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真紅「…『つきましては、下記の通り結婚式を行い、ささやかではありますが披露宴を催したく存じます。お忙しい中、誠に恐縮ではございますが、ぜひご出席くださいますようお願い申し上げます』…ですって。みんな、予定は空いてる?」 その日、有栖学園の職員室にはいつも以上ににぎやかな声が響いていた。 普段なら、「騒々しいわね」とこれを注意する真紅でさえ、今日ばかりはそれを止めようとはしない。 と言うのも、この学校の卒業生であるAと言う生徒が、このたびめでたく結婚する事になったと言う知らせを受けたからである。 その知らせを、まるで自分の事のように喜ぶもの…彼を懐かしがるもの…自分の事を覚えていてくれているか不安になるもの…教師達の反応は様々だった。 そんな中、彼と面識の無い教師のうちの1人は、こんな疑問を翠星石に投げかけた。 薔薇水晶「…A君て…誰?どんな人…?」 翠星石「ん?ああ…一昨年の卒業生ですぅ♪こいつは翠星石達にとって、最初の生徒の1人でですねぇ…」 したり顔でそう説明する翠星石を横目に、遅れて学校に到着した1人の教師はその入り口で踵を返し、その場から離れようとする。 それを目ざとく発見した雪華綺晶は、彼女に対しこう声をかけた。 雪華綺晶「お姉様、どこ行くの…?」 彼女の問いに、声をかけられた人物はちらりと後ろを振り返りこう答えた。 水銀燈「何よ…。この学校はトイレに行くのにも許可が必要なわけぇ…?」 とっさの一言とはいえ、これは上手い言い訳ではなかった。 昔から彼女を知る者は、呆れた様子でこう問いかける。 真紅「…荷物も机に置かずに?」 水銀燈「何か盗まれでもしたら嫌でしょう…?特に、この学校には手癖の悪い子が何人も居るしぃ…」 真紅「でも、お手洗いならここに来る途中にあったでしょう?まあ、貴女が話に加わりたくない理由は大体分かるけど…」 水銀燈「加わりたくないも何も、私は部外者だもの…。だから、お祝いがしたいのなら私抜きで…」 真紅「いいえ、部外者などではないわ。ほら、スピーチの依頼がきてるもの。」 そう言いながら、真紅は彼女に対し1枚の紙を差し出す。 その思わぬ言動に、水銀燈は「え?」と素っ頓狂な声をあげた。 薔薇水晶「…ちょっと整理させて…。一体どういうこと…?」 招待状を見ながら固まる水銀燈を横目に、真紅はひとつ空咳をしてからこう答えた。 真紅「…あの子が昔、長い間学校を休んでいた事は知ってるでしょう?その時受け持っていたクラスの1人なのよ…。このAって子は…」 その言葉に、薔薇水晶は「あ…」と言ったきり声が出ない。 それは、生徒達から何度も聞かされた話だった。 3年前…初めてこの学校に赴任してきた彼女は、完璧を強く求めるがあまり生徒達から恐れられ、忌み嫌われた…。 そして、それが元で彼女は心を病み、自分と初めて出会うその日まで、長い長い休みをとっていた…と。 でも、今では決してそんな事は無く、そんな彼女にも『お気に入りの生徒』が何名かいたりするようなのだが… 水銀燈「…ま、ご指名とあらば行ってあげるわ…。」 ようやく覚悟を決めたのか、水銀燈は誰に言うでもなくそう呟いた。 その言葉に、真紅は眉をひそめながら、こう注意を促す。 真紅「…何考えているのか知らないけど、教え子の人生1度きりの晴れ舞台を無茶苦茶にしたら、ただじゃおかないわよ。」 水銀燈「…馬鹿じゃない?そんなの、負け犬のする事よ。」 それだけ言うと、彼女は髪を掻き揚げながら、いつも通り保健室へと向かっていった。 水銀燈「A君…卒業してからまだ2年も経っていないというのに、あなたは本当に見違えるように立派になったわね…。でも、困った事があったら、何でも私に言うのよぉ…?これから何年経とうと、私の生徒にはかわりないんだから…。…ま、そんな素敵なお嫁さんが一緒なら、そんな事無さそうだけどぉ…♪結婚おめでとう…♪いつまでも温かい家庭を築かれることを心よりお祈りしております。」 