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【子煩悩】前編


ある日のこと。
いつもどおりの時間に起床し、いつもの服を着込み、いつものやりかたで洗顔を済ませ、いつもの決まった朝食を作り始めた霖之助。
ただ一ついつもと違っていたのは、店の外から妙な音が聞こえたことだった。

「―――! ―――!」

音と言うよりは何かの泣き声のようだ。
妖怪に襲われた人間か、逆に退治されかかった妖怪か。
なんにせよ、店の前で放置するわけにも行かない。
用心のために草薙の剣を携え、霊夢が置いていった札を服に仕込んだ霖之助は、店の戸をそっと開けて様子を伺った。

泣き声はやや大きくなったが、特に何かが居るわけではない。
物陰から襲い掛かられる可能性を考慮し、慎重に戸を開けていくと、その戸に何かが触れたような手ごたえがあった。
そろそろと戸の向こう側を覗き込むと、そこには一抱えもある竹の籠。
音はその籠の中から聞こえているらしい。
意を決して中を覗き込んだ霖之助が見たものは、

霖之助そっくりの、銀髪を持った幼子だった。


「さて……これは一体どうしたものだろうね」

とりあえず子供は霖之助が抱きかかえると泣き止んだ。今は服の胸元をがっしりつかんで涙目だ。
年のころは大体1~2歳というところか。話しかけても返事はない。
そんなことより問題はその子の服にはさまれていた置手紙。

「責任を取ってください……と言われてもなあ」

とりあえず霖之助に思い当たる節はない。
落ち着いたら慧音のところでも訪ねて、このくらいの年の子がいる家はないか聞こうと決めたその時、

「こんにちはー! 今日も元気に文文……ええええええええええええええええええええええええええ!?」

「……世にも奇妙な反応をどうもありがとう」

厄介な相手が来た、とため息をつく霖之助。
この状況を見られて厄介なことにならない相手のほうが多いのだが、まあそれはさておいて。
状況を説明しようとした霖之助だったが、

「り……」

「り?」

「霖之助さんの不潔ーーーーー!」

説明する暇もあればこそ、絶叫と共に文は飛び去っていってしまった。
ああ……本当に厄介なことになるなあ、と今後の展開を予想しつつ、再び泣き出した子供をあやす霖之助だった。


それから一時間ほど後。
あまり広くない香霖堂の店内には、非常に大勢の女性たちが集まっていた。
霊夢、魔理沙、美鈴、慧音、妹紅、紫、藍、橙、アリス、永琳、鈴仙、文、妖夢、幽々子、映姫、小町、ミスティア、リグル、チルノ、ルーミア、早苗、などなど。
最初はそれぞれが言いたいことを言っていたため、想像を絶する騒がしさだった。

責任とはどういうことだ。
いつの間にこんなことになった。
母親は誰だ。
裏切り者。
自分というものがありながら。
気のある振りをしてもてあそんだのか。

一人一人なだめつつ、なんとか事情を説明しようとする霖之助だが、誰一人として言うことを聞こうとしない。
誰かに返事をしようとすれば他の誰かが詰問してくる無間地獄。

「だからさっきから言っているように……」

ほとほと弱り果てた霖之助だが、何か服の胸元がやたら突っ張っていることに気付く。
見ると、抱いていた子供は好き放題わめき散らす彼女たちに怯え、泣くこともできず必死に霖之助にしがみついて震えていた。
そんな子供にはお構いなしに捲くし立てる彼女たち。
そして、

ブチ

「いい加減にしろ!!!!!」

ついに堪忍袋の緒が切れた。
思わずカウンターの上にバァン! と拳を叩きつける霖之助。
かつてないほど怒り狂う霖之助に、女性陣の声はぴたっ、と止まり、殺意すら感じさせる目を見て一気に血の気が引いていった。
そんな中、一足先に慧音が我を取り戻し、何とか場を収めようと声をかけた。

「お、落ち着け霖之助。確かに私たちも悪かった。すまない、このとおりだ。
 みんな反省しているし、謝るから事情を話してもらえないか?」

その言葉を受けて、次々に「ごめんなさい!」と頭を下げる面々。
ふーっ、と一息ついて子供の背中を優しくさすり、霖之助も落ち着きを取り戻す。
その後は慧音がまとめ役として話を進め、今朝の経緯をようやく伝えることができた。


「それにしてもそっくりだな……」

泣いているときには気付かなかったが、目と言い口元といい、霖之助がそのまま小さくなったような顔をしている。

「名前はわからないのか?」

「僕の能力は生物には効かないよ。
 何度も聞いては見たが、こちらの言うことはなんとなくわかっても言葉はほとんどしゃべれないようだね。
 困ったような顔で見上げてくるばかりさ」

