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「良いお酒が手に入りましたの。一献いかが?」

「だからスキマを使って入ってくるんじゃないと何度も言ってるだろう」


【酒を呑むときは御注意】


恒例行事を済ませる2人。

「もうこのやり取りがないとしっくり来なくて」

「……ふむ。まあ僕もそれは否定しないが」

「え、本当に!?」

「そんなわけないだろう……」

あまりにあっさりと引っかかったのが情けなくて危うく涙ぐみそうになる紫。

「そもそもなぜ僕のところに?折角の酒なら式にでも振舞ってやればいい物を」

言えない。すでに誘ってみたところ、

「私に気を使う必要なんかありませんよ紫様。愛しの店主殿と呑みたくて仕方ないんでしょう?」

とニヤニヤ笑いながら追い出されたことなど。ましてや図星を衝かれて反論もできなかったなどと。

「あ~、えっと。あの子は呑まないわけじゃないけど、一番の好みが油揚げをつけたお酒だから。
 こういうお酒は普通じゃない趣味を持った自分には勿体無いってあまり飲んでくれないの」

咄嗟に嘘をつく。許せ藍。なにやら変な設定を付け加えてしまった。

「……まあ、ヒレ酒みたいなもの……かな?君の式だけあって変わり者だね」

「え、ちょっ、私の式だけあってってどういうこと!?」

「それで、他には心当たりはいないのかい?」

「華麗に流さないでよ!
 うう……霊夢や魔理沙じゃあ、じっくり味わうなんてことはしないじゃない。
 風情を感じながらのんびり呑みたかったのよ。
 それとも……霖之助さんは私と酒を飲むのは嫌……?」

軽く涙目で上目遣いに伺ってくる。
少しやりすぎたか?と思った霖之助は肯定の返事を返す。

「……ふぅ、仕方ないな。まあ付き合うのは吝かじゃないよ。今晩が満月というのも見越して言ってるんだろう?」

紫の顔がパアッっと明るくなる。

「ええ、よくわかってるじゃない。それじゃあまた後ほど来るわね」

さっき泣いたカラスがもう笑っている。
口調もやや変わっているのはおそらく大人の女性らしいところを見せたいんだろうが、ちょくちょくボロが出ているのは気付かないんだろうか。
とにかく紫はスキマに戻っていった。

「……何も昼のうちに来る必要はなかったんじゃないのかな」


「やっっったあああーーー」

自室に戻り、滂沱の涙と共にガッツポーズを決める紫。
苦節3年。何度も何度も断られてやっと2人きりで酒を呑む所までこぎつけた。
このチャンスを逃がすものか。今日は飲ませまくって一気に……

一気に……?

ボンッと、想像しただけで真っ赤になる大妖怪。
頬に両手を当ててなにやらつぶやいている。

「どうしよう……想像しただけでこれじゃ本当に一気に行くなんて……。
 でも今日を逃したら次は2人で呑むことだっていつになるか……
 うーんと、えーっとぉ……」

「プッ」

「!?
 ……ら……藍……?
 いつからそこに……?」

「『やっっったあああーーー』のあたりからですかね」

「最初っからじゃないの!?いるならいるって言って頂戴!」

「まさか。こんな微笑ましい紫様を見ずにいろなんて。
 何のために式になったと思ってるんですか?」

「むしろ何のために式になったって言うのよぉぉぉぉーーーー!?」

「そんなことより紫様」

「何この流しっぷり!?『紫の叫びを華麗にスルーする会』でもできたの!?」

「……気付いて……しまわれましたか……」

「冗談に聞こえないからやめてくれない!?」

「話が進まないのでこの辺にしておきましょう。
 紫様は3年もお預けくらってもう辛抱たまらない。
 しかし事を起こそうにも情けないことに恥ずかしくてどうにもならないと」

