池上燐介6


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6.接触



──ゴミの散乱した昇降口、割れた窓ガラスの破片が月明かりに
照らされて異様な光を放っている廊下。誰かがイタズラでもしたのか、
一部分がグニャリと変形し、所々で塗装が落ちている階段の手すり。
普段ならば、このような場所には近寄ろうとも思わないだろう。

しかし、ここには確実に異能者がいるという確信から、
俺は右手の警告を頼りに足を進め、その場所を探っていた。

そいつは俺がすぐ近くのふもとの防空壕で手掛りを見つけているところを
監視でもしていたのか……それとも全くの偶然か……。
いずれにしろ、そいつが何かしらの情報を持っている可能性はある。
とりあえず会い、話を聞き出しておいて損はないだろう。

さて……どうやらここか。
俺の警告が一層強くなっている、間違いない。
階は一階、壁に貼り付けてあるプレートを見ると、『2年4組』と書いてあるのが分かる。
俺はドアを盛大に開け、教室に入り込んだ。

──見ると、教室の壁際で立ち竦んでいる一人の男がいた。
年齢はそうだ、見た目から高校生程度という事が分かる。
俺は教室に入り込んだ瞬間に飛び掛ってこられることを覚悟していたが、
どういうわけか男は俺と目が合ってもピクリとも動かない。
まさか……こちらが異能者だと気付いていないわけではあるまい。

予想していない状況に一瞬躊躇するも、
俺はゆっくりと近付いていき、男に話しかけた。

「どう見ても小学二年生ではないな。お前は……異能者だろう?」

男の目が、一瞬大きく見開かれるのを確認すると、
俺は間髪入れずに言葉を続ける。

「とりあえず、お前の知っていることを全て話してもらおうか?
素直に従えばお前の命は見逃してやる……さ、どうする?」

──俺もつくづく人が悪い。
素直に従っても、いずれは殺すつもりでいるのだから。

男は用心深くこちらを見据えながら、警戒を強めたまなざしを緩めないまま、短く答えた。

「ほとんど何も知らない、と言ったら?」

……なるほど、こいつはどうやら俺を狙ってきた刺客ではなさそうだ。
刺客であればこのような問答はせず、即座に攻撃を仕掛けてきただろうからな。
首謀者からの刺客でないとすると、この言葉はほぼ真実である可能性が高い。
……まぁいい、消すのは全てを聞いてみてからでも遅くは無い。

「……いいだろう、言い方を変えよう。昨日、お前にもメールが来たはずだ。
あれから一日が経っている。既にお前も幾人かの異能者と闘っているはずだ。
その異能者達が何か少しでも気になるようなことを言っていたか……」

俺は途中で言葉を区切りながら、男の目を見る。
…………。
大方、武術にでも心得があるのか……正直なほど強い眼光を感じる。
厄介、だな……。この手のタイプは、大抵『体に聞け』ないものだ。
仮に何かを知っていても、実力行使によるものでは頑として口を割るまい。

そんな事を思いながら、俺は言葉の続きを喋り始める。

「例えば、異能者同士を闘わせる切欠を作ったあのメール……
その送信者に関しての事とかな。……どうだ、心当たりはないか?」

……初めから期待はしていない。
何も知らないと言えばこちらはそれで終いにするまで。
仮にそれが何かを隠し立てをした発言であってもだ。
もはや俺にはこれ以上の問答を交わす気はなかった。

「いや…心当たりはない。すまねぇ」

男はしばらく何か思案するように間を空けてから、ゆっくりと否定の言葉を発した。。

「そうか……」

予想通りの返事、と言ったところか。
俺は感情を込めずに、そう一言言い放つ。

何も知らない、俺に有益な情報は何も持たない、そうであれば言うに及ばず。
そう、この場で俺がすべき事はただ一つ……。

「お前に……言い忘れた事がある」

──教室の空気が明らかに変わる。
割れた窓ガラスから吹き込む風が、真冬のように冷え込んだものへ変貌していることに、
目の前の男も気付いたようだ。

「俺は、これからこの場で自らに科したある掟を遵守しようとしている。
……それは──俺を異能者だと知った者の排除、すなわち──」

俺は手袋で覆われた右手に力を入れる。
──瞬間、俺を中心として広がるように、瞬時に教室の床が氷で覆われていく。
いや、これは床が凍り付いているのだ。
床を踏みしめている全ての物体。机、椅子、そして目の前の男の足を巻き込んで──。

