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1685年 伊勢国度会郡神社村船、マカオに漂着

貞享元(1684)年12月、伊勢国度会郡神社村船、太兵衛庄三郎ら、江戸より帰路伊勢大山洋に於いて漂流を始める。12人乗船。
貞享2(1685)2月、マカオ港内の一島に漂着。鎖国令(1636)で追放された長崎生まれの混血老女(70歳余り)に、船体や積荷の売却や通訳の世話になる。
貞享2(1685)6月、ポルトガル船で長崎に帰着(12人)。ポルトガル船の来航は貿易の再開を意図したものであったが、幕府は再来航を禁止した。しかし、送還の謝礼として米30俵、薪、水を与えて帰帆させた。漂流民12人は絵踏をしたのち、揚屋での取調べを受け、伊勢に帰された。

これにより、漂流民の受け入れ態勢が定まる。(1)漂流民は清国船・オランダ船以外からは受け取らない(2)送還船に糧米を贈る(3)漂流民の居住地を制限するの3点。

参考文献