池上燐介16

16.黒幕



異能者の反応は確実に近付いている。
そしてその度に、反応が徐々に大きくなっていくのを俺は感じ取っていた。
これまでに感じたことの無いというほどに……。
(……思った以上に強大な敵のようだ。こいつは、鬼か蛇のどっちかだな……)

「とりあえずそこをどいてください、その人は一応つれなんです。」

──不意に聞こえる声。
しかし俺は動じずに、声の方向を探るようにゆっくりと視線を落とした。
そこで俺の目に飛び込んできたもの、それは年端も行かぬような少女の姿であった。
しかも少女を視認してからの俺の右手は、先程まで捉えていた反応とはまた別の
反応を新たに掴んでおり、それは少女が異能者である事を明確にするものであった。
しかし、俺に驚きは無かった。自分自身も、少女と同じような年頃の頃には、
既に異能者として目覚めていた経験があるからである。
自分の他に、幼年期に異能力を使えた人間が居たとしても、何の不思議は無い。

「あと、今あなたが感じて異能者の気は私じゃありません」

少女はそう言うと、俺を尻目に山田へと向かった。
連れと言うくらいだ、山田の容態が気になるのだろう。
だがそんなことより、既に俺の気は、山田と少女には向いていなかった。
俺は、先程から捉えていた反応の方面よりする、車のエンジン音に気付いたのだ。
接近のスピード……それと共に高まる異能者の反応……
それは俺が捉えた異能者が乗る車であるという事は、疑いようがなかった。

「やぁやぁ、励んでいるかね?異能者諸君ン!!」

──エンジン音が間近まで迫った時、闇夜から発せられた男の声。
それと同時に闇夜から現れた黒塗りの高級車の後部座席から、
その声の主と思われるやたらガタイのいい長身の男が姿を現した。
体からはもとより、その男は全身から迫力が漂っているようだった。
全てを圧すような風格とでも言えばいいのだろうか、これまで俺が会ってきた
全ての異能者より堂々たる雰囲気を醸し出していた気がした。

「池上燐介くん。煌神リンくん。それからー・・・山田、権六だっけか。戦闘に励んでいるところ悪いのだが、
私は急ぎの用事でね。 その道を空けてくれると非常ォ~に助かるんだが。」

自分の正体を知っている……というのが根拠ではなかっただろう。
理屈ではない、そんじゃそこらの異能者とは違う『何か』を持っている……
そう感じさせるこの男は、きっと『機関』の重要な人物であるに違いない……
普段は冷静に、論理的に物事を考察するタイプの人間である俺が、
今回に限っては対する敵を初めて直感的に捉えていた。

だが、そうした何か不気味な力を秘めているような異能者を前にしても、
俺に恐怖は無かった。俺の頭にあったのは「俺を異能者と知る者を始末する」、
といういつもの掟であった。
互いに出方を窺いながら場を支配する静寂──流れていく時間──。

──どのくらいの時が経ったか、俺は意を決したように右手の平に小晶波を出現させた。
ところが、それは戦闘開始する合図にはならなかった。
それより早く、あの山田が叫び声をあげながら男に突進を始めたからだ。
(──ッ!? あいつ……あの怪我で……。いや、体が治っているのか……?
……違う、単に体を覆っていた氷が無くなっただけだ。傷そのものは回復していない。
それでもあそこまで動けるのは、誰かに治療を受けたから……か?)

俺は「煌神 リン」と呼ばれた少女に目だけを向けた。
(だとすれば、連れと言っていたあの少女の仕業……だろうな。
放置しておけばそのまま眠るように死ねただろうに……馬鹿なことを)

などと思いながら、俺は山田と葉巻を加えている男に視線を戻した。
(あの葉巻をくわえた男を山田は『城栄金剛』と呼んだ……事実であれば、
俺の勘は外れていなかった。奴こそこの一件の黒幕……やはりここで、片付ける!)

別に山田に助太刀する気はなかった。
俺は俺の目的の為、この場で闘う道を選んだに過ぎなかったのだ。
──城栄は、黒球を放った山田の攻撃を空中へ跳ぶことでかわしていた。
黒球を受けた地面は爆発を起こし、空中へ高く土埃を舞い上がらせる。
俺はそれより高く跳んだ城栄の姿を、見逃しはしなかった。
(速い……が! 空中では避けきれまい……!)

足で強く地面を蹴り上げる。
脚部から微量に凍気を放出し、それを推進力としながら俺もまた高く舞い上がった。
そして右腕を振りぬき、手の平で滞空していた小晶波を勢い良く放った。

「くらえ……!」

しかし、城栄はそれを読んでいたかのように、左手の平を小晶波に向けた。
恐らく受け止めるつもりなのだろう。だが、その瞬間に奴の左手は凍りつく──
これまでの経験から、そうなるはずだった──。

「この程度の技が……俺に通用するかァッ!!」

閉じられた左手の指の隙間から、青白い光が漏れている。
そう城栄は、なんと片手で小晶波を『握り潰した』のだ。
城栄は、目の前の光景に驚く俺の一瞬の隙を見逃さなかった。
空中で俺との距離の差を一瞬で縮めると、素早く俺の腹部に足蹴りをくらわす──。

──メキッ!

重い衝撃に、俺の肋骨がたまらず悲鳴をあげる。
蹴りの威力に空中へ舞い上がっていた体は、重力のままに落下した。

──ドォォン!

