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陽軍SS



稲田葵



 遡ること三年前――。

 かつて共に寺小屋で学んだ学友達と久しぶりに出会った稲田葵は、旧友を暖めるべく、見知りの小料理屋で酒を酌み交わしていた。しかし、まさか、この酒席があれほどの惨事を引き起こすことになろうとは……。

 きっかけは葵の学友が発した何気ない一言であった。

「ねー、そういえば、葵ちゃんってまだ幕府批判とかしてるのー?」

 ぶっ、と酒を吹き出す葵。

「え? な、なにを、言ってるのか、な……? ハハ……」
「あれ? 葵ちゃんっていっつも、『幕府は汚い』とか言ってたよね?」
「あー、言ってた、言ってた。あの頃はアタシら良く分かんなかったけど、いま思うと確かにそうだよね、とか思ったりね、キャハハ」
「あ、アハハハ……。そ、そうだったっけな? お、覚えてないな~~」
「あ、そうだ。忘れてた」

 はい、といって、学友は稲田の皿に秋刀魚の臓物を乗せた。

「へっ?」
「ほら、葵ちゃん、前から言ってたじゃない。『秋刀魚はこの苦いところが美味しいんだ』『この味が分からない人は舌が子供だ』って。ほら、遠慮せずに食べてよー」
「え? あ、あははは。そ、そうだったっけな! ま、じゃあ、いただこっかなー!」
「葵って昔から食通だったよなー。なんだっけ? こーしー、だっけ? あれ、まだ飲んでるの?」
「へ!? こ、こーしー? う、うん、の、飲んでるよ……」
「確かぶらっく?でしか飲まないんだよな」
「そうそう、あんな苦くて黒いの、よく飲むなーってみんな言ってたよね」
「あと、なんだっけ? 『ようがく』だっけ? あれの『べえす』がどうこう言ってたよなー」
「うん! 言ってた、言ってた、ぜんぜん意味分からなかったけどね。懐かしいねー!」
「あ、あはははははは」

 なぜ、昔の学友というのは忘れたい過去ばかりを持ち出してくるのだろう……。稲田はこの酒席に参加したことを後悔し始めた。

「そういえばさ、私、あのときからずーっと気になってたんだけど……」
「へ? な、なにかな……アハハ」
「葵ちゃんって、授業中にたまに『くそ!……また暴れだしやがった……』とか、『うっ……こんな時にまで……しつこい奴等だ』とか言ってたよね。あれ、なんだったの?」
「…………あ、あたし、そんなこと言ってたっけな? アハハ、な、何かの勘違いじゃないかなー!」
「いやー、勘違いじゃないと思うぞ。あたしも覚えてるし。葵っていっつも腕に包帯巻いてたよな? で、突然腕を押えながら、『が……あ……離れろ……死にたくなかったら早くアタシから離れろ!!』とか言ってたよ、間違いないって」
「え、いや……。アハハ……。ぜんっぜん記憶にないな!!! きっと人違いだよ! 人違い!!!」

 二人の学友は首を捻っている。――なんとか誤魔化せぬものか。なんとかこの窮地を脱せぬものか。稲田は焦っていた。だが、そんな稲田の気持ちとは裏腹に、学友は――

「いや、やっぱそんなこともないと思うぜ。ほら」

 といって、風呂敷から一冊の本を取り出したのである。
 あれは…………、卒業文集!!!

「ほら、ここ見てみなよ。ちゃんと稲田葵の名前で邪き……グアッ!」
「ギャアアア!!!!!」
「うぐっ!」
「ぐああああ!!!」
「うがあああ!!!!!」

 卒業文集が開かれた、その瞬間。
 酒席は一瞬にして地獄と化した。稲田葵の能力『青き日のおもひで』。恐るべき歴史の直面に耐えられなかった心の弱いものたちは、発作的に自らの命を絶ちきっていたのだ――。

「誰にも……触れられたくない過去が……あるっていうのに…………」

 世界には、死すらも救いと感じられるような、恐ろしい能力が実在するのである――。


羅宇1



「せっ、せんもん……!?」

 いきつけの煙草屋の前で、羅宇は素っ頓狂な悲鳴を上げた。

「おい、オヤジ! どういうことだ!? 煙草一箱が千文だと!? ふざけるな!!」
「ふざけてねえよ。お上の命令により煙草税が増税されたんだよ」
「なん……だと……」

