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【子煩悩】後編


寝付いた霖太郎を見ていた霖之助だが、困ったことに気がついた。
店番に行くと、霖太郎が起きたときに霖之助の姿が見えなくなってしまうのだ。
起きている時ですら、部屋にひとりで残されることを嫌った霖太郎のことである。
目が覚めたときに霖之助がいなければ、本格的に泣き喚くであろう。
少々過保護な気もするが、霖太郎はつい今朝、起きたら親がいなくなっていたという経験をしたばかりだ。
できればそのような思いを日に2度もさせるようなことはしたくない。

悩んだ霖之助だったが、結局すぐに開き直ることにした。
どうせ店番をしていても客など来ないし、知り合いはさっき来て帰っていったばかりだ。
泥棒ならこんなところの店を標的になどしないし、霊夢や魔理沙が品物を取っていくのは店番をしていようがいまいが変わらない。
ならこの子を安心させるためにここにいるのが最善だ。
いつの間にか、霖太郎は霖之助内優先順位決定戦のトップランカーに躍り出たらしい。


しばらくして、霖太郎が目を覚ました。
寝ぼけ眼をこすりながらあたりを見渡すが、霖之助の姿はない。
霖之助に置いていかれたのかもしれないと思って泣きかけた霖太郎だったが、後ろを振り返ると胡坐をかいて寝ている霖之助の姿を発見した。
パアッと笑って、霖之助のところへとことこと歩いていく霖太郎。
霖之助の顔を覗き込むが、どうやら霖之助も朝からの騒動で疲れているらしく、起きる様子はない。
む~っという顔で霖之助の膝をぺちぺち叩いたり、服を引っ張ってみるが効果はなし。
かといって部屋から出て霖之助が見えないところに行くのも嫌。
結局霖之助で遊ぶことにしたらしく、組んだ足に乗ってバランスをとってみたり、そこから飛び降りたり、首につかまってぶら下がってみたりするのであった。

さしもの霖之助も、そこまでされれば嫌でも起きる。眠い目のこすり方まで霖太郎とそっくりだ。

「おはよう、起きたのかい霖太郎」

霖之助が起きたのが嬉しいらしい霖太郎は、にへー、と笑って首に飛びついてきた。
霖之助はそれを落とさないように抱きとめると、さてこれからどうしたものかと思案を巡らせる。
この店には子供の遊具となるようなものが一切ない。
かといって本を読んでもまだわからないだろう。そして自分は歌が苦手だ。
アリスやミスティアには残って貰っても良かったかな、と考えるが後の祭り。
悩みに悩んだ挙句、霖之助はある場所に出かけることにした。


靴を履かせ、霖太郎を連れて歩くこと数十分。
どう見ても親子にしか見えない2人組みは、立派な花畑にやってきた。

「さて……」

霖之助といえども、この花畑に無断ではいるのは少々よろしくない。
まずは話を通しておこうと緑髪の少女を探していれば、向こうのほうから話しかけてきた。

「あら、霖之助じゃない。あなたからこっちに出向くなんて珍しいわね。……その子が例の隠し子?」

まさか幽香まで知っているとは。
文はたった1時間足らずでどこまで噂を広めたのだろうか。

「……一応弁解しておくが、この子は僕の実子でも養子でもないよ。
 今朝起きたら、書置きと共に店先で泣いていたから面倒を見ているんだ」

「そう。それで、何の用?」

「なに、大したことじゃない。この子と君の自慢の花畑を鑑賞させて欲しいんだ。
 無論ただでとは言わないよ。君の日傘が壊れたら3回まで無償で修理する。
 悪い条件じゃあないだろう。もちろん花を摘んだりしないようきちんと見張っておく」

「……まあいいわよ。
 その条件なら私のほうに断る理由はないし。
 それにしても、どうしてここを?
 私が言うのもなんだけど、他にも安全な花畑くらいあるでしょう?」

