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渤海国人崔宗佐門孫宰らの船2艘、薩摩甑島郡に漂着(H0873a)

貞観15(873)年5月、渤海国人崔宗佐門孫宰らの船2艘、60人を載せて薩摩甑島郡に漂着す。言語通ぜず。船長崔宗佐ら書して曰く、渤海王使を唐に遣わし徐州を平定するを賀す。不幸にして漂流ここに至ると。国司其の齎らす(もらたす)ところの公証を推験するに年期錯誤するを以て新羅人なるを疑う。既にして便風を得て逃げる。
同年7月、異船1隻、肥後天草郡に漂着す。大宰府唐通事張建忠を遣わし推験するに、前日逃るる所の渤海の船なり。宗佐、その日記及び蝋封の書函を呈す。遣唐入賀の言に符す。即ち糧を給して之を遣る。
貞観16(874)年6月、再び、石見に漂着す。また、之を帰す。
876年、渤海国使(渤海使29)楊中達ら、出雲島根郡にいたり、前年漂流賑恤の恩を謝す。

参考文献