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1753年 福聚丸、フィリピンに漂着

宝暦2年12月末(1753)、福聚丸、船頭善右衛門はじめ筑前・伊豆・陸奥などの水主15人を乗せ奥州磐城の沖合いで遭難。全員フィリピンに漂着。

宝暦3年1月末(1753)、 島を見つけ端舟に乗って上陸(フィリピン イロコ)

宝暦5年5月(1755)、三之助、一人でアモイへ渡り、中国から長崎に送還。ほかの水主は全員死亡と証言。

宝暦6年2月(1756)、4名の生存者が三之助とは別にアモイへ行き、中国船で長崎に送還される。マニラに残った10人はキリスト教の洗礼を受け現地で結婚する。

宝暦6年5月(1756)、三之助、再び白洲に呼び出され、「急度叱り置」を申し渡される。

参考文献