虫食カプリチオ


「う、うわあああ――!?」
のどかなまどろみの朝にそぐわない、素っ頓狂な叫び声が響く。鮮烈なる目覚めの勢いのまま、布団を撥ね退けて立ち上がり、そのままバランスを崩してベッドから落っこちる。
「あああぎゃあっ!」
断末魔と、床に頭をぶつけた音で、実に騒がしい数秒が終わった。
後頭部を擦りながら身体を起こすと、慮外の騒ぎに起こされたのだろう、不機嫌そうに目を細めたお姉ちゃんがこちらを見ている。
「……何?」
声音もまた不穏! しかし私は説明せねばならない……私の身に起きたこの不可思議を! これを聞けば、お姉ちゃんもきっと納得してくれるはず!
「お姉ちゃん! 私、巨乳になった!!」
「……は?」
「――というわけでね……」私の説明を聞いたお姉ちゃんは、いつも以上に困ったような疲れたような、複雑な表情で頭を抱えた。そう、それは今日の私の夢のお話。私の前に現れた、なんだか素敵なグソクムシがウィスパーボイスで歌い出し、ふわりと浮かんで神々しく輝くと、なんと胸が巨乳になったのだ!
「で、起きてみたらこれだよ……!」
言って、私は自分の胸を叩く。かつては貧し……じゃない、こう、お淑やかだった胸も、夢で見たのと瓜二つに御立派になられ、ぽよんっと素敵に弾む。
「ビックリして取り乱しちゃっても仕方ないよねっ」
言葉もどこか弾み、頭を抱えるお姉ちゃん(貧乳)は溜息をつく。
落ち着いてみれば、女性的魅力に溢れるこの胸は非常に歓迎すべきものでしょう。モテモテの日々が始まる……!
「あんた……それ」
「こ・れ?」
さりげない仕草で胸を逸らすと、パジャマがぴちっ張り詰められ、お姉ちゃんはぷいっと目を逸らす。ふふ、悔しいのかな?
「……魔人覚醒、ってやつなの?」
――確かにこのような突然の著しい変調が起こったなら、それはほとんどの場合魔人になったことによるものでしょう。特に、覚醒は私たちみたいな中学二年生に多いと言うし。でも。
「うーん。なんか、そうじゃないっぽい?」
魔人覚醒は、多くの場合自覚を伴うと聞きます。そして私にはそれがないのです。
私の言葉を聞くと、目を逸らしたまま、お姉ちゃんがすげなく呟く。
「……じゃあアレよ。風船でも入れて、私を騙そうとしてるんでしょ?」
ムカっ。なにさ、妹の私に胸を抜かされたことがそんなに不満かっ! 「なにさー! 疑うなら触ってみればいいじゃん!」私は挑戦的に叫び、ずいっと胸を突き出す!
「なっ!?」
お姉ちゃんはさっと顔を赤くして、しどろもどろに口を戦慄かせる。
「そんなっ、あんた、バカじゃないの!?」
「バカって言う方がバカなんだよ! ほら、触るなり揉むなり、好きにすればいいじゃない!」
「ちか、近いっ、ちょっ!」
狼狽えるお姉ちゃんににじり寄る私。ふふん、まいったか!
「――あっ」
その時、調子に乗っていたか、はたまた重心のズレ的なやつの所為か、私はバランスを崩して前のめりに倒れ込んでしまいます。落下予測地点は、ベッドとベッドの隙間。
「っ、叶実!」
咄嗟に受け止めようとしたお姉ちゃんの掌が、ちょうど突き出ていた私の巨乳に重なり――パンッ!!
「「……へっ?」」
まるで風船の割れるような破裂音と両胸に訪れた軽い衝撃。そして、かつてと同じく僅かな膨らみが残るまでにしぼんだ私の胸。ポカンとする私たちの元に、部屋のカーテンの中から、【ドッキリ大成功!】の看板を持ったクラスメートが、苦笑を浮かべて現れます。
「いやあ……報道部の企画でね? ドッキリ行脚ってやってて。叶実ちゃん、反応良さそうだったから……えへっ☆」
イタズラっぽく笑うその顔に惚れるほどの余裕もなく、私もお姉ちゃんも、へなへなとへたりこんでしまうのだった。



※カギカッコは勝手に改行してしまいましたが、もし不都合あれば戻します(TAG2GK)

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最終更新:2015年12月19日 23:21