xlai@ウィキ

数学や物理の勉強でとても嫌な思いをしてきたのをきっかけに、
自然言語の難しさを引きずらない簡単さと、独特のエキゾチックな語感
をコンセプトにした人工言語(創作言語)の作業メモです。
作者:末広優 spelling_suehiro_or_swayrow@yahoo.co.jp

エンタメ小説コンテンツでN賞とM賞に落選した一方
(第二稿では最後のページとか抜けてたかもしれないし)
運よく作家なんかよりも楽しい仕事に就けました。


造語用の基礎研究ではハイデガーの「存在と時間」を読破(!)
現代思想に与えた影響はやっぱり「よく分からないけどすごい事を言ってそう」
という、いわば悪文神秘主義文学としてだと思います。

哲学的に重要と思える思想は、しいて言えば
解釈学的状況(全ての解釈は事前知識、先見性、態度の先取りに基づく)
ぐらいしかありませんでした。

Vorhandenseinは「目の前の存在」というより「そこにある存在」、
Daseinは「現存在」の代わりに「ここにいる存在」と超訳して対比させた方が
デガちゃんの「現象的含蓄」を「土着性」とやらで伝えられる
んじゃないかと思いつきました。

理論的な大前提は四本柱で、いわゆるポストモダン系と全然違う事を言ってます。
1.人として“ここにいる”存在は、物みたいに“そこにある”存在から説明できない ←→ 存在するのは感覚現象だけなんだーアパラパー
(実存範疇とカテゴリーの存在論的差異、人と物の二元論)

2.理論的な理解よりも、道具的な指示の了解の方が根源的(Ursprünglich)である。←→ 基礎づけ主義は無理なんだーアパラパー
(世界の世界性、人間中心主義)

3.人間は五感の世界を共有している ←→ 世界は主観が確信してるだけの構造なんだーアパラパー
(世界内存在、素朴実在論)

4.真理は発見することができるんだーヒャッハー! ←→ 真理は主観的な確信でしかないんだーアパラパー
(ギリシア語「アレーテイア」の語源は「隠されていないこと」→真理の発見説)

そして最期の一節で人と物の二元論、存在と時間の関係、
存在者にアプローチしてその存在を告白させるという解釈学的現象学の
うさん臭さを反省しはじめたら、未完に終わったのはむしろ遅すぎたぐらいです。

実際、続編の代わりに指定された講義録「形而上学入門」では
全宇宙の中で自分たちがたまたまそうである人類を特別扱いする正当な理由はない
と転向(Kehre)して、現存在の実存論的分析論から
ライプニッツの定式化に沿ったわりと普通の存在論に落ち着いてます。


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