curling @Wiki / カーリングまとめサイト 目黒 萌絵

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目黒 萌絵


トリノオリンピック日本女子代表(チーム青森)のリード。
21歳
北海道、南富良野町出身
所属:弘前大 → みちのく銀行
体重51kg 身長162cm
84年11月20日生
富良野高
左利き

  ジュニア時代は、お姉さんや寺田 桜子選手と組んで「空知こざくら」として活躍。青森に移って小野寺 歩林 弓枝両選手と合流、一時期スキップを担当し、チーム名も「チーム目黒?」だったことも。
  チーム唯一の左利きで、それがショットやスィープで有利に働くのでは、と思われる。
  カーリング以外にも、夏季にはお父さんと一緒にカヌーボートの大会に出るなど、根っからのスポーツウーマンである。



 その日だけ、入院中の病院からチームメートの応援に向かった。今年2月27日、長野・軽井沢。カーリングの日本選手権決勝が行われていた。勝てば、五輪代表に内定する。だが、レギュラーの目黒を欠いたチーム青森は、延長の末、チーム長野に敗れて、五輪代表選考会にもつれ込む結果となった。

 「悔しかった。負けた悔しさでなく、見ていることしかできなかったから……」。2月10日に右足首を骨折、1か月の入院生活を強いられた。それでも、前向きな気持ちは失わなかった。「まだ、チャンスは残っている。この時間は、トリノのためのもの。もっと強くなって戻ろう」

 けがのおかげで、夏場の練習への心がけが変わったという。「カーリングが出来るうれしさを知った」。指先のかすかな狂いが、40メートル先では1~2メートルもの差になって現れる。自分をコントロールする精神力も、けがを知って培った。

 2003年の冬季アジア大会開催をきっかけに、青森はカーリングを“県技”として普及に努めている。ソルトレーク五輪後、前回代表の「シムソンズ」が解散し、小野寺歩(27)と林弓枝(27)は北海道常呂町から青森に移籍。「2人に誘われて、青森に行くことを決めた」とチームメートの寺田桜子(21)とともに津軽海峡を渡った。本橋麻里(19)も加わり、5人全員が北海道出身という「チーム青森」が出来上がった。

 日系カナダ人のミキ・コーチが「ソルトレーク五輪のチームより強い」と太鼓判を押すまでになったのは、苦しい夏場の練習や、2か月に及んだカナダ合宿を乗り越えたから。小野寺、林の2人から、「言葉や態度で、五輪への強い気持ちを教わった」と目黒。目指すのは、日本初の決勝トーナメント進出だ。



<カーリング代表目黒萌絵の恩師・伊地知さん>

 「おとぼけさん-」。女子カーリング代表、目黒萌絵(21=弘前大)の富良野高時代の恩師、伊地知正治教諭(41)は、初の五輪で奮闘する目黒の在学当時の印象をそう称した。「いつものほほんとしていたんですよ。勉強の話題から突然『千と千尋の神隠しをまだ観ていない』とか、突拍子もないことを同じトーンで話し出し、周囲をよくずっこけさせてましたからね。まさかあの子が五輪に出場するとは、という感じです」と驚きを隠さない。

 目黒は常呂町から競技普及と五輪出場をかけて青森に渡った小野寺、林らとともに世界を目指すため、青森の弘前大を志望した。しかし6月までの期末試験成績は学年の約200人中40~50番だった。進路指導も務める伊地知教諭は第2、3志望選択を要求したが「絶対に受かります、行きます」と言ったという。

 朝のホームルーム前30分、休み時間、そして放課後約2時間、時には火の気のない教室でコート、マフラー、手袋をはめて猛勉強に取り組んでいた。「うちの学校から一般入試での合格者は毎年1ケタ。やると決めたらすごい集中力と意志の固さでしたね。あの精神力と度胸の良さは競技に生かされているのでしょう」と伊地知教諭は振り返る。

 伊地知教諭は現地入り前に目黒が口にした「絶対に勝つという気持ちを忘れない。ミスした次を頑張る」というモットーを生徒に伝えている。「勉強やスポーツでも、もっと上を目指そうという気持ちが伝わってくるから」。目黒は母校で生きる教材となっている。



