恋島達哉2

2.異能力者たちの街


…あれ? 俺…死んで…ない…のか? にしてはまだ板がぶッ刺さった時の痛みでジンジンしてるが
それに加えて節々が痛い。筋肉痛と打撲とその他諸々の痛みが。体全体が悲鳴を上げてやがる
だが…俺は今の状況を把握し、あくまで気絶するフリをする

空気が先ほどのブチ切れ女子高生の時とはまた違うおどろおどろしさに満ちている
それもさっきがドロドロだとしたらこっちはピリピリ。例えるなら夫婦の口喧嘩…は何か違うか
俺は薄目を開け、何がどうなってるのかを一応確認してみる

目の前には暴走した女子高生が横たわっていた。…え、もしかして勝ったのか?って事は白衣の男が復活したって事か
やっぱすげーじゃん、あんた。ホントにヒー――と白衣の男を賞賛しようとしたが、どうも事態はそう芳しくないらしい
女子高生の前に、誰かが仁王立ちしている。地面に突っ伏したままだから姿は見えないが、相当高そうな革靴だ
今の状況下から考えて、今ぶっ倒れている女子高生のお仲間だろう。それもかなりの手馴れっぽい。…いやいや、冷静に大ピンチだろコリャ

そういや俺のカメラをかっぱらった女性はどうなったんだろう。ちゃんと逃げたのだろうか
白衣の男が復活したと言う事は、おそらく逃げれたのだろう。あくまで希望的観測に過ぎないが
…そういや耳が痛い。というか意識が戻りきれてないせいか周囲の音が聞こえない
でも俺の感から言ってかなり物騒な会話をしているのが予想できる
にしてもその会話を聞き取れないのは幸か不幸か。まぁビビリの俺が聞いた所で、介入など出来ないが
その時、俺の襟首を誰かが力強く握り――その力に流されるように俺は引きずり起こされた
そして――誰かは俺の襟首を持ったまま強引に向かいの塀へとジャンプした。っていてぇ!いてえって!首が絞まる!

その一瞬、俺は真下の景色を捉えた。こちらを見上げて微妙に口元を歪ませる――男の姿を
にしても…誰か――いや、白衣の男さんよ、少しは配慮してくれませんか? もうケツが破れそうなくらい引きずられてるんだが
しかし痛みのお陰かは知らんが、俺の意識はほぼ回復していた。それだけに嫌なんだが。色々と

と、突然俺の体はポッとその場に投げ出せれた。うぅ、ケツが痺れるぜ
だが窮地から助けてもらった事を考えると文句など言える訳が無い
意識が回復した所で、周りの状況を確認してみる。どうやら路地裏から閑散とした公園に抜けたみたいだ

寂れたジャングルジムやら、滑り台が物悲しい。ふと横に目をやると…何故だか俺のカメラを持っている女性がしゃがんで視線を宙に向けている。
…あ! そういやあんた、俺のカメラ…と言いかけて、俺は女性の視線を眼で追ってみる

白衣の男が、左目を片手で隠して往生していた。ボロボロの白衣を見るにかなり傷を負っているように見える
俺はどうすれば良いか迷ったが…ここはベターな選択肢などは無いだろう。ならどうする?
取りあえず体を起こす。ホントに体の節々がヒーヒー声を上げて痛がっている。でもそれでも…

「だ、だだだ大丈夫か?あんた」
…うわー、何でどもる、俺

声を掛けたものの、白衣の男は俺の台詞は聞こえてないようだ。まぁ…それはそれで助かる
白衣の男は先ほどの様子から一転、落ち着き払った態度に変わっていた。悠々とタバコに火を点けている
…そういや俺、この街に来てから一服してないな。思い出したようにズボンのポケットを――

「じゃあ、国崎薬局に行きましょうか。私の異能で一人で戦うにはちょっと心細いのよ
 ほとぼりが冷めるまで一緒に行動してくれると助かるんだけど──」
俺と一緒に白衣の男に助けられた女性が、俺と白衣の男に向かって優しげな口調で話しかけてきた
確かに今の状態からバラバラになるのはなにぶんリスクが高いな。 反対する理由はこれといってない

「貴方のそれも無限じゃない、ってことか。残念ね。私の傷も治してもらおうかと思ったのに」
女性が白衣の男を見て微笑を浮かべながら言った。白衣の男は特に気に留めていない。…そういや一々白衣の男って言うのも失礼だな
と言っても名前を知りたいと言うわけでもない。正直知った所で今後関わりあうとは思えないからだ
と言うか命がいくつあっても足りないという意味で関わりたくない。いかん…また思考がバグってきてる。落ち着いてタバコに火を

