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「まったく……裁くべき死者が全然来ないではないですか。
 小町は仕事を何だと思っているのでしょう……」

ぼやきつつ足早に歩くのは幻想郷担当の閻魔、四季映姫=ヤマザナドゥ。
今日もまた説教フルコースかと呆れながら、部下の死神小野塚小町の元へ急ぐ。

「小町! いないのですか!? 小町ーーー!!」

見渡せども赤毛のけしからん胸を持つ部下は見つからない。
さてはまた幻想郷へふらふらと遊びに行ったか、そう当たりをつけた映姫だったが、ふと、服のすそを引っ張られていることに気付いた。
視線を下げると、2~3歳くらいの少女がこちらを見上げている。
はて、肉体を保ったままここまで来る死者がいただろうかと考えた映姫だったが、その少女にどうにも見覚えがあるように思えて仕方ない。
赤く、両脇で括られた髪。
つり気味の大きな目。
そして着ている服はサイズこそ違えど、死神の制服そのものだ。

「まさか……」

浄玻璃の鏡を取り出し、この少女の数日前を見る。
そこに映し出されていたのは紛れもなく、昼寝をする不真面目な部下の姿だった。


【いつの日か】


ここは魔法の森の入り口にある店、香霖堂。
店主の森近霖之助は、今日も今日とて閑古鳥が鳴く店内をみつめ、まあ静かに本が読めるなら良いやと商売人失格な事を考えていた。
すでに店を繁盛させることは諦めたらしい。

「……そろそろ昼食でも作るとするか」

時計を見た霖之助が腰を上げようとしたその時、店のカウベルが来客を告げた。

「……失礼します」

「おや、これは珍しい。閻魔様がどういったご用件で?」

そこまで言ったところで、霖之助は映姫の足に隠れてこちらを伺う小さな少女を見つけた。
霖之助が良く知る彼女をそのまま小さくしたようなその姿。
これはもしや――!

「おめでとうございます」

「はい?」

心当たりもないのに祝福されて目を丸くする映姫。

「いや、その子はどう見たって小町の子供でしょう。
 いま何歳です? こんなに成長するまで教えてくれないとは水臭いじゃありませんか。
 そうと知っていればお祝いの品くらいは進呈したものを。
 父親は誰です? たしか職場は女ばかりと以前小町がぼやいていたはずですが。
 それともまさか閻魔は女同士で子供を成す奇跡を」

「喝!」

一先ず黙らせることにした。


信じてもらえるかどうかはわかりませんが、と前置きして映姫は事情を話し始めた。
いつの間にやら小町が子供になっていたこと。
いつどのようにしてなったのかは浄玻璃の鏡でもわからないこと。
閻魔王に相談した所、とにかく部下を何とかしろということで、映姫はしばらく休職、他所の閻魔や死神が職務を代行してくれていること。

「それで、原因はおろかどうすれば元に戻るのかもわからない、と」

「ええ、閻魔たちもお手上げです。永琳殿のところを訪ねてもみたのですが、とにかく様子を見るしかないと」

「……それでなぜ僕のところに?」

少しうろたえたように見える映姫だが、すぐいつもどおりの口調で応える

「そ、それはですね。
 い、いろいろ回ったのですが、どこに行っても小町がぐずってばかりで。
 ほとほと困り果てていたところ、以前小町がこの店のことを褒めていたのを思い出したんです。
 ここなら年齢が変わったといっても過ごしやすいのではないかと」

「なるほど……。まあ閻魔様の頼みを断るわけにもいきませんね」

こっそり安堵する映姫には気付かぬまま、しゃがみこんで小町と視線の高さを合わせる霖之助。

「こんにちは」

普段の仏頂面からは予想もつかない優しい笑顔に、映姫の胸がドキリと跳ねる。
映姫の足に隠れていた小町は、しばらく霖之助と見詰め合っていたが、害はないと判断したのかトコトコと歩いてきた。
霖之助がそっと両手を差し出すと、意図を察した小町も両手を霖之助の顔に向けて伸ばしてくる。
その脇に手を当てて抱き上げると、霖之助の首にかじりついてきた。

