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理解」(2006/11/16 (木) 23:45:59) の最新版変更点

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真紅「…じゃあ、次の問題を…A君、答えて頂戴。」 9月…。学校には久しぶりに元気な声が響いていた。 先月までの暑さも幾分和らぎ、さわやかな風も吹き始めている。 だが、生徒達はまだその時の長い休みが忘れられずにいるようだ。 彼女に指名された生徒は、自信無げにこう答えた。 A「えーと…1番だと…」 真紅「横着しないで、全部読みなさい。How aboutからよ。」 A「…ハウ アバウト ゴーイング…」 真紅「違うわ。"How about going for a drive ?"…もう一度、最初から読みなさい。」 ほとんど棒読みのような音読をそう言って正すと、彼女は彼の目を見ながらさらにこう続けた。 真紅「…確かに、正解は1番の"sounds great"で合っているわ。でも、答えが合っていればいいという問題ではないのよ。何故そういう答えになるのか、そして発音するうえで強弱はどこにつければいいのかをちゃんと理解しないと…」 彼女は同じ教師である水銀燈や雪華綺晶とは正反対の、よく言えば基本に忠実な、悪く言えば平凡とも言える授業を好んだ。 要するに基礎からじっくりやる、昔ながらのやり方だ。 土台さえきっちりしていれば、後々覚えるのが楽になるというのがその理由なのだが、問題を解くよう指名された当人は、それが理解できなかったようだ。 度重なる音読練習に、彼は声を荒げてこういった。 男子A「もういいじゃないっすか。答えは1番で合ってるんでしょ?だったらいいじゃないですか!?」 男子B「そうそう、先生の授業は1問1問が長いんですよ!だから、正直プリントとか渡してくれればそれでいいですから…」 真紅「あら、プリントなんて渡しても、どうせやらないでしょう?夏休みの宿題ですら、期日までに持ってこなかったくせに。」 男子B「そ、それとこれとは…。大体、来年は受験なんだから、否が応でもやりますよ!てか、先生は俺達の事が信じられないのかよ!?」 何名かの生徒は、この発言に同調する。 そして、その他の生徒達は心配そうに事の成り行きを見守った。 本来ならここで、激しい言い合いがあってもおかしくないはずだったが… 真紅「…そう…。なら、好きにしなさい。」 そう言うと、彼女は荷物をまとめ、教室を後にした。 後には、奇妙な静けさだけが教室に残っていた。 真紅「…さて、これからどうしようかしら…」 階段を下りながら、彼女はため息混じりにそう呟いた。 確かに、彼らが言うようにこの方法は時間がかかる…。 こちらとしては、長い目で見たらこれが一番良い方法だと思ってやっていたのだが… 「人にものを教えるのって、本当に厄介だ…」 今日の事は、その事を痛感せずにはいられなかった。 今受け持っているクラスも、来年には本格的な受験シーズンに差し掛かってくる。 そして、一番難しい時期にも… その時、本当に助けが必要な時にだけ手を差し伸べてやるのが、彼らにとってもいいのかもしれない… そんな事を考えながら、彼女は職員室のドアへと手を伸ばした。 真紅「…ま、悩んだところで仕方が無いわね。…さて、持って来た本でも…」 そこまで言いかけて、彼女は思わず口をつぐんだ。 そこには足を机の上に投げ出し、イスにもたれながら本を読む水銀燈の姿があったからである。 どうやらまた生徒から漫画を借りてきたらしく、自身の机には同じような本が4冊ほど積んであるのが見える。 まあこれが昼休み…もしくは空き時間で、しかも足を置いている机が金糸雀の物でなければ何も注意するところは無いのだが… 真紅「…全く…」 そんな不良教師の姿にため息をつきながら、真紅は彼女にこう声をかけた。 真紅「あなた、こんな所で何してるのよ?体育の授業は…?」 水銀燈「自習。で、そっちこそ何してるのよ?」 