ナヴァフリア


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ナヴァフリア


ナヴァフリア(navaflia)は、フォルメアの中心部に存在する広大な高地。ハウガン川、ヴォスヴォラ川、ロマン川、エーメルト川、など四方からの河川がナヴァフリアの端から中央に向かって流れ、ナヴァフリアの中心にフェルシア湖を形成している。面積は日本の国土の約二倍にあたる700,000km²に匹敵する広大な平原でもある。

(緑…通俗的な区分としてのナヴァフリア)

地形

ナヴァフリア平原は北にファトリオニン山脈、ヴェルドーザー山脈、東にアフアンパイト山脈、西にタラマト山脈、ラッテュンバン山脈、パヒェルシュカ山脈、アルガン連峰を持ち、これら山脈から豊富な水資源が常にナヴァフリアへ流れ込んでいる。これらの水資源はいくつもの大河を形成し、その大河はほぼすべてがフェルシア湖へ流れ込む。また、フェルシア湖畔はほぼ標高が均一な平原が広がっており、湖畔では水運が容易である。標高は南の2300m代に始まり、最北で2400mまで上昇する。


気候

ナヴァフリアは赤道に近いが、標高が高いために同緯度の地域と比べてはるかに冷涼である。温帯夏雨気候に属し、冬は氷点下を少しばかり下回る程度の寒さであり、夏は強い日差しであるが湿気は少ない。雨は夏季に集中するが、これらの雨は赤道付近からナヴァフリアへ移動してくるもので、日本のような雨とは異なり、スコールを弱めたような通り雨が多い。こうした気候がナヴァフリアを穀倉地帯足らしめる大きな理由となった。



文化

ナヴァフリアはフォルメア屈指の森林地帯であり、フェルシア湖畔などは一面が森と湖となっている。また同時にフォルメア屈指の穀倉地帯でもあり、フォルメア人口4億6000万人(現在)のうち、1億1000万人がここに居住し、1億6000万人分の穀物を収穫する。ナヴァフリア一帯の黒土地帯は土壌としては非常に肥沃であり、麦等の栽培だけでなく、稲作にも適する。
平原内にはトレストカトル、ティエンナヴォロン、アテューカン、サヴァナトルなどの大都市が集中し、フォルメアでもっとも人口の稠密な地域のひとつである。
ナヴァフリアはこのような開かれた地形の中で、西のルナリアやヴォスヴォラ、東のサール、北のスルヴァイやサハドなどの地域との係わり合いを保ちながら、古くからフォルメアの中心部としてトレーフ文化の発信源として、トレーフ圏の中心部として、文化圏を構成してきた。古代、フェルシア湖の塩害(古代、フェルシア湖は塩分を含んでいた)によって湖畔の農耕は発展が遅れていたが、塩害がなくなる紀元前1500年代から農耕が定着し、順調に居住諸民族の人口が増加し始めた。紀元前1500年代、ナヴァフリア北方にハウガン朝の属国であるスルヴァイ朝が勃興し、ナヴァフリアの文明化が急速に進んだ。西暦224年、フォルメア帝国が勃興し、ナヴァフリアはフォルメア帝国の本土とも言える立場にまで上り詰めた。当時はナヴァフリアがフォルメア大陸最大の穀倉地帯であり、人口増加も急速に進んだ。
このような背景もあり、現在に至るまでに独自の生活習慣や食文化が形成され、それがそのままトレーフ圏のスタンダードとなっている。紀元前1500年代、人口150万人ほどだったナヴァフリアは、今現在前述のとおり1億人以上の人口を抱え込んでいる。ナヴァフリアに居住する民族はほぼすべてがフォルメア最大のマジョリティ民族であるところのフェルシア人である。