「くぅ……話が進まないと言いつつこの言い草……!腕を上げたわね藍!」

「お褒めに預かり光栄です。
 さて、それはさておき対策を考えねばなりません。
 まずは今日どうするかですが、紫様は何もせずに済ませるつもりはないんでしょう?」

「う……それはまあそうだけど」

「では境界を操る力でご自身の羞恥心の境界を操ってしまわれるというのは」

「試したことがないと思うの……?」

「思いませんが、結果を存じませんので」

「霖之助さんが目の前にいなくても歯止めが利かなくなりそうになったのよ……」

「……うわぁ」

「言えといった以上は引かないで聞きなさい!」

「では紫さまではなく、店主殿から手を出すよう仕向けるとか」

「また流す……。
 色仕掛けでもしろというの?」

「誘ったところで店主殿にその気がかけらもないなら意味がありません。
 というわけで、こんなこともあろうかと永琳殿に頼んで調合してもらったこの薬を飲ませては?」

「いつからこの事態を予測してたのかとか、そもそも私の誘惑じゃ無理という前提で話を進めているのはともかく、そんなものに頼りたくはないわよ」

「では正攻法しかありませんね。紫様も店主殿もしこたま飲んでもらうしか」

「やっぱりそれしかないのね……」


日が落ちて、真円を描く月が夜空に映える時間。
紫は珍しく着物に着替え、香霖堂を訪れた。

「いい月ね、霖之助さん」

「いらっしゃい。待っていたよ紫」

「あら、嬉しいわね。それじゃあ早速お注ぎしますわ」

「ああ、ありがとう。それじゃあお返し、と」

杯を傾ける2人。

「おや、これは本当にいい酒だね。君には感謝しないといけないな」

「ふふ、ありがとう」


「ぶはぁぁーーーーっ」

「あ、あの~、霖之助さん?」

3時間ほどが経過し、霖之助は1升瓶を3本ほど開けている。
紫が持ってきた酒で火がついたか、香霖堂に置いてあった酒を持ってきたり、紫がスキマを使って補充したりで呑み続けた。
まだまだ飲む気なのだろう、封が開いていない酒瓶も10本以上ある。
飲ませる気できたのは確かだが、どうにもすでに酔っ払っているようだ。
これ以上飲ませては体に障るのでは?と紫が心配していると、

「紫!」

霖之助が紫の名を呼んだ。

「は、はい」

「君は一体どういうつもりだ!毎回毎回思わせぶりな態度をとって。少なくとも見た目は若い女性がそんなことをしてどうする!?」

怒り上戸だったのか。
とりあえず反論すると面倒なことになりそうなので言わせておこう。
冷静な判断を下したつもりだったが、そんな余裕は次の言葉で粉砕された。

「いつもいつも僕がどういう思いで耐えていると思ってるんだ!?僕は半端者だから君には釣り合わないと思っているってのに!」

「……ええ!?」

「やっぱり気付いていなかったんだな?」

ジトッとした目で睨みつけてくる。
が、今はそんなことに怯んでいられない。

「じゃ、じゃあ、霖之助さんは私に誘惑されてドキドキしてたの?」

「当然だ!君みたいに力があって、誰よりも幻想郷のことを考えていて、
 それなのにわざと胡散臭そうな態度を取ることでそのことを皆に意識させまいとしている奥ゆかしい女性が、
 それも筆舌にしがたいほどの美女が迫って来るんだぞ!?なんとも思わない輩は僕が男として認めない!」

「っ!」

そこまで見ていてくれたのか。他人に興味がないような顔をして。
容姿を褒められたこともそうだが、内面を見てくれていたことが嬉しくて泣きそうになる紫。

「で、どうなんだい?」

「え?」

「僕の気持ちは今言ったとおりだ。今度は君が実際に僕の事をどう思っているのか聞かせてもらおうか。
 偏屈な冴えない男をからかっていたのか、それとも本当に僕を憎からず思っているのか」