「……ま、今考えてもしょうがないわね。私は葦川。貴方は『国崎』さんでいいの?」
…無意識にタバコが口から落ちる。…嘘だろ? あんたが国崎薬局の?
いや、待て。同姓同名かもしれんぞ。あの…と行っても行った事が無いが、これから向かおうとしていた店の主人があんただったとは…
やべえ、物凄くこの場から逃げ出した衝動に駆られる。だが逃げたら逃げたら窮地に陥る気がする。俺が
すると女性が俺の方に顔を向け、言った

「それと、カメラありがとう。貴方の名前も聞かせてもらえる?」
…大事な物なのにすっかり忘れてたよ。そうだ,カメラを返してもらおう
けど、そのまま返してもらうのもなんか悪いな。俺は少し長考した挙句、言葉を返した

「恋島…恋島達哉だ。悪いけど、手元のカメラを返してくれ」
言葉が足りない…もう少し穏やかと言うか、物の言い方ってのがあるだろ、俺
とりあえず国崎薬局にこの三人で着くまで下手な事は出来ないな。…そういや今日はホテルに泊まる予定だったのに…
俺は他の二人に聞かれぬよう、ため息をした







俺は今の状況を俯瞰しながら、こんな経緯になった原因を思い浮かべていた
…原因も何も、あんな状況下で平然と道を通れる神経なんざ持ち合わせてねえよ
つうか明らかに普通じゃない現場を素通りしちゃ俺のプライドが許さねえ。まぁ黙って回り道すりゃよかったのだが
今後はアレだな~…急がば回れというし、一応危険を冒さず、確実に安全な方法で仕事をしていこう。…いいのか、それで

っと、白衣の――いや、国崎と言う名前の男は息つくと。何時から持ってきたのか、傍らに置いてあったバックを探り妙な物を取り出した
が…眼帯? そんな物をいつも持ち歩いてるのか……まぁそれなりに事情があるんだろう。俺は取りあえず考えるのをやめる
国崎はその眼帯を左目に装着すると、俺とえ~…葦川さんの方に向き直り、ハキハキとした声で言った

「恋島に葦川か。俺はこの町で薬局を経営してる、イケメン薬剤師の国崎シロウだ……
 ……ってちょっと待て! お前ら、何で俺の店まで来る気満々なんだ?」
ん、いや、俺は別に満々じゃないぞ。一応女性が夜道を歩くのは危ないし、俺もそれなりに傷を負ってるしな
そういえば…俺は一番ヤバイ傷を負った背中を探ってみた。…? 妙にゴツゴツした感触を感じる
指でなぞると、デカイミミズが這ったような跡が浮き出てるみたいだ。…うわ、ぶっちゃけ露天風呂とか入りにくくなるな、これ

まぁ良いか…薬局で包帯とかシップとか買い溜めれば…にしても気が重いわ。現金的にも精神的にも
しかもだ。気づくには遅すぎるかもしれんが、この件は俺が今まで携わってきた仕事の中で一番厄介で危険で――闇が深い
だがそれ故にこの件は見逃せない。俺の中の第六感…というのか?それに近い物がウズウズしてしょうがない
…ふと、さっきの光景が頭をよぎる。今負っている傷からして、アレは夢だったなんて言い訳する気はさらさら無い。ぶっちゃけビビッてるがな

三人でのそのそ歩いていると、国崎が立ち止り、俺たちの目をじっと見、重い声で話し始めた
「……まあ、お前らがうちの店に来るのは、薬も売れそうだから別にいいけどな。
 言っておくと、俺は基本的に一般人だ。店にいる奴等にもそう接してる。
 だから、お前らの目的は判らねぇが、もしお前らが俺の正体をばらそうとしたり、
 俺が一般人に戻れなくなる様な話をしようとしたり、あいつ等をヤバ過ぎる事に
 巻き込もうとしたら――俺はお前らを追い出す。いいな?」

了解だ。俺はあんたの薬局で必要な物を買ったらすぐに失礼する。
ぶっちゃけるとあんた達と関わるのは今回で最後だ。命がいくつあっても足りそうに無いしな。割とマジで
…そういやこの町に来てから携帯を確認してなかったな。バックを穿り返して、おもむろに携帯を取りメールを確かめる
案の定九鬼からのメールと…妙なメールが添付されていた。俺は九鬼のメールより先にその妙なメールを開けた