 羅宇は愕然として膝を落とした。
 羅宇の肉体は生身のものではない。煙である。
 愛煙家であった彼は、「まあ、一生禁煙することはなかろう」と思い、己の魔人能力で肉体を煙へと作り変えていた。
 だから煙草なくしては、彼は肉体を保ちえない。
 なのに、一箱千文……!
 なんという経済的痛打……!
 ちなみに天和元年の頃はかけそば一杯七文ほどである。

 ――だが、社会情勢の変化はそれだけではなかった。
 羅宇の生業は大道芸である。
 彼は煙管からすぱと吐き出した紫煙を様々な姿形へと変えて、その芸を持って食っていた。
 なのに、最近はこれがとんとうまくいかぬ。
 以前は拍手喝采で迎えられた彼の芸が、最近は侮蔑的視線に晒されるばかりである。
 天和元年、この頃の江戸の町人たちは受動喫煙に極めてナイーブであった。

 無論、こんな有様では「おひねり」も期待できぬ。
 増税に苦しみ、収入もままならぬ羅宇は、一人河川敷にて川に石などを投げ込みながら世を呪っていた。

「くそっ、オレが若い頃は煙草吸ってるだけで、『キャー、傾奇者よ!』『カッコイイー!』なんて大人気だったのに……」
「昔は煙で輪っかを作るだけで子供たちはキャッキャと喜んでたのに……いまは『ウチの子が肺癌になったらどうしてくれるザマス』って怒られるし……」
「あと、路上喫煙禁止ってなんだよ……。なんでこんなことで同心に怒られなきゃいけねえんだよ」

 愚痴り続ける羅宇。
 その横には、いつの間にか、異国の女が座っていた。

「……きさま、なんの用だ? まさか、ここも禁煙区域か?」
「イーエ、ミーハユーヲ探-シテイターノデースヨー」
「なん……だと……」
「フフフ、受動喫煙ヲ気ニシナイ仲間ガ欲シクハナーイデースカー」
「ばかな、この時代に受動喫煙を気にしない奴など、いるわけが……」
「フフフ、気ガ向イタラ、ココヲ訪ネテ来ーテクダサーイ」

 女から渡された紙片には、「紫ちゃんと愉快な仲間たち」と書かれていた。

「…………なんだろう。喫煙サークルだろうか? だが、ここにならオレの居場所もあるかもしれない……」

 そして、羅宇はまだ見ぬ愛煙仲間を求め、水戸へと旅立ったのである。


羅宇2



 ――真夜中。
 羅宇は会議中の仲間に断り、一人縁側に出て煙草を吸っていた。
 いわゆる蛍族というやつである。
 異国の女――ザビエラの言った通り、確かに彼らは受動喫煙を気にしない、おおらかなものたちばかりであった。
 しかし、いまは大事な一戦を明日に控える身であり、万一にも彼らの健康を損なう訳にはいかぬ。
 よって、羅宇は自主的に縁側へと出でて、煙草を呑んでいたのである。
 愛煙家サークルを求めて水戸へ来た彼が、まさか生き死にを賭けた殺し合いに巻き込まれるとは思ってもいなかったが、しかし、後悔はしていない。
 江戸では愛煙家というだけでウジムシを見るかのように見られていたが、紫ちゃんやその仲間達は彼の能力を本当に必要としてくれたのだから――。
 煙草一箱千文のこのご時世、どうせ長くは生きられぬだろう。
 羅宇は彼らのために、命を投げ出す覚悟でいた。

 そんな羅宇がふと横を見ると、少し離れた向こうの縁側でも、一人の男がぼんやりと煙草を呑んでいた。見たところ町人風の男である。やはり蛍族だろうか。羅宇が話しかける。

「やあ、おまえさんも煙草を吸うのか。お互い肩身の狭い立場じゃのう」
「いやあ、ハハ……。あなたさまも仲間から追い出されておるのですか?」
「ん? いや、そういうわけではないが……」

