情のままで固まっている。声の一つも出ないようだった。 しばし間を空け、沈黙を破るように蒼星石は生徒達に語りかける。 「どうだったかな?」 「先生がこんなすごい演奏者だったなんて…」 まるで金糸雀の力を見くびっていたと言わんばかりの言葉に蒼星石は顔を曇らせ、やや強い口調で言った。 「…君たちは彼女がいくつの部の顧問を兼任しているか知っているかい?」 「いえ、知りません」 「10さ。金糸雀先生は10もの部活の顧問をしているんだ。」 そうなのだ。金糸雀はこの学園に多く存在する部の内、実に10もの部の顧問を兼任している。 当然この数になると数分しか顔を出せない日もあるが、それでも生徒に頭を下げ夕方まで残ってもらい、 必ず練習に目を通すようにしているのだ。 「それだけではないよ。当然時間は足りないわけだし、早朝や昼休みをも使って指導しているんだ。  そんな状況で常にベストなコンディションを保てる訳が無い。でも彼女は決して君たちの前で弱音を吐いたことは無い筈、そうでしょ?」 金糸雀の口癖は知ってのとおり「楽して・ズルして・いただき♪」である。 しかし教職に就いて生徒に物を教えるに当たって楽して、ましてずるいことをするなど許されるものではないし、 何よりそれは金糸雀本人が許す事ではない。その言葉は場を和ませるための物であり、金糸雀の主義などでは決して無い。   「…」 生徒たちは黙って話を聞いている。さらに言葉を続ける蒼星石。 「金糸雀先生、話してもいいかな?実は僕がここに来たのは君たちが来る30分くらい前なんだ…」 30分前。 授業を終えた蒼星石は本日の小テストの採点の為職員室に向かっていた。 と、彼女の耳に微かな声が届く。 「誰の声だろう…。ん、これは誰かの泣き声!?」 耳を澄ませるとその微かな泣き声は音楽室から聞こえてくる。 すわ誰か怪我でもしたかと慌てて音楽室に飛び込んだ蒼星石の目に映ったものとは… それはピアノに突っ伏して泣いている金糸雀であった。 「金糸雀先生!一体どうしたの!?」 体調でも急に崩したのかと思い慌てて駆け寄りつつ問う蒼星石に、金糸雀は細い声で告げる。 「吹奏楽部が…吹奏楽部が…無くなってしまうのかしら」 それだけ言い、金糸雀は再び力なくピアノに顔を伏せる。 「先生、落ち着いて…。差し支えなければ詳しい事情を教えてもらえないかな?」 「実は・・・」 途切れ途切れに話す金糸雀から10分ほど掛け蒼星石は事情を聞き出した。 当に寝耳に水というものである。全国大会の常連がたった一度優勝を逃しただけで廃部の危機とは…。 「そんなことが…」 「全部カナの、カナのせいなのかしら!もっと上手く教えていたら…もっと頑張っていたら…こんなことにはならなかった!」 あくまで自分を責めることしかできない金糸雀。 蒼星石はそんな金糸雀の話を黙って聞いていたが、静かに話を持ちかける。 「金糸雀先生、ちょっと耳を貸してもらえませんか?」 ………そして、話は現在に戻る。 「という訳だよ。君たちは知らないかもしれないけど、金糸雀先生は元全国ピアノコンクールの入賞者なんだ。」 「そんな…」 「君たちは、あのコンクールで優勝するために部に入ったらしいね。」 「え、えぇ・・・」 「君達は本当にコンクールで優勝するための努力を怠らなかったかい?自分たちの才能に驕っていい加減な練習をしていなかったかい?  君達が他校からの選りすぐりの優秀な生徒だというのは勿論僕も知っているよ。でも自分たちの才能に溺れているようじゃ栄光は掴めるはずも無い。」 狼狽する生徒達。どうやら彼女の予想は当たっていたようだ。 彼らが沈黙したところで蒼星石は切り出した。 「…これを見て欲しい。」 懐から、細長い一通の手紙を取り出す。 蒼星石の手にあるのが何なのか理解した金糸雀は慌てる。 「な、何でそれを!?」 「ごめんね、金糸雀先生。この部屋のゴミ箱にあったのを拾わせてもらったよ。見ての通りこれは辞表だ。下書きだろうけどね。  さて君達、これが誰の、そして何のためにここにあるのかもう分かるだろう?」 「まさか・・・」 彼らは絶句した。辞表。音楽室のゴミ箱。そしてこの状況。 全てがある一つの結論にしか繋がらないことに気づいてしまった。 「そのまさかさ。金糸雀先生はこれで吹奏楽部が廃部になってしまったら責任を取って学校を辞めるつもりだったんだ。  全ての責任を一人で背負って…ね。」 「そんな!」 蒼星石はここで一旦話を区切り、穏やかな口調で改めて語りかける。 「さっき話したとおり、金糸雀先生はけっして君たちに責任があるとは言わなかった。全て自分のせいだと言っていたんだ。」 「・・・」 「もうわかっただろう?金糸雀先生の想いが。君たちをどれだけ大事に思っていたか。さぁ、今度は君たちの思っていることを聞かせてもらえないかな?  まさかこのままおめおめと金糸雀先生を辞め…ん?」 蒼星石の言葉が終わらぬうちに一人の生徒が金糸雀の下へ走り寄った。 「先生!私たちが間違っていました!どうか、どうか許してください!」 深々と頭を下げる。間髪入れずに他の部員も後に続く。 「先生、ごめんなさい!」 「退部願いは取り消します、どうか先生も辞めないで!」 「許してください、先生!」 口々に謝罪の意を示し、辞めないでと懇願する部員たち。 金糸雀は無言で部員たちを見ていたが、やがてぽつりぽつりと語り始めた。 「みんな、残ってくれるくれるの…かしら?吹奏楽部は廃部にならなくて済むの…かしら?  そしてカナはこれからもみんなの先生でいてもいいの…かしら?」 「勿論です!これからもずっと私たちの先生でいて下さい!」 「…ありがとう」 金糸雀の頬に一筋の涙が伝う。しかしその表情は太陽のような輝く笑顔であった。 部員たちから歓声が挙がる。中には金糸雀に抱きつく部員もいた。 蒼星石は事が落着した事を見届けると、静かに音楽室を後にした。 後日。 あの一件により吹奏楽部の団結力は学園一といっても過言で無いほどになっていた。 雨降って地固まるとはこのことであろう。生徒達は一回一回の練習に全力を注ぐようになったのだ。 元々才能のある生徒ばかりなのでその技術は瞬く間に向上していった。 そして翌年のコンクールで有栖学園は次点に圧倒的な差をつけ再び栄光の座を手にした。 その時の部員たちの顔は皆金糸雀に負けないほど輝いていたという。 ~FIN~

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