それは、真紅にとって予期された質問だったはずだった。 しかし、いざそれを口にしようとすると、思わず言葉につまってしまう。 少し間を空けた後、彼女の口から出た言葉はこういうものだった。 真紅「…これから、授業はプリントや問題集だけをやればいいんですって。だから本でも読もうと思って。」 そう言いながら、真紅は鞄から本を取り出し、彼女のほうに向ける。 だが、水銀燈は一切こちらを見ることなく、「ふぅん…。」とそっけなくこれに応じただけだった。 どうやら、真紅の事よりも目の前の漫画のほうに意識がいっているらしい。 余計な詮索を受けなかった事に感謝しつつ、真紅は自分の席に座り、持参した本を読み始めた。 互いに背を向け合い、本を読み進める2人… その間には会話も干渉もなく、時計の針の音とページをめくる音だけが、職員室を支配していた。 5分、10分と過ぎ去る時間…。 それは永遠に続くかと思われた。だが… 水銀燈「…飽きちゃった…。」 それだけ言うと、彼女は席を立ちどこかへ行ってしまった。 それから何分経ったであろうか…。不意に後ろのドアが開き、何名かの生徒が勢いよく飛び込んできた。 真紅「…騒々しいわね。一体何なの?」 男子A「先生、スイマセン!ちゃんと勉強しますから…もうあんなこと言いませんから、戻ってきてください!!」 真紅「…え?」 男子A「さっき…えーと、とにかく他の先生にこう言われたんです…。『高校は義務教育じゃない…やるやらないは本人の自由だから、卒業まで自分の好きなようにやって後悔しろ』って…」 男子B「それに…『やる気の無い者はいつだって切り捨てられるし、そのほうが気楽でいい』って…」 一体、誰がそんな事を言い出したのだろう…と真紅は思考を巡らす。 恐らく、そんなぶっそうな事を言う教師はこの学校に2人だけ… しかも、本来授業中であるはずのこの時間に、堂々と校内を歩き回れる人物といえば… 男子A「言われて気がついたんです…。真紅先生って、結構何でも人にやらせてるけど、授業に関してはきちんと1人でやっているって事に…」 男子C「そ、そう…それに、受験とかで意外にアクセントを聞いてくる問題が多いって事も…」 真紅「…あの子、そんな事言ってたの?」 男子「ええ…だから、『構ってもらえるうちが花ねぇ』…って。」 そこまで話を聞いたとき、真紅は思わず微笑を浮かべる。 なるほど…長年やりあってるだけあって、よく自分を見ている… 男子A「せ、先生…?」 不安そうにそう声をかける生徒に対し、真紅は持ち物をまとめながらこう言った。 真紅「全く…授業をやるなと言ったり、やれと言ったりわがままな子ね…。ほら、荷物を持って頂戴。」 その言葉に、生徒達は安堵の表情を浮かべる。 そして彼女は彼らを引き連れ、また先ほどの教室へと戻っていった。 そしてその途中… 水銀燈「…何で日本史の授業なのに、視聴覚室を使うのよ…。せっかく、おつまみまで用意してきたのに…」 薔薇水晶「何で、そんなものまで用意してくるの…!ああ…もう、終わりまであと20分しかない…。急がないと…!」 そう言うと、彼女は水銀燈の服の袖を引っ張り、早くグラウンドに戻るようにせかした。 彼女達の会話を総合すると、あの後水銀燈がお酒を飲みながら映画でも見ようと思って視聴覚室に向かったところ、そこはすでに薔薇水晶の受け持つクラスに使われていたらしい。 で、慌てて逃げようとしたのだが、手に持っていたワインやおつまみのせいでうまく走れず、あえなく御用となったようだ。 そんな『思わぬ不幸』に心底嫌そうな表情を浮かべる彼女だったが、前からやってくる真紅を見つけると、途端にその視線をそらし、さっさとその脇を通り抜けようとする。 それに対し、真紅も同じように彼女から視線をそらし、その脇を通り抜けようとした。 そして… 真紅「…ありがとう…。」 水銀燈「バーカ。」 すれ違う瞬間に、そう言い合う2人。 まるでそれが当たり前の出来事のように、2人は一切相手を見ず、そして振り返ることなく、それぞれの生徒が待つ場所へと向かっていく。 その奇妙な光景に、薔薇水晶は「うん…!」と満足そうにうなずくと、彼女もまた生徒達の待つ視聴覚室へと戻っていった。 完
