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【彼の主義】



「最近変な妖怪が出るようになったらしいわね」

話題を切り出したのは、七色の人形遣いことアリス=マーガトロイド。
いつものように、売買を終えた後の雑談をしていたときのことだ。

「変なと言われても、僕の知り合いでまともな妖怪はむしろ少ない気がするんだが」

「……まさかその中に私も入っているんじゃないでしょうね?」

「おや、君は魔法使いであって妖怪ではないと思っていたんだが、まさか普通ではないという自覚でもあるのかい?」

「く……」

ニヤリと笑う霖之助。
どうも最近こんなふうにからかわれることが増えたような気がする。
いかにも苦々しく思ってますと言わんばかりの顔をするアリスを見て、霖之助はその笑顔を優しいものへと変えた。

「冗談だよ。むしろ僕にとっては君ほど褒めるに困らない性格の知り合いこそほぼ皆無だ。
 僕の主観を君が信用できるかどうかはまた別の話だがね」

からかわれてばかりかと思えば、こうして手のひらを返したかのように褒めてきたりもする。
正直怒っていいのか喜んでいいのか複雑な心境だ。
まあ、こういう掛け合いのできる友人は往々にして得がたいものだし、多少は大目に見るとしよう。

「私が言ってるのは性格がどうのこうのという話じゃないわよ。
 その妖怪は見た目が人間なら種族を問わず襲い掛かってくるらしいの。多分、幻想郷では新参なんでしょうね。
 霖之助さんはまさしく人間にしか見えないんだし、大して強くもないんだから気をつけなさいよ」

「おや、心配してくれるのかい?」

「だっ、誰がよ!?
 この店がなくなったら不便だって言ってるの! 何で私が霖之助さんの心配なんて!」

「僕のことを、とは一言も言ってないんだがね?」

「今の言い方なら誰が聞いたって霖之助さんのことに聞こえるわよ!」

前言撤回。霖之助の評価をやや下方修正することにして、アリスはぷんすか怒りながら帰っていった。

「さて……」

アリスが店から出ると、霖之助は様々な道具を取り出して占いを始めた。

「今日これから、か」

別人のように鋭い目つきでその結果を見ると、霖之助は店の奥へと向かうのだった。



「まったく、最初に会ったときはもっと優しかったくせに、最近どんどん意地が悪くなってるんじゃないの?
 って違う! これじゃ霖之助さんに優しくして欲しいみたいじゃない!」

香霖堂を飛び出したアリスは、自宅へ戻る道中で最近の霖之助の態度について考えていた。

「まあ、そりゃ私だって優しく接して欲しくないわけじゃないんだけど。
 でもあの態度はつまり、私との関係が軽口なんかじゃ壊れないって思ってるわけだし、そう考えたら私だってまんざら
 でも……。
 ああもう何言ってんだろ。早く帰ろう」

そんなふうにぼやきながら歩いていると、背後から何かがつけてきている気配がすることに気が付いた。
足を止めてあたりを見回しても何もいない。だが、何かがアリスを観察しているように思えて仕方がないのだ。
勘違いであればいいが、楽観視していて本当に襲われたら洒落ではすまない。

「まずいわね、こんなときに……」

今日は買い物だけ済ませてすぐに帰るつもりだったため、上海以外の人形は連れてきていない。
もしこちらを見ているのが件の妖怪だとすれば、今戦うのは少々心もとなかった。

家に向かって足を速めるアリスだが、何かの気配は遠ざかるどころかどんどん近づいてくる。
走り出したアリスの背後、やや上のほうから、ガサッ、ガサッ、という音が聞こえだした。
どうやら木の枝から枝へと飛び移っているらしい。
おそらく逃げきれはしないし、家に着いたところで鍵を開ける余裕など与えてくれはしないだろう。
アリスはここで迎撃しようと腹を括った。

足を止め、周囲を警戒するアリス。
敵もこちらの雰囲気が変わったことに気付いたらしく、気配を消して様子を伺っている。
そんな状態がいつまでも続くかと思われたが、敵は早々に痺れを切らしたらしい。
ガサッと言う音に反応したアリスの目に、飛び掛ってくる大きな影が映った。
咄嗟に身を引いてかわすと、地響きと共に着地したソレと目が合う。