ありきたりのスピーチに、ありきたりの反応…。 結婚式当日、式は目立った混乱もなく…式終了後の写真撮影のとき、人見知りの激しい翠星石が他の出席者に暴言を吐きまくった事以外は、順調に執り行われた。 出席者の中には、何人か知った顔もあった。 しかし、その者たちはどれも目を合わせると途端に下を向き、その場を離れようとした。 どうやら、彼ら卒業生にとっては私は未だに恐怖の存在であり、二度と会いたくない者の1人なのだろう… だが、何故あの子は… 結婚式後の披露宴も終盤に差し掛かった頃、水銀燈は1人、式場のロビーの椅子に腰掛け、そんな事をずっと考えていた。 事前に考えた理由としては、多少財界人にも顔がきくのでそれを目当てにしているのではないか…もしくは、自身の『ささやかな幸せ』を私に見せ付ける事で、その復讐を遂げるつもりではないかと考えたのだが… ?「ここにいたんですか、先生…!今日はありがとうございます!!」 そう言うと、彼は昔のように煙草を差し出しながら、丁寧にお辞儀をした。 その変わらない態度に少し微笑むと、彼女はそっけなくこう言った。 水銀燈「…煙草はやめたのよ…。1年半前にね…。」 A「あ、そうなんですか!すいません…。でも、今日は本当にありがとうございます!! 来てもらえるとは思ってなかっ…」 水銀燈「何故…?」 A「はい?」 水銀燈「何故、この私にスピーチを任せたりしたの…?」 その問いに、彼は頭を掻きながらこう答えた。 A「んー…何ていうか…先生方の中じゃ、一番お世話になったんで…。ほら、受験の事とかで、相談にも乗ってもらえたし…」 水銀燈「…私が?9ヶ月も休職してたのに?」 自嘲気味にそう言う彼女に対し、彼は首を振ってこう続ける。 A「でも、クラスの生徒1人1人のタイムスケジュールを考えたり、志望校別の問題を毎日作ったり…夜遅くまで頑張ってたのは知ってるんで…」 水銀燈「…。」 A「…そりゃあ、中には先生の事怖がっている奴もいます。でも、そんな奴ばかりじゃないですから…!あー、卒業式のときにこれ言いたかったんだよなー!言えてよかった!!」 よほど照れくさかったのか、早口でそう言うと彼は屈託の無い笑みを水銀燈に向ける。 …奇妙な間があった。 時間にすれば数十秒…水銀燈はしきりに目線を泳がせ、ある事を考えているようだった。 ややあってから、彼女は更なる疑問を彼にぶつけた。 水銀燈「…そういえば、あなた大学はどうするのよ?聞いたところによると、辞めてどこかで働きに出るって…」 A「はい、そうですけど…」 水銀燈「…随分簡単に言うわね…。今更言うのも何だけど、高卒と大卒じゃあ給料も待遇も全然違うのよぉ…?別に、出来ちゃった結婚ってわけでも無いんでしょう?だったら…」 A「それは、もう相手の両親にも納得してもらってます。それに、先生が昔言ってたじゃないですか…。『やると決めたら、すぐ行動を起こせ。でないと、いつまで経ってもやらないで後悔だけが残ることになる』って…。」 水銀燈「…確かに言ったけど、でも…」 A「…正直、就職の事や将来のことは何度も考えました…。たった2年待てばいいだけじゃないかって考えたこともあります。でも…」 少し言葉をつまらせた後、彼は気恥ずかしそうにこう続けた。 A「…でも、あの人とこれからずっと一緒にいられるのなら…あの人になら人生を賭けるだけの価値があると思ったんで…」 それだけ言うと、彼は時計を見ながらこう言った。 A「…あ、スイマセン…。そろそろ式場のほうに戻らないと…一応主役なんで…」 その言葉に、水銀燈は快く応じた。 燕尾服に、エナメルの靴… 昔、『へロンの公式』を麻薬の製造方法と勘違いしていた子が、たった数年でこんな立派になろうとは… 水銀燈「…しばらく見ないうちに、随分成長しちゃって…」 走り去る彼を見ながら、彼女はため息混じりにそう呟くと、さらにこう続ける。 水銀燈「…でも、私の決めた進路を勝手に変えようなんて、許さないわ…。」 それは、本来『やってはいけない』行為だった。 