「随分と懐かれるのが早いですね」

「昔は魔理沙の子守もしていましたから」

「ふふ、なるほど。それは頼もしい限りですね」

映姫はふわっとした笑みを浮かべる。
そういう笑い方もできるのかと、霖之助は彼女の評価を少々上方修正することにした。
迷惑だと思ってはいたが、閻魔の意外な一面を見ることができたからよしとしよう。

「それでは、小町ともどもお世話になります」

「……閻魔様も家に滞在するんですか?」

単に予想外だったために漏らした言葉だったが、映姫は違うように受け取ったらしい。

「あ……。
 そ、そうですよね。私みたいに口やかましいのがいたら、お、落ち着かないでしょうから。
 できれば上司として見届けたかったんですが、店主殿にこれ以上迷惑はか、かけられませんし。
 失礼します……」

明らかにしょげ返る映姫。
その姿を見るに見かね、また自分の発言に対する誤解を解くべく、とぼとぼと遠ざかる背中に声をかける。

「そんなあからさまに肩を落とさなくても、別に嫌がってるわけじゃありませんよ。
 僕のほうは構いませんから何日でも滞在してください。
 引き受けた以上は、閻魔様だけ帰れなんて狭量な事は言いませんから」

「……いいんですか?」

「男に二言はありませんよ」

喜ぶ映姫。
霖之助は思っていた以上に感情豊かな映姫を微笑ましく見ていた。
内心では、責任感が強いんだなあなどとピントのボケたことを考えていたが。


とりあえず、小町は随分と小さくなったため、映姫を母、霖之助を父として見るかもしれない。
よって、霖之助は映姫に敬語を使わないこと、お互いに名前で呼び合うことにしたい。
そんな映姫(赤面)の提案に霖之助も異論はなく、この案は無事採択された。
ちなみに映姫は普段どおりの口調でいくらしい。

「さて、お世話になる以上は遊んでもいられません」

閻魔は基本的に寮に入っているので、普段家事をすることはないが、だからといって何もしないわけにもいかない。
まずは昼食を作らせていただきます、と割烹着を着た映姫は台所に入っていった。
小町はあちこち連れまわされて疲れたのか、霖之助の膝の上ですやすやと眠っている。
しっかりものの映姫の事。さぞ手の込んだ食事を作るのだろうと思っていた霖之助だったが、

「あ痛っ!」

「ふーっ、あ、え!? ゲホッ! ゲホっ!」

「っ! しょっぱ……!」

などと不穏当な声が聞こえた上、

「きゃあああああーーーーーっ」

ガラガラガシャーン

と、どこのドジっ子だと言わんばかりの音が鳴り響き、ため息混じりに救急箱を取りに行った。


「やったことがないならそう言えばいいだろうに……」

「うう、すみません」

かまどの灰をかぶって頭が白くなった映姫は、包丁でつけた手の傷を霖之助に手当てしてもらっていた。

「店の食材や道具のことはこの際どうだっていい。
 しかし、痕の残るような傷がついたり、熱湯をかぶってしまったりしたらどうするんだい?
 ……真面目なのはいいけど、もっと自分を大切にすることだ。
 どうせ仕事でも体を酷使しているんだろう?」

「……弁解の余地もありません」

小町は先ほどの音で目が覚めてしまったらしい。
映姫を心配しているのか、霖之助の手当てをそばで見ていた後、トテトテと映姫に近寄って頭をナデナデし始めた。
その様子があまりにも微笑ましくて、ついつい霖之助は笑い出してしまう。

「ははは。優しいいい子じゃないか。
 今ので小町の手にも灰が着いてしまったし、今日は随分歩き回ったんだろう?
 2人で風呂に入ってくるといい。
 僕はその間にここを片付けておくよ」