「猿!?」

そこには黒い毛に覆われた、身の丈2メートル程の大猿がアリスを睨みつけていた。

 狒々(ヒヒ)。猿の姿をした、もしくは年老いた猿が変化した妖怪である。
 獰猛でよく人を襲い、特に女性が餌食になることが多い。
 本来の大きさは約3メートル。この狒々は力が弱いか成り立てのどちらだと思われる。

標準より小さいとはいえ、動きは早いし力も強いだろう。
アリスと目を合わせたのは一瞬のことで、狒々はすぐに木々の間へと飛び込んでいった。
逃げたわけではない。予想以上に反応のよいアリスを強敵と認め、全力で命を取りに来るつもりだろう。
追いかけようかとも考えたアリスだが、森の中は狒々の土俵だ。ここで待ち受けたほうがいいだろう。
スペルカードを展開する時間はおそらくない。
さっきの動きから考えて、間に合うかどうかは5分5分だ。賭けに出るにはあまりに分が悪い。
狙うなら、さっきのような着地の瞬間。攻撃をかわすと同時に弾幕を打ち込んでやる。
普段のような拡散する弾幕ではなく、魔理沙のマスタースパークのように一撃の威力を重視して魔力を練る。
念のため上海にも同様の魔法を準備をさせ、アリスは周囲の様子を伺った。

アリスを追いかけてきたときとは違い、狒々は完全に気配を消している。
となれば、頼るべきは聴覚だ。やつが飛び出してくる瞬間、茂みを抜ける音が必ず聞こえる。
耳に神経を集中させ、ひたすら待ち構えるアリス。



いつでも反応できる状態を保つというのは、想像を絶する集中力を要する。
どのくらい待ち続けただろうか、集中力の限界が近いアリス。
その耳が、草木の揺れる音を捉えた。

バッ! と音の方向を見たアリスの目に移るのは、ただ森の姿のみ。
呆気にとられたアリスの右、警戒の薄れた瞬間を突いて狒々が飛び出してきた。

「なっ!?」

まさかこちらが音を頼りにしていることを見抜いていたとは。最初の音は石か何かを投げた音か。
敵を甘く見ていた自分に歯噛みしつつ、迫り来る狒々に魔法を放とうとするアリス。

(ダメだ! 間に合わない!)

虚を衝かれた分、こちらの動きがわずかに遅い。どう足掻いても敵の爪が先にこちらの体に達するだろう。
だからと言って諦めるのは論外だ。間に合わなくてもせめて一矢報いてみせる!
手の届く位置まで来た狒々が右腕を振りかぶる。
次の瞬間襲って来るであろう衝撃に歯を食いしばりつつ、アリスは用意していた魔法を放った。

ズドン!!!



森中に響くような轟音。
だが、アリスの体に痛みはない。
狒々の爪は、アリスの体まで後数ミリというところで停止しており、その胸には大きな風穴が開いていた。

「間に……あった……?」

ペタン、とその場に腰を下ろすアリス。
とたんに暴れだす心臓を抑えつつ、湧き上がる違和感について考えた。
おかしい。どう考えても狒々の爪はあと20センチは進んでいたはずだ。
そういえば、狒々が手を振りかぶった瞬間、わずかに動きが鈍ったような気がした。
通常であれば気が付かない、ほんのわずかな硬直。
原因が何かはわからないが、あれがなければアリスも無事ではすまなかっただろう。

「……いいや、考えても仕方ないし。とにかく、怪我がなくてよかったぁ」

はしたないとは思ったが、地面に大の字になって横たわるアリス。
はあ~っ、と息を吐いてから見ると、狒々はゆっくりと崩れ落ち、そのまま動くことはなかった。
どうやら完全に絶命したようだ。ならば、今は帰って休もう。短い戦いだったが非常に疲れた。
よろよろと立ち上がり、自宅へと向かうアリス。
そんなアリスの姿を、一羽の烏がじっと見つめていた。



すう、と視界が森から室内へと変わる。
霖之助は式神との視界共有を終了させ、軽く安堵の息を吐いた。
香霖堂の地下に作られた隠し部屋。その床に描かれた直径3メートルほどの魔方陣の上で、霖之助は座禅を組んでいた。
この陣は、東洋魔術と西洋魔術を組み合わせた霖之助のオリジナル。
簡単に言うと大掛かりな魔力増幅器にして隠蔽装置。
先ほど狒々の身に起こった不自然な硬直は、この陣を介して霖之助がかけた呪によるものだった。