 町人風の男は、ハァと溜息をつきながら、

「いやあ、あっしは江戸で忍じゃ……職人をしておったものですが、何の因果か、ここ、水戸に呼ばれましてな。しかし、こやつのせいでどうにも肩身が狭うて」

 といって、男は手にした煙管を叩いて小さく笑った。

「自慢ではありませんが、あっしはとにかく女人にもてたことがありませんで。それで、煙草でも吸えば、もしかするともてるのではないかと考えたのが二年前のことです。しかし、昨今の風潮が災いし、さらにもてず、もてず。せっかくはじめた煙草もまったくの逆効果となりもうしてな」
「ふむ……」

 なんだかよこしまな喫煙者である。とはいえ――

「実は明日、あっしはとある事情で、もしやすると命を落とすことになるやもしれませぬ。しかし、このまま女人にもてず、女人と事も成すこともできぬまま死んでいくことだけは耐えられませぬ」
「ふむう」

 とはいえ、いまの世の中、数少ない愛煙家仲間でもある。羅宇は彼に同情するところがあった。

「おまえさん、もてたいか?」
「むろん。――もしや、あなたさま、あっしをもてさせてくれるのですか?」
「いや、それはできぬ」

 男は悲しげな顔をした。最期にもてたくて仕方がないのであろう。
 その様子を見た羅宇は、おまえさんをもてさせることなどできぬが、と断り――

「だが、せめてもの慰み物にこれをやろう」

 と、言って、ぷかと煙を吐き出し、それをこねくりまわし始めた。すると、紫煙はまたたくまに生きた人の形を取り、――それは瞬時のうちに、女人の如きものへと変わったのである。

「おお、女――!」
「おまえさん。今宵はこれと寝るが良い」
「かたじけない!」
「ただし、この煙は一度事を終えれば、まさに文字通り雲散霧消する。また、強い風に当てても消えてのうなる。そこのところに気をつけて、今宵は十分に楽しまれよ」

 町人風の男は篤く羅宇に礼を述べると、煙の女を引き連れて寝室へと戻っていった。その後姿を羅宇は暖かな眼差しをもって送ったのである。


 ――翌日。

 その男が、服部伸蔵が、いま羅宇の目の前にいた。

「ほう、おまえさん、われらの敵であったのか。此度はお前さんに女を作ってやるわけにはいかぬが、いま一度わしの紫煙術、見せてやろうぞ」

 そして、羅宇はゆっくりと、深く、紫煙を吸い込んだ――


羅宇3



羅宇遂に薬に手を出す。

羅宇は自分が許せなかった、喫煙者の自分を暖かく迎え入れてくれた仲間達、その仲間が、彼の目の前で、一人また一人倒れていく、自分がちゃんと能力を発動させていれば、こんなことには・・・だが、後悔していても始まらない。
そして覚悟を決めたように懐から、赤い包みを取り出して煙管に詰め始める。
これは、阿片、この煙管の持ち主だった彼女の身体を蝕み死へと誘った恐るべき薬、その最期を看取った羅宇は、阿片にだけは手を出すまいと心に誓っていた。
しかし、事此処に至っては形振り構ってなどいられない、意を決して煙管に口を付け一気に吸い込む。すぐに効果は表れ、羅宇から笑い声が漏れ出す。
「ふふふっ大丈夫、だいじょうぶ・・・今度はちゃんと成功させるから・・・」
そう呟きながら、白煙を吐き出し続け、やがてその姿も煙の中へと消えていった。

注:羅宇の所持武器の羅宇の赤い煙管というのは、吉原の花魁が帯にさす、羅宇を赤く塗った煙管です。


桂珪斬



仲間たちが、ストーカー被害にあっている――

「桂くん、ちょっといい?」

そのことに最初に気づいたのは、その当時既に残酷無比と称された殺人異能集団、
桂一門の出である桂珪斬であった。

「なんかさー、最近変な視線感じるんだよねー」
「ねー。マジきもいよねー」
「しかもそいつ、槍で刺したり燃やしたりしても死なないんだよねー」
「ねー。マジ死なないよねー」
「あいつ、たぶん、ヴァンパイアだよねー」
「ねー。マジヴァンパイアだよねー」