だが、今日は… 一度そう決心したら、水銀燈の動きは実に素早かった。 彼女はなごやかに親戚の人と話す彼の背後にそっと近づき、ある物を彼のポケットに忍ばせた。 本当なら他にも方法はあるのだろうが、今日はあいにく日曜日… 窓口は休みだし、今のあの子なら馬鹿正直に警察に持って行きかねない… となると、その効果が発揮されるまでには6ヶ月を要してしまう… 水銀燈「…だから来たくなかったのよ…。ホント、大損だわ…」 1人駐車場に向かいながら、彼女は誰に言うでもなくそう呟いた。 しかしその顔はむしろ、どこかすっきりした様子さえ感じられる。 彼女が彼のポケットに忍ばせたもの…それは1枚のキャッシュカードと暗証番号を記したメモだった。 遠ざかる式場をルームミラーで確認しながら、彼女は先ほど貰い損ねた…そして先ほど替わりに奪ってきた煙草に火をつけながらこう言った。 水銀燈「ご祝儀よ…。とっておきなさぁい…♪」 と。 式場の上には、そんな2人の結婚を祝うような、雲一つない真っ青に澄み渡った空が一面に広がっていた。 完 ---- [補則] 翠星石「A…おめー、これからあの人を養っていかなきゃいけないんだろ…ですぅ。…多分、あいつ学費とか生活費の肩代わりをしようと思ったんですぅ…。 そりゃあ、足長おじさんみたいにコソコソ隠れてそれが出来ればいいけど、あいにく今日は銀行が休みですぅ…。 それに、もしそれを拾得物として警察に届けたら、あいつが名乗り出ないにしても貰うまでに6ヶ月はかかるんですぅ… だから… え?心配するなですぅ♪あいつペイオフがどーたらとか言って、銀行口座たくさん持ってるですし、必要とあらば自分で稼ぐ力は持ってるです! …ま、本来はいけない事なんだろうけど…騙されるやつも悪いという事で…きゃああぁぁぁぁ!!よるな触るな近寄るなですぅ!!この翠星石に手を出したら、蒼星石が相手になるですよっ!!」 蒼星石「…翠星石、彼はA君のお父さんだよ…。ナンパじゃないってば…」  
真紅「…『つきましては、下記の通り結婚式を行い、ささやかではありますが披露宴を催したく存じます。お忙しい中、誠に恐縮ではございますが、ぜひご出席くださいますようお願い申し上げます』…ですって。みんな、予定は空いてる?」 その日、有栖学園の職員室にはいつも以上ににぎやかな声が響いていた。 普段なら、「騒々しいわね」とこれを注意する真紅でさえ、今日ばかりはそれを止めようとはしない。 と言うのも、この学校の卒業生であるAと言う生徒が、このたびめでたく結婚する事になったと言う知らせを受けたからである。 その知らせを、まるで自分の事のように喜ぶもの…彼を懐かしがるもの…自分の事を覚えていてくれているか不安になるもの…教師達の反応は様々だった。 そんな中、彼と面識の無い教師のうちの1人は、こんな疑問を翠星石に投げかけた。 薔薇水晶「…A君て…誰?どんな人…?」 翠星石「ん?ああ…一昨年の卒業生ですぅ♪こいつは翠星石達にとって、最初の生徒の1人でですねぇ…」 したり顔でそう説明する翠星石を横目に、遅れて学校に到着した1人の教師はその入り口で踵を返し、その場から離れようとする。 それを目ざとく発見した雪華綺晶は、彼女に対しこう声をかけた。 雪華綺晶「お姉様、どこ行くの…?」 彼女の問いに、声をかけられた人物はちらりと後ろを振り返りこう答えた。 水銀燈「何よ…。この学校はトイレに行くのにも許可が必要なわけぇ…?」 とっさの一言とはいえ、これは上手い言い訳ではなかった。 昔から彼女を知る者は、呆れた様子でこう問いかける。 真紅「…荷物も机に置かずに?」 水銀燈「何か盗まれでもしたら嫌でしょう…?特に、この学校には手癖の悪い子が何人も居るしぃ…」 真紅「でも、お手洗いならここに来る途中にあったでしょう?まあ、貴女が話に加わりたくない理由は大体分かるけど…」 水銀燈「加わりたくないも何も、私は部外者だもの…。だから、お祝いがしたいのなら私抜きで…」 真紅「いいえ、部外者などではないわ。