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 新月の夜は、古い記憶が少しだけ甦る。
 それは、欠けた月のお陰で私の髪に巻かれた封印が弱まる為なのか?
 それとも、深闇が与える力のお陰で私の魔力が高まる為なのか?
 思い出すのは傍らで息づく、色褪せた気配。
 嘗て共に過し、そして別れた彼……今、彼は何処に居るのだろう。
 常闇の中、記憶に翳む彼の姿を想いながら、私は夜空を飛ぶ。
 忘れてしまった遠い過去の想いを手繰り寄せるために。



   ■



 当時、私の狩場となっていた国々では長らくの戦乱が終結し、ある人間の王国に
よって統一されようとしていた。
 戦乱の最中はもちろんの事、統一された後も何やらごたごたが続き、暫くの間は
食料に困る事は無かった。
 気の向くままに人里へ降り立ち、人を襲い、嬲り、殺し、喰い、蝕す。
 気が済めば立ち去り、また気が向けば人を襲う。
 それは魔に属する者としては至極当然の事で、それに否を唱える筈の者達は同胞
同士の争いに手一杯で長らくの間、私の邪魔をする事が出来ない有様だった。

 しかしそんな、私にとっての平穏はある日、突然終わる事になる。
 いつもの様に人里に降り立ち狩りをしていた私を教会の祓魔師(エクソシスト)が
強襲してきたのだ。
 もちろん、このような下級位階の者に後れを取る私ではなく、八つ裂きした後に
その元祓魔師だった肉塊を腹いせ紛れに、近くの教会へと放り込んだ。

 それ以降、私は教会の手によって追われ続ける事になった。
 何十、何百もの人間の襲撃者を絶えず殺し続ける日々。
 愉悦も快楽も感じず、洗礼を受けた肉は食料にもならない。
 狩りに向かおうとしても邪魔をされ、苛立ちだけが募ってゆく。

 結局、止まぬ襲撃に嫌気が差し狩場を変える事を思いついたのは、人間達の噂話
から自分がルーミア(光)などという皮肉めいた名を付けられている事を知った時
だった。

 私に向けられた畏怖の呼名と共に、人々の話題に上がっていた極東の地。
 未だ教会の勢力の届かないという未開の島国。
 遥か彼方に存在するという邪魔の入らない狩場。
 噂の地へと向かう船を見つけると、私は一も二も無く乗り込んだ。

 長い航海の果てに辿り着いた島国は、しかし何もかもが想像とは違っていた。
 未開の地とは程遠い、近代的な装備の軍や警官達、その様な場所で狩りなどすれ
ば直ぐに討伐隊が組まれてしまうだろう。
 数は少ないが、憎き教会の人間どもの姿もちらほらと見える。
 危険な都会に見切りを着けて、山奥にひっそりと存在する人里を襲ってみれば、
 何故か里の全ての人間が、まるで魔の存在に慣れている様子で、故郷の地の者達
を凌駕する迅速さで、強力な力を持つ祓魔師に類する集団に襲われる事になった。

 楽園だと思った未開の地は、どうやら私の天敵の巣窟だったようだ。
 巨大な樹木に磔にされながら溜息を吐き出し思う。
 何十人もの襲撃者達、その一人が手に持っていた二本の奇妙な形の剣によって縫
い付けられた両腕はピクリとも動かない。
 どうやら厄介な力を持つ魔具であるらしいその剣の持ち主は、私の足元で頭垂れ
るように事切れている、もとより差し違えるつもりだったのだろうか、その元青年
の胴体は私の放った魔光の直撃を受け真っ二つになっていた。

 そんな中、彼が私の目の前に現れたのは数十度目の溜息を吐いた頃だ。
 死の気配が充満する領域を、まるで闇の中手探りをする様に入ってきたのは、妙
な匂いを放つ、銀の髪をした一人の青年だった。

「あら、こんばんは良い夜ね」

「あぁ……、こんばんは良い夜ですね、もっとも僕にとっての、であるかと言えば
は甚だ疑問ではありますが」

 挨拶を言う私の声に、一瞬ビクリとたじろく気配を感じたが次の瞬間には平静さ
を装い皮肉混じりの返答を返してくる、やはりこの国の人間は変だ。
 まったく何もかもが上手くいない、私は苛立ち紛れに少々この妙な人間を困らせ
てやろうと顔を伏せながら考えていた。

