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A-23:13-00775-01:小野青空:よんた藩国 さん

「廻る世界は夢を見る」



 詩人のようにはなれないけれど、この瞬間を少年は描き続けていました。
 世界はとても綺麗で美しく、時に不思議で奇妙。
 毎日少年は飽きることなく世界をその小さなカンバスの中に移そうと、今しかない世界を留めようと、ひたすら筆を動かしていました。
「この絵が欲しいんだけど」
 いつものように世界を見つめていると、不意に声をかけられました。
 その声の主、バイオリンのケースを抱えた少女は、少年の描き散らかした絵の一枚を手にしていました。
「いいよ。いくらでも持っていって。いつも欲しいという人にはあげているから」
「ありがとう」
視線をすぐに戻し、少年はまた世界を描き始めました。
赤、青、黄、世界は色に満ち、少年は必死で世界を写します。
しかし、今日はどういうわけか、作っても作っても色がどうしてもすぐに足りなくなるのでした。一生懸命色を重ねても、世界は次から次へと変化するのです。それはまさに万華鏡のようで、くるくると色と輝きを変えながら表情を変え、少年は夢中になって絵を描きました。
綺麗でした。でも、
「その絵は綺麗じゃないね」
 先程の少女が言いました。
 絵にはたくさんの色が法則もなく重なり合い、人や物は形をなさず、光も影もありません。
 少しも綺麗じゃない絵を完成した少年は、だけど、にっこりと満足げに笑いました。
「そうだね。でも、僕は『綺麗なだけ』の世界なんてこの世にはないって知っている。僕の描く絵も僕にとってはどれも綺麗で美しい世界だ。けれど、他の人から見てもそうだとは思っていない」
「醜いものは醜い。汚いものは汚い。それは変わらないよ」
「世界を醜くしているのは、世界自身ではないよ。逆に、世界を美しくしているのも、世界自身ではない」
 少女は首を捻りました。
「ねえ、もう一度弾いてよ」
 絵を描く少年は、音楽を奏でる少女に言いました。
 ケースから出されたバイオリンが少女の手にありました。
絵を貰ったお礼にと、少女は少年の隣でバイオリンを演奏していたのです。
 再び、ゆっくりと少女は音楽を紡ぎだします。
 少年の目に映る世界はまた、万華鏡の世界になりました。

 たった一人だけの世界では、そこにある色は限られる。たくさんの人や物が集まって、世界には色が足されてゆく。
 だからこそ、世界は限りなく美しくなり、どこまでも醜くなる。

「綺麗な世界がいい」
 弾き終えた少女は言いました。
「どうして醜い世界も愛せるの?」
 綺麗なものがいいと誰もが思う。
 綺麗な世界であって欲しいと誰もが願っている。
 だから少女は、醜いものはいらないと。
「それが僕の生きる世界だから」
 少年は世界に要求しない。世界が少年に要求しないように。
 世界は少年に綺麗であることを求めないし、少年も世界に綺麗であることを求めない。
「世界はね、不完全なんだ。そこに生きているのは、不完全な僕、君、大勢の人、たくさんの動物や植物。だからこそ世界は回るんだ」
「不完全なままなら、何も回らないわ」
「回るよ。不完全だからこそ皆で補って回すんだ。世界はね、凄く綺麗でいて、同時にとても醜い」
 少年は新しいカンバスを取り出しました。
 真っ白なカンバスは穢れもなく綺麗です。
 だけど、少年はその無垢を惜しむことなく絵の具を散らし、カンバスは綺麗ではなくなりました。
 綺麗な色。
 汚い色。
 カンバスに少年の描いている世界は、色を増やし、まるで迷路のようになったかと思いきや、
「これが、世界」
 どれだけたくさんの色がつけられているかも分からない、けれど、少女の目にもその絵は確かに世界でした。
「僕もね、綺麗なものは好きだよ。でも、醜いものをそぎ落としたら、本当に世界は綺麗なんだろうか? そぎ落とした分だけ、世界は歪になる」
 最初、少年の世界と少女の世界は違うものでした。
 けれど、世界は一つきり。
 少女は自分の見ていた世界が、世界のいくつもの顔の一つでしかないことに気付きました。
「私ももっと世界が見たいわ」
「じゃあ、一緒に行こうか」
 差し出された少年の手を少女が握ります。
 世界はまた、そうして回り始めるのです。




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    個 -- (00-00804-01:あんどーなつ:天領) 2008-06-23 03:23:40
  • ○25-00707-01:古島三つ実:羅幻王国
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    ○人や世界や時間の極彩色の世界が見えた気がして面白かったです。 -- (古島三つ実@羅幻王国) 2008-06-30 23:48:37
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