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楊貴妃が山口県長門市に漂着(伝説)(H0756a)

唐の天宝15年(756年)、空艫船(うつろぶね)に乗った楊貴妃が向津具半島唐渡口(山口県長門市 旧油谷町)に漂着したが、まもなく死亡し、里人が寺院に埋葬した。(伝説)

久津地区にある「二尊院」に「楊貴妃の墓」がある。

玄宗皇帝は夢で妃が日本で死んだことを知り、追善のために、家来に弥陀、釈迦の二尊像、十三重の大宝塔を持たせ、日本へ遣わした。だが、妃が漂着した場所が分からず、京都の寺に二尊仏を預けて帰った。その後、漂着地が久津とわかり、一体ずつを二尊院との間にわけて安置することになった。

ニ尊院には楊貴妃の追善のために送られたと言い伝えられる阿弥陀如来像と釈迦如来像(いずれも重文)が現存する。

参考文献