「ところで、あなたに少し質問があるのだけれど良いかしら?」

「はあ、僕に答える事の出来ることならば幾らでも答えますが」

 未だに、平然とした面持ちで私に話しかけてくる青年に向けて、八つ当たりの一
言を言い放つ。

「あなたは、取って食べても良い人間?」

 その台詞と共に最大限の殺気を周囲に撒き散らす、闇に触れた瘴気が辺り一面を
覆い、木々の隙間から様子を伺っていた動物たちは本能のままに逃げ出していく。
 これだけの殺気を前にすれば流石に、目の前の人間は腰を抜かすだろう、それと
も糞尿を垂れ、涙を流しながら命乞いをするだろうか。
 するだろう、少なくとも故郷で出会った人間どもはした、嘗ての獲物達と同じよ
うに恐怖に歪ませた表情を期待する私が目を向けた先には、しかし誰も居なかった。

 あれ? と首を傾げる私の遥か前方で物凄い速度で離れてゆく男の背中が見えた。
 どうやら、台詞を言い終わる間もなく、あの青年は逃げ出したようだった。
 普通、あれだけの殺気をぶつけられれば、逃げるどころか動く事も出来ずに凍り
ついてしまうものだが、やはりこの国の人間は変だと思った。

 それから数時間後、磔のまま動けずに暇を持て余した私の前に、先ほど逃げた筈
の青年が何故か戻ってきていた。

 改めてもう一度、この国の人間は変だと思った。

「酷いわね、急に逃げ出すだなんて」

「あんな事を言われれば逃げ出すのは当然だと思うのだけれど……」

 当然らしい。
 私の知る人間達は大抵、私のような強力な者を目の前にすれば逃げる事も考えら
れずに、ただ半狂乱に神に祈る者が大半だったのだが……。
 やはりこの地の人間は、魔の者に対する耐性が強すぎる気がする、この島国に来
た事を早くも後悔しはじめる。
 そんな私の苦悩を知る由もない青年は、不思議そうな表情で問いかけてくる。

「……その姿は?」

「そうね……聖者は十字架に磔られました、という風に見えるかしら?」

 人間の血に塗れ、周囲に肉片を撒き散らし、剣で両腕を磔にされた私の姿を見て
も平然と問いかける男の姿に、もう如何でも良いという気分になりながら投げやり
に応える。

「どちらかというと、凶悪な悪魔が封じられました、という風に見えるね」

 どうやら私が動けない事を知り、安堵の表情を浮かべた男は軽口を叩く。

「まあ、当たらずとも遠からずね、まったく忌々しいものだわ」

 本当に忌々しい、この妙な剣も、この妙な島国も、この妙で生意気な男も。

 教会の手が入っていない穴場だと思い来てみれば、大国と比べても遜色のない軍
隊が居るわ、安全を考慮して人里離れた村を襲えば何故か襲われ慣れている人間達
に逆襲されるわ、教会以上に厄介な人間どもに追われ、挙句の果てにこんな辺鄙な
山奥に磔にされてしまうわと、この国に来て以来、悪い事ばかりが起きている。

 ああ、思い出したら余計に腹が立ってきた。



   ■



 ふと、気が付けば空が白み始めていた、目の前の男は私の吐き散らした愚痴を延
々と聞かされた為か、些か疲れた様子を見せている。
 いい気味だと少しだけ気分が晴れたが、朝が直ぐ側まで近づいて居る事を思い出
し憂鬱になる。
 太陽は嫌いだ、白く眩しい陽光は、黒い私の身体を塗りつぶす様に侵食してくる。
 いつもなら常闇の能力を使い太陽の光を遮るのだが、今は使えない、両腕を縫い
付ける変な剣の所為だろう。
 目の前の男は急に口数が少なくなった私の様子を不思議に思ったらしく怪訝な表
情を向けてくる。

