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大伴部博麻ら百済救援の役で唐の捕虜となる 661年(R0661a)

斉明7(661)年、大伴部博麻(おおともべのはかま)、筑紫君薩野馬(つくしのきみさちやま)ら4人(遣唐使04(H0659a,H0659b)で入唐)、百済救援の役で唐の捕虜となる。
天智9(670)年、大伴部博麻は、筑紫君薩野馬ら3人と唐の捕虜となっていたが、帰国資金のため自分を奴隷として売ることを申し出る。天智3年とも
天智10(671)年11月10日、筑紫君薩野馬、百済救援の役で唐の捕虜となっていたが、対馬に帰ってきたことを、対馬国司が大宰府に報告する。

690/12/01(持統4年10月22日)、大伴部博麻、このころ唐から帰る? 30年間の捕虜・奴隷生活の功を賞される。