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あらすじ
裁縫を通じて惹かれあうアリスと霖之助。
それに納得がいかない魔理沙。三角関係がこじれにこじれた。
一足先に霖之助が立ち直り、アリスと魔理沙が続いた。


「……」

最近ここまでひとつのことを考え続けたことがあっただろうか。
自分に好意を寄せる2人の少女、アリスと魔理沙。

魔理沙とは彼女が物心ついたときからの付き合いだ。
人前では常に明るく振舞い、陰で血のにじむような努力を続ける少女。
自惚れかも知れないが、彼女の支えになってきた自信はあるし、そのことを誇りに思う。

アリスとはつい最近一気に距離が縮まった。
皮肉屋で素直じゃないが、思いやりのある優しい少女。
ここ1ヶ月ほどの、彼女がいる生活はとても充実していた。

どちらかが選ばれ、どちらかは選ばれない。
残酷なようだが、2人とも幸せにするなんて言っても彼女たちは納得しないし、そんな都合の良いことは口が裂けてもいえない。
審判を下すのは自分だ。理屈ではなく、2人のうちどちらと生きていきたいのか、自らの感情を問う。

そして、その答えはすでに出ていた。



「入るわよ」

「じゃまするぜ」

件の2人が店に訪れる。

「用件はもうわかっているよな?」

「はっきり聞かせて頂戴。あなたの口からね」

「……ああ」

2人の顔を交互に見つめる。
もう一度だけ、目を閉じて心に浮かぶ少女の顔を確認する。
心臓はこれ以上ないほど早鐘を打ち、手のひらは汗がじっとりにじんでいる。
だが、逃げ出すわけにはいかない。

「……魔理沙」

2人の反応は異なる。
魔理沙はさらに顔を険しくし、アリスは唇をかみ締め、顔をそらす。
ああ、おそらく2人はわかっている。次に続く言葉を。

「すまない。僕は君を選ぶことはできなかった」



目を閉じ、息を吐く。

―――ああ、やはりそうか―――

覚悟はしていた。予想もしていた。
なのに、面と向かって言われると想像以上に堪える。いっそ崩れ落ちてしまいたいくらいだ。
それでも、今度ばかりは取り乱すわけにはいかない。

「はあ~あ、やっぱりな」

「やはりわかっていたんだね」

「まあな。何歳からの付き合いだと思ってんだ? 香霖の考えなんてお見通しだぜ」

「……」

「なに辛気臭い顔してんだよ全く。あれだけ女っ気がなかった香霖がこんな良い女に言い寄られるなんて金輪際ないぜ。
 それも2人同時にだ。もっと喜べよ」

「魔理沙……」

今度はアリス。
なんともいえない顔をしている彼女にも声をかける。

「お前も同じだよアリス。たった今想いが通じたんじゃないか。笑わないなんてそれこそ私に対して失礼だぜ」

自分自身よくこんなに口が回ると思う。
多分、ごまかしているだけなんだろうが。

「さて、そうと決まればこんなとこに用はないな。若い2人に任せて退散させてもらうぜ」

「……ああ」

「じゃあな香霖。これでアリス泣かしたら許さないぜ」

さあ、一刻も早く外へ出よう。取り繕うのはもう限界だ。



そして店には2人が残る。
しばらく沈黙が続き、それをアリスが破った。

「霖之助さん」

「なんだい?」

「これでよかったの? 本当に私でいいの?」

その表情からは喜びを見て取ることはできない。
魔理沙のことが気になっているのだろう。

「ああ。いつものように理屈でどうのこうのとは考えなかった。
 僕が店にいて、その傍らにいて欲しいのが誰か。それを考えたとき、真っ先に浮かんだのが君だったんだ」

「……そう」

そうしてまた続く沈黙。

「ねえ」

「うん?」

「今日は帰ることにするわ。まだ気持ちの整理ができなくて。
 あ、嬉しくないわけじゃないの。でも、まだ素直に喜べないから……」

「ああ。急ぐ必要はないさ」

そうして店を出ようとするアリスの背中に声をかける。

「そうだ、一つ伝えないといけないことがあった。
 次に君が来たときには、是非とも渡したいものがあるんだ。
 ……待っているよ」



香霖堂を飛び出した魔理沙は、とにかくスピードを上げて箒を飛ばしていた。
歯はきつく食いしばられ、目は前を見ていない。
山から一本だけ突き出た大木。それに向かって突っ込んでいくが、顔を伏せている魔理沙は気付かない。
あわや激突かと思われた瞬間、魔理沙は目の前に開かれたスキマに飛び込んでいった。