かりそめとはいえ、今の彼女たちは志を同じくする仲間――
桂は黙ってはいられなかった。

「――っていうか、オレ、吸血鬼とか余裕だしwww」
「えー、でも吸血鬼って死ななくない?」
「超余裕www オレ、自我を完全に消去する事で、自分の肉体そのものを人ならぬ人形と化し、類感呪術の原理を用いて、自身の苦痛や負傷の全てを 相対した敵に反映させるという狂気じみた呪法使えるもんwww」
「マジでー? 桂くんやばくなーい?」
「吸血鬼より強いってパないよねー」
「まあ、吸血鬼一匹くらいなら敵じゃねえっていうかwww 楽勝www 今から行くしwww」

桂珪斬――その性分は至って穏順であり、その正気ゆえ若くして桂一門を破門されたとも伝えられる。
彼の戦いは、一切の記録に残っていない。


時雨梅



 時雨はかつての友であった白金の姿を目の前にする。

「かわいそうな白金さん……」

 生前は立派な武芸者であったろう白金が、いまやあのような変わり果てた姿で死体となって剣を振るっている。これに引導を渡すことが、かつて友であった己の役目であると、時雨は考えていた。

 時雨の水人形は、かつて白金に破られていた。
 だが、いまの時雨は違う。
 彼には新たなる友――、サーファー侍がいるのだ。

「私の水人形は一体。あなたの刀は二本。だからあの時は破れた。しかし、今は違う。私にはサーファー侍がいる。二体の水人形なら、あなたには破れない……!」

 ――で!

「そのサーファー侍はどこにいったの?」
「ああ、あいつなら湘南に行ったよ」
「………………(´・ω・`)」


紫1



(何でこんなことになってしまったのだろう……?)
最近よくこんなことを考える。
昔から腕に覚えはあったし、勝負事をするのも嫌いじゃなかった。
だから人づてに圀光公の御前試合に招かれたときも名誉だと思った。

(まさかこんなことになるなんて)
思わずため息が漏れる。
御前試合の内容を知り、まず逃げたくなった。
だけどそんなことをするわけにはいかないと思いとどまり今度は自分の出番がこないことを祈った。
なのに……
「なんで私がりいだあなんかに……」

そう、私こと紫は何故か名前を軍に冠す『りいだあ』になってしまったのだ。
だが、私はまだ知らない。
これまでに起きた不幸がその序章に過ぎないことを……


紫2



北陸のとある寒村に生まれた紫は、その奇癖によって周囲に知られていた。
その奇癖とは転倒である。
彼女は幼少の頃より、とかく転倒した。
筋力に劣る小児が転ぶのは別に珍しいことでもないが、紫の膂力は五歳の頃
には村一番の剛力者をも圧倒する程であった。

――なのに、転ぶ。
これはもはや筋力の問題ではない。
現代の医学に照らして考えれば、おそらく三半規管の疾患と思われるが、
しかし、紫の転倒にはさらに奇妙なところがある。
少女は転倒する際に必ず、「神社の境内っ!」「庄屋さんの庭っ!」などと、
どこか特定の場所を指して大声で叫ぶのである。

この紫の奇癖を村人達もはじめは嗤っていたという。
だが、ある年、村は記録的な飢饉に見舞われる。
各戸で餓死者が続出する中、紫はまた、転倒した。
そして、叫んだのである。
「瀧の裏っ!」
と。

いつもは紫を嗤っていた村人達であったが、なぜかこの時ばかりは紫の言葉が
気にかかって仕方ない。そして、村の若者数人が連れ立って、紫の示した瀧の
裏側へと探索行に向かったのである。
――果たせるかな。
瀧の裏側には人知れぬ洞窟が口を開いており、そこを抜けた先には一つの楽園
の如き景色が待ち構え、様々な木々にたわわに実った果実が芳醇な香りを
もって村人達を迎えたのである。
彼らの持ち帰った果実は飢えた村人の腹をたっぷり満たしたのみならず、同じ
く飢饉に喘いでいた近隣の村々をも救うこととなる。
これ以来、紫の転倒は一種の神の啓示の如きものと捉えられ、また実際に村に
様々な利益(時には災難)をもたらしたという。

――現代の常識から言うなれば、紫の転倒と、その時に口走ったとされる
「神の啓示」は典型的なてんかん発作である。
現に多くのてんかん患者が同種の転倒と神秘的体験を経験し、報告している。
だが、彼らと紫の最大の相違点は、紫の「啓示」には何らかの実際的効果が
あったということだろう。
この東北の寒村には、いまも紫のものとされる言葉が残っている。

「こけようと思ってこけるのではないのです。
何か大きな力のようなものが、あえていうならば、神のような偉大な力が私を転倒させ、
そして、私の口を通じて、皆に何かを伝えようとしているのです」


紫3



「今度こそ……! 今度こそ転ばないようにしないと……っ!」

 まさかこんな大事な時にまで転んでしまうなんて。
 紫は自分の奇癖が恨めしくなった。
 こんな命を賭けた大一番で、まさか転んでしまうなんて……!