「それを言うなら魔法の森にいる所から考え直さないといけないよ。
 人里なんかと比べれば危険だが、用心していればまず問題はない。君の許可ももらったしね。
 それにここの花畑は、規模といい花の活力といい、幻想郷随一だ。
 僕はいつまでこの子と居られるかわからないから、行けるうちに僕の知っている最高のものを見せてあげたくてね」

「……そ。まあ好きにするといいわ」

交渉は成立したようだ。
去っていく幽香の背中にありがとうと声をかけ、霖之助たちは花畑を見て歩くことになった。

これほど大量の花を見たことがないのか、霖太郎はずっと口を開けてキョロキョロしている。
さっきから見上げてばかりの霖太郎を見て、霖之助は肩車をしてやることにした。
よほど楽しいのだろう。霖太郎は体をゆすってケラケラと笑っている。

「ほら霖太郎、これは向日葵って言うんだ。言ってごらん。ひ ま わ り」

「い あ ま い?」

小首をかしげる霖太郎に、まあこんなものだろうなあ、と苦笑する。

「そう。ひ ま わ り」

「いあまいー!」

一点の曇りもない笑顔は、きっと周りの花畑が綺麗だから。霖之助が肩車してくれているから。霖之助と話しているから。
霖太郎は今、幸せに包まれていた

「ああ、ほら掴んじゃダメだ霖太郎。優しく撫でてあげないと」


それから、本当に幸せな日々が続いた。
あれほど一人の時間を望んでいたのに、今ではそんな自分は微塵も見当たらない。

食事は一回一回本当に悩んで献立を考え、全身全霊を持って作り上げる。霖太郎はどれも美味しそうに食べてくれた。
一緒に風呂に入っては、丁寧に体を洗い、湯船で数を数え、2人で歌にもならない歌を歌った。
寝るときは同じ布団で、互いにしっかりと抱き合って眠った。

知り合いに頼み込んで、人里を訪ねた。
神社を、竹林を、冥界を、紅魔館を、大蝦蟇の湖を2人で見て回った。
アリスに人形劇を披露してもらい、慧音に子供用のおもちゃで遊ばせてもらい、ミスティアの歌に聞き入り、妹紅の炎に見とれた。
店に訪れる魔理沙や霊夢、咲夜や美鈴と一緒に遊んだ。

いつも霖太郎は笑ってくれた。いつも霖之助に笑いかけてくれた。
そんな至福の時間。

だが、その時間も永遠には続かなかった。


ある日、慧音が一人の女性を連れてきた。

「……あなたは」

それは数年前、香霖堂に訪れた女性だった。
その顔を見て、霖之助は当時の会話を思い出す。

―――人と妖怪は幸せに添い遂げることができるか……と?―――

―――はい。こちらの店主様は半人半妖と伺いましたので―――

―――……古来、人とその他の存在が交わった例はいくらでもありますし、あなたに後悔しない覚悟さえあるなら、きっと幸せになれるでしょう。人間だった母からの受け売りですがね―――


「店主様には本当にご迷惑をおかけしました。……申し訳ありません」

事情はこうだ。

妖怪と愛しあうこの女性は、将来に不安を覚え、妖怪と人のハーフである霖之助に相談しに来た。
自分と同じ存在を生み出すことに抵抗はあったが、今は自分の頃とは時代が違う。そう考えた霖之助は、肯定的な意見を述べた。
その霖之助の言葉がきっかけとなり、妖怪と女性は目でたく結ばれ、霖太郎が生まれることになった。

不幸だったのは、女性の家が由緒ある名家だったこと。そして、その妖怪が人と偽って婿入りしたこと。
ある日、霖太郎の父が妖怪であることを知った当主は酒の席で不意を打ち、妖怪は半死半生で打ち捨てられた。
流石に幼子である霖太郎を傷付けるのは忍びなかったらしく、女性の隙を狙って連れ出し、腕利きを雇って魔法の森まで捨てに来たらしい。
霖之助が相談を受けたということは、霖太郎の父について調べる内に知ったようだ。
責任を取れという置手紙は、妖怪の血を引く子供が生まれるきっかけとなった責任を取れという意味で書いたということだった。