「き、決まってるじゃない!好きでもない人にこんなことしないわよ!……あ」

売り言葉に買い言葉でつい言ってしまった。
まずいまずいまずい。うなじまで真っ赤なのを自覚する。

「……よくわかった。それなら僕ももう我慢しない」

それでも、続けて発せられた霖之助の言葉は聞き漏らすわけにはいかなかった。

「え?それってどういう……?」

「だから、今まで我慢していた分、思う存分君とイチャイチャさせてもらうということだ。というわけで早速」

そう言いつつ近寄ってきた霖之助は、有無を言わさず紫を抱き上げる。
いわゆるお姫さまだっこというやつだ。
そしてそのまま座りなおす霖之助。
紫は霖之助の膝に横向きに腰掛ける形になる。

フリーズしていた頭が状況を理解する。
これは予想外すぎる。
行くとこまで行く予定だったが、この状態では頭がまともに働かない。
とりあえずスキマに逃げようとしたが、

「釘をさしておくが、スキマを使って逃げたりしたら向こう1年間一切口を利かないよ?」

逃げ道をふさがれた。
霖之助は逃がしてなるものかと紫をぎゅっと抱きしめる。

「ひ、ひぇぇぇぇ」

普段の紫からは考えられない悲鳴が漏れた。

「そういえば、今日は酒を飲むということで集まったんだったね」

キラリ、と霖之助の目が光る。
なにやら嫌な予感を感じる紫。

「ふむ、さっき君を抱き上げたときに杯をどこかへやってしまったようだ」

「そ、それならスキマで新しい杯を……」

「ああ、その必要はないよ。ちょうどいい杯を見つけたから」

「え?それってどういう……ひゃ!?」

あろう事か、先ほど抱き上げた拍子にはだけた紫の鎖骨のくぼみに酒を注ぐ霖之助。
そしてそのまま口をつけ、酒を飲み干す。
霖之助の唇と舌が触れるのを感じ、身じろぎする紫だが、霖之助は容赦しない。

「ほら、動くんじゃない。こぼれて服にかかってしまうじゃないか」

そう言いつつもさらに酒を注ぐ霖之助。

「ふぁっ!」

「んっ!」

「ひぅっ!」

やられる紫はたまったものではないが、霖之助がやめる気配はない。
結局、丸2本そうして呑み干したときには、すでに紫は腰が抜けていた。

「り……霖之助……さん」

「ん?ああ、すまないね。僕ばかり飲んでしまったようだ」

そういうと霖之助は口に酒を含む。

「そ、そうじゃな……んーーーーーっ」

そして紫に口移しで飲ませる霖之助。

「ほらほら、まだ酒はたくさん残ってるんだ。どんどん行くよ」

そういえばまだ開けていない酒瓶がゴロゴロしている。
が、ここで紫は1つのことに気付いた。
1升瓶を3本開ければ前後不覚になるくせに、さらに2本飲み干しても霖之助の呂律が完璧に回っていることを。

「霖之助さん、あなた本当はまだ酔ってないんじゃ!?」

「さあ、どうだろうね?
 まあでもどっちでもいいじゃないか。とにかく、今ある酒は全部飲んでしまわないとね」

「~~~~~~っ」

紫の長い夜はまだ始まったばかり。



―蛇足―

「全く……店主殿も人が悪い」

藍はこの前霖之助と語った話を思い出す。

「外の世界にはツンデレと言う概念があるらしい。
 何でも最初は気のない振りをしておいて、あるときを境に一気にベタベタするという高等な恋愛技術だそうだ。
 それまで相手が得られなかった好意を一挙に与える、そのギャップが作戦の肝らしいね。
 僕はこの作戦を自分なりにとりこんで、あることを考えた」

「それで、紫様に3年間も連れなくしておいて、一気に落としにかかるというわけか。なんとも気の長い……」

そう言うと、霖之助はにやりと笑ってこういった。

「あの八雲紫を手玉に取ろうというんだ。これくらいの事はしないとね」