己の眼球に映った目の前の出来事に、男は驚愕の色を隠せないでいる。
俺はすかさずパチンと指を鳴らし、男の周りを取り囲むように展開した
無数の氷柱を誕生させた。

「──お前の命をもらうということだ」

右手首を軽く動かすと、男を包囲した無数の氷柱弾が一斉に男に向かう。

──そして俺は、同時に左手で右手の手袋に手を掛けた。
男が自らの足の自由を奪っている氷を振り払い、迫り来る氷柱弾から
万が一に生き延びた場合の事を考えて……。


このまま氷柱弾の串刺しになるか、それとも脱出するか──
俺は男の動きに男の動きに目を凝らす。

氷柱弾が男の体を捉える──そう思った時だ。
男の手から赤く輝いた球が飛び出し、
それが男の足の自由を奪っている氷を若干ながら溶かしたのだ。
赤い球……まさか『火の玉』!?

俺が目の前の現象に目を取られている隙に、いつの間にか男は、
どこから取り出したのか二つの刀を手に取り、器用に体をくねらせながら
迫り来る氷柱弾を破壊し、または回避していた。
気が付けば後方の氷柱弾を集中的に破壊することによって得た退路から、
男は残りの氷柱弾が展開する領域から脱出していた。

『火の玉』と『二つの刀』……妙なコンビネーションだと思ったが、
俺はこの数秒の戦闘である四つの事を確信していた。

一つ、少なくとも奴は『火の玉』と『二つの刀』を出現させる二つの能力を有しているということ。
二つ、足を凍りつかせていた氷を完璧に溶かすことができなかった点から考えて、
    恐らく奴の操る『火の玉』にはそれほど大きな威力はないということ。
三つ、身のこなしや剣さばきから見て、奴のメインの能力は恐らく『二つの刀』にあり、
    そうであれば自ずと攻撃の主体は剣による接近戦になるであろうということ。
四つ、つまり遠距離戦に持ち込めばこちらが有利であるということ。

──もっとも、接近戦においてもそうかもしれんがな。

「よくかわした、やはりお前は並の手練れではなさそうだ。だが……相手が悪かったな」

『火の玉』を操る能力……それがメインの能力であればあのブレザー男同様、
俺の能力に対してかなりの脅威になりえていたのだろうが……な。


俺は左手で右手の手袋を外し、教室の窓ガラスに向けて凍気を放った。
強力な凍気を浴びた窓ガラスは、次第に表面に氷が付着し、
みるみるうちに分厚い氷によって覆われていく。
    アイスウォール
これは『氷 壁』の変形版──。
もはやこの部屋からの脱出口は、今俺が背にしているドアのみとなった。
つまり、ここから生きて脱出するには俺を倒さなければならない──
男もそれには気付いたようだ。

続いて俺は教室の床に散乱した破壊された氷柱に視線を向ける。
例え砕かれた状態でも自由自在に動かすことは出来る。
しかし、勿論この状態では相手に致命傷のダメージを負わせることはできない。
──よって、俺はこれらの氷柱を『再生』させることにした。

俺が右手を軽く上下に動かすと、氷柱は瞬く間に『昇華』し周囲の大気と
混ざり合っていく。そして俺がまた右手を軽く上下させると、
再び奴の周囲を取り囲むように新たな無数の氷柱が誕生するのだった。

「さて……次は逃れられるかな……?」

俺の右手の動きを合図として再び一斉に氷柱弾があの男に襲い掛かる。
──逃れられるかな。それは氷柱弾から、という意味合いであの男は
受け取ったに違いない。
しかし、もはや俺には氷柱弾だけで男を仕留めるつもりはなかった。

