B-18:16-00307-01:戯言屋:フィーブル藩国 さん

「6月のアイスクリーム」



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 14歳の北国人。イクス・トーラシア。
 彼は旅行者だった。かなり大きな旅行用トランクを持って、宰相府藩国の春の園にいる。
 桜を見に来たのだ。

 ……その眼差しは、尋常ではない。
 立ち尽くして桜を見ているのだが、酷く真剣だ。
 何かに悩んでいて、その答えを桜に探しているような雰囲気だった。
 だから彼は、少女の接近に気付かなかった。

 14歳の西国人。レイレイ・ケレネア。
 彼女は逃亡者だった。息を切らせて、宰相府藩国の春の園を走っている。
 桜を見る余裕もない。むしろ逃げる場所として不向きな桜の園にいるのを後悔していた。

 ……その眼差しは、尋常ではない。
 逃げ切ってやる。どんなことをしても絶対に生き延びてやる。
 彼女は追っ手が来てないか振り返って、そして偶然、桜を見て立ち尽くす少年と衝突した。

「きゃ!」
「うわっ!?」

 あっさり倒れるイクス。
 レイレイも転倒しそうだったが、なんとか耐えた。
 顔を上げる少年と、何気なく彼に視線を向ける少女。目を見開く。

 よく晴れた昼下がりの午後。
 吹き抜ける風が、桜の花弁を伴って、二人の間を駆け抜けた。

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 6月のアイスクリーム

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「ちょっと、貴方!」
 レイレイが、イクスの腕を引っ張って立たせた。そして走り出す。
 イクスは突然の出来事に目を白黒させながら、腕を引っ張られて否応なく走るしかない。

「痛っ。痛い! な、なんだお前はっ!?」
「うるさい! 死にたくなかったら走って!」
 拳銃をちらつかせるレイレイ。うわあ、という表情のイクス。

「なんなんだ!? 俺をどうする気だー!」
 生活ゲームでもあまり見ない理不尽な展開だった。
「いいから走って! というか遅っ! 体力ないの貴方!?」
「……ぜえ、ぜえ……死ぬー!」
 走り出して5秒。貧弱である。

 レイレイ、目を血走らせて周囲を確認。
 公衆トイレを発見。加速。女子トイレの個室に彼を連れ込む。
 幸い二人以外に誰もいなかった。鍵を掛けてイクスを便座に座らせ、拳銃を向ける。

「OK。荷物を全部出しなさい。今すぐ」
「白昼堂々、こんな方法で強盗っすかー!?」
「引き金は軽いの。急いで」

 あわわわ、とこんな状況でも手放さなかった、かなり大きな旅行用トランクを開けるイクス。
 狭い個室では扱いにくかったが、どうかお命ばかりはーっ! と、恭しく中身を見せた。
 レイレイ、問答無用で中身を全部捨てた。

「ああっ、お気に召しませんでしたかーっ!?」
 かなり本気で涙目なイクス。レイレイは真剣すぎる血走った眼差しで彼を見た。

「私を、そのトランクに詰めなさい」

 ……………。

 沈黙が生まれた。
 どん引きするイクス。変態を目撃した気分。
 レイレイ、少し冷静になって、ちょっと慌てた様子。

「いや違う、違うからっ」
「世の中には、斯様な趣味を持った方もおられるのですね……」
「違うって言ってるからっ! そんな若くして奇抜な趣味に目覚めた人を見る目で見るなっ!」

 こほん、と可愛らしく咳払い。

「実は私、追われてるの」
「自分の趣味に対する現実からの視線に?」

 BANG!

「実は私、追われてるの」
「追われてるなんて大変っすね!? お気持ちお察し致しますー!」
 壁に空いた銃痕にガクブルしながら何度も頷くイクス。必死だった。
 しかし、レイレイも必死だった。

「……その。私、悪い奴等に騙されて。追われてて。狙われてて」
 ぽつぽつと語り始めるレイレイを、疑わしそうに見るイクス。

 ダメだ。
 こんな嘘っぽい理由では、とても信じて貰えない。
 トランクに隠れるのはいい手段だと思ったが、運び手のことまでは考えていなかった。
 もうダメだ。もうダメだ。

 レイレイは、瞳に涙を浮かべる。
 追いつめられて必死になっていた気持ちが、切れそうになる。

「私、死にたくない……故郷のアイスクリームが食べたい……」

 もはや説得ではなく、心の底からの言葉だった。
 アイスクリームが食べたいとか、幼稚な言葉だと彼女も言いながら思ってはいたが、しかし、今まで人生で一番楽しかった想い出は何だろうと考えると、故郷の遊園地で食べたそれぐらいだったのだ。そんな生き方をしてきた、少女であった。

「…………」
 目を細めるイクス。

「分かった。協力する」
 イクスを見るレイレイ。
「ただし聞け。聞くんだ」

「今が最悪だなんて思ったらダメだ。本当の最悪は、もっと酷い」
「だから、諦めたらダメだ」

 大真面目なイクスの言葉に、レイレイは、笑った。
 自分を慰めようとしていると思ったのだが、それにしても酷い慰め方だと思ったのである。
 それで、不覚にも笑ってしまった。

「……うん。分かったわ」
 手で涙を拭う。まだ笑えるなら、まだ大丈夫なはずだ。
 諦めてはいけない。どんな時でも。

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 この物語は、余命あと僅かと宣告されて、残りの人生の使い方を考えていた少年が、不幸な嘘吐きの少女に笑顔を取り戻させるまでの、儚い物語である。




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    ○登場人物が非常に魅力的でした。後、結末は意外でしたがなるほどと納得できました。
    -- (蘭堂 風光@ナニワアームズ商藩国) 2008-06-28 06:06:19
  • 「6月のアイスクリーム」
    ○00-00655-01:沙崎絢市:天領
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    ○登場人物が魅力的でした。「~現実からの視線に?」がとても笑えました。 -- (舞花@スタッフ(代理投票)) 2008-06-30 23:02:43
  • ○27-00518-01:od:ヲチ藩国
    ○個人口座:1マイル
    ○キャラが魅力的でした。 -- (27-00518-01:od:ヲチ藩国) 2008-07-03 23:29:02
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最終更新:2008年07月01日 03:51