再び地上で舞う土埃。
俺の体はアスファルトを削り取り、地中深くに埋まることとなった。
受身をとることもできず、腹部に受けた衝撃と地面に接触した衝撃で、
俺の口からは微量ながら血が吐き出されていた。

「──ゴホッ! ……チッ」

舌打ちをしながら、体を起こし、未だ空中で滞空している城栄に目を向けた。
(……城栄 金剛。鬼か蛇かどちらかと思っていたが……もしかすると、その両方を含んだ
化け物かもしれんな……)

俺に続いて煌神 リンと呼ばれた少女も一蹴されていた──。
地面に叩きつけられた衝撃が強すぎたのか、少女は立ち上がる気配すら見せない。
かくいう俺も──……。

「──ガッ! ゲホッ……ゲホッ!」

立ち上がってはいるものの、咳き込む度に口から血を吐き出していた。
奴からもらった一発の足蹴りが、今でもズキズキと俺の腹部を痛め続けていた。
骨の一本は勿論、恐らく内臓のどこかにもダメージを受けたのだろう。
(たった一撃で……これ程までの衝撃とは……。────ッ!?)

再び俺の視界がグニャリと歪む──。
俺は目頭を押さえ、肩膝を地に付くことを余儀なくされた。
そんな俺を怒鳴るようにして、山田の声が俺の耳に轟いた。

「邪魔だ退けェェエエ!!!
この俺を3年前の俺と・・・・・!!!
思うなよォォオオオオ!!!!」

まだ視点の定まらない目で、山田に目を向けると、再び黒球が片腕に作り出され、
それが城栄に向かって放たれたシーンがかすかに映った。そして直後の爆発──。
(あれは……俺の『氷壁』を破壊したあの技か……)

あれ程の破壊力を秘めた技だ、まともに食らえば人体など粉々に吹き飛ぶだろう。
それを放った張本人である山田自身も俺と同じ事を考えているはずだ。
つまり、これは奴と闘っている俺達三人の、共通した『常識』であったと言える。
──しかし、奴は生きていた。それだけではない、なんと無傷だったのだ。
直後に山田を襲う奴のカウンター。山田も成す術もなく吹き飛ばされる。
時間にして僅か数秒の攻防で、勝負の趨勢は決しようとしていた──。

城栄は虫けらでも見ているかのような目で、俺達を見据えている。
(……こうなれば、『あれ』を使うしかない……。が……今の俺が使えば……)

「ハァ……ハァ……」

『機関』からの刺客と闘った時も、廃校で会った剣使いと闘った時も、
国崎シロウと闘った時も、山田と闘った時も、息切れ一つ見せなかった俺が、
初めて苦しむように肩で息をしていた。
体力の消耗は著しく、受けたダメージも大きい。尚且つ……『反動』で今にも
倒れてしまいそうなコンディションでは、精々、小晶波をあと数発撃てるかどうかだ。
結局、『あれ』を使うにはリスクが大きすぎると判断した俺は、断念せざるを得なかった。

「能力の使い方は及第点だ。だァが、まだまだ必死さがたらねぇな。
――――『バルカナの逆理』」
気付けば、城栄が何かを言っている。
とその時、何かの文字、見たところ数式のようなものが宙に出現し、
それらが俺の、いや、俺達三人の身体に刻印のように刻み付け始めるのだった。

「クッ!」

たまらず声をあげてしまう。
城栄はそんな三人を尻目に、高笑いを決め込みながら車に乗り込み、去っていくのだった。
──勝負は付いた。これは誰が見ても、奴の一人勝ちだった。

奴が去った後にこの場を支配したのはしばらくの静寂。
三人とも立ち上がる気力すらないのか、その場に座り込んでいる。

奴が最後に言った、「お前たちの能力をしばらくの間『封印』させてもらったぜ」
という言葉の通り、恐らく一時的なものだろうが、俺は能力を失っていた。
先程から何度か能力の発動を試してみたが、何も出ない。
右腕の警告も止んでいた。恐らく、異能者を感知することもできなくなったのだろう。

だが、奴の言葉が正しければ、厳密に言えば異能力は『失った』のではなく、
『封印』されている。すなわち、異能力自体は身体に残っているのだ。
異能力があるのだから、もし他の異能者と闘いになりそこで負ければ、
間違いなく能力を1/3奪われる。それを六回繰り返せば、俺は死ぬ。
しかし、それはまだ良い方だ。もし過激な奴が相手となれば、六回と闘わずして
殺されてしまうだろう。奴が言った「怯えろ」とは、この事なのだろう……。

──静寂を破ったのは、今度は俺だった。

「……『最強の異能者』様とあろう者が、何とも無様だな」

説明するまでも無く、この言葉は山田に向けて吐かれたものだ。
俺は立ち上がり、城栄が車と共に去った方向に顔を向け、独り言のように続けた。

「奴がメールの一件を仕組んだ『城栄 金剛』か……。手強いじゃないか……」

既に息は通常に整えられ、口元を流れていた血は全て拭われ、
普段通りの表情を戻していた俺は、山田に顔を向け、再び言葉を吐いた。

「……奴は人間か? あれは並の使い手じゃ……いや、身体能力、異能力全てが、
この街で出会ったどの異能者よりも桁外れだ。同じ人間であるのか、疑いたくなる」

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最終更新:2009年10月02日 13:39