「はあ……」

小町の頭を洗いつつ、ため息を漏らす映姫。
その声が聞こえたらしく、こちらを心配そうに見上げる小町に、ううん、なんでもないのよ、とあわてて声をかけつつ笑顔を返す。

「はい、おゆをかけますよ~。おめめぎゅ~っ。」

言われるままに目をぎゅっとつぶる小町。
普段もこれくらい言うことを聞いてくれればなあ、と思いつつ優しく湯をかけて、2人で湯船につかる。
手の傷が気になったが、ばんどえいどという外の世界の治療具をつけているから問題ないらしい。
よし、失敗してしまったものは仕方ない。できることをできるだけやっていこう。
小町と一緒に、いーち、にーい、と10まで数えつつ、映姫は決心を新たにするのだった。



風呂からあがると、台所は完璧に片付いており、なにやらいい香りまで漂っていた。

「おや、上がったみたいだね。時間がなかったからうどんにしたんだが、よかったかい?」

どうやら昼食まで用意してくれたらしい。
ありがたいやら情けないやら複雑な心境でお礼を述べる映姫。
小町はいつの間にかちゃぶ台の上に手をついて、おおーっという顔で目をキラキラさせている。

「子供の味覚は成人より敏感という話を聞いたことがあったから、小町の分はやや薄味にしておいたよ。
 つゆの温度も調節してあるから、火傷することもないだろう」

「霖之助。正直私はあなたを低く見すぎていたようです」

ここに来てから自信がガリガリと削られていく映姫だった。


「美味しい……」

「それはどうも」

一口食べてみたが、見た目や香りだけではなく、味も素晴らしいものだった。
ただのうどんであるからこそ、その腕のよさが伺える。

「ああ、ほら小町。こぼれるから慌てて食べないの。
 ほら、お口むけて……はい、きれいきれい」

「まだ箸が苦手なようだね。食べさせてあげてもいいかもしれない」

「いえ、それではいつまでたっても上手く使えるようになりません。
 どれだけ不器用でも自分で食べさせませんと」

小町は明日にも元に戻るかもしれないというのに。
すっかりお母さんになっている映姫と交わした会話に笑みがこぼれる霖之助。

「……何かおかしなことを言いましたか?」

「ああ、いやいや。気を悪くしたのなら済まない。
 ただ、なんとなく本当に家族みたいだなあ、と思ってね」

「なっ……!」

顔を赤らめる映姫。
家族。ということは子供は間違いなく小町。すなわち霖之助と自分が夫婦だということで。
一方の霖之助も、まさかこんな軽口で動揺されるとは思っていなかったらしく、二の口が告げない。
固まってしまった2人を不思議そうに小町が見つめていた。


動かない2人がつまらないらしい小町に突っつかれ、映姫と霖之助は意識を取り戻す。
霖之助は小町を連れて店番に戻り、映姫はなにか家事をしようとあれこれ働くのだが、慣れていないせいかどうにもミスが多い。

掃き掃除は丸く掃いたためか部屋の四隅にゴミが残った。
拭き掃除は雑巾を一度も洗わないという快挙によりむしろ汚れた場所まである。
洗濯物は干しに行く途中でひっくり返してやり直し。
縫い物は料理の件から霖之助に断固反対される。

最終的には、霖之助に見てもらいながら店の商品を拭いたり並べたりすることになった。

「『いえ、そうとも限りませんぞ黒魔術師殿』声をかけたのは執事服を着た銀髪の……」

小町は霖之助が拾ってきた本を読んでもらっている。
耳に入るたびに子供に聞かせる内容ではない気がしたが、小町としては面白いらしく真剣な顔で聞き入っている。
まあいいか、と息を吐くと、すでにズタズタのプライドを何とか守るべく、映姫は自分にできる唯一の仕事をこなしていった。


夕食をとり、風呂も済ませて就寝の時間となった。
最初は映姫と小町が霖之助と別の部屋で寝る予定だったが、小町が泣きそうな顔になるため、3人川の字になって寝ることになった。

