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ドン・ロドリゴ九十九里浜に漂着 1609年(H1609a)

ドン・ロドリゴ|Rodrigo de Vivero y Velasco、1564年生まれ。メキシコ生まれのスペイン人。
1595年、サン・フアン・デ・ウルア城塞守備隊長兼市長となる。
1597年、タスコ市長となる。
1599年、ヌエバ・ビスカヤ地方長官兼軍司令官となる。
1608年、フィリピン臨時総督として派遣される。
1608年(慶長13年)、家康の使節であるウィリアム・アダムズ(H1600a)と会見。アダムズを通じて家康に親書と贈り物を託し、間もなくスペインとの交易が始まった。
1609年、メキシコへの召還命令を受ける。
1609年7月25日、サン・フランシスコ号でマニラを出帆。日本人ケン同乗。
ケン:蜂須賀家の雑兵として関ケ原の戦いに参戦し、敗残兵として堺へ落ち延びる。のちに、ルソンへの渡航を果たし、水夫の仕事をしているうちに、サン・フランシスコ号に乗り組む。
1609年9月12日、サン・フランシスコ号の僚船サンタ・アナ号。臼杵に漂着。
1609年9月28日(慶長14年)22時、サン・フランシスコ号、暴風雨によって上総岩和田(九十九里浜御宿の近く)に漂着し,救出された。
1609年(慶長14年)、家康は、ロドリゴにウィリアム・アダムズ(H1600a)が作った船を贈る。
1610年6月、サン・ブエナ・ベントゥーラ号で、家康の使節ムニョス,商人田中勝助、朱屋立清ら日本人21人と帰国した。
1610年10月、メキシコに到着。
1620年、パナマ司法行政院長官兼軍司令官に任ぜられる。