【八話目】
もう何日をここで過ごしただろう。
いつも三人はここへ来ている。そうして他愛もない話をしては、笑いあう。
空き地はもう三人にとってこれ以上にないほど居心地がよくなっていた。
クラスメイトたちが放課後の約束を交わす教室を、
名残惜しく感じながら出ていた頃には想像もつかないほどカイジは
教室への未練などまったくない様子でいつも帰りは飛び出すようになっている。
そこには二人もいて、三人で話すこともあれば好き好きに遊ぶこともある。
だがその空気は変わらない。
「へへ……」
思わず笑いが漏れてゼロに訝しげな顔をされる。慌てて口元を抑えた。
こういうときのアカギの視線は冷たい。容赦なく突き刺す……。
おそるおそるそちらに視線を向ける……指の間から……。
だが意外にもアカギはこちらを見ていない。むしろまったく気づいていないかのようだ。
外の方を見て何かを考えているのか。まったくカイジのほうもゼロのほうも気にしていない。
カイジは変だと思った。それはおそらくゼロも同じだ。
だが確信はない。確信なき者がそれを口にしてはならない……。
結果何も言えないまま疑念だけを抱いてカイジはその日帰ったのだった。
翌日。アカギは言い出した……「帰ろう」と。
まだ集まったばかり。どう考えたって普段より早すぎる。
むしろ何一つ始まっていないというのに、なぜ……?
昨日からおかしかったアカギがそんなことを言えば余計に怪しく見える。
それは本人だってわかっているはずだ。それでも言い出さなければならない何かがあるのか?
考えてもその何かの正体のわからないカイジには追及も反論もできない。
そうしてまた一睨みされてしまえば、結局のところカイジにできることは家路につくただその一つなのだった。
だから、それは予感というものですらない、確信だった。
何かが起こる。アカギが変なことを言い出すといつもそうだ。
考えながら、カイジは一度分かれて家に戻ったものの、数時間後にはまた秘密基地に戻ってきてしまっていた。
変に勘が鋭い奴だから、これまでも夕立を言い当ててみたこともあれば茂みに捨てられたらしい子犬の鳴き声がしていたときも一番に見つけていた。
多分、多分だから今回もきっと何かあるのだろう。
そう思っていたとしても、目の前の光景は信じがたかった。
呆然とするカイジの肩に掌が乗せられる。
大きな手。今までここに存在するはずがなかった、大人の掌だ。
それでもカイジは反応もできないほど、驚いていた。
誰もいない。何もない。
騙された……? いや、そんなはずは…… どっちだ……!?
【九話目】
呆然としているカイジに、黒沢先生はよく頑張ったな、と言った。
ここを見たことは忘れてやるから。一人でこれだけのことができるなんて偉いぞ。
そう言って黒沢先生は不器用に笑いながら帰ってしまった。
バレてしまったことも、だが見逃されたことも、カイジにはどうでもいい。
すぐに頭からそんなことは消えた。
ただこの場に、何もないこと、誰もいないことだけが衝撃だった。
一人で頑張ったわけじゃない。
三人で作り上げたはずの基地だった。
だが、もう何もない。信頼の証のはずの宝物だって、残らず消えてしまっている。
そんなわけないと思いながら、それでも流れる涙を止められないままカイジは家へと帰っていった。
翌日カイジはやはり気になって、もう一度だけ、と基地へ向かっていた。
これで本当に何もかもなければ、それは現実なのだ。
昨日のことが夢だったとは思わないが、未だに信じられないのも事実だった。
だってあんなにも一緒にいて、楽しかったのに。
裏切るようなやつらではなかったのに。
今日は一際重く感じるランドセルを背負って、カイジは毎日通った道を歩く。
あの光景を思い出すたびに涙が滲みそうになる。
ため息を漏らしながら、カイジは原っぱの前にやってきた。
昨日のようなことがないように、注意深く周囲を伺う。
人は……いない。安心して草をかきわけていく。
十歩先の道。それから、最後の扉代わりに残しておいたいくらかの草。これをかき分ければ答えが、そこにある。
拳をぎゅうと握って自分を奮い立たせ、カイジは一歩を踏み出した。
「おそかったね」
「あ……?」
いつも通りの声。二人の存在と、三人で揃えていった秘密基地に置いていた漫画やお菓子や、宝物たち。
「あ、あ、……なんで…………」
「先生に見つかるかもしれない、って」
そう言いながらゼロがアカギのほうを見やる。
「分かれたあと、きいてみたらそう言うから、オレの家に全部うつしてたんだ!」
昨日まさにカイジが黒沢先生に見つかったところをゼロはマンションから見ていたらしい。
原っぱに草を踏みならしただけの状態で見つかるなら、まだダメージは少ない。
あまりにもできあがり過ぎた秘密基地を見られてしまえば、大人には警戒されてしまう。
だから一度まっさらの状態にしてしまったのだ。カイジが戻ってきて、そのときに先生とかちあったのは本当に偶然だったとゼロは言う。
カイジは、黒沢先生が見逃してくれたことを二人にも話した。
それから、小さく「ありがとう」と。
やっぱり二人を疑うなんて、馬鹿だった。カイジはにやける自分を止められなかった。
よかった……
よかった…………!