あのバカ野郎の嫌味よりかは心が落ち着くだろう。例えスパムでも――のだが、まだ九鬼の方がマシだった
異能者?戦い?バトルロイヤルゥ?…俺はこのメールを送った何処かのバカ野郎に活を入れてやりたい
チェーンメールにしては面白い。良いセンスだ、けど間が悪すぎる。俺はモヤモヤと嫌悪感で一杯の頭を落ち着かせながら消去――いや
待て。そういや同時並行で都市伝説についても調査しろと九鬼に言われたな。コイツは一応ネタになる。まぁ不快っちゃあ不快だが

どうにか変な奴が出てくることも無く、無事に国崎薬局とやらに着いた
もし立方体女子高生みたいな連中が出てきたら、俺は間違いなく死んでたね。ほっとした途端背中が痛む
薬局の名に相応しく、様々な薬が置かれていた。個人経営かは知らないが、これはすげーよ、国崎…さん。一応

けっこう店内が広いらしく、俺と葦川さんは国崎さんに奥の居間に来るよう言われた
俺としては買う物を買って薬局を出たかったが、どうも誘いを断ると悪い気がしたので、ほいほい乗る事にした
のだが…俺の目の前には国崎さんと立方体(省略)との戦いよりかはマシだが、幾分変な光景が広がっていた
畳に仰向けになって伸びてる…染めてるのか面白い髪の色の学生と、ガタイのいい男がこちらを気にせず黙々と筋トレをしている

国崎さんが倒れている学生の脈を調べたが、呆れたように立ち上がると、俺達に先に居間に行ってくれと伝えた
あちらにはあちらの事情があるのだろう。俺と葦川さんはその何とも言いがたい空間から抜け、居間に向かった
二人で待っていると、畳で伸びていた学生と、ガタイの良い男が居間にやってきた。学生の方は首を捻りながら苦い表情を浮かべた
なんでだろうか、俺は妙に学生にシンパシーを感じる。他人の気がしない

しばらくすると、国崎さんが大きなお盆に5人分の白い皿に盛り付けたカレーを運んできた
…なんだろう、耳鳴りがしないのに物凄い危険な気がする。いや、落ち着け。あんな状況からココまでやってきたんだ
脳みそがアドレナリンを放出させまくってるからどうでも良いことでも危険な気がするんだ
…こんな自問自答してる時点で落ち着いてないわな。俺は国崎さんに置かれた目の前のカレーを見つめ、スプーンを手に取った

「…頂きます」
俺は小さくご飯に感謝して、カレーを掬い口に運んだ
うん…うむ…ふーむ…

うん、普通に美味い。だが間違いない。これはゲテモノ料理の一種だ
だがこの程度、大学時代のジリ貧でティッシュ丼や野草のお好み焼きやソースだけご飯を食してきた俺には何ら問題は無い
けど俺の周辺の人達はやはり普通じゃいられなかったみたいだ。葦川さんはスプーンが止まっており、学生はカレーを見たまま固まっている
あの国崎さんですら、カレーを食べた後直行で居間から出て行った。あの国崎さんを引かせるとはどんだけー。俺は普通だけど

ふと、筋トレの時のように、黙々とカレーを食べているガタイの良い男が目に留まった。…俺なみに舌が狂ってるのだろうか
カレーのせいか場の空気がなんとなく重い雰囲気に包まれている。…はぁ。何だかなぁ
俺は何となく興味本位から、カレーを食しているガタイの良い男に話しかけてみた

「…このカレーって、美味いけどぶっちゃけゲテモノだよな」
…何だ、その鋭い日本刀みたいな眼光

俺はカレーを食べながら、ガタイの良い男に話しかけた。…のだが、何だろう、このどんより空気
すると派手な髪の色の学生が、空気を変えるように驚いた声を出した
「旨いのかよ!?」
…まぁ、な。俺の舌が狂ってるのは百の承知さ。…そこまで驚かれると、なんか、アレだ

学生はそう言ってスプーンを置きご馳走様と言うと、そそくさと今から出て行ってしまった
葦川さんも苦笑を浮かべて食事を終えると、学生と同じく居間から出て行ってしまった。今には俺とガタイの良い男の二人だけだ
気まずい…話しかけたものの、ガタイの良い男の眼光が気になって言葉が出てこない。蛇に睨まれたカエルって奴?