 しかも、紫の転び方はおかしい。
 転んだ後、2時間も起き上がれないのだ。
 うっかり転んでしまえば2時間も戦闘に参加できない。

「私はりぃだぁなのに……!!!!」

 自責の念に駆られる紫……。
 自分が転ぶと、敵も自分を離れていく。
 きっとバカにされてるんだ……!
 あたしはりぃだぁなのに……!!!!

 今度こそ……!
 今度こそ転ばないように……!!!!

 そして、紫は一歩を踏み出し――


 …………やっぱりこけた。

「B6っ!」


山人の英雄ガヤリ1



その日、地下闘技場武芸衆、八人目の武芸者として現れたのは、
ただひたすらに巨大で堅牢な鋼の檻だった。

「あ、じゃあ、拙者らの仕事はこれで終わりなんで――」

檻を運んできた業者の人は、武芸衆たちが質問する間もなく、疾風の速さでその場を去った。
去り際の表情は、武芸衆たちに言い知れぬ不安を残した。

「なんなんですかね、これ」
「『七人目』とかいってメカが送られてきたとき以上のインパクトだよねー」
「なんで檻に入ってるの? そしてなんで奥から獣の声が聞こえるの?」
「東洋には知らぬが仏という諺がアリマース」
「あの、ちょっと槍でつついてみてくれません?」
「嫌です」

口々に不安げな言葉をもらす武芸衆。
しかし、彼らの意見は完全に一致していた。

「まあ……開けない方がいいですね」
「だよね。じゃあ、八人目はやっぱりコヨミ先生ということで」
「はい! 私、コヨミ先生を探してきます!」
「あっ、紫ちゃん、ダメ! 紫ちゃんが走ったりしたら――」

「ああっ!? この床、思いのほか滑る!」

「「「「紫ちゃん!」」」」

檻の格子戸が外れ、その奥から獣じみた咆哮がひびきわたった。


山人の英雄ガヤリ2



 ――一体何がどうなっているんだ……。

 己を取り囲む多数の武装した異国人。そして、彼の両手には幾重にも枷がつけられていた。さすがの彼も、もはやこの囲みを脱することは不可能であった。

 ――ここは一体……、どこなんだ……??

 ただならぬ異装の者達の中にあり混乱している彼は、実のところ、――闘士であった。ロシア最強のアマチュアレスラーにして、ロシアの英雄。地下最強トーナメントにリザーバーとして招聘されたこともある。まさに武の化身とも呼ばれる男であった。

 だが、その彼にして、今の状況ははたと検討が付かぬ。脱走した死刑囚に不覚を取り、傷を癒すため病院にて養生していた彼は、ふと気付いた瞬間、病院スタッフ数名と共に見知らぬ山の中へと投げ出されていたのである。そこへ現われた異装の男たち……。会話もほとんど通じぬ男たちは、野蛮にも彼らへと襲い掛かってきた。彼は戦った。自分を、そして、祖国を同じくする病院スタッフたちを守るためにー―。

 しかし、死刑囚によって負った傷はいまだ深く、野蛮人どもを20名ほど返り討ちにしたところで、とうとう彼は力尽きる。スタッフたちは野蛮人どもに斬り殺され、彼自身もまた囚われの身となったのである。

「本当に怖ろしい狂獣にござった」
「かような化け物が、なぜ高尾山に潜んでおったのか……」

 野蛮人どもが何かを話している――。

「しかし、この獣、名がなければ不便にござるな」
「うむ、便宜上、何か名付けた方がよかろう」

 ――こいつら何を言っているのだ? もしや、名を聞いているのか??