「さしあたって呼び方を決めるか……たしか男の子だったな」

「ああ」

それを聞いてここぞとばかりに主張する女性たち。

「ここは紫霖(ゆうり)でしょう」

「そんなみょうちきりんな名前聞いたことないぜ。魔霖之助(まりのすけ)でどうだ」

「露骨過ぎるわよあんたら。霊璽(れいじ)なんか響きが良くていいんじゃない?」

「いやいや、ここは霖音(りんね)が……」

「輪廻なんて縁起でもない。霖紅(りこう)とか、利口と掛かってていいだろ?」

「あ、あの、鈴霖(れいり)は……」

「美健(メイジェン)がいいですよ! 美しく健康的ってことで!」

「あややや、霖丸(りんまる)を譲るわけにはいきませんよ!」

「霖妖(りよう)!」

「アルス!」

「リ、リドル!」

「ルーミー!」

「……!」

「……!」


紆余曲折の後。

「……無難に霖太郎(りんたろう)で異論はないな?」

「僕の名にちなんだ名前にするのはやめて欲しいんだが……」

とりあえず呼び名は決まったようだ。


場は収まったものの、霖太郎(仮)は知らない人間(ほぼ人外だが)に囲まれて怖いのか、今でも霖之助の胸元にしがみついてこちらを伺っている。

「そんなに怖がらなくてもいいんだがなあ。ほれ、いないいない~~~ばぁ!」

とりあえず笑わせようとする魔理沙だが、

「……ふぇ」

なぜか泣き出しそうになったため、霖之助が慌ててなだめる。
一方の魔理沙は相当ショックだったらしく、白くなってヒビが入っていた。

「あんたは遠慮がなさ過ぎるのよ……」

と、今度はアリスが上海を操作する。そっと目の高さをあわせた上海を見る霖太郎(仮)。

「コンニチハー」

「……?」

「ヨロシクー」

「ほら霖太郎。この子は上海と言うんだ」

どうやら興味を持ってくれたらしく、目を輝かせて見ている。

「ミテテー」

踊り出す上海。
ミスティアが踊りに合わせて歌を歌うと、徐々に霖太郎(仮)も楽しくなってきたらしい。
きゃっきゃと笑う霖太郎(仮)に、集まった女性たちも顔が緩む。

「可愛いなあ……」

「本当に可愛い……」

「霖之助さんも小さい頃はこうだったのかなあ?」

「ああ、見てみたかったなあ……」

「それにしても……」

「「「「「「「「「可愛い……!!!」」」」」」」」」

既にみな霖太郎(喜)にメロメロだった。

この後、霖之助一人では大変だからということで、慧音が香霖堂に残って霖太郎(笑顔)の面倒を見ると言い出した。
当然我も我もと言い争う女性たちだったが、その様子を見て怖がる霖太郎(涙目)。
再び霖之助の目がきつくなったため、全員即座に意見を取り下げる。
結局霖之助が何とかすると言うことでこの場は収まり、皆それぞれの場所へ帰っていくのだった。
ちなみに慧音が言うには、里に銀髪の子供はいないらしい。


「はあ……」

嵐が過ぎ、静けさを取り戻した店内で霖之助は息をつく。
どっと疲れが出てきたのを感じていると、霖太郎(心配顔)が顔を撫でてきた。
どうやら慰めてくれているらしい。そんな霖太郎(一生懸命)の姿に笑みがこぼれる霖之助。
そのとき、くぅ、と言う音が聞こえた。そういえば朝からまだ何も食べていない。

「きみは何なら食べられるんだろうね……」

霖太郎(空腹)に話しかけても、まんま、としか言わない。
さっきまで何も言わなかったのは泣いたり怖がったりしていたからのようだ。
とりあえず離乳食が必要な年ではなさそうだったため、朝食用の魚を焼いて一緒に食べることにした。


食事の用意が整った。
霖太郎(夢中)はまだ箸を使うには早そうだったので、さじを使わせることにした。
魚は霖之助が身をほぐしてから御飯に混ぜてあり、小骨などは一切入っていない。
栄養のバランスも子供には大事なので、野菜が柔らかくなるまで煮込んだ味噌汁も付けておいた。当然温度も調節済み。
濃い味付けもよろしくないため、非常に薄味で素材の味を生かすように作ってある。

「おいしいかい?」

返事は期待できないだろうが、子供には極力話しかけるのが良いと何かで読んだことがある。
霖太郎(至福)は何を言われたかはわからずとも話しかけられたのが嬉しいらしく、さじを使う手を止めてにぱっと笑ってくれた。

「おいしいみたいだね。いっぱい食べるといい」

これだけ喜んでくれているなら、頑張った甲斐があったというもの。霖之助も自分の食事を再開する。
霖太郎はまだ自分で食べることに完全には慣れていないらしく、御飯をポロポロこぼしていたが、
予想していた霖之助が前掛けを付けさせているので問題ない。

「もういいのかい? それじゃあ、手を合わせて。そうそう。せえの、ごちそうさまでした!」

「……たっ!」

わけはわからずともなんとか真似をしようとする霖太郎が微笑ましくて仕方ない。

「じゃあ僕は食器を片付けてくるから、ちょっと待っててくれるかい?」

またにこにこと笑って、あーい、などと返事をする霖太郎。
だが、霖之助がどこかに行くとは思っていなかったらしく、立ち上がった霖之助が背を向けると、とたんに不安そうな顔になった。
うー、あー、と悲しそうな声を聞いた霖之助が振り返ると、両手をこちらに突き出した霖太郎が駆け寄って足にかじりついてきた。
嬉しいような困ったような複雑な気分で引き離そうとするが、手を離したら霖之助がいなくなると思っているのか、霖太郎は一切力を緩めない。
とりあえず食器はその辺において霖太郎を抱きかかえると、霖之助はあるものを探し始めた。

結局、霖太郎は背負い紐でおんぶして連れ歩くことにしたらしい。
背中から手元を覗き込んでいる霖太郎と、良い気分で食器を洗う霖之助。
一人でいるときよりずっと手間がかかって仕方ないが、それが全く嫌ではない。
むしろ、そういう手間が楽しくて仕方ないくらいだ。

「……ふむ、意外と子煩悩らしいな、僕は」


片づけが終わって部屋に戻ると、霖太郎は満腹と疲れのためか、くうくうと寝息を立てていた。
霖之助は布団を敷いて霖太郎を寝かせると、しばらくその寝顔を優しく見つめていた。