A-17:13-00274-01:槙 昌福:よんた藩国 さん

「未来を生きる君達へ」



ジジ様は、体を震わせながら、とうとうと語りました。

それは、苦い過去と、未来への希望を乗せた言葉

これは、そんなお話です。


/ * /


 ジジ様が、君たちと同じように子供だったころ

 ジジ様には仲良く遊ぶ仲間がいました。いつも日が暮れるまで、泥だらけになって遊ぶ。そんな仲の良い友達でした。


 夏のある日、ひとつの事件がありました。


 みんなで作った秘密基地。あと少しで完成するはずだったそれは、何があったのでしょう。


 昨日までピカピカだったそれは、めちゃくちゃに壊れていました。


 それを見つけたジジ様たちは、しばらく、壊れた秘密基地を見上げていました。


 やがて、ある子が大声で言いました「いったい、だれがこんな事したんだよ!」


 誰に向けた言葉でもありませんでしたが、いやな雰囲気がその場を包みました。


 別の少年がぼそりと言いました「昨日は、雨も降ってないし…誰かがやったんだろう…ね」


 いちばん小さな女の子が泣き出します。場の空気はいっそう険悪になりました。


「また、作ればいいじゃない。次はもっと頑丈でカッコよくしようよ」ある少女が言います。


「お前、悔しくないのかよ!」別の少年の目は怒りに包まれていました。


「そうじゃないけど…」少女は、その迫力に俯いて黙ってしまいました。


 やり場の無い暗い空気は怒気へと姿を変え、粘ついた黒い水のように皆の心に広がり


『犯人探し』へとその力を向け始めました。


 ジジ様は、それを止めることが出来ませんでした。
なぜなら、ジジ様の心の中にも黒くてもやもやした気持ちがあって、誰かがやったんだと考える方が楽だったからです。そして皆と違うことを言う事が怖かったからです。

疑われるのが怖かったのです。

そして…どこかで『犯人探し』を楽しんでいる自分がいたからです。


/ * /

「お前がやったんだろう!」大柄の少年が、金髪の少年を突き飛ばしました。

「僕、しらないよ…」金髪の少年は怯えながら答えます。
彼は隣国から越してきたばかりの新参の少年でした。
いえ、幼年といってもいい歳です。


 どのグループにも属していないという理由だけで、皆と同じ外見をしていないという理由だけで犯人の候補となっていました。


 少年は怯えた眼で、助けを求めるように周囲を取り巻くジジ様達を見上げます。


 怒りに囚われた者は少年を睨み、それ以外の者は目をそらします。
だれも助けることはできませんでした。ジジ様はただ俯くことしかできませんでした。


 しばらくの沈黙の後、証拠もないので、その子は開放されました。


 ただ、最後の最後に、ジジ様は言ってしまいました。

「ちぇ、これだから、よそ者は信用できねぇよなぁ」


 金髪の少年は動きを止めてジジ様を見つめ、何か言いかけた後、走ってその場を去りました。

 その夜ジジ様は、少年の瞳が忘れられず、チクチクとした胸の痛みで眠れませんでした。


 翌日、胸の痛みに負け、独り謝りに行ったジジ様が見たものは、がらんどうになった少年家族の家でした。


 言葉は抜身の刃です。その傷は長い長い時間、ひょっとしたら死ぬまで消えません。


 ジジ様は、そこで初めて、自分の罪を知り、その大きさに、涙しながら野を走りました。そうせずには、いられませんでした。


/ * /


 ジジ様は言います「私は、今でもあの瞳が、忘れられない。どれほど悔やんでも、あの少年に謝ることは叶わない。なんと愚かな事をしたものよ。」

 そうして、大きく息を吐くと、続けて言いました。

「いいかい、子供たちよ。大人になっても、この黒い心を捨てることは出来ないよ。
世の中には、疑ったり、妬んだり、怒ったりしたくなる事が沢山ある。
黒い心に負けそうになる。でもね。子供たちよ。恐れてはいけないよ。
もし、黒い心が表れたら、それをこそ疑ってみて欲しい。それはとても怖いことだ。足がすくんで、ひざが震えるほどに。
だからこそ、人は、その心を忘れないように、それに名をつけたんだよ。」


 その名は『勇気』黒き心を打ち砕く銀の剣。


 だから、子供たちよ、勇気を持ちなさい。後悔しないように。


 それにね。『勇気』『愛』『優しさ』『慈悲』人には良い所がたくさんある。


 それを大切に育ててあげなさい。


 それが、この愚かな老いぼれからの、最後のお願い。未来への遺産だ。


 なぁに、人生は捨てたものじゃあない。


 君たちの未来が燦然と輝くのが、私には見えるよ。


 そうして、頷く子供たちを見たジジ様は


 歯を見せて笑って、ゆっくりと、目を閉じました。



おわり



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最終更新:2008年07月01日 03:22