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外の世界で幻想と化した物が、最終的に行き着く幻想郷。
だが幻想郷に来るモノは、物ばかりというわけでもない。


【偶然が重なった必然】


魔法の森にある店、香霖堂。
この店の店主こと森近霖之助は、今日も商品を仕入れに無縁塚へと赴いていた。
普段は一人で黙々と進むはずの道中だが、今日は珍しく霖之助に話しかける者がいる。

「いつもこんな道を歩いてんのか……?
 もやしっ子だと思ってた香霖も結構体力あるんだな」

声をかけたのは、人間の魔法使い、霧雨魔理沙。
霖之助の昔なじみにして、香霖堂の儲けにならない常連である彼女。
一度くらい見ておいても損はないだろう、と言ってついて来たのはいいが、すでにその疲れを隠そうともしていない。

「僕としては、どこへ行くにも足を使わないで飛んでいく君や霊夢のほうがよほど不健康だと思うんだがね」

「その分弾幕ごっこで汗を流してるから問題ないぜ」

こんなやり取りもいつものことだ。


無縁塚に到着した霖之助は、早速落ちているものを吟味し始める。
たまごっち。これは一時期随分な数が落ちていたが、今ではほとんど見ることはない。
似たように、かつては大量に仕入れていたが、今では見かけなくなったものが目に付く。
これらはすでに大量に在庫があるため、目をくれることはない。
なにか珍しいものや新しいものはないか。
そう思って探していた霖之助だったが、

「うわっ!? なんだなんだ!?」

魔理沙の声で探索を一時中断することになる。

「どうかしたかい? 魔理沙」

「こ、香霖! い、い、今なんか変な声が聞こえたんだ!」

よほど驚いたのか、尻餅をついたまま虚空を指差す魔理沙。

「とにかく落ち着くんだ魔理沙。それで、どんな音が聞こえたんだい?」

「あ、ああ。なんか歌声みたいな感じだったぜ。時計がどうとか……。
 あ、気をつけろよ香霖! ちょうどその辺だ!」

歌と聞いて、霖之助の記憶にピンと来るものがあった。
魔理沙が言う場所に立ち、必死に止めようとする魔理沙を手で制して耳をすませる。

……今は……もう……動か……

確かに聞こえた。が、これは別に驚くようなことではない。
魔理沙を安心させるべく、霖之助は口を開いた。

「そうか、魔理沙は知らなかったのか。
 それなら無理もないが、これは別に怖がることじゃないよ。
 最近はあまりなくなったが、これは歌が幻想入りしているんだ」

「歌が幻想になる? 誰もその歌の存在を知らなくなったってことか?
 そんなことがめったにあるとは思えないんだが?」

「まあ最後まで聞きたまえ。
 そもそも歌というのは元となる歌詞や音程が一緒でも、歌い手によってかなり印象のかわるものだろう?
 声の高い人が歌うのか、低い人が歌うのか。歌いやすいリズムや抑揚だって違ってくるだろう。
 かつてはある代表的な歌い手のものとして認識されていた歌が、世代交代やその歌い手の死などによって新たな歌い手の
ものとなる。
 時が経つにつれ、以前の歌い手がどのようにその歌を歌っていたのかを覚えている人間は減っていく。
 そうして忘れ去られた、『かつてそれが標準だった歌い方』が幻想となって無縁塚に訪れるんだよ」

「はあ、なるほどな。それにしても人騒がせな幻想入りだぜ」

「まあそう言うものじゃないよ。結局のところ、これらの歌もほとんどが誰の耳に届くこともなく消え去っていくんだ。
 むしろ、誰かが一生懸命歌っていた、そんな歌の最後に立ち会えてよかったというべきだろうね」

結局その日はたいした収穫もなく、霖之助も魔理沙も自宅に戻ることになった。


その夜、霖之助はなかなか寝付けなかった。
理由は明白。昼間無縁塚で聞いた歌が気になるのだ。
『今はもう動か……』、ここまで聞こえたその歌。
おそらくこの後、動かない、と続くのだろう。
幻想入りするほどに人々に親しまれた歌。その歌は、何かしらの道具が壊れたことを歌っている可能性が高い。
一体何についての歌なのか。最終的にこの歌はどういう結末を迎えるのか。
道具を扱う者として、知識人を自称する者として、あの歌が気になって仕方がない。

……ダメだ。
夜中に歩き回るのは危険だが、あの歌を知らないまま生きていくほうがよほど体に障る。
決心したら後は早い。最低限の用意を済ませ、霖之助は無縁塚へと急いだ。


「確か……この辺だったな」

昼間と夜中とでは、同じ景色でも印象ががらりと変わるものだ。
数十分間かけて捜し歩いた後、ようやく霖之助は歌の聞こえる場所を探り当てた。

……嬉しい……ことも……悲しい……ことも……

低い男の声だ。
歌詞からすると、どうやらまだ歌の途中。
座り込んで目を閉じ、なんとか聞き取れる程度のその歌に耳を傾ける。
音は昼間よりやや小さくなっていた。明日には消えているかもしれない。
間に合ってよかったという安堵と、丸1曲聞き取れるだろうかという焦燥。
その2つの想いが、より霖之助の聴覚を鋭敏にする。


