frame_decoration
「ふむ……今年はなかなか豊作だな」

魔法の森の入り口にある店、香霖堂。
店主の森近霖之助は、最近蜂蜜作りに目覚めていた。
最初は自分で使うために作り始めたのだが、これがなかなか奥が深い。
季節によって巣箱の中の板の数を変え、温度湿度の管理は欠かせない。
集まった蜂蜜を全て採ってしまうと蜂が餌不足で死んでしまうので、蜜を集められない秋から早春のためにどのくらい貯蔵させるか計算する。
蜂も生きている以上は病気になるので、健康管理も重要だ。
冬は巣箱を回収し、室内でより厳密に環境を調節する。
手間はかかるが、その分取れた蜂蜜は美味だし、今では巣箱を増やして店の商品としても評判は上々である。
が、それを快く思わないものもいるにはいるわけで。


【共存?それとも……】


その日の作業を終えた霖之助が店に戻って読書をしていると、

「リ グ ル キィィィーーーック!!!」

怒声と共にいきなり店の戸が吹っ飛んできた。
予想外の事態に硬直していると、戸は霖之助の頬を掠めて住居部分へと突入。派手な音と共に襖や障子を薙ぎ倒す。
犯人は緑の髪と触覚を頭に乗せ、半ズボンをはいた蟲の妖怪。名前はリグル=ナイトバグ。

「蟲たちに聞いたよ!この店が蜂蜜を売っているって!」

どうやら香霖堂の品揃えに不満があるらしい。
なんとなくその怒りの原因を悟った霖之助は、とりあえず情報を引き出すことにした。

「いかにも、最近のうちの目玉商品だが、それがどうかしたかい?」

「開き直るとは不届きな人だね!
 私が知らないとでも思ってるの!?
 蜂蜜を採るって事は蜂の巣を壊すって事でしょう!?
 自分達の都合で蟲たちの生活を」

「君はいったいいつの話をしているんだ!!」

「ひえっ!?」

怒りの原因を確信した霖之助は、とりあえず機先を制することにした。
相手が話している最中に大声で割り込む。
あまり褒められた方法ではないが、もともと過激な性格ではないリグルには効果覿面のようだ。
反論されるとは思っていなかったらしく、目を白黒させている。

「全く。大声を出してすまなかったが、他人に意見を伝えるならそれ相応の方法があるだろう」

「あ、え、えっと……ご、ごめんなさい」

案の定、驚いて素に戻ったリグルは下手に出てくる。

「君の言いたいことは大体わかっている。蜂蜜を採りたいなら蜂に配慮しろということだろう?
 だが、蜂蜜を採るために巣を壊していたのはもう100年以上前の話だ。
 今はむしろ安定して採取するために蜂の健康管理を行うのが主流だよ」

「え……そ、そうなの?」

やはりそこか。ならば話は早い。

「嘘だと思うならついて来るといい。養蜂に使う器具を見せてやろう」

一旦怒りを抑えてしまった以上、再び強気に出ることができないのだろう。
リグルはおとなしく霖之助の後について行った。
そして、霖之助はリグルに巣箱や蜜を採取する遠心分離器、越冬用の管理部屋を見せる。


「これでわかったかい?むしろ僕らは蜂に敬意を払っているんだ。
 そりゃ横取りするような真似はしているかもしれないが、相応の環境を整えているんだから共生といっても差し支えないだ
 ろう?」

「た、大変申し訳ありませんでした……」

「全く……生兵法怪我のもとというが、生半可な知識で他人に危害を与えるのはなおたちが悪いな」

「うう……ごめんなさい」

「とりあえず店の戸と家の弁償はしてもらうからね」

弁償ときいて、さあっと顔が青くなるリグル。

「あ……あの……私人間のお金は……」

かなりビクビクしている。少々脅しすぎたかとも思った霖之助だが、そもそも被害者はこっちのほうだ。
とはいえ、あまり恐怖心を与えすぎるのもよくない。
ここらで優しくして、よい印象を与えておくべきだろう。

「ああ、別に金銭をどうこう言うつもりはないよ。
 まあさっきはああ言ったが、そもそも妖怪に人間の農業技術を知っておけというのも無理な話だ。
 すまなかったね。少々気が立っていたようだ」

