frame_decoration

あらすじ

少しずつ縮むアリスと霖之助の距離。
それに嫉妬した魔理沙が爆発、それでも朴念仁な霖之助に今度はアリスがキレる。
皆自分の気持ちが整理できなくなっていた。



アリスが飛び出していった香霖堂。
霖之助は魂が抜けたような顔をして座り込んでいた。
思い出すのはアリスの言葉。

―――自分が何をしたのか、なんで魔理沙が泣いてるのか、悩んで悩んで悩みぬきなさい!―――

かつては、自分がすでに男としては枯れているものと思っていた。
だが、アリスと触れ合ううちにそれは自分の思い込みだと気付いた。いや、アリスが気付かせてくれたのだ。

……魔理沙の顔が頭に浮かぶ。

小さいころは甘えん坊だった。
年の割りに賢かった。
魔法を志してからは父親とそりが合わず、自分が何度も仲裁に入った。

自分が霧雨の家を出てからも縁は切れていない。
研究に行き詰ればここに来て一言二言口をこぼし、帰っていく。
うまくいったら嬉しそうに自慢しにくる。
店のものを持っていく代わりに差し入れをもらうことも多い。
料理を振舞ってくれることもしゅっちゅうだ。

ここまでなら仲の良い兄妹と言っても差し支えないだろう。
だが、

―――安心しろ。香霖を好きになる物好きな女がいなくても私がもらってやるぜ―――
―――貰い手がなかったらよろしく頼むぜ―――

こんなことは兄妹同士で言ったりしない。
なのに、本気に取ったことは一度もなかった。
自分に見せる彼女をそのまま彼女の本質だと思って疑いもせず、ただの軽口と切って捨てた。
どんなに年が経っても、言葉遣いや表面上の性格が変わっても、魔理沙は魔理沙だったというのに。
小さいころのまま、甘えん坊で寂しがりやな女の子だったのに。
今ならわかる。彼女が軽口に見せかけて、その裏でどれだけの緊張と不安を押し殺していたのか。

「最低だな……」

「ええ、本当にね」

独り言に対する、ありえないはずの返答。
こんなことをするのは一人しかいない。

「見ていたのかい……? 紫」

「ええ、あの人形遣いがここに通うようになってからさっきの顛末までずっと」

背後に気配を感じる。スキマから上半身を出して話しかけているのだろう。

「いまさら覗いていたことをどうこう言う気もないが……情けないところを見られてしまったね」

「そうね。さっきのはちょっといただけなかったわ」

ふぅ、とため息を吐く。
手厳しいことだが、今はその率直な物言いが心地よい。

「それで? あなたはどうするつもりかしら?」

「どう……か」

「まさかここまで来て選べないなんて事は言わないでしょうね?
 事態をここまでこじらせたのは間違いなくあなたの責任。ならこの問題はあなたが片をつけないといけない」

「そう……そうだね。わかってはいるつもりさ」

わかっている。これは自分が答えを出さないといけない問題だ。
そんなことは痛いほどわかっているのに、それでも自分の気持ちははっきりしていない。
情けなくて腹立たしくて自分を殴りつけたい心境だが、そんなことをしても何にもならない。

「一つ……簡単に済ませるほうがあるわよ?」

その言葉が耳に届くと同時に、両肩に重みを感じる。
しなだれかかって来た紫は、霖之助の耳元でさらに言葉をつむぐ。

「私を選んでくれたら、全部きれいに収めてあげる。
 私の持つありとあらゆる力を持って、元の鞘に必ず戻してあげる。八雲の名において誓うわ。
 ……そのかわり、私をあなたのものにして」

それは、抗いがたい甘美な誘惑。
確かに、彼女の能力を持ってすればこの問題はすぐにでも解決するだろう。
しかも幻想郷最高の妖怪を伴侶に持つ。これ以上の名誉は幻想郷に存在しない。

だが、その選択はありえない。

「君にそこまで言ってもらえるとは光栄だが、受けるわけにはいかないな」

「あら、やっぱり? まああなたならそういうと思っていたけど」

そういうと、紫はあっさり霖之助から離れた。

「じゃあ、しっかり考えて答えを出すことね。
 この八雲紫を振った男が生半可なことをしたら、永劫許さないからそのつもりでね」

「紫、君は……」

彼女なりに励ましてくれたのか。それとも……。
そんな思いがよぎった瞬間、唇を指で押さえられた。

「変なこと考えるんじゃないの。それじゃあね霖之助。頑張りなさい」

そういい残して、紫はスキマに戻っていった。

「ああ、もちろんだ。ありがとう、八雲紫――」

さあ、ここからは自分の仕事。



――紫の自室にて――

「はぁ……私も完全には悪役にはなりきれないのね……」

たったいま香霖堂から戻ってきた紫。
霖之助が考えたとおり、彼女も霖之助に淡い思いを抱いていた。
そんな彼女がアリスの接近を許したのは、ひとえに楽観と自信が原因だった。

客観的に見て自分は美人だと思う。
妖怪や人間を問わず言い寄る男はいくらでもいた。
だから焦る必要はない。
アリスのような1000年も生きていない小娘に自分が遅れをとることなどありえない。
そう思って放置していた。
もっと早く、自分から積極的に動いていればこんな事態にならなかったであろうことも知らず。

気付けば女にあれだけなびかなかった霖之助がアリスと懇意になっていた。
そのときにはもう手遅れで、なまじ明晰な頭脳を持つだけに、自分にはもうチャンスが訪れないことを理解してしまった。

これは自分の自業自得。
相手を侮り、自惚れていた自分の落ち度。

だから、泣くのはこの一回きりだ。

ぎゅっと目を瞑る。目じりにたまっていた涙は頬を伝い、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
だがそのまま落とすことはしない。涙の落ちる先にスキマを開き、回収する。
自分の式は優秀だ。涙の跡でもあれば簡単になにがあったか察してしまうだろう。
いや、おそらくはもう気付いているのだろうが。
さあ、もうすぐ式の式が食事の時間を伝えに来るだろう。
それまでには、悲しみも後悔も心の奥に封じ込めてしまわないと。

「藍さま。まだ紫さまをお呼びに行かなくていいんですか?」

「もう少し、もう少しだけ待ってくれ橙」

妖怪は精神的な病に弱い。つまり心の傷の治りが遅いということだ。
たとえ霖之助がどんな答えを出したとしても、今現在人間の魔理沙や元人間のアリスはそう長くないうちに立ち直ることだろう。
だが妖怪の紫はそうはいかない。表には出さなくても、10年、20年、いやもっと長く心の痛みは残る。
だから今は、もう少しだけそっとしておきたい。

その日、マヨヒガの夕食はいつもより少しだけ遅かったという。