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A-01:01-00005-01:テル:るしにゃん王国 さん

「ヴィオラと吼える谷」



るしにゃん王国、森と湖の国に小さな村がありました。
 丘陵を臨む山地には、巨大な爪か、もしくは強大な雷で抉られたように、大きく深い谷が佇んでいます。人々は険しい谷を背に、山の木々に抱かれるように静かに暮らしていました。
 狩猟と採取は男の仕事、女は谷から溢れる水を汲む仕事を受け持っていました。皆は7つになった日から村の仕事を分担し、協力して暮らすのです。

 三日月が輝く夜、ヴィオラは7つの誕生日を前に眠れずにいました。
 それはけしてわくわくとした期待や、新しい仕事に対する緊張が理由なのではありません。
 新たな仕事を受け取るにあたって、子供達はお手本を受けます。まず簡単な仕事を。例えば背の低いりんごの木を習ったり、歩き易い近くの泉を習ったり。
 ヴィオラもお隣のお姉さん達に連れられて、村から一番近い泉へと案内される筈でした。
 谷への道にあの咆哮が響くまでは。
「魔法使いの災いよ」
 お姉さんが指差したのは、ヴィオラ達が目指す谷。
 その方向から歪んだ声が聞こえてきたのです。
 災いの後から響くようになった咆哮を村の人達は皆恐れていました。

 かくしてヴィオラの初仕事は無期延期となりました。


 翌朝。
 お祝いの上等なパンを焼く匂いで目覚めたヴィオラは不機嫌そのものでした。
 夕食までには戻って来なさい、という母親に生返事を返し、ヴィオラは家を出ました。お隣のホルンが『おめでとう』と言ってくれましたが、ちっともおめでたい気分じゃありません。

 本当なら、今頃1人で谷を歩いている筈なのに。

 ヴィオラはいつの間にか谷への道を歩いていました。
 声を聞いたのはこの辺りだわ。
 大丈夫、何も起こらないわ。
 そう言い聞かせて歩いていたヴィオラの耳に、足下からがさりと物音が飛び込みました。驚いたヴィオラはしかし、物音の主に目を細めました。
「まあ」
 それは見たことのない動物でした。
 ヴィオラがそっとしゃがみ、顔を近づけても逃げる気配はありません。毛並みを撫でようとして、その小さな動物が怪我をしている事に気付きました。
 どこかでひっかけたのか、それとも何かに裂かれたのか。尾から後ろ足にかけて鋭く傷が走っています。
 洗って薬をつけないと。
 水が手に入る一番近い場所はこの先の泉。しかし、谷からは大きな咆哮が浴びせられ、ヴィオラは身を竦ませました。
 振り返ると背後には元来た道。二刻かけて村まで戻るか、それとも……。

 獣を仕舞った桶を握り、ヴィオラは険しくなる谷への道を歩きました。時折響く咆哮は、近づくにつれ恐ろしい声を上げましたが、足は鈍りませんでした。
 いよいよ咆哮がヴィオラの髪を逆立たせるほど大きくなった頃。岩陰の向こうに光る泉を見付けヴィオラは思わず駆け出しました。
 獣を取り出し冷たい清水で傷口から土を落とすと、ヴィオラは小袋の薬を一塗りして、最後にハンカチで包んでやりました。
「もう大丈夫よ」
 目を細める獣にヴィオラはにっこりと笑い、漸く崖の傍の人影に気付いたのでした。
 裾の長い星の意匠を飾った衣服。傍らには曲がった杖がありました。
 魔法使いだ。
 ヴィオラにはひと目で分かりました。
 では彼がここから咆哮をあげていたのでしょうか。
 男がゆっくりとこちらへ近づいて来るのが分かって、ヴィオラは身構えました。
「友を助けてくれたか」
 男の声は穏やかでした。ヴィオラは消え行く恐れに代わって、今生まれた好奇心で男へ話しかけました。
「この子はあなたの友達?」
「ああ」
「お名前は?」
「ネコリス」
「魔法使いなの?」
「ああ」
「ここで吼えるのがお仕事?」
 ヴィオラの思わぬ質問に男は少し驚いたように目を見開きました。
「ここで吼えていたのは風だ。私はそれを調整しに来たんだよ」
 魔法でね。
 男はそう言うと谷のずっと上を見上げました。

 先の災いで幾ばくかの山が削れ、風の通り道が変わったこと。
 その風が咆哮を上げているのだと、男は語りました。

「風は吼えるだけ? 害はないの?」
「いや」
 男は首を振りました。彼の杖が喚び戻されます。
「もう奏でるだけだ」
 道を整えたのだと男は続けましたが、ヴィオラには良く分かりませんでした。

 色んな話を聞き、そうして日が天頂の半分を下った頃。
 日が落ちるまでに戻るという約束を思い出し、ヴィオラは立ち上がると桶に新しい水を汲みました。小さな獣は男の肩に乗っています。
「さようなら、ネコリスさん!」

 帰り道、丘から吹き上がる風が森の木々を撫で、山上へと駆け上がってゆくのが見えました。
 また、谷が吼える──
 ヴィオラが身構えたとき、谷からは美しい角笛の音色が長く、長く響き渡りました。
 きっと魔法使いの仕業だわ。
 ヴィオラはどこか誇らし気に胸をはり、帰り道を急ぎました。
 家族に、お隣のホルンに、そして昨日怯えていたお姉さんにも教えてあげなくっちゃ。

 『魔法使いネコリス』さんの偉大な魔法を。




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  • 「ヴィオラと吼える谷」
    ○00-00655-01:沙崎絢市:天領
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    ○なんか「はじめてのおつかい」というか、ほのぼのしていて良かったです。 -- (舞花@スタッフ(代理投票)) 2008-06-30 23:00:17
  • ○29-00555-01:芒:になし藩国
    ○A-01:「ヴィオラと吼える谷」
    ○支払い口座:1
    ○作品へのコメントをひとこと
    ・こういう優しいお話っていいですよね。あと、締めの一言が微笑ましかったので。 -- (舞花@スタッフ(代理投票)) 2008-07-01 01:44:31
  • ○27-00518-01:od:ヲチ藩国
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    ○ファンタジー世界ですね。 -- (27-00518-01:od:ヲチ藩国) 2008-07-04 00:01:16
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