一旦歌が途切れた。
おそらく後半部分だったのだろう。ある人物の死期を悟った時計が、その逝去を告げたという歌。
さあ、これから前半だ。
どういう経緯でこの時計がその人物と知り合ったのか。
誰かから送られたのか。自作したのか。ふと気に入って購入したのか。
少なくとも言えることは、この人物は時計をとても大切にしていたということだろう。
でなければ、主の死に反応するなどという芸当には到底至らない。


それから数分が経過した。
しかし、一向に歌が始まる気配はない。
まさか、今のが最後だったのだろうか。
昼間もっときちんと聞いておけばよかった。
いや、せめてあと何分か早く店を出ていれば……。
悔恨で折れそうになる心を何とか保ち、霖之助はひたすら待ち続ける。


……大……きな……のっぽ……の……


聞こえた!
音の大きさから言って、正真正銘これで終わりだろう。
待っていてよかった。それとも、最後の聴衆に応えてくれたのか。
とにかく、これがおそらく最後のチャンスだ。
一字一句たりとも……聞き逃してなるものか……!


……そ……の……と………け…………ぃ……………

この歌の最後の1回が、今終わった。
先ほど聞いたのはやはり後半部分だったようだ。

全部通して聞いてみれば、実にありふれた内容と言える。
主と共に産声をあげ、常に人生を共にした時計。
大切にされた時計は、最初だけではなく、その最後までも愛する主と共にした。
よくある話。
大事に使い続けた道具が、魂を持つという話。
日本ではままある話だ。

それなのに……どうして……


こんなにも涙が止まらない……


頬を伝う涙と閉じた目をそのままに、霖之助は考えを巡らせる。
おそらく、あの歌にこめられた想いが、自分の心を打ったのだろう。
低くて包み込むような、熟年の男の歌声。
名を知る由もないが、この歌い手が心底敬意を払って歌っていたことが伝わってきた。
惜しいことだ。あれほどの歌い手が、外の世界では幻想と化したとは。

いや、それは違うか。
外の世界では、おそらく新たな歌い手がこの歌を歌っているのだろう。
その新しい歌い手は、自分が今聞いた歌い手に勝るとも劣らぬほどに、この歌を愛しているに違いない。
ならば、先ほどの歌い手が幻想になったとしても、嘆くことはない。
想いを引き継ぐ者がいてくれるのだから。
真相はわからないが、これほどの歌が簡単に忘れ去られるとは思えない。
と言っても、自分にできることは外の世界の人間たちを信じることだけだが。


そして、霖之助はそっと目を開けた。
徐々に暗闇に慣れた目が、周囲の景色を映し出す。
その視線の先、こうして腰を下ろしていなければ見逃していただろう位置に、あるものが見えた。

「あれは……もしや」

近づいてみると、それはいわゆるGrandfather Clockと呼ばれる、成人男性より大きな振り子時計。
年季こそ入ってはいるが、傷はよくみなければわからない擦り傷程度。表面はきれいに磨かれ、異様な程に高水準の保存状態といえた。時計の針は12時59分を指している。
偶然にしてはあまりに出来過ぎなこの状況。
興奮に震える手をそっと当て、この時計の名を調べる。

「……『おじいさんの古時計』。やはり……そうなのか?」

もし、できることなら手元に置きたい。
値打ちがどうのこうのという問題ではなく、この時計がまさしくあの歌の時計ならば、こんなところで朽ち果てさせるわけにはいかない。
手を優しく当てたまま、そっと時計に話しかける。

「……もし、君が良かったら、僕の店でまた時を刻んでくれないか……?
 あれほどの想いが籠められた君に、僕の人生を見守って欲しいんだが……」

言った後で我に返る。
物言わぬ時計に話しかけるなど、自分は何をしているのだろうか。
例え魂が宿っていたとしても、積極的にはそのことを悟らせないだろうに、と

だがその時、



カチッ

ボオォォーーーーーーーンンン……



時計の針が確かに動き、時を告げる音が響き渡った。

振り子は動いていない。
ましてやねじなど巻いていない。
霖之助は、ただそっと触れただけだというのに。

「……は、はは、はっはっはっは!」

考えてみれば、昨日から今までの経緯は異常だ。

たまたま連れてきた魔理沙が、幻想入りした歌を聞きつけた。
ほんの一節しか聞いていない歌が気になって仕方なかった。
先延ばしにせずに来てみれば、消え行く歌の最後の1回に間に合った。
目を開ければ、普段なら見逃してしまいそうな位置にある時計が目に入った。

そしてこれだ。
動かぬはずの時計が、まるで霖之助の呼びかけに応えるかの如く一度だけ音を上げた。
これはもう偶然なんかではない。いや、偶然であってなるものか!
彼は僕のもとに現れるべくして現れたのだ!
ならば僕も応えよう!
誠心誠意を持って君を整備し、この命尽きるまで君と共にあろう!
霖之助の笑い声が、いつまでも無縁塚に響いていた。


そうして、その時計は香霖堂で再び時を刻み続ける。
新たな主も、その時計を大事にし続けた。


そんなある日。

「それにしても、こいつはこの店に似合わず随分立派なものだな。
 一体どこでこんな逸品を見つけてきたんだ?」

「ん? この大時計かい?
 コレは外の世界に住む、ある人物が――――」

あんなに誇らしそうに話す霖之助は後にも先にもなかったと、後に慧音は語った。