「小町はもう眠ったようだね」

霖之助の腕を枕にして眠る小町。

「すみません……迷惑をかけどおしで」

無理やり押しかけたうえに、家事すらまともにできなかったことが心苦しいのだろう。
映姫は霖之助に謝罪するが、霖之助が気にした様子はない。

「あれくらいは迷惑のうちには入らないよ。
 むしろ、久しぶりに賑やかさを楽しむことができた。
 いままでそんなつもりはなかったけど、子を持つのも悪くはないかな」

「そ、そうですか?
 ……なんでしたら私が……」

「? 後半が小さくて聞こえなかったんだが」

「い、いえ、なんでもないです!」

流石に今の自分がそんなことを図々しくも言えない。
もっと料理や洗濯の修行をしよう。
とりあえず今日はこれで我慢。

「よいしょ……っと」

小町の頭を二の腕に乗せている霖之助の手を伸ばし、前腕部分に自分の頭を乗せる。

「な……何を……?」

「小町を見ているとなんとなくやりたくなったんです。重かったら止めますが……」

そんな悲しそうに言われて、じゃあやめてくれとは言えない。

「わかったよ。今日は曲がりなりにも僕らは家族だ。好きにするといい」

「ええ、お願いします」

まあこういうのもいいか。今日はなんだかんだで楽しかった。
さっき映姫に言ったように、子供を持つのはいいかもしれない。
そうなると妻を娶るということだが……。
自らの腕を枕にする映姫を見る。
どうかしましたか? という感じで笑いかける映姫に少し鼓動が早くなった。
何を考えているのか。自分を戒めるが、気が付けば映姫と店を切り盛りする将来を幻視する自分も確かにいる。
……まあ、前向きに検討してみるとしよう。                         
なにやら妙な音が聞こえたような気もしたが、今の霖之助にはどうでもいい。
映姫も霖之助も、それから間もなく意識を手放した。


「な、な、ななななな」

次の日起きた映姫が見たものは、体が元に戻ったせいで半裸になった小町に抱きつかれて眠る霖之助の姿であった。


「それでは、1日ですがお世話になりました」

「いや~すまなかったね。よくわかんないけど迷惑かけたみたいでさ」

「昨日も言ったが、僕としてはなかなか楽しい一時だった。気にすることはないよ」

朝の騒動も落ち着き、映姫と小町は帰ることになった。

「また来ておくれ。君たちなら歓迎する」

「はい、必ず」

「もちろんさね」

また、近いうちに訪れよう。映姫は思う。
これからはちょくちょく通ってくれるだろう。霖之助は思う。
少しずつ仲良くなって、もし相手が了承してくれたら、いつの日か本当の家族に。2人は思う。
今度は本当の子供を、いつの日か。



「いや~しかし大変な一日でしたね」

「霖之助はああ言っていましたが、迷惑をかけたことには変わりません。今度お詫びをしなければなりませんね」

そう漏らす映姫に向かって、にやにやと笑い出す小町。

「いや~しかし、『おめめぎゅ~』なんて言葉を映姫様の口から聞けるとは思いませんでしたよ」

先ほどまでの済ました顔はどこへやら、ものの見事に赤くなる映姫。

「なっ……あなた……覚えて……?」

「そらもうばっちりと。しかもあたいがぐずるから香霖堂へきた?
 真っ先に霖の字のところへ行って何度も深呼吸してから入っていったくせにぃ。
 新妻みたいで可愛かったですよ、お 母 さ ん」

そこまで言うと耐え切れず爆笑する小町に、わなわなと震える映姫。

「こっ……小町ぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!」

結局閻魔王達にまで噂が広まり、『祝言はいつだ』が映姫に対する挨拶として公式に認定されたことを、霖之助は知る由もなかった。





またこの数日後、
『驚愕! 閻魔に隠し子!?』という見出しと共に、映姫と子供(小町は良く映っていなかった)に腕枕する霖之助の写真が文文。新聞に掲載される。
それからさらに数日の間、香霖堂の門前で迫り来る少女たちをちぎっては投げる小柄な閻魔の姿が確認されたという。