「え、あ、そんな、悪いのは私ですから……」

いきなり謝られて恐縮するリグル。完全に霖之助の術中に嵌っている。

「それで、弁償というのは他でもない。君の蟲を操る能力を借りたいんだが」

「……? どういうことですか?」

「まあそれはおいおい説明するよ。まずは、店に戻るとしよう」


店に戻り、リグルを座らせてお茶を淹れる霖之助。
蟲の妖怪とは言えども、人間の姿をしたリグルは人が食べられるものは大抵いけるらしい。

「すみません……ご迷惑をおかけした上にこんな……」

「まあそれはもうやめよう。敬語も使わなくていいから気を抜きたまえ」

「あ……っと、うん、わかった」

どうやらだいぶ打ち解けてきたようだ。
話してみれば、おとなしい上に礼儀もわきまえている。
霖之助は早くもこの少女に好感を抱いていた。
リグルも思ったより怒っていないことに安堵しつつ、実はいい人なのかな? と考えている。

「さて、弁償ということだが、君は妖怪であって、金を持っていない。ここまではいいね?」

「あ、うん。食べるものはだいたい蟲たちに探してもらってるから……」

一瞬何を食べているのか気になったが、あえて聞かないことにする。
今は関係ないし、藪をつついて蛇が出てきたら困る。

「と、いうことはなんとかして金を稼いでもらう必要がある。
 一つ聞いておくが、君は人間の顔を見るのも嫌いだったり、人を見ると食べずにいられなくなったりしないね?」

「それは大丈夫。人間にもいい人はいるってことは知ってるし、私はあまり人間が美味しいとは思わないよ」

「ふむ。となるとあとは人里と話をつけるツテだが……慧音に頼むとするか」

そうして霖之助はリグルに金策の具体案を伝える。
最初は渋っていたリグルだが、霖之助が全力でバックアップすることを伝えると、罪悪感もあってか了承することになった。


そして数週間後。

「えっと、君達はここの畑に行って受粉を手伝ってきて。
 ついでに隣の畑の蟲たちに場所を移動するように伝えてもらえる?
 そうそう。じゃ、よろしくね」

霖之助が提案したのは、蟲を操る能力を農業に応用することである。
なにせ農作業には蟲が常について回る。害虫のみを駆除し、益虫を増やす。その手間は並大抵ではない。
その点、リグルなら農業の害になる蟲に直接話をつけ、他所へ移ってもらうことができる。
また、霖之助の蜂蜜作りのように蟲の力を借りる場合でも、蟲と農家の間で正確に意思の疎通が可能となった。
農薬はいらない、作物の受粉はほぼ完璧、農家は雑草や水遣りなどに気をつけていればいい。
最初は妖怪のリグルを胡散臭い目で見ていた人間達も、慧音が保障したこともあって何とか受け入れてくれた。
お礼に関しては特に定めないとしたリグルだったが、タダでやってもらうにはあまりに恩恵が大きすぎる。
連絡がつきやすいようにとリグルが寝泊りする香霖堂には、金や収穫物などが相当な量届けられ、霖之助への弁償はあっけないほど簡単に終わった。

それでも、リグルは香霖堂から離れるつもりはない。
蟲ということで基本的に人間から嫌われていたが、ここ最近の活動でかなりその地位を向上させることができた。
人里の人間達も、むやみに蟲を殺すことは随分少なくなったらしい。
霖之助には感謝しているし、それに……。

「おう、リグルの嬢ちゃんじゃねえか! いつもありがとよ!」

「あ、どうも。こちらこそいつも色んなものを頂いちゃって」

「なあに、俺らがしてもらったことに比べりゃあんなの屁でもねえよ。
 いや、今まで妖怪ってやつぁどいつもこいつも人間に襲い掛かってくるもんだとばかり思ってたが、あんたみたいなのもい
 るんだなあ。
 それにしても、香霖堂の店主はいい嫁さんもらったもんだ。
 気立てはいいし、なにより別嬪さんだもんなぁ!」

「えええ!? いや、別に私と霖之助さんはそういう関係じゃあ」

「なんだ、まだそんなこと言ってんのか?どっからどう見たって夫婦にしか見えねえけどなあ。
 まあ少なくともあの店主だって憎からず思ってるはずだぜ。自信持ちな!」

「あ、ありがとうございます」

最近良くこういうことを言われる。本当にそうなんだろうか? 彼が自分を……。
熱くなる頬をパシンと叩き、リグルは今日も新しい生きがいを楽しむべく飛び上がる。

まだまだ香霖堂での共同生活は終わりそうにない。