真紅「…じゃあ、次の問題を…A君、答えて頂戴。」 9月…。学校には久しぶりに元気な声が響いていた。 先月までの暑さも幾分和らぎ、さわやかな風も吹き始めている。 だが、生徒達はまだその時の長い休みが忘れられずにいるようだ。 彼女に指名された生徒は、自信無げにこう答えた。 A「えーと…1番だと…」 真紅「横着しないで、全部読みなさい。How aboutからよ。」 A「…ハウ アバウト ゴーイング…」 真紅「違うわ。"How about going for a drive ?"…もう一度、最初から読みなさい。」 ほとんど棒読みのような音読をそう言って正すと、彼女は彼の目を見ながらさらにこう続けた。 真紅「…確かに、正解は1番の"sounds great"で合っているわ。でも、答えが合っていればいいという問題ではないのよ。何故そういう答えになるのか、そして発音するうえで強弱はどこにつければいいのかをちゃんと理解しないと…」 彼女は同じ教師である水銀燈や雪華綺晶とは正反対の、よく言えば基本に忠実な、悪く言えば平凡とも言える授業を好んだ。 要するに基礎からじっくりやる、昔ながらのやり方だ。 土台さえきっちりしていれば、後々覚えるのが楽になるというのがその理由なのだが、問題を解くよう指名された当人は、それが理解できなかったようだ。 度重なる音読練習に、彼は声を荒げてこういった。 男子A「もういいじゃないっすか。答えは1番で合ってるんでしょ?だったらいいじゃないですか!?」 男子B「そうそう、先生の授業は1問1問が長いんですよ!だから、正直プリントとか渡してくれればそれでいいですから…」 真紅「あら、プリントなんて渡しても、どうせやらないでしょう?夏休みの宿題ですら、期日までに持ってこなかったくせに。」 男子B「そ、それとこれとは…。大体、来年は受験なんだから、否が応でもやりますよ!てか、先生は俺達の事が信じられないのかよ!?」 何名かの生徒は、この発言に同調する。 そして、その他の生徒達は心配そうに事の成り行きを見守った。 本来ならここで、激しい言い合いがあってもおかしくないはずだったが… 真紅「…そう…。なら、好きにしなさい。」 そう言うと、彼女は荷物をまとめ、教室を後にした。 後には、奇妙な静けさだけが教室に残っていた。 真紅「…さて、これからどうしようかしら…」 階段を下りながら、彼女はため息混じりにそう呟いた。 確かに、彼らが言うようにこの方法は時間がかかる…。 こちらとしては、長い目で見たらこれが一番良い方法だと思ってやっていたのだが… 「人にものを教えるのって、本当に厄介だ…」 今日の事は、その事を痛感せずにはいられなかった。 今受け持っているクラスも、来年には本格的な受験シーズンに差し掛かってくる。 そして、一番難しい時期にも… その時、本当に助けが必要な時にだけ手を差し伸べてやるのが、彼らにとってもいいのかもしれない… そんな事を考えながら、彼女は職員室のドアへと手を伸ばした。 真紅「…ま、悩んだところで仕方が無いわね。…さて、持って来た本でも…」 そこまで言いかけて、彼女は思わず口をつぐんだ。 そこには足を机の上に投げ出し、イスにもたれながら本を読む水銀燈の姿があったからである。 どうやらまた生徒から漫画を借りてきたらしく、自身の机には同じような本が4冊ほど積んであるのが見える。 まあこれが昼休み…もしくは空き時間で、しかも足を置いている机が金糸雀の物でなければ何も注意するところは無いのだが… 真紅「…全く…」 そんな不良教師の姿にため息をつきながら、真紅は彼女にこう声をかけた。 真紅「あなた、こんな所で何してるのよ?体育の授業は…?」 水銀燈「自習。で、そっちこそ何してるのよ?」 それは、真紅にとって予期された質問だったはずだった。 しかし、いざそれを口にしようとすると、思わず言葉につまってしまう。 少し間を空けた後、彼女の口から出た言葉はこういうものだった。 