トリノオリンピック報告 (ひろだいメルマガ 3月15日号)
 トリノオリンピックカーリング競技「チーム青森」の一員として活躍された人文学部3年の目黒萌絵さんが帰国後の3月3日、青森県カーリング協会の對馬忠男会長、阿部晋也監督とともに遠藤学長へオリンピックの報告をし、「この度はあたたかいご声援、本当にありがとうございました。オリンピックでは7位という結果に終わってしまいましたが、強豪国のアメリカ、カナダ、イギリスそして開催地のイタリアに勝てた4勝はとても大きな自信になりました。これからも学業共々、カーリングを頑張っていきたいと思います。」と挨拶をしました。

目黒さんに一問一答!

◇オリンピックという大舞台に出場できた感想はどうですか。

 想像していたオリンピックよりも、いつも通りプレーが出来ました。
 1試合目のロシア戦では緊張が大きかったんですが、それ以降はいつも通りの自分を出せました。

◇開会式、閉会式については我々もテレビで見ていて非常に感動しましたが、実際に現場で、生で見た感想はどうですか。

 地元イタリアの芸術的な面を見られて、今までに無い体験でした。
 開会式に出て気持ちも高ぶり、その場にいられる事が本当に夢みたいでした。

◇一番うれしかった試合、一番悔しかった試合はどれですか。

 一番うれしかったのは、やはりカナダ戦で勝てた事です。
 一番悔しかった試合は初戦のロシア戦です。どうしても初戦勝ちたかった試合なのに、自分のミスも結構多くてとても悔しい一戦でした。ちょっとミスして、そのミスをすぐ切り替えなきゃいけないのに引きずってしまい、その試合全体に自分で自分の気持ちをあげる事が出来ませんでした。

◇次の目標は?

 次はやっぱり日本カーリング選手権でまず優勝して、来年の世界大会が青森でまた開催されるのでそれに出場することが一番の目標です。
 その後もまだ白紙の部分はありますが、ひとつひとつ目先の事を確実に頑張っていきたいです。
 日本選手権が終わった後には、完全なオフになるので、そうなれば、地元に帰って皆さんにご挨拶しようと思います。

◇休みができたら何したいですか
 家族とのんびり過ごしたいです。それと「シムソンズ」というカーリングの映画を見たいです。

◇弘大生、教職員へ何か一言メッセージをお願いします。

 弘大生の皆様には、一人イタリアまで応援に来てくれた友達もいたり、あとみんなから寄せ書きを貰ったり、ほんとにあったかい応援のおかげでオリンピックで力を出す事が出来ました。
 教員の皆様にも、オリンピック出場目指してる時にも日頃から学業の事で親身になって相談に乗ってくださったり、心から理解して応援してくださって本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 やっぱり今感じるのは、弘大に入って本当に良かったなっということで、いい友達といい先生に巡り会えて本当に良かったと思いました。

      • 趣味のカヌー(カヤック)についても聞いてみました。・・・

◇夏はカヌーをしているそうですがどこで、どのくらい練習をしていますか?

 西目屋村のカヌーコースまでバイクで30分ぐらいの距離を通っています。
練習は1、2時間くらいです。

◇始めたきっかけは?

 中学校の時に、地元で両親の知り合いにカヌーやってる人がいてその人に教えてもらい始めたのがきっかけです。

◇大会に出場してるそうですが、成績はどのくらいですか?

 去年は、国体の東北予選で4位をとる事が出来ました。その他の大会は、ジャパンカップという日本各地で何試合もやる大会に出場して、成績はほんとに下から数えた方が早いぐらいの、何位か忘れてしまいました。

◇カヌーの面白みはどのあたりですか

 自然相手なので、漕いでいて気持ちいいという事が一番です。

 目黒さんの所属している「チーム青森」は、このほど青森市で開催された日本カーリング選手権でも優勝されました。おめでとうございます。
 また、3月13日には弘前大学において、遠藤学長から目黒さんへ学長顕彰が送られました。