【十話目】
携帯を開いて確認すると、時間までまだ十分に余裕があった。
ああ、それだったら。
足が向かうのは一か所だった。
懐かしくて、思い出すのは少し恥ずかしいような気もするけれど大切なあの場所。
ほとんど家に帰る道と同じ、当然だ、あそこは実家のマンションの向かいだったのだから。
辿りついたそこには、もう零が住んでいたマンションと同じくらいの高さのマンションしかないけれど。
今にして思えば本当に短い期間だった。あの、秘密基地があったのは。
それでも子供にとっては長く永遠に思えるような日々だった。
その証拠に、今でも零の中であの秘密基地の中の出来事は強く輝きを保っている。
もう存在しなくても、ずっと。
それでもあの頃は失うことが恐ろしかった。やっと手に入れたと思っていたので、いつまでもそこに居たかった。
だから、マンションの掲示板にあの原っぱの草がすべて刈られてしまうという知らせを見たときは、零は酷く動揺した。
確かに、枯れた草ばかり風にがさりと揺れるあの場所について、冬を前に小火の心配をする大人たちがそういう決断をするのは当然だとも言えた。けれどそうなってしまえば、今度は中身を一時的に部屋に避難させておく方法は意味がない。
震える声で貼り紙のことを伝えた零に、開司と赤木はしばらく考える素振りをした。
そして赤木の掌が零の頭の上に乗せられて、ようやくあのとき零は自分が怯えていたことを知った。まるでそこがなくなってしまえば、もう自分には何もないかのように。
顔をあげたときの、二人の表情。掌の温かさが不思議なほど自分の心を落ち着かせてくれた。
冷静になると、以前は自分がその光景をどこかで見ていたのになと思う。
開司は「片付けよう」と言った。笑って、なんでもないことのように。
赤木も頷いて、そうなれば零も嫌だとは言えなかった。
掌の中の携帯が震えた。メールだ。ひゅうと吹いた強い風に思わずマフラーの中に顔を埋めながら、零は画面を確認した。見知った名前だ。
三年近く離れていて、あの頃から言えば九年経った今でも忘れるはずのない名前。
少し早いけれど、待ち合わせの場所に着いた、と書いてある。
なんだか笑いが漏れて仕方がない。懐かしくて。
すぐに行きます、と打ち返す指がかじかんで、上手く動かない。摩って息を吹きかける。
あの頃と同じ冬が来るけれど、もう寒さを一人で耐えたりはしない。
すべてを片付けたあの日、開司が「また明日も遊ぼうぜ」と約束を持ちかけたように、時間が空いても久しぶりに会う約束ができた今日のように、いつでも約束なんて簡単にできるのだから。
あの頃、放置したまま消えて申し訳ない限り
支援絵があったようなログを見て申し訳ないのとギリギリ(ちゃんとあの頃書きあげてれば!)するのとで忙しかったけれど
とにかく終わりまで。いろいろ変わったところもあるけれどこれでおしまいです
あの頃の方々に届くかわかりませんが感謝をこめて。
※まずければ削除してください
最終更新:2014年10月13日 19:44