すると
「分かる奴には分かる」
そうガタイの良い男は俺に返答し、カレーを食べ始めた。にしても食いっぷりがいいな
俺も目の前のカレーに集中する。うぬ、食べれば食べるほど湧き出るゲテモノ臭。褒めたものの二度目は勘弁しよう

ガタイの良い男と俺は同時に食い終わる。そういやこの男の名前も、学生の名前も知らないな
けど自己紹介しに来たわけじゃないしな。知る必要性は無いって言えば無いが
ガタイの良い男は素早い動作でお盆に5人分の食器を乗せると居間から出て行った
彼が出て行って少し経つと医療品を抱えた葦川さんが戻ってきた。俺も…店を出る時でいいか

しかし困る。葦川さんとはさっき面識が出来たばかりで友人でもなければ仕事上の付き合いも無い。ホントの意味での顔見知りだ
学生とガタイの良い男に至っては名前も知らない。よくよく考えると物凄く妙な集まりだ。何の共通点も無い…
…にしてもシュールだな。背格好も年も違う面子が同じ食卓でカレーを食べる。そう思うとなんだか笑える

ガタイの良い男が皿洗いを終え、今に戻ってきた。持っている雑巾で淡々とテーブルを拭く
 何となく気を使わせて悪い気になり、声を掛けようとしたがガタイの良い男は大あくびをすると居間から出て行ってしまった
…正直困る。女性と二人だ何てもう何年経験していないシチュエーションだろう。まぁこんな状況でシチュエーションもクソも無いが
国崎さんと学生もまだ戻ってこない。トイレか台所かは知らないが、今頃色んな意味で大変な事になっているのは分かる

どうしようかな…こんな所で持て余していても仕方がないんだけどね。けど深夜帯をほっつき歩くとまた危ないかんな
迷った挙句、俺は懐からメモ帳を取り出し、この前のチェーンメールを書き写す作業に移った
メールを書き写しながら、ちょっと考察してみる。文章だけを見ると、中学生の頃に書いた邪気眼みたいな小説を思い出し恥ずかしくなる

いちいち言葉に括弧を使っているのもどこか笑える。それほど強調したい所なんだろう
『暴徒』『戦い』『奪う』『暴発』…いづれも穏やかじゃないねえ。にしても一番面白いのこの部分
およそ100人って完全に把握してないのかよ。つうかこんな町にそんなに超能…いや、異能者か。がいるとは思えないのだが
それに72時間ってすぐ経っちまうぞ。もう突っ込む所が多くて困る

ふと目元がぼやける。というか睡魔が猛烈に襲ってくる
一応チェーンメールはメモ帳に書き終えたし、やる事も無くなったな…
だが他人様の家で寝るわけにもいかない。あのガタイの良い男はたぶん国崎さんの兄弟かなんかだろう
九鬼にどこか安価で泊まれるホテルを探すようメールを打ち、携帯電話とメモ帳をしまう
取りあえず学生と国崎さんが戻るまで待つか…

頭上の蛍光灯をぼーっと見て暇を持て余していると、何だかぼんやりと昔の事を思い出す
そういや叔父さんが死んじまってからもう2年経つんだな。あの人のお陰で俺は今こうしている
…けど結局デカイ新聞社には就職できなかったな。親父と叔父さんには悪い事をした

そんな感慨に耽っていると、学生と国崎さんが戻ってきた。あのガタイの良い男は戻ってこない
ご就寝したのかもしれない。まぁそれはそれで健康…ってもうかなり深夜か
学生と国崎さんが座り、国崎さんが俺と芦川さんと学生を一瞥すると話し始めた

「……まあ、お前さん達も何か用があってここに来たんだと思うし、忙しいと思うが、
 ここにいるのも何かの縁だ。一応話をさせてくれ。
 お前らも見たり体験したりして、人によっちゃあ俺よりも知ってると思うが、
 この町は今ヤバイ状態だ。そこら中で暴れてる奴等がいて、ゲリラの村みてぇにそこらの
 奴に襲い掛かってやがる」
…この町の住人は悪魔にでも取り付かれたのか?と口に出そうになり止める
まぁ夜になると人間って開放的になるからね~特に満月の夜とか。というバカな妄言は置いといて
しかしどうすりゃ良いんだ。そんじゅそこらの奴らが襲いかかってくるなんてホントにどうかしてる
激しくオカルスティックな予感がするが、危険度が限りなく高いというかもうそんな次元じゃない気がするぜ、今回の仕事は

というか最初の町に着いた時点で誰も襲ってこなかったのはかなり幸運だったんだな
考えてみると。そういえば…葦川さんに初対面した時、彼女は結構深い傷を負ってたな。…おいおい
国崎さんの話を全面的に信じる気には正直なれないが、とにかく町が物騒かつやばい事になって事だけは理解しておく
そしてそんな町で仕事しなければならないと考えて軽く、いや重くブルーになる

