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【彼女の葛藤】後日談



霖之助とめでたく結ばれて以来、紫は香霖堂に生活の場を移すことになった。
これから記すのは、2人の幸せな日常の一幕である。



朝、霖之助はいつもどおりの時間に起床した。その傍らでは紫が霖之助の腕を抱きしめ、安らかな寝息を立てている。
紫と暮らすようになって以来、布団は2人用の大きなものを購入し、毎晩こうして仲良く寄り添って眠っている。
霖之助は紫を起こさぬようそっと腕を抜き取ると、艶やかな金髪に手を滑らせ、額に軽く口付けた。
振られたり立ち直ったり一芝居打ったりする間にどうも感覚がずれたらしく、今ではこういうことも恥ずかしげもなくできるようになってしまった。

着替えて顔を洗った霖之助は朝食の支度を始める。
そろそろ完成という頃合になって寝室に戻ると、まだ半分眠っている紫は目を閉じたまま、

「ん~……」

と切なそうな声を上げ、霖之助が眠っていたあたりを手で擦ったり叩いたりしている。
起きた瞬間霖之助がそばにいないのが寂しかったようだ。
そんな紫の様子に苦笑しつつ、もぞもぞしている紫の体に手をかけて上半身を起こす。
それでもぼや~っとしている紫の顔を真っ直ぐ見つめ、朝の挨拶を告げた。

「おはよう、紫」

紫はしばらく眠い目を瞬いていたかと思えば、もそもそと霖之助の首に手を回して抱きついてきた。
そんな紫の背中をさすりつつ、朝食が出来たことを伝える。

「紫、朝ごはんが出来たから起きてくれないか」

「いやぁ~、もっとこうしてるぅ~」

寝起きだからかやたらと甘えてくる紫が微笑ましいが、折角作った朝食を冷ますのも勿体無い。

「ちょっと失礼……よっと」

しがみついて離れない紫の背中と膝の裏に手を回し、いわゆるお姫様抱っこで居間へと運ぶ。
座布団の上に降ろそうとするものの、紫はいまだに離れようとしない。

「紫、御飯が冷めてしまうよ」

「……まだ離れたくないんだもん」

「やれやれ、全く仕方ないな」

ちっとも仕方なさそうに見えない霖之助は、そのまま胡坐をかいて紫を横向きに抱く格好を取った。
紫は霖之助の腕と胸に支えられ、何とか座っている状態だ。

「ん」

目を閉じて口を開ける紫。迷いがないところを見ると、こんなことを割りと頻繁にやっているらしい。
霖之助はさながら小鳥に餌をやる親鳥のように、朝食を紫の口に運んでやった。
最初の一口で紫の目はほぼ完全に覚めているのだが、二人ともやめる気配は微塵もない。
紫は満面の笑みを浮かべて愛する人の手料理を食べさせてもらい続けた。

朝食を全て食べさせてもらうと、今度は紫が箸を取って霖之助の口に料理を運ぶ。もちろん霖之助の上に座ったまま。

「「ご馳走様でした」」

「それじゃあ、僕は食器を片付けてくるよ」

「ええ、よろしくね霖之助さん」

チュッと軽いキスを交わし、霖之助は食器の片付けに台所へ、紫は着替えや洗顔などの身繕いを済ませに別れた。
霖之助は片づけが終わると開店準備を始め、紫はエプロンをきて掃除に取り掛かる。

朝の様子とは打って変わり、今度は紫が霖之助の世話を焼いていた。
掃除が終わったかと思えばお茶と茶菓子をそっと置き、霖之助の目が疲れる頃を見計らっておしぼりを渡す(目に当てると非常に効きます。念のため)。
さらには洗濯ものなどを干しつつ、1時間に一度は霖之助のそばに来て肩をもんだりお茶を入れ替える。
そして大体午前11時頃になると、紫は包みを1つ拵えて霖之助に渡した。

「それじゃあ、結界の点検に行ってくるわね。はい、お弁当。
 夕方には帰るけど、晩御飯は何か食べたいものはある?」

「別になんだって構わないよ」

そっけない言葉に困ったような笑みを浮かべ、紫は霖之助に近づく。
その頬を両手で掴み、おでことおでこをコツッとぶつけた。

「もう、そういうのが一番困るっていつも言ってるじゃない」

「僕もいつも言っているが、君の作る料理に優劣なんか付けられないよ。どれも最高さ」

鼻がつくほどの近さにある紫の顔を見つめて言い返すと、霖之助は本を置いて紫の背中に手を回し、その体をグッと引き寄せた。

「んんっ」

霖之助の舌に口内を蹂躙され、紫はわずかに悲鳴を上げたが、がっちりと霖之助に掴まれているので逃れられない。
もちろん逃れる気などないが。
たっぷり数分間そうした後、やっと霖之助は紫を解放した。紫の頬は薄っすら上気し、目は潤んでいる。

「いきなりなんて随分ひどいんじゃない?」

「夕方まで君にあえないんだ。こうでもしておかないと寂しくて死んでしまうよ」

「それは大変ね。じゃあもっとしておこうかしら」

今度は紫のほうが霖之助を抱き寄せる。
結局、紫が香霖堂から出て行ったのはさらに十数分が経過してからのことだった。



夕刻。
霖之助がちょうど本を読み終わり、ぐうっと伸びをした瞬間、目の前にスキマが開いて紫が膝の上に降りてきた。

「ただいま霖之助さん。今日も疲れちゃった~」

紫は霖之助の首に手を回し、霖之助は体を傾け、紫が自分にもたれやすい姿勢をとる。

「お疲れ様。夕飯にはまだ少し早いし、ゆっくり休むといい」

「うん」

紫が夕食を作り始めるまで30分強、2人はただ互いの体温を感じていた。



そして、夕食。
この日の献立はうなぎ、にらたま、ニンニクの蜂蜜漬け、レバ刺しなどなど。

「……いくらなんでも露骨過ぎないか?」

「あら、霖之助さんはお嫌?」

「まさか。むしろ望むところさ。今晩は覚悟しておくといい」

その後見事に完食してみせた霖之助と紫。
この日香霖堂のそばを通った者は、なぜか皆顔を真っ赤にして帰ってきたそうな。



終われ