真紅「…これから、授業はプリントや問題集だけをやればいいんですって。だから本でも読もうと思って。」 そう言いながら、真紅は鞄から本を取り出し、彼女のほうに向ける。 だが、水銀燈は一切こちらを見ることなく、「ふぅん…。」とそっけなくこれに応じただけだった。 どうやら、真紅の事よりも目の前の漫画のほうに意識がいっているらしい。 余計な詮索を受けなかった事に感謝しつつ、真紅は自分の席に座り、持参した本を読み始めた。 互いに背を向け合い、本を読み進める2人… その間には会話も干渉もなく、時計の針の音とページをめくる音だけが、職員室を支配していた。 5分、10分と過ぎ去る時間…。 それは永遠に続くかと思われた。だが… 水銀燈「…飽きちゃった…。」 それだけ言うと、彼女は席を立ちどこかへ行ってしまった。 それから何分経ったであろうか…。不意に後ろのドアが開き、何名かの生徒が勢いよく飛び込んできた。 真紅「…騒々しいわね。一体何なの?」 男子A「先生、スイマセン!ちゃんと勉強しますから…もうあんなこと言いませんから、戻ってきてください!!」 真紅「…え?」 男子A「さっき…えーと、とにかく他の先生にこう言われたんです…。『高校は義務教育じゃない…やるやらないは本人の自由だから、卒業まで自分の好きなようにやって後悔しろ』って…」 男子B「それに…『やる気の無い者はいつだって切り捨てられるし、そのほうが気楽でいい』って…」 一体、誰がそんな事を言い出したのだろう…と真紅は思考を巡らす。 恐らく、そんなぶっそうな事を言う教師はこの学校に2人だけ… しかも、本来授業中であるはずのこの時間に、堂々と校内を歩き回れる人物といえば… 男子A「言われて気がついたんです…。真紅先生って、結構何でも人にやらせてるけど、授業に関してはきちんと1人でやっているって事に…。なのに俺達…」 男子C「そ、そう…それに、受験とかで意外にアクセントを聞いてくる問題が多いって事も…」 真紅「…あの子、そんな事言ってたの?」 男子「ええ…だから、『構ってもらえるうちが花ね』…って。」 そこまで話を聞いたとき、真紅は思わず微笑を浮かべる。 なるほど…長年やりあってるだけあって、よく自分を見ている… 男子A「せ、先生…?」 不安そうにそう声をかける生徒に対し、真紅は持ち物をまとめながらこう言った。 真紅「全く…授業をやるなと言ったり、やれと言ったりわがままな子ね…。ほら、荷物を持って頂戴。」 その言葉に、生徒達は安堵の表情を浮かべる。 そして彼女は彼らを引き連れ、また先ほどの教室へと戻っていった。 そしてその途中… 水銀燈「…何で日本史の授業なのに、視聴覚室を使うのよ…。せっかく、おつまみまで用意してきたのに…」 薔薇水晶「何で、そんなものまで用意してくるの…!ああ…もう、終わりまであと20分しかない…。急がないと…!」 そう言うと、彼女は水銀燈の服の袖を引っ張り、早くグラウンドに戻るようにせかした。 彼女達の会話を総合すると、あの後水銀燈がお酒を飲みながら映画でも見ようと思って視聴覚室に向かったところ、そこはすでに薔薇水晶の受け持つクラスに使われていたらしい。 で、慌てて逃げようとしたのだが、手に持っていたワインやおつまみのせいでうまく走れず、あえなく御用となったようだ。 そんな『思わぬ不幸』に心底嫌そうな表情を浮かべる彼女だったが、前からやってくる真紅を見つけると、途端にその視線をそらし、さっさとその脇を通り抜けようとする。 それに対し、真紅も同じように彼女から視線をそらし、その脇を通り抜けようとした。 そして… 真紅「…ありがとう…。」 水銀燈「バーカ。」 すれ違う瞬間に、そう言い合う2人。 まるでそれが当たり前の出来事のように、2人は一切相手を見ず、そして振り返ることなく、それぞれの生徒が待つ場所へと向かっていく。 その奇妙な光景に、薔薇水晶は「うん…!」と満足そうにうなずくと、彼女もまた生徒達の待つ視聴覚室へと戻っていった。 完

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