他の二人の反応を伺うと、二人とも何か考えている様な表情だ。どんな事を考えているかは分からないけど
少しばかり場が沈黙する。が、国崎さんがそんな雰囲気を変えるように明るい音色で言った

「……それで、だ。簡単に言うと、お前ら今晩は全員店に泊って行け」
…流石にそれは悪い。俺自身はあんたのお陰で助かったんだ。それでも感謝しきれないってのに
しかし正直に言うと怖くて堪らんがな。さっきの話のせいで。つうか今外に出ると悪い予感しかしない
…大人しくしていようかな。考えが纏まらずぼんやりとした頭でふらついていると、国崎さんが二言目を発した

「あー、唐突なのは解ってる。けど、考えてみろ。お前さん達がどこに宿を持ってるのかは
 知らんが、この町中で暴れている暴徒共がいる。で、そいつらがどこにいるか解らない。
 そんな状況で、夜に高々数人で家にいる、或いは、誰がいるかも解らないホテルに戻る行為が
 どういう結果を呼ぶかって事を。それを考えれば、この店はこの町の他の場所より、
 安全だと思って、今こういう話をしてんだ」
物凄く理解。及び同意。…って待て俺。散々国崎さんに迷惑掛けておいて次はここに泊まるだぁ?
流石に虫がいいというか面が厚すぎるだろう。呆けた脳みそに冷や水を浴びせ、俺は国崎さんには悪いが店を失礼しようと考えた
その時だ

「……まあ、俺の自己満足だし無理にとは言えねぇからな。帰るなら止めんさ。
 ただし、もし帰らずに残るなら――――成人限定で酒を奢ってやる!」
国崎さんがドンっとテーブルに一升瓶を俺達の目の前に置いた。…こ、これは
…まずい、誘惑振り切って…だが俺の目は目の前の一升瓶に釘付けだ。毎回安い発泡酒でチビチビやっていた俺にとってはなんという誘惑
だがこれ以上…これ以上…

「…一日だけ、お世話になります。国崎さん」
いつの間にか俺は正座して、国崎さんと向かい合っていた。こんなんだから駄目人間なんだよな、俺は

正座したものの、別にそこまで謙遜する必要も無いよな。つか国崎さん軽く引いているし
俺は体勢を崩して、テーブルの上に置かれたコップを手に取り――ってちょっと飲まれてるし!

「美味しかったわ。じゃ、お先にお休み」
思わず顔がションボリした。いや、葦川さんに先を越された事がじゃないんだ
うん、そうなんというかやっぱ酒は幾らなんでも悪いかなって…
ホントにそう、一番酒を飲みたかった訳じゃ…今の俺の表情は一体どんな情けない顔なんだろう

急に熱が冷めて、俺は国崎さんに
「すみません、やっぱ悪いですよ。泊めて頂けるだけ十分ありがたいです。お気持ちだけ」
と白々しく寒々しい言葉で謝ってコップをテーブルに置いた。はぁ~…

気分を変えようと一服しようとしたが、何となく悪い気がして止めた
どことなく耳心地の良い寝息が聞こえると思ったら、葦川さんが横になっていた。疲れたんだろうな
急に眠気が襲ってきた。…かなり猛烈だ。俺の目がしばしばパチパチする

駄目だ、負ける。俺は学生と国崎さんに就寝の挨拶をして、ごろりと雑魚寝した
ふと携帯が気になり取り出して調べてみる。二通の着新メールを受信していた
例のチェーンメールが三日から一週間に伸びたようだ。まぁ三日じゃ無理だわな。にしても改変するならもっと派手にしろっての
もう一つは九鬼からだ。俺が伝えていた安価で泊まれるホテルの情報だ。何々…

ふ、フタツナスカイホテルゥ!? バ、バカじゃねえか! この町で一番でかくてなおかつ最高級…
あ、何だ、その近くのカプセルホテルか…ザ・近未来…ねぇ。名前だけは派手そうだな
ただ寝泊りするだけだからなぁ…別にこの町に観光しに来たわけでもないし。それに贅沢できるほど預金に余裕も無いし

携帯をしまい、メガネを外して目を閉じる。この町に来て殆ど間もないのに凄い疲労感がする
こんな調子じゃ東京に戻る頃にはガリガリに痩せてそうだな、俺…
つうか東京に戻れるのかよ…遺書でも書いておこ…

瞬間、俺はガクンと、意識を闇に落とした



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最終更新:2009年01月24日 13:10