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1786年 サポジニコフ、アムチトカ島で座礁

1769年、イヴァン・プロトジャコノフ(イワン・ホロシヒチ・テカノフ, ヤクーツクの商人)、水夫長ティエホン・イヴァノヴィチ・サポジニコフら39名のロシア人を率いてウルップ島に渡来。
1770~1771年、択捉島アイヌと衝突
1771/9月、プロトジャコノフ、サポジニコフら生き残った18人がカムチャツカに帰着

1786年7月、サポジニコフ、カムチャツカの基地ニジニ・カムチャツクから24名のロシア人を乗せたアポストル・パヴェル号に乗り組みコマンドルスカ島からアムチトカ島へ来るが座礁。アムチトカ島に上陸し大黒屋光太夫(H1783a)らと会う。
1787年春、アムチトカ島で船の建造にとりかかる。
1787/07/29、作った船キリル・アレクサンドロスキー号で大黒屋光太夫らとアムチトカを出帆。
1787/09/03、カムチャツカのウスチカムチャツカ港着。

1792/09/24、エカテリナ号(大黒屋光太夫の帰国船)の水夫長としてオホーツク発。

Map


参考文献