「危ないところだった。まだまだ彼女も甘いな……」

狒々との戦いぶりを見て、アリスをそのように評する霖之助。
魔理沙やパチュリーにしてもそうだが、どうも彼女たちはスペルカードルールに慣れすぎている。
最近の幻想郷がいかに平和とは言っても、正々堂々と襲ってくる敵ばかりとは限らないというのに。
今回はたまたまアリスの運勢を占った霖之助が陰ながら手を貸すことにしたが、次も上手くいく保証はどこにもない。

「弾幕は火力。弾幕はブレイン。弾幕は属性。確かに間違ってはいない」

彼女たちの特性と弾幕勝負の性質を考えれば、これらは正しい理念だ。
だが、と霖之助は眼鏡を押し上げる。

「"魔法"は……秘匿性だよ」

彼(相手)を知り、己を知れば百戦して危うからず。よく知られる孫子の言葉だが、これにはまだ続きがある。

『彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず敗る』

自分自身のことがよくわかっていても、相手の情報が全くなければ勝率はせいぜい5割である。
自分のことも相手のこともわからないようでは、勝つことなど到底できはしない。
言い換えれば、たとえ自分自身を知り尽くした熟練のものが相手でも、こちらの内情を一切知らせなければ5分以上の戦いが見込めるということだ。

この言葉に従い、霖之助は己が魔法使いであることを徹底的に隠し通してきた。
この部屋もあらゆる手段で持って隠蔽してあるし、使う術にしても、古今東西の魔術から秘匿性が高いものばかりを選んでいる。
己の内情はおろか、己が敵であることすら悟らせずして敵を倒す。これが魔法使いとしての霖之助の信念だ。
アリスを助けるにしても、直接狒々の息の根を止めるなり、もっと簡単な方法はいくらでもあった。
それでもあのようにややこしい方法をとったのは、ひとえに自分が魔法使いだと悟られぬため。
魔法も使えぬ貧弱な半妖を装っておけば、無用の争いに巻き込まれることはないからだ。
今回の狒々のように無差別に襲ってくる輩でも、こちらを侮っているなら不意をつくなり煙に巻くなりどうとでもできる。
その代わり、彼女たちが得意とする派手な弾幕ごっこはまるで専門外になってしまった。
おそらく八雲紫あたりは気付いているだろうし、勘のいい霊夢もどうだか分かったものではないが。
地下室の入り口を完璧に隠すと、霖之助は店番を再開すべく定位置に座った。



数日後。

「というわけで大変な目にあったわ。
 とりあえず誰彼構わず襲い掛かるような妖怪はいなくなったから、安心していいわよ霖之助さん」

「それはありがたいね。お礼に今度は、心ばかり割り引きさせてもらおうか」

「……随分素直ね。逆に不気味だから遠慮しておくわ」

どうやら、アリスの考える霖之助像はあまりよろしくないようだ。
苦笑しつつ、霖之助は少し真剣にアリスに声をかけた。

「それはさておき、アリス」

「何よ?」

「ありがとう、無事に帰ってきてくれて。君に怪我がなくて本当によかった」

しばし呆然と霖之助を見ていたアリスだが、見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

「な、何よいきなり!?
 わかったわ! どうせ常連がいなくなったら店の儲けがどうとかってことでしょ!?
 女の子が大変な思いをしてきたってのに、仕方ない人ねまったく!」

「そうだね、僕の店の帰り道で妖怪に襲われたなんて噂が立つのはよろしくない。
 経営維持に協力感謝するよアリス」

それを聞いて、怒りつつも嬉しそうだったアリスの顔に影が降り、動きもぴたりと止まった。
ゴゴゴゴゴ、という効果音が聞こえた直後、

「あ、あんたって人はぁぁーー!!!」

ムキー!と憤るアリス。
それをのらりくらりとかわす霖之助は、実に活き活きとした表情を浮かべるのだった。





おまけ、というか別ルート?

「ありがとう、無事に帰ってきてくれて。君に怪我がなくて本当によかった」

しばし呆然と霖之助を見ていたアリスだが、見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

「な、何よいきなり!?
 わかったわ! どうせ常連がいなくなったら店の儲けがどうとかってことでしょ!?
 女の子が大変な思いをしてきたってのに、仕方ない人ねまったく!」

「そうじゃない。店云々じゃなくて、君とまたこうして話ができることが嬉しいんだ」

「あう……」

更なる追撃に声が詰まるアリス。その様子を彼方から覗く影があった。

「アリス……。色を知る年かッッッ!!!」


いろいろとごめんなさい。