A-22:13-00775-01:小野青空:よんた藩国 さん
「幸せの花」
その国には豊かな森がありました。
年中、それこそ春も夏も秋も冬もなく、そこかしこにたくさんの実りが溢れている森でした。
国に住む誰もがそれを自由に好きなだけ手に入れることが出来て、人々は飢えるどころか、何一つ悲しいこともありませんでした。
そんな人々の幸福を守る優しい森には、実りをつける『恵みの木』の他に、きれいな花を咲かせる『幸せの木』がありました。
『幸せの木』は森にやってくる誰もに微笑むように花を咲かせ、見るだけで誰もが幸せな気分になりました。
幸せをくれる森に人々は感謝し、森には喜びが満ちていました。
でもこれは、人々だけではなく、森も、木も、全てが楽しかったころの話です。
「恵みをもっと欲しい」
いつしか人々は森にたくさんのものを求めるようになりました。
森はずっと人々に分け続けていましたが、その欲求に応えるには限界がありました。そしてもう人々には、森への感謝はなくなっていました。
与えられることに慣れすぎていた人々は、やがて森の悲鳴に耳を貸さず、えぐるように奪っていきました。
「どうしてでしょう?」
長く一緒にいた『恵みの木』は人々に与えすぎて力尽き、その身さえも最後は切り倒されていきます。
『幸せの木』には、何もわかりませんでした。
自分のできることだから、人々に一生懸命微笑みかけているのに、誰も見向きもしてくれない。
壊されていく森の中、『幸せの木』は泣いていました。
できることはただ、花を咲かせるだけ。
人々がまた自分を見て幸せになってくれるといい、そう願っていました。
そんなある日、一人の人間が『幸せの木』の花に目を止めました。
「ああ、これはきれいな花だ」
嬉しくて『幸せの木』はたくさんのきれいな花を咲かせました。
「きれいだ」
『幸せの木』は幸せでした。
また、昔のように人々が喜んでくれたら。
他に願いはありませんでした。
でも、どうしたことか、森があった場所にはその『幸せの木』しか残りませんでした。
もう『恵みの木』も他の『幸せの木』もありませんでした。
その内に一本だけの『幸せの木』に、花に気が付いた人間がやってきます。
ずっと寂しかった『幸せの木』は、本当に嬉しくて花をいっぱい咲かせました。
「きれいだ」
人間は喜んでいました。
それを幸せになったんだと、『幸せの木』は思いました。
その人間が来るたびにいっぱいの花を咲かせる。
たった一人の人間でも、たくさん幸せになって欲しくて『幸せの木』は頑張りました。
けれど、仲間のいない大地はとても寂しくて辛くて。
とうとう悲しさのあまり『幸せの木』は花を咲かせることができなくなりました。
たくさんの幸せを与えたはずの人間はそれを知って怒りました。
「咲かせろ」
枝を切られました。
痛くて怖くて、花なんて咲かせられませんでした。
枝をいくつも切られました。
『幸せの木』は泣きました。
きっとこれは自分が人間を幸せにできなかったせいだと思いました。
頑張って花を咲かせようとしましたが、その時にはもう、花をつけられる枝は残っていませんでした。
人間は、もう、来なくなりました。
その竜は疲れていました。
人々に恐れられ、追われ……竜は何一つ悪いこともやっていないし、そんな考えもありませんでしたが、人々は竜を殺そうとまでするのです。
「ああ、疲れた」
少しでいいから休みたい。
全てから忘れ去られた大地の上を飛んでいた竜は、そこに一本だけ木があることに気付きました。
あそこにしよう。
木は枯れているようでした。
「ここで休んでもいいかな?」
返答はありませんでした。
竜はとても疲れ果てていました。
本当に独りぼっちな気がして、木が枯れているのが寂しくて、竜の目からは涙がこぼれました。
「泣かないで」
木は言いました。
細く枯れたような木でしたが、生きていました。
竜は喜びました。
でも、木もなんだか疲れきっていました。
「ここで休んでもいいかな?」
「……構わないよ。ぼくには何も与えられるものはないけれど」
竜には木が自分を嫌がらないことだけで十分でした。
それから竜は木の元に留まり続けました。
竜はずっと木に飽きることなく話しかけ、毎日を過ごしていました。
ある日、
「ぼくには何も君にあたえることができない」
竜は木のことが好きで、木も竜のことが好きになっていました。
「僕も君にあげられるものは持ってないよ」
「ぼくは……」
『幸せの木』は、誰も幸せに出来なかった自分が今幸せであることが、辛くて悔しかったのです。
誰も幸せにできない『幸せの木』なんて、いらない。
何も竜は知りません。でも、
「君はちゃんと僕に幸せをくれている。君がくれるこの幸せが僕にとって一番価値のあるものだ」
『幸せの木』も今までで一番幸せでした。
だからでしょう。
長い間咲かなかった花が、『幸せの木』に咲きました。
竜は喜んで、そして、幸せすぎて泣きました。
花はいつまでも咲きました。
いつまでも、幸せは続きました。
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○ちょっとさみしいお話ですが、雰囲気が好きなので。
-- (えるむ@都築藩国) 2008-07-03 23:48:22
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最終更新:2008年06月20日 11:49