ほら、スピーチの依頼がきてるもの。」 そう言いながら、真紅は彼女に対し1枚の紙を差し出す。 その思わぬ言動に、水銀燈は「え?」と素っ頓狂な声をあげた。 薔薇水晶「…ちょっと整理させて…。一体どういうこと…?」 招待状を見ながら固まる水銀燈を横目に、真紅はひとつ空咳をしてからこう答えた。 真紅「…あの子が昔、長い間学校を休んでいた事は知ってるでしょう?その時受け持っていたクラスの1人なのよ…。このAって子は…」 その言葉に、薔薇水晶は「あ…」と言ったきり声が出ない。 それは、生徒達から何度も聞かされた話だった。 3年前…初めてこの学校に赴任してきた彼女は、完璧を強く求めるがあまり生徒達から恐れられ、忌み嫌われた…。 そして、それが元で彼女は心を病み、自分と初めて出会うその日まで、長い長い休みをとっていた…と。 でも、今では決してそんな事は無く、そんな彼女にも『お気に入りの生徒』が何名かいたりするようなのだが… 水銀燈「…ま、ご指名とあらば行ってあげるわ…。」 ようやく覚悟を決めたのか、水銀燈は誰に言うでもなくそう呟いた。 その言葉に、真紅は眉をひそめながら、こう注意を促す。 真紅「…何考えているのか知らないけど、教え子の人生1度きりの晴れ舞台を無茶苦茶にしたら、ただじゃおかないわよ。」 水銀燈「…馬鹿じゃない?そんなの、負け犬のする事よ。」 それだけ言うと、彼女は髪を掻き揚げながら、いつも通り保健室へと向かっていった。 水銀燈「A君…卒業してからまだ2年も経っていないというのに、あなたは本当に見違えるように立派になったわね…。でも、困った事があったら、何でも私に言うのよぉ…?これから何年経とうと、私の生徒にはかわりないんだから…。…ま、そんな素敵なお嫁さんが一緒なら、そんな事無さそうだけどぉ…♪結婚おめでとう…♪いつまでも温かい家庭を築かれることを心よりお祈りしております。」 ありきたりのスピーチに、ありきたりの反応…。 結婚式当日、式は目立った混乱もなく…式終了後の写真撮影のとき、人見知りの激しい翠星石が他の出席者に暴言を吐きまくった事以外は、順調に執り行われた。 出席者の中には、何人か知った顔もあった。 しかし、その者たちはどれも目を合わせると途端に下を向き、その場を離れようとした。 どうやら、彼ら卒業生にとっては私は未だに恐怖の存在であり、二度と会いたくない者の1人なのだろう… だが、何故あの子は… 結婚式後の披露宴も終盤に差し掛かった頃、水銀燈は1人、式場のロビーの椅子に腰掛け、そんな事をずっと考えていた。 まあ私自身、多少財界人にも顔がきくし、それが目当てでないとすれば、自身の『ささやかな幸せ』を私に見せ付ける事で、その復讐を遂げるつもりではないかと考えたのだが… ?「ここにいたんですか、先生…!今日はありがとうございます!!」 そう言うと、彼は昔のように煙草を差し出しながら、丁寧にお辞儀をした。 その変わらない態度に少し微笑むと、彼女はそっけなくこう言った。 水銀燈「…煙草はやめたのよ…。1年半前にね…。」 A「あ、そうなんですか!すいません…。でも、今日は本当にありがとうございます!! 来てもらえるとは思ってなかっ…」 水銀燈「何故…?」 A「はい?」 水銀燈「何故、この私にスピーチを任せたりしたの…?」 その問いに、彼は頭を掻きながらこう答えた。 A「んー…何ていうか…先生方の中じゃ、一番お世話になったんで…。ほら、受験の事とかで、相談にも乗ってもらえたし…」 水銀燈「…私が?9ヶ月も休職してたのに?」 自嘲気味にそう言う彼女に対し、彼は首を振ってこう続ける。 A「でも、クラスの生徒1人1人のタイムスケジュールを考えたり、志望校別の問題を毎日作ったり…夜遅くまで頑張ってたのは知ってるんで…」 水銀燈「…。」 A「…そりゃあ、中には先生の事怖がっている奴もいます。でも、そんな奴ばかりじゃないですから…!あー、卒業式のときにこれ言いたかったんだよなー!言えてよかった!!」 