今回のことで、女性は生家と縁を切ることにしたらしい。
今日まで迎えにこれなかったのは、霖太郎の父が一命を取り留めるまで看病していたからだそうだ。

「あまり人里と付き合いのない家のことで、私も気付かなかった。……すまない」

「……随分勝手な話だ」

「もちろん知っていればなんとしても止めました。しかし、まさか彼のことが知られるとは思っていなくて……」

「……そうじゃない。
 僕の言った覚悟とは、隠し通す覚悟のことなんかじゃない。
 周りに妖怪と添い遂げることを打ち明けて、反対されても引かない覚悟だ。
 生家を追われ、妖怪と子供、3人で暮らすことになっても、後悔しない覚悟だ。
 生家での生活のために、妖怪と惹かれあったことを隠すような覚悟で……妖怪の子が欲しいなど……」 

彼女にも事情があっただろうことはわかっているが、怒りをこらえきれない霖之助。

「……」

反論は無意味だとわかっているか、女性も何も言い返してこない。
そして、動いたのは霖太郎だった。

「……うー」

女性の前に立ち、通せんぼをするように手を広げる霖太郎。
霖之助が母をいじめているのだと思ったようだ。
それを見て、霖之助の胸に去来した思いは、霖太郎に選ばれなかった悲しみでもなく、怒りでもなく、……安堵だった。

少なくとも自分は霖太郎に好かれている。自惚れではなくそう確信している。
だが、霖太郎はその自分を睨みつけてきた。誰でもない、母を守るために。
それは、この女性が霖太郎を大切に育ててきた証拠だ。
いくら優しくされても、本心から愛されていなければ子供はここまで母を慕うことはないだろう。

「……どうやら、僕は振られてしまったようですね」

「店主様……」

「この子を見ればわかります。あなたがどれほどこの子を大切に育ててきたか。
 だから、もう僕から言うことは何もありません。
 ……ただ、約束してください。もう2度とこんなことは起こさせないと。
 そして、この子が大きくなったら伝えてください。
 ……この子のことを、実の子のように大切に思っている男が、ここにいることを」

「……ありがとう……ございます」

そして、女性は霖太郎を抱き上げる。久しぶりに母に抱かれ、霖太郎は嬉しそうに笑った。
だが、女性が霖太郎を抱きかかえたまま去ろうとすると、その顔は不安そうなものに変わった。
あー、あー、と叫んでは霖之助に向かって体を乗り出し、届かぬ手をそれでも届けといわんばかりに伸ばしてくる。
女性が香霖堂から遠ざかるにつれ、その声は悲痛な泣き声へと変わっていった。

「……っ」

火がついたように泣きつづける霖太郎の姿に、胸がつぶれそうに痛む。
この数日、いつも笑っていた顔がゆがんでいるのに耐えられない。
許されるなら今すぐ駆け寄って抱き寄せてやりたい。
力づくで霖太郎を奪い返して、自分が育てるのだと叫んでしまいたい。
だが、そんなことはできるはずもない。なぜなら、親と暮らす幸福を霖之助自身も知っているから。
だから、まるで振り切るかのように、泣き喚く霖太郎に背を向けた。

そんな霖之助の姿に、霖太郎はさらに強く泣き叫ぶ。
そして、無限にも思える地獄のような数分間が過ぎ去り、後には慧音と霖之助が残された。

「霖之助……」

肩を震わせている霖之助に声をかけるが、霖之助は振り向かない。

「すまない……今だけは……そっとしていてくれ……」

向こう側を向いているため、霖之助が泣いているのかどうか慧音にはわからなかった。
抱きしめてやることもできたが、今の霖之助は慰めを求めてはいないだろう。
霖太郎と分かれた悲しみを、誤魔化すことなく受け止めようとしているはずだ。
霖之助の握り締めた拳から、赤い雫が一滴地面に滴り落ちた。





それから数十年の後、香霖堂を頻繁に訪れる、店主に良く似た若者の姿があったという。