気がつけば、布団の中にいた。
見覚えのない部屋。一体ここはどこだろうと思った瞬間、声をかけられる。

「危ないわね全く。自殺なんかされたら霖之助さんが悲しむわよ」

「……お前か、紫」

「ええ、久しぶりね」

「……見てやがったのか」

「もちろん、一部始終をね」

「それで? 惨めな私をあざ笑いに連れてきたってのか?」

「命の恩人に失礼なことね。それに、私にはあなたを笑うことはできないわよ」

「……」

その言葉を聴いてなんとなく察する。

「で、その大量のつまみと酒はなんだ?」

「わかってるんでしょ? こういうときは呑んで呑んで呑みまくるものよ」

「……まあいいや。どうせ呑むつもりだったしな。ここか家かが違うだけだ」

「そうそう。じゃあ乾杯ね。」



それから数十分後。

「随分呑んだわねえ」

「なあ~にまだまだこれからよお~」

2人で次々瓶を開け、気付けばすでにかなりの量を飲んでいた。
そろそろ溜め込んだものを吐き出させようと、紫は魔理沙の本心を尋ねる。

「で、どうなの? まさかすっぱり諦めきれたわけじゃないんでしょ? 言いたいことがあるなら吐き出してしまいなさいな」

少し目を左右にやる魔理沙。酔いはやや醒めたらしく、迷いつつもぽつぽつと話し始めた。

「最初はさ……あいつらが憎くて仕方なかったんだ。
 私のいない間にこそこそしやがって……って。
 でも段々、自分に対する後悔のほうが大きくなってくのがわかったんだ。

 何でもっと積極的に行かなかったんだろう。
 貰い手がなかったら頼むなんて軽口でごまかして、そんなんで香霖が気付いてくれるわけないって知ってたのに。
 まだ私は大人になってないから、もっと大人にならないと香霖とは釣り合わないからって、
 本気になるときを『今』から『いつか』にすり替えてた。
 そんなことをしているうちに、『今』本気になってるアリスが香霖を動かし始めたんだ。
 気がついた時にはもう手遅れで、香霖はすっかり私の方を向いてなかった」

その言葉に思うところはあったが、今はとにかく聞き手に徹する。

「なんで『いつか』なんて考えてたのかなあ。チャンスなんかいくらでもあったはずなのに。
 やりたいこともいっぱいあったんだぜ。
 唐突に『愛してるぜ』とか言って香霖を赤面させたり、
 新しい料理を覚えて『おいしいよ』って言わせたり。
 祭に2人で手をつないで出かけたり、
 花見や月見でのんびり酒を酌み交わしたりもしたかった。
 同じ布団で寝て、香霖の腕を枕にして。寒いからぴったりくっついて『これで寒くないぜ』ってささやいたり。 
 つい何ヶ月か前まで、手を伸ばせば届いたかも知れなかったのに、今じゃもう届かないんだ。
 どんなに泣き喚いても、力づくで奪い取っても、それは私が欲しかった香霖じゃない。

 ……私を一番愛してくれる香霖じゃないんだ……」

そこまで言うと、魔理沙は肩を震わせて俯いてしまった。

自分もこの子と同じだ。
その気持ちは手に取るようによくわかる。
だから、魔理沙の頭を優しく胸に抱いた。

「泣いたっていいのよ。あなたはまだ若いんだから。
 こういうときは、泣いて泣いて全部吐き出しなさい。
 そうして成長していけばいいの」

そう言いながら魔理沙の頭を撫でる。

「うっ……ぐっ……うわああああああああああああああ!」

いちど決壊してしまえば、もうあとは吐き出すだけ。
爪のあとが残るほど強く紫を抱きしめ、魔理沙はいつまでも泣きじゃくっていた。



2日が経過した。
しかし、まだアリスはやってこない。

(もう少し時間がかかるのかもな……)