「ガ、ガーレン、オレの名は、アレクサンダー・ガーレン」

 彼――、ガーレンはロシア語で己の名を語った。野蛮人どもに通じるとは思われぬが……

「ガ、ガャレ……? ガヤリ……?」
「ふむ、この獣、ガヤリと名付けるか」


 ――しばらくの後。 

 その力を國光公に気に入られて招聘されたガーレンは、懐かしい地下闘技場を前にして感涙に咽ぶ。これは、あの時と全く同じではないか……!

「おっ、どうしたガヤリちゃん。…………ふむ、さては戦いたいのじゃな」

 そして、國光公は用意してくれた。彼に、再戦の機会を……! ジャックに打ちのめされ、死刑囚に殺されかけ、さらに野蛮人どもからも手傷を負った今のガーレンは満身創痍であった。だが、彼はかつては体長25mを超すアナコンダを体一つで狩る程の力を持っていたのである。

 だから、いま一度……。その命を代償として、精も根も振り絞り、かつての力を引き出せるならば……。あの時と同じ働きが、きっとできるだろう……。ガーレンの狩りが、いま始る――。


宣教師ポポソセン=ザビエラ1



 江戸の頃、小石川診療所の近くに一軒の奇妙な按摩院が存在した。その院が抱える按摩師たちは腕の悪いことで評判となった者たちばかりであったが、にも関わらず、なぜか店は繁盛していたという。

 というのも、理由はさっぱりと分からぬが、この近くを通りがかったものは途端にひどい肩こりに襲われることがある。と、そこに院の客引きがすかさず声をかけ、客の方もこれは渡りに船とばかりに按摩の世話になるという按配である。そして、この按摩院を出たものは一様にすっきりとした面持ちで肩の軽さを喜ぶのである。無論、効き目に個人差はあったものの、この突発性肩こりは近隣の小石川療養所ではなぜか治らぬことも多く、江戸の町人たちの間でこの按摩院――、座微衛羅按摩院は評判となっていた。

「フーッ、一時はどうなることかと思ったけど、なんとかナーリマースネー」

 この院を影で操るものは、異国の宣教師ポポソセン=ザビエラであった。ザビエラは通りかかるもののうち、面影の暗いものを見つけては、己の魔人力によって怨霊を使役し、その肩へと憑りつかせる。そして、肩の重さを感じた客にすかさず客引きが声をかけ、その者を院へと誘うのである。後は適当な按摩術を行い、悪霊を離れさせるだけで客は満足して金を払うという仕組みであった。死魔薔薇の乱以降、魔人力の衰えたザビエラはこうして糊口を凌いでいたのである。

「ほっ、ほっ、金は貯まったかのう」
「オゥ! マイダーリン!」

 と、そこに現れたのは彼女の良人、ぽぽ仙蔵である。男はザビエラの手から本日の稼ぎをひったくると、では、また来る、と言い残して去ろうとする。

「ちょっと待ってクーダサーイ!」
「なんじゃうるさいのう」

 面倒くさげに振り返る仙蔵。

「アナータ! もはや転生魔人衆は揃い、闘場も完成したイマ、ミーの稼いだオッカーネを一体何に使う気デースカー?」
「……こ、これは、アレじゃ。男には男の付き合いというものがあっての。ま、女には分からん世界じゃ……」
「また、サケデースカ! それとも今度はオンナデースカ!?」
「う、うるさいわい! おまえはいつもどおり稼いでおればええんじゃ!」
「ナニィー! コノゴクツブシー! ファック!」
「フン! 力を使い果たし、いまや頭痛肩こり目の疲れしか引き起こせぬお前に言われとうないわい!」
「ナンデスッテー! キィ~~~~!!!!!!」

 ヒステリックに叫ぶザビエラの罵声を背に受けながら、仙蔵はそそくさと立ち去っていった。ザビエラの心胆に良人仙蔵への憎しみが植え付けられたのはこの時であった。


 ――そして、いま。ザビエラは闘場へ立ち、仙蔵が転生させた魔人衆を相手にしている。ザビエラの魔人力に呼応し、非業の死を遂げた怨霊たちが彼女の周囲へと次々と集っていく。

「ミーの頭痛肩こり目の疲れでユーの自慢の転生衆を皆殺しにしてミセマース。覚悟しやがってクーダサーイ! ファッキュー!」


宣教師ポポソセン=ザビエラ2



蒼天を漆黒へと
死の苦痛を愛で
悪意という名の華を貴方がたに――!

死・魔・薔・薇・の・乱!!!!