右手の手袋を外して、能力を『解放』することによって初めて使える技がいくつかある。
その中の一つがこれだ──。

右手に力を込めると、俺の周囲に氷柱弾とは比べ物にならないほど小さな、
しかし氷柱弾と同じく鋭利に尖った直径およそ2cmほどの小さな氷の塊の群が出現する。
それらを右手から発散する強力な凍気によって一挙に押し出し、
相手にかわす時間を与えずに超高速で撃ち込むことを可能とした技。
──受けてみるがいい──。

    マシンガンアイス
「──『機関氷弾』!」

小さな氷の塊の群が、まるで機関銃の弾のように目にも止まらぬ速さで
次々と男に放たれた──。

しかし、俺の撃ち放った氷弾は、男の身体に当たると同時に虚空を虚しく切り裂いた。

『機関氷弾』が敵をすり抜けた──?
──残像か! 氷柱弾を回避しながら更に機関氷弾を無傷でかわすとは……
────背後から殺気!

(ドバッ!)
背中から血と氷の破片が飛び散る──。
どうやら──攻撃されたらしいな。
恐らく持っていた刀で斬りつけられたか……。だが、殺気を感じ取った瞬間に
氷で背中を防御したのが幸いして、致命傷にはならなかったようだ。

あの状態で俺の背後を取るとは……
この男、正に目にも止まらぬ速さを持っているということか。
しかし──。

「──近距離では俺が不利とでも思ったか?」

──凍気をまとった右手のひらを勢い良く背後に向ける。
その瞬間、右手のひらからこれまでにない極寒の凍気が放たれた。

     アイスストーム
「──『氷 雪 波』!!』

──その後、聞こえたのは敵の悲鳴ではなく、凄まじい轟音だった。
氷と雪が入り混じった極寒の暴風──異能者でもまともに食らえば確実に死ぬだろう。
例えその場は生き延びたとしても、重度の凍傷を負えばいずれは……。

俺は後ろをくるりと振り返る。
唯一の脱出口であったドアは、その付近の壁や物もろとも吹き飛び、
辺りを真っ白に凍らせながら大きな穴を開けていた。
その穴からは外の風景まで伺うことができる。
どうやら俺の氷雪波は教室のドアどころか、廊下をつきぬけて木造の外壁にまで
穴を開けてしまっていたらしい。
――まぁ、誰も使う人間がいないのだから別にいいか……。

俺は自分で開けた穴を抜けて、辺りを捜しまわっていた。
何を? 決まっている、俺の『氷雪波』をくらいながら生き延びたあの男をだ。

異能者が死ねば、俺の右手に響く警告はとっくに止んでいるはず。
しかし、今もこうして俺の右手は、微弱ながら警告を発していた。
この近くに他の異能者がいなければ、これはあの男の生命を察知
したものであるに違いないのだ。

俺はその警告を頼りに歩き続ける。
──何十分歩いただろうか、闘う前に俺が探っていたふもとの
防空壕近くで、倒れている一人の男を発見した。
──気絶しているらしく、俺を前にしても何も反応を見せないが、
姿、形からして、あの男に違いはなかった。

「まともにくらってもまだ生きていたとはな……」

俺は止めをさそうと、手のひらを男に向ける──。
しかし、すぐに向けた手を下ろした。
やはりまともに氷雪波を受け、服越しでもこの男が体中に
致命的な凍傷を負っているということがすぐに分かったからだ。
俺はそれを見て、男に話しかけるように言った。
    マシンガンアイス         アイスストーム
「俺の『機関氷弾』を無傷で避け、『氷雪波』をまともに受けても即死しなかったのは
お前が初めてだよ。俺がこの場で敢えて止めを刺さないのは、お前に対する敬意の
表れだと思ってもらおう」

……無論、男がそれを聞き何か反応してくれるわけではないので、
俺は話し終えると、体の向きを変えて街中へと歩き出した──
が、すぐに足を止め、首だけを横に向けてまた男に話しかけるのだった。

「……一つ教えておいてやる。俺はお前と闘う前に、既に三人の異能者を倒している。
だから恐らく、お前の『力』が俺に奪われるということはないだろう。
死に行くお前に教えても仕方ないかもしれんが、まぁ……一先ず安心しておくんだな」

俺はそれだけ言うと、今度こそ街中へ向けて歩き出した。
この一件を仕組んだ、首謀者の情報を持つ者を求めて──。