そんなことを考えつつ、霖之助は先ほど届いた文文。新聞の号外を開く。
その目に飛び込んできたのはこんな記事だった。


『熱愛発覚! 香霖堂店主森近霖之助と、七色の人形遣いアリス=マーガトロイド!』


同じころ、アリスもその記事を目にしていた。
つい先ほど、この新聞を作った本人、射命丸文が直接渡しに来たのだ。

「この号外はあなたが見なくちゃダメなんです! 今回情報をくれた人から頼まれたんですから!」

何が言いたいのか良くわからなかったが、どの道今は何も手につかない。
まあ気を紛らわすくらいのことはできるだろう。
そう思って新聞を開いた瞬間、アリスの頭は一気に覚醒した。

新聞の内容を要約するとこうだ。

『いつものようにネタを探していたところ、急遽取材の申し込みがあった。
 渡りに船とその人物にあえば、なにやら人知れず咲いた恋があったとのこと。
 しかもそれが有名な魔法の森に住む2人、森近霖之助とアリス=マーガトロイドと聞けば、
 これは記事にせざるを得ないと判断した』

その後は2人の馴れ初めについて記されている。
情報提供者の名前を見ると、こう書いてあった。

『霧雨 魔理沙』



「……ここまでお見通しってわけね」

どこまでも世話焼きなやつだ。
自分が失恋した直後だというのに、アリスが魔理沙のことを気にして動けなくなることまで考えていたのか。
ここまでされては、自分も腐っているわけにはいかない。
人の恋路を勝手にばらすのは不届き千万だが、背中を押されたのも事実だ。
この記事を見た読者が押し寄せる前に、霖之助の下へ。



バタン!
勢いよく戸が開く音を聞きつけて目をやると、ここ2日待ち焦がれた少女の姿があった。

「……見た?」

何を、とは聞かない。

「ああ。全くあの子らしいな」

「そうね。私もようやく覚悟が決まったわ」

2人で笑いあう。どちらかといえば苦笑に近い笑みだったが。

「それでは僕の思いを伝える前に、この前話したものを渡そう」

そう言って奥に引っ込む霖之助。
戻ってきた霖之助の手に乗せられていたのは紙の包み。

「開けてごらん」

言われるがままに包みを開く。
出てきたのは、非常に細かな刺繍が施され、生地も糸も高級な品を使用した『振袖』であった。

「これを……私に?」

「ああ。……それは僕の、母の形見なんだよ」

「え?」

目を丸くするアリスを眺めつつ、話を続ける。

「僕が人間と妖怪のハーフということは知っているだろう?
 人間だったのは母のほうでね。それなりの良家の一人娘だったらしい。
 父は母が僕を身ごもったあと、親族たちに追われ、今は行方知れずだ。
 母は妖怪の子を宿したために家を勘当されたそうなんだが、そのとき母親、
 つまり僕の祖母からこの振袖を渡されたそうだ。
 祖母も曾祖母から譲り受けたもので、母が嫁に行くときに着せたかったそうだが、
 今話したような事情でそれも適わなくなってしまった。
 だからせめて、まだ見ぬ孫が女なら孫に、男ならその伴侶となる女性に受け継いで欲しい、とね。
 この話を聞いたのは母が他界する直前だった。もう何十年も前の話さ」

「……そんな大事な物を私がもらうわけには「アリス」」

軟らかくアリスの発言をさえぎる霖之助。

「僕と君が、初めて和服について語った時の内容は、まだ覚えているかい?」

当然忘れてなどいない。
確か、和服は着る人間が代わっても大丈夫なように厳密な採寸をしない。
そしてその理由は

「……あ」

大事な着物を、子へ、孫へ。
何年も何年も大事にしてきた着物だからこそ、それを授けることによって、


相手に愛情の深さを伝えるのだ。


「……」

言葉もないアリスに、霖之助が声をかける。

「その着物以上に大切なものは、僕の店にもない。値打ちの問題ではなく、ね。
 これが僕の答えだ。
 ……受け取ってくれるかい?」

ともすればあふれそうになる涙を必死に抑える。
今は泣くときじゃない。笑うときだ。
そうしてアリスは霖之助に応える。

「はいっ!」

その顔は、見るもの全てを魅了する最高の笑顔だった。



魔法の森の入り口に存在する店、香霖堂。
そこを訪れた客に、店の名物は何かと問えば、皆が口をそろえてこう言った。

それは、いつ見ても仲睦まじい銀髪と金髪の夫婦である、と