よほど照れくさかったのか、早口でそう言うと彼は屈託の無い笑みを水銀燈に向ける。 …奇妙な間があった。 時間にすれば数十秒…水銀燈はしきりに目線を泳がせ、ある事を考えているようだった。 ややあってから、彼女は更なる疑問を彼にぶつけた。 水銀燈「…そういえば、あなた大学はどうするのよ?聞いたところによると、辞めてどこかで働きに出るって…」 A「はい、そうですけど…」 水銀燈「…随分簡単に言うわね…。今更言うのも何だけど、高卒と大卒じゃあ給料も待遇も全然違うのよぉ…?別に、出来ちゃった結婚ってわけでも無いんでしょう?だったら…」 A「それは、もう相手の両親にも納得してもらってます。それに、先生が昔言ってたじゃないですか…。『やると決めたら、すぐ行動を起こせ。でないと、いつまで経ってもやらないで後悔だけが残ることになる』って…。」 水銀燈「…確かに言ったけど、でも…」 A「…正直、就職の事や将来のことは何度も考えました…。たった2年待てばいいだけじゃないかって考えたこともあります。でも…」 少し言葉をつまらせた後、彼は気恥ずかしそうにこう続けた。 A「…でも、あの人とこれからずっと一緒にいられるのなら…あの人になら人生を賭けるだけの価値があると思ったんで…」 それだけ言うと、彼は時計を見ながらこう言った。 A「…あ、スイマセン…。そろそろ式場のほうに戻らないと…一応主役なんで…」 その言葉に、水銀燈は快く応じた。 燕尾服に、エナメルの靴… 昔、『へロンの公式』を麻薬の製造方法と勘違いしていた子が、たった数年でこんな立派になろうとは… 水銀燈「…しばらく見ないうちに、随分成長しちゃって…」 走り去る彼を見ながら、彼女はため息混じりにそう呟くと、さらにこう続ける。 水銀燈「…でも、私の決めた進路を勝手に変えようなんて、許さないわ…。」 それは、本来『やってはいけない』行為だった。 だが、今日は… 一度そう決心したら、水銀燈の動きは実に素早かった。 彼女はなごやかに親戚の人と話す彼の背後にそっと近づき、ある物を彼のポケットに忍ばせた。 本当なら他にも方法はあるのだろうが、今日はあいにく日曜日… 窓口は休みだし、今のあの子なら馬鹿正直に警察に持って行きかねない… となると、その効果が発揮されるまでには6ヶ月を要してしまう… 水銀燈「…だから来たくなかったのよ…。ホント、大損だわ…」 1人駐車場に向かいながら、彼女は誰に言うでもなくそう呟いた。 しかしその顔はむしろ、どこかすっきりした様子さえ感じられる。 彼女が彼のポケットに忍ばせたもの…それは1枚のキャッシュカードと暗証番号を記したメモだった。 遠ざかる式場をルームミラーで確認しながら、彼女は先ほど貰い損ねた…そして先ほど替わりに奪ってきた煙草に火をつけながらこう言った。 水銀燈「ご祝儀よ…。とっておきなさぁい…♪」 と。 式場の上には、そんな2人の結婚を祝うような、雲一つない真っ青に澄み渡った空が一面に広がっていた。 完 ---- [補則] 翠星石「A…おめー、これからあの人を養っていかなきゃいけないんだろ…ですぅ。…多分、あいつ学費とか生活費の肩代わりをしようと思ったんですぅ…。 そりゃあ、足長おじさんみたいにコソコソ隠れてそれが出来ればいいけど、あいにく今日は銀行が休みですぅ…。 それに、もしそれを拾得物として警察に届けたら、あいつが名乗り出ないにしても貰うまでに6ヶ月はかかるんですぅ… だから… え?心配するなですぅ♪あいつペイオフがどーたらとか言って、銀行口座たくさん持ってるですし、必要とあらば自分で稼ぐ力は持ってるです! …ま、本来はいけない事なんだろうけど…騙されるやつも悪いという事で…きゃああぁぁぁぁ!!よるな触るな近寄るなですぅ!!この翠星石に手を出したら、蒼星石が相手になるですよっ!!」 蒼星石「…翠星石、彼はA君のお父さんだよ…。ナンパじゃないってば…」  

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