「太陽は嫌いなのよ……この変な形の剣の所為で常闇の能力も使えないし」

 そう吐き捨てるように呟くと、彼は何やら合点がいった様子で何度も頷くと。

「良ければその太刀を抜いてあげようか?」

 そう問いかけてきた。
 もちろん、その提案は私にとっては有り難い物であったし、彼が私の元に戻って
きた時に、実は少し期待していた事ではあるのだけれど。

「……本当に?」

 正直、本当に彼が開放してくれると言い出すとは思って無かったので驚いて問い
返してしまった。
 妙な男だ、変な男だと思っていたが、意外と良い奴なのかもしれない。
 期待に胸を膨らましながら(元々、私の胸は凄いのだが)彼の顔を見上げる。
 そんな私に尚も彼は言葉を続けた。

「もちろん、ただでとは言わないよ……そうだね、まずは貴女が自由になった後の
僕の命の保障を誓ってもらおうか、太刀を抜いた瞬間襲い掛かられるのは御免だか
らね、もちろんこの誓いはただの口約束じゃない、儀式に則った魔術的な誓約だ」

 そう言った彼は、その言葉どおり未だ私に向けて警戒色を顕にしており、一定以
上は近づいては来ない。
 とはいえ一晩中語り明かした(私が一方的にまくしたてたとも言う)今、今更彼
の事を食料として見る事が出来なくなっていた私は、一も二も無く頷いた。

「わかったわ、私は自由になってもあなたのことは襲わない……肉が少なくて食べ
難そうだしね」

 そんな私の忌憚のない感想に、彼は何故か少し不満そうに表情を歪めていたが、
ふと、何かを思い出したように手を叩くと。

「それともう一つ、まぁ、これは君に断ることでは無いとは思うのだけれど……そ
の君を封じている太刀、それは僕が貰う」

 などと言い出した。
 これには少し迷ってしまう、私の両腕を貫き、今も鈍い痛みをあたえ続けている
憎々しい二本の魔剣、自由になれば腹いせとして、いの一番に粉微塵に破壊して、
その残骸を何度も足蹴にしてやろうと目論んでいたのに。
 しかし、それに固執して結局、開放される機会を逃していたら本末転倒だろう。
 悩みに悩んだ挙句、私は泣く泣くその要求も飲む事にしたのだった。
 まったく、本当に癪に障る。

 それから数分、思いのほか簡単に抜けた二本の魔剣を手に彼は悦に入った様子で
何やらブツブツと呟いていたが、まるで今思い出したかのように(というか実際に
そうだったのだろうが)私の方へ向き直り怪我の調子を聞いてくる。

 普通の切り傷や刺し傷なら、直ぐに完治するのだが、如何せん力の強い魔剣によ
る傷である、少なくない魔力を消費してしまった為に完全には傷が塞がらない。
 養生する為に、安全な住処が必要だと判断した私は、腕の傷を擦りながら、彼に
言った。

「まだダメね……その剣の所為で力が上手く出せないわ、どこか日の当たらない安
全な場所で力を蓄えないと、あなた……そんな場所を知らないかしら?」

 その言葉に一瞬、目を泳がせる、どうやら、思い当たる場所があるようだ。
 無理にポーカーフェイスを装った様子で、何かを言おうと口を開こうする彼を私
は遮ぎると。

「どうやら、当てがあるみたいね、すぐに案内しなさい」

 と、命令口調で言い放つ。

「まさか君は心を読む事も出来るのか……?」

 そう言って、目を白黒させる彼はどうやら、自分が思っていることが表情に出や
すい人間だと気づいていないらしい。

「あなたの瞳が口以上にモノを言っているだけよ」

 ウィンクと共に、そう忠告してやるが、彼は何時までも釈然としない様子で首を
傾げていた。



  ■



 それからというもの、私と彼の共同生活が始まった。
 とはいえ、特に何か特別な事が起こることも無く。
 昼間の明るいうちは室内の隅で日の光から隠れるようにして彼と過し、夜になる
と窓から覗く月を摘みに彼と飲み明かした。
 たまに、本当にたまにだが、全くといって良いほど私の事を異性として見ていな
い様に感じる彼の言動に、少しだけ苛立つこともあったが概ね平穏な日常がそこに
あった。

 ある時に、彼が私の名前を尋ねてきた事があった。
 そういえば彼に聞かれるまで、自己紹介どころか名前の交換もしていない事に気
付かなかった。
 闇の魔物の癖に『光』の意味を持つ私の名前を知ったら彼は、どういう反応をす
るだろうか?
 薀蓄好きの彼の事だ、もしかしたらそんな些細な事に関しても、奇妙な自分理論
を思い付いて、語り出すかもしれない。
 そう私は、名を教えた際の彼の言動を想像しながらも、しかし何故か、何となく
気恥ずかしさを感じてしまい逆に問い返してしまった。

「名を名乗るのは良いのだけれどあなたの名前を私はまだ聞いていないわ、一方的
に聞くのはフェアじゃないでしょう?」

 そう言った私の言葉に何故か彼は狼狽したようだった、一瞬不思議に思ったが次
の瞬間その疑問は解ける事になる。

「すまない、僕には名前は無いんだ」

 本当にすまなそうに、そして少し悲しそうに俯く彼。

「そう、なら私も名前を持っていないわ」

 名を持たない彼に、私はそう返す事しか出来なかった。



 またある時は、私が彼に問いかけた事もあった。

「あなたの匂いは変わっているわね」

 そう、出会った時から不思議に思っていた事。
 彼からは普通の人間達とは違う妙な匂いがするのだ。
 人間のようで、しかし何処かが違う奇妙な匂い。

「風呂には毎日入っている筈だけど……」

 そういって、自分の腕を鼻先に持っていって匂いを嗅ぐ彼の姿に思わず噴出して
しまう。
 ケラケラと声を出しながら笑い転がること数分、笑いすぎて痛くなったお腹を押
さえつつ私は、未だ床に転がっている私を見下ろしている、不満げな表情の彼の疑
問に訂正を入れる。

「違うわ、あなたからは美味しそうな匂いと不味そうな臭いが混ざった様な妙な香
りがするの」

 私の言葉に、首を傾げながら彼は、何となく思ったことを言う調子で口を開く。

「ぼくは半妖だからね、きっとその所為だろう」

 だから食べてもきっと美味しくないよと冗談交じりに言う彼の姿に、何故か苛立
ち、先ほどまで楽しかった気分が一気に失せる。

「それ、初めて聞いたわ」

「今日、初めて聞かれたからね……」

 私は別に彼がその事を言わなかった事に苛立っている訳ではなかったと思う。
 突発的に発症する意味の分からない妙な薀蓄語りには饒舌に成るくせに、彼自身
の事に関して殆ど話さない事は、短い間ながら一緒に暮らす事ですぐに分かった事
なのだから。
 だから、不満を感じている所はそこではない、私が怒っているのは、そう彼が未
だに私が彼の事を『食料』として見ていると思っている事に関してだ。

 彼は分かっていたのだろうか、私がいつの間にか彼の事を特別だと感じ始めてい
たことに……いや愚問だった、彼は絶対に分かっていなかったに違いない。



 そんな何気ない(私にとって微妙にやきもきする)日常は、しかしいつまでも続
く事は無かった。

 ある月の無い晩、私が日課となりつつあった夜の散歩に出かけていた時の事だ。
 雲を掻き分け遊覧飛行(もっとも月明かりが無いため何も見えなかったが)を楽
しむ私の後ろから声をかける者が居た。
 振り返ると、紅白の衣服を着た黒髪の女、爛々と殺気を纏う瞳が印象的だった。

「貴女が、異国から流れ着いたっていう常闇の妖怪ね」

 無表情に淡々と呟くように問いかける彼女に無言で肯定する。

「そう、貴女の為に何人もの人間が死んだわ、これ以上貴女に暴れられると幻想郷
の安定に支障がでる、だから……」

 彼女は静かに手に持った妙な棒を掲げ。

「貴女を滅します」

 振り下ろした。

 次の瞬間、目の前に、大量の針がばら撒かれ、妙な文様の弾が襲い掛かる。
 全てを避け切れず、浅い傷を負いながら、闇を撒き散らし反撃する。
 しかし、相手はヒラリヒラリとまるで空気とでも戦っているかのようで手ごたえ
を感じない。
 焦燥感と共に、放った夜を分断する闇色の魔光は、彼女のばら撒いた幾千もの札
によって無効化される。
 そして終には万華鏡のように移り変わる色とりどりの札の軌跡に絡めとられ、未
だに体調が完全とはいえない私は、なす術も無く取り押さえられる事となった。

「これで最後、何か言い残す事はあるかしら?」

 そう言う、彼女の瞳は冷酷で、私は目の前の死をまざまざと実感する。
 何か言い残す事、そう言われても何も思いつかない。
 ただ頭に浮かぶのは、彼の姿。
 暗がりの中、無理して本を読もうと目を眇めている彼。
 突然思い付いた摩訶不思議な持論を、楽しそうに私に聞かせる彼。
 月を眺めながら、何かに思いふける彼。
 出会った時から、今に至るまでの彼との想い出が溢れ出るように心を埋め尽くし
ていく。
 これが走馬灯という物なのだろうか?
 もう二度と、彼と会うことが出来ない、そう思うと自然と涙が頬を伝った。

「もっと、彼と一緒に居たかったのに……」

「その言葉を貴女がっ……いえ、それが、最後の言葉で良いのかしら」

 私の呟きを聞きとめた彼女が一瞬激昂しかける、もしかしたら、私が殺した人間
の中に彼女の特別な人がいたのかもしれない。
 しかし、私にはその事を問いかけることは出来なかったし、しようともしなかっ
た。
 ただ闇の中、涙で霞む視線の先で、目の前の彼女もまた涙を流している様に見え
たのは気のせいだったのか。

 身体に絡みつく何百枚もの札が力を強め、逆に私の魔力が薄れてゆく。
 万力に締め上げられるように軋む身体は悲鳴を上げて、全身の感覚が徐々に小さ
くなっていく。
 次第に何も思考が出来なくなり、段々と彼との想い出も思い出せなくなっていく。
 消えていく記憶を何とか取り戻そうと足掻くが、終に何を思い出そうとしていた
のかすら思い出せなくなり。

 そして。

「さようなら」

 最後に、耳元に聞こえた誰かの呟きと共に私の意識は途切れた。



  ■



 夜が明け、今は爛々と輝くお日様が空で我が物顔をしている。
 もっとも、その光は私には届いていない、今私は常闇の能力を使い日の光を遮っ
ているからだ。
 そういえば、昨日は新月だった気がするが、昨夜の事は良く覚えていない。
 確か、何か大切な事を思い出しそうになったような……それは何だっただろう?

 うんうんと唸り、首を傾げて思い出そうとするが、やはり全然思い出せない。
 あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、闇の中を考え事に没頭しながら飛んで
いると唐突に、ゴンッという鈍い音と共に強烈な痛みがおでこに襲い掛かってきた。

 あまりに突然の衝撃に、制御を失い落下、お尻をしこたま地面に打ち付けた後に
さらに頭上から何か重たい物が降ってきて私は小さく悲鳴を上げる。

 周りの常闇を消して辺りを見渡すと、私を下敷きにしているのは、何かの店の看
板らしかった、香……なんとか堂と書かれた分厚く重い看板はどれだけ暴れても退
かす事が出来ない。

 と、ジタバタともがいている私の頭上に、ふと人影が差す。
 訝しげに視線を向けるその先には、一人の男が立っていた。

「良ければその看板を退かせてあげようか?」

 そんな彼の声に何故か懐かしさを感じながらも、とりあえず私は身体の自由を取
り戻す為に、一も二も無く頷いた。



  ■





















「あ~、もう酷い目にあったわ、あら……あんた誰?」

「ようこそ香霖堂へ、僕は森近霖之助という古道具屋を営んでいる者だ、君は?」

「私はルーミア……ねえ、あんた昔に会ったことなかったっけ?」

「いや、無いと思うが……まあ、それより君に少し重要な話があるんだが」

「そうなのかー」