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1708年 ローマ教皇使節シドッチ、日本に潜入

1703年、ジョバンニ・バッティスタ・シドッチ、ローマ教皇の使節として日本に遣わされた。

宝永5年8月28日(1708/10/11)、屋久島沖において、漁民が洋式帆船を目撃。8月29日(1708/10/12)、シドッチ、日本の衣服をつけて水を乞うが捕らえられ、長崎奉行所に送られる。

宝永6年(1709)、シドッチ、江戸に出頭させられる。

宝永6年11月22日(1709/12/22)、シドッチ、小日向の切支丹奉行所で新井白石の尋問を受ける。以後、11月25日、11月30日、12月4日と都合4回の尋問を受ける。

正徳4年(1714)、シドッチ、身の回りの世話をしていた長助・はるという夫婦者にひそかに洗礼を施す。この年、病を罹って牢死。

正徳5年(1715)、新井白石、シドッチの